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日本に根を張るために――新ブランド体験施設「ポルシェ・エクスペリエンスセンター東京」開設記者会見の舞台裏

千葉・木更津の新施設とCSR活動は、インポーターのビジネスモデルを変える転換点になる

11月24日のポルシェ・エクスペリエンスセンター東京開設記者会見、その舞台裏を追った

 地球の環境保全に向けた取り組みがあらゆる分野で求められる中、大企業、とりわけ自動車メーカーはそうした面において周囲から厳しい視線にさらされがちだ。趣味性の高いスポーツカーを多くラインアップするポルシェにとっても、利益追求を目的とした通常の企業活動と、環境への配慮という社会貢献につながる活動をいかに両立していくかは、これまでも大きな課題になっていたに違いない。

 11月24日に開催されたポルシェジャパンの記者会見では、千葉県木更津市で計画されている「ポルシェ・エクスペリエンスセンター東京」という新たなドライビング・ブランド体験施設に注目が集まった。2021年夏終わりごろの開業を目指すこの施設は、イギリスのシルバーストーン、アメリカのアトランタとロサンゼルス、フランスのル・マン、ドイツのライプツィヒとホッケンハイム、中国の上海、イタリアのフランチャコルタ(2021年オープン予定)に続く、世界で9つ目のポルシェブランド体験施設。

 全長2.1kmのメイントラックはドイツ・ニュルブルクリンクのカルーセル、アメリカ・ラグナセカのコークスクリューなどの有名コーナーを再現したエリアを有し、最大の特徴としてこれまで展開されたポルシェ・エクスペリエンスセンターが二次元トラック(平面的)であることに対し、ポルシェ・エクスペリエンスセンター東京では元の地形を活かした唯一の三次元(立体構造)トラックとなり、高低差のある3Dドライビングが体験できることが挙げられる。

 また、オフロードエリアをはじめとする各種コース、ドライビングテクニックを学べるトレーニングメニューを用意するとともに、レストランやラウンジなども設け、ポルシェ車オーナー以外も気軽に立ち寄れるコミュニケーションスペースとしても利用できるようになる予定だ。

広大な敷地を切り拓いて作られる「ポルシェ・エクスペリエンスセンター東京」
ポルシェ・エクスペリエンスセンター東京 イメージ(30秒)

 また、それと併せて行なった、千葉県および木更津市と覚書を締結した産業・観光振興、環境保全などにおける支援を含むCSR活動についての発表も、エクスペリエンスセンター設立と並ぶ重要な柱となっていた。これは、社会貢献という企業に求められる課題に対するポルシェジャパンなりの回答であると言えるだろう。

 ポルシェ、さらにはポルシェが所属するフォルクスワーゲングループの重要な事業戦略に位置付けられ、年単位の時間をかけて調整を続けてきたそれら2つのプロジェクトの詳細がいよいよ日の目を浴びることになった記者会見当日、ポルシェジャパン代表取締役社長のミヒャエル・キルシュ氏や、関係者らがどんな1日を送ったのか、その舞台裏に迫った。

ポルシェジャパン株式会社 代表取締役社長 ミヒャエル・キルシュ氏
ポルシェジャパン株式会社 広報部 部長 黒岩真治氏
記者会見の様子

本番前のリハーサルは3回。現場に漂う緊張感の理由とは

記者会見の受付付近

「ポルシェ・エクスペリエンスセンター 開設に関する記者会見」と題したイベントの本番は、14時30分からのスタートとなる。1時間程度の短いものだが、そのために当日は朝早くから準備が進められ、10時過ぎには会場としての体裁はほとんど整っていた。

会場の様子。10時過ぎには準備がほぼ整っていた

 昨今の社会情勢から、記者向けに用意された会場内の座席は最小限の数に止められ、多くの媒体はYouTubeのライブ配信から参加する、オンライン・オフライン両方に対応したハイブリッド型の開催となった。そのため、従来型の記者会見に必要な準備に加えて、ライブ配信に必要な準備も同時に行なわなければならず、通常よりも気を配るべき部分が多くなっているようだった。

座席の間隔は広めにとり、18席だけ用意された
プロジェクター映像のスイッチング用機材、YouTube配信用の機材なども設営済み
登壇者を捉えるカメラは2台体制

 11時ごろからスタートした最初のリハーサルでは、進行に合わせた登壇者の振る舞いや照明の明るさ、BGMや紹介ムービーの開始・終了タイミングなど、1つひとつのポイントを細かく確認。会場内での見栄えだけでなく、配信映像上の見え方も随時チェックしていた。会場にいる記者はもちろんのこと、ライブ配信を視聴する記者にとっても見やすい明るさ、カメラ画角などを詰めていく。

段取りを1つずつ確かめながらリハーサルを進めていく
代役を立てて照明の明るさ、カメラ映像などをチェック
実際にYouTubeで配信される映像もパソコン上で確認する

 特に千葉県知事の森田健作氏と木更津市長の渡辺芳邦氏も同席し、ポルシェジャパンとの三者で覚書を締結する調印式については失敗が許されない。何度も段取りを確認してはシミュレーションが繰り返され、その後、改めて最初から最後まで通しのリハーサルが行なわれた。

覚書を交わす場面は、手順を何度も繰り返してシミュレーション

 司会を務める広報部長の黒岩氏は、会場の記者の目やカメラのアングルを想定しながら、自身の立ち位置から登壇者の見栄えにつながる壇上のテーブル・椅子の配置に至るまで、きめ細かくチェックし、指示していく。

細部の見栄えまで注意を払い、指示していく黒岩氏(左から2人目)

 12時30分過ぎ、キルシュ氏が記者会見場と同じビル内にあるポルシェジャパンのオフィスに到着し、記者会見の流れについて黒岩氏が説明する。マスクをいつ取るのか、取らないのか、といったような細かい点まで話し合い、意識をすり合わせていく。

 事前のすり合わせが終了すると、すぐに会場へ移動。13時ちょうどからキルシュ氏も含めた最終リハーサルを実施した。キルシュ氏がプレゼンテーションをひと通り終えるまでは約18分。「長すぎないか。みんな我慢して聞いてくれるのか」と心配する同氏を、会場にいるスタッフ全体がフォローする。

会場へ移動するキルシュ氏
最終リハーサルに臨む

 穏やかな雰囲気はそのままに、全体を俯瞰しながら周囲に気を配る姿は普段通りのようではあったが、黒岩氏の表情には心なしか緊張の色が見えた。同氏に限らず、他のスタッフにも念には念を入れて、というような慎重さがその立ち回りから感じられた。

本番前、運良く空いた時間に千葉県知事の森田健作氏(左)、キルシュ氏(右)が雑談を交わす
本番の壇上では甲乙丙の三者のサインが一度で済むよう、控え室では1か所だけ未記入を残す形にしていた

大規模投資とCSR活動を発表し、自治体首長を招く。数年間の集大成をこの日に

記者会見の本番がいよいよ開始

 現場の緊張感の理由、それは、今回の記者会見に至るまでに数年間におよぶ綿密な下準備があったことも関係していたに違いない。エクスペリエンスセンターについては50億円に及ぶ大規模投資であり、候補地の選定や自治体との話し合いにも多大な年月がかかっている。

 CSR活動についても、2019年8月のキルシュ氏の社長就任直後から開始した、いわば社長肝入りのプロジェクトだ。ドイツ・シュツットガルトの本社やフォルクスワーゲングループの承認も要し、ほとんど一大事業と言えるようなものになっていた。

 CSRの取り組みは、ポルシェジャパンとして前例のない、まったくの「ゼロベースからの出発」。手探りながら当初は50団体ほどから検討し、1年間かけて各所と話し合いを重ねてきた。結果、千葉県および木更津市と「自然環境保全協定」を結んだことによる環境保全に向けた活動だけでなく、東京大学やNPO法人カタリバとの提携により「若年層の未来形成」をテーマにした人材育成も手がける、いわば日本の未来を支える幅広い活動にまで昇華させた。

ポルシェジャパンのCSR活動に関するWebサイト
環境保全だけでなく、東京大学やNPO法人カタリバと連携した人材育成も

 そして、発表当日の調印式に千葉県知事と木更津市長に同席してもらうための調整も数か月前から開催ギリギリまで続けられた。そもそも自治体の首長が1企業の会見に出席するのは極めて珍しいことでもあるという。「それにふさわしいステージを」と全精力を注ぎ込んで準備したのが、このエクスペリエンスセンター設立とCSR活動という2本柱の発表だったわけだ。

自治体の首長が1企業の会見に出席することはほとんどないという

 14時30分に開始した会見は、記者から多くの質問が寄せられ、キルシュ氏の熱のこもった長い回答もあって、予定より20分ほどオーバーして幕を閉じた。


ポルシェが千葉県木更津市に開設するブランド体験施設「ポルシェ・エクスペリエンスセンター東京」発表会レポート

https://car.watch.impress.co.jp/docs/news/1291019.html


ポルシェジャパンは「日本に根を張って共に成長していく」

 2020年のポルシェジャパンは、新型スポーツEV「タイカン」の発表や、日本初のポップアップストア「Porsche NOW Tokyo」のオープンなど、環境への配慮やブランド構築に向けた動きも目立った。

新型スポーツEV「タイカン」
日本初のポップアップストア「Porsche NOW Tokyo」

 それらの取り組みは、今回発表したCSR活動やエクスペリエンスセンター設立にももちろん関連付けられるだろう。中でもPorsche NOW Tokyoは2021年8月31日までの期間限定の出店であり、ポルシェ・エクスペリエンスセンター東京の開業はおそらくその直後となることから、ブランド体験の場が一段ステップアップするようなイメージになるに違いない。

 エクスペリエンスセンターを設立し、環境保全・人材育成に向けた日本独自のCSR活動を行なうという新たなポルシェジャパンの取り組みは、「日本に根を張って共に成長していく」ことを意味している。

 記者会見ではキルシュ氏が、新型コロナウイルスを理由にエクスペリエンスセンター設立を「中止する選択肢もあったかもしれない」と打ち明けるシーンもあったが、「(施設は)今後10年、20年、30年と続いていくもの。過去、現在、未来のファンにエクスペリエンスセンターを通じて価値を提供していきたい」と語っていたことからも、より深く日本に根ざした企業になる、という覚悟をポルシェジャパンがもっていることは確かだ。

会見後、記者からの質問に答えるキルシュ氏と副社長の伊藤氏

 新型コロナウイルスにより自動車メーカー各社が少なくない影響を受ける中、ポルシェジャパンの2020年度の業績は前年と同等程度を維持できることが予想され、困難な局面でも日本という市場の強さを証明することもできた。そうした点からも、今回の発表はこれ以上にないタイミングだったとも言えるかもしれない。

 ポルシェのことを知ってもらうために日本に根を張る。そうなれば、これまでのような新車を日本に仕入れ、自動車を流通させ、アフターセールスをしていくという従来のインポーターのビジネスモデルとは違ったものになっていくのではないか。ここが転換点になるのでは、と今回の発表会を通じて強く感じた。

 ポルシェ・エクスペリエンスセンター東京とCSR活動という2本の柱を軸に、ポルシェジャパンが日本という市場でこれからどう変化し、どのような新しい価値を提供していくのか。ポルシェ車のオーナーでなくとも楽しみになってくる発表だったのではないだろうか。

これからポルシェジャパンがどんな風に日本と深く関わっていくのか、楽しみだ