インプレッション

STI「WRX S4 tS」(期間限定モデル)

「S207」の2ペダル版?

 スバル(富士重工業)の「WRX」のようなキャラクターの高性能セダンは、今の日本車にはほかに存在しない。その高いパフォーマンスを2ペダルで楽しめるようにした「WRX S4」をベースに、さらに性能を突き詰めたSTI(スバルテクニカインターナショナル)のコンプリートモデル「WRX S4 tS」は、S4でもここまでやるかと思わずにはいられないほど本格的な内容だ。約1年前に400台が限定販売されて即日完売となった「S207」と違って、販売形態は台数限定ではなく2017年3月12日までの期間限定となっており、早くもけっこうな台数の受注があるという。

STI「WRX S4 tS」(クリスタルホワイト・パール)
STI「WRX S4 tS NBR CHALLENGE PACKAGE」(WRブルー・パール)

 19インチ鍛造アルミホイールをはじめ、せり出したフロントアンダースポイラー、スポーティなメッシュタイプのフロントグリル、ボリューム感のあるリアバンパーなどの専用装備からして、タダモノではない雰囲気を放っているのは見てのとおり。

メッシュタイプのフロントグリルにはチェリーレッドのストライプやSTIオーナメントを装着。ツヤありブラック塗装の大型フロントアンダースポイラーも追加されている
金属調のサイドシルモールを標準装備。後方にSTIロゴを備えるサイドアンダースポイラーはオプション(6万4800円)
リアバンパーにチェリーレッドストライプを追加。バンパー側面にはオプション品のリアサイドアンダースポイラー(4万3200円)を装着している
オプション品ではホワイトでSTIロゴとパイピングがあしらわれるトランクマット(1万6200円)も用意されている

 インテリアでは、セミアニリンレザーを使用したレカロシートが目を引く。ほかにもロゴ入りメーターをはじめ数々の専用装備が与えられている。32万4000円高の「NBR CHALLENGE PACKAGE」では、さらにドライカーボンリアスポイラーやウルトラスエード巻ステアリングホイールなどの魅力的な装備が付く。

ステアリングは基本的な形状は同じだが、表皮に通常モデルでは本革(高触感革)、NBR CHALLENGE PACKAGE(写真)ではウルトラスエードを採用する
STIロゴ入りのルミネセントメーター。スピードメーターには280km/hまでスケールが刻まれている
インパネを横断するレッドのインパネ加飾パネルは左端にオーナメントパネルを設置
プッシュエンジンスイッチもSTIロゴの入ったレッドタイプに変更している
ブラックとシルバーアクセントのセミアリニンレザーを使ったシートは、スポーツドライビングで身体を支えるだけでなく、ロングドライブでの疲労軽減効果もあるとアピール
タイヤは全車255/35 R19 92Yのダンロップ SORT MAXX RTを装備、NBR CHALLENGE PACKAGE(写真)は塗装が標準のシルバーからブラックに変更される
NBR CHALLENGE PACKAGEは大型のドライカーボンリアスポイラー、専用エンブレムなどを装着

速さを直感する加速フィール

 そんなWRX S4 tSは、走りだって期待に応えてくれないはずがない。パワートレーンについては吸排気系パーツの交換による過給特性の変化で、過渡エンジントルクが最大で約10%も向上しているというだけあって、実際にドライブしてもノーマルとの違いは明らか。レスポンシブでアクセルワークに対するツキがよく、中間加速ではトルクの盛り上がる感覚があり、速さを直感する。

 パワーフィールというのはトランスミッションに左右される面が大きく、WRX S4 tSもCVTとの組み合わせという制約があるなかで、よくぞここまで仕上げたものだと思わされた。

 もともとシフトダウン時のレスポンスがかなり素早いのは、S4が採用するリニアトロニックの強み。WRX STIはHパターンのMTと3ペダルを操る楽しさがあるのに対し、イージードライブで速さを引き出せるところがこのクルマの魅力だ。

「FA20」型の水平対向4気筒DOHC 2.0リッター直噴ターボエンジンは最高出力221kW(300PS)/5600rpm、最大トルク400Nm(40.8kgm)/2000-4800rpmを発生。ベースモデルのS4と数値自体は変わらないが、エアクリーナーエレメントやマフラーの変更によって全開加速時のエンジントルクを最大で約10%向上させている
エンジンルーム内の「フレキシブルタワーバーフロント」のように目につきやすいところだけでなく、フロア下の「フレキシブルドロースティフナーフロント」「ピロボールブッシュ・リアサスリンク」「フレキシブルサポートサブフレームリア」といったボディ剛性の強化アイテムを多数装着
STIロゴ入り本革巻シフトレバーはシフトブーツにシルバーステッキが与えられ、加飾パネルは全体がピアノブラックになる
アルミパッド付スポーツペダル

 また、CVTにはオイルクーラーが追加されている。この日は公道での試乗につき、激しい走りは控えたので何も起こらなかったが、以前にクローズドコースでノーマルのWRX S4を走らせたときには、全開でパイロンスラロームを繰り返すうちフェールモードに入ってしまったことがある。オイルクーラーがあればその症状が起こりにくくなるのは間違いない。

 マフラー交換によって低音の効いたスポーティなサウンドが楽しめるのもうれしい。吸音効果を高めるため内部にスポンジを配した専用タイヤも効いていて静粛性は高く保たれており、そのエキゾーストサウンドをよりダイレクトに楽しむことができる。

追加装着されるCVTオイルクーラー
低背圧パフォーマンスマフラーは低音が効いた排気音も大きな特徴
ダンロップ SPORT MAXX RTは内側に特殊吸音スポンジを設定

STIが手がけたコンプリートカーならではの走り

 スパルタンな乗り味もまた、走りを突き詰めたコンプリートカーの醍醐味を感じさせるものだ。S207の運動性能に近づけることを念頭に、S207でも評価の高かったビルシュタインの可変減衰力サスペンション「DampMatic II」を、若干セッティングを変更した上で採用するとともに、STIお得意の「フレキシブル」と名の付く追加バーや補剛材などを各部に配している。さらに、VDCとアクティブ・トルク・ベクタリングについても、ベース車ではフロントのブレーキのみを働かせているところを、WRX S4 tSでは「マルチモードVDC」の設定でトラクションモードを選ぶと、高G領域でリアタイヤも制御して旋回性能を高める。

 これら諸々の内容を持つフットワークの仕上がりは、やはりインパクト満点。持ち前の俊敏なハンドリングに輪をかけて応答遅れが排除されていて、ステアリングを切ったとおりに遅れなくヨーが立ち上がる。セダンでここまで極めたクルマを味わったのは、まさしくS207以来だろうか。骨太なグリップ感のなかにある、舵角に対して極めて正確にラインをトレースしていく繊細な感覚は、このクルマならではである。

試乗会の会場一角で開発担当者のインタビュータイムも用意された

 むろん、路面の荒れたところでは乗り心地にハードさを感じるが、お伝えした俊敏なハンドリングとひきかえであれば納得できる。なお、あくまで2ペダルのセダンという性格を鑑みて、「女性が乗ることやロングドライブを想定して、S207と比べていくぶんコンフォートを意識した」と開発関係者は述べていた。実際、いたって乗りやすく仕上げられているので、女性が運転する立場になっても大きな問題はないだろう。

スバルテクニカインターナショナル株式会社 車両実験部 担当部長 桐生浩行氏
スバルテクニカインターナショナル株式会社 パワーユニット技術部 パワーユニット設計課 課長 柳岡寛典氏

 フロントにブレンボ製キャリパーを採用したブレーキ性能についても、まったくなんの不安も不満もなく、コントロール性も高い。これだけキャパシティが高ければ、たとえサーキットを本気で攻めてもそう簡単に音を上げることはないはずだ。

フロントのブレーキキャリパーはブレンボ製。さらにビルシュタイン製フロントダンパーにはDampMatic IIが搭載される
専用セッティングのアクティブ・トルク・ベクタリングは、トラクションモードの選択時はリアブレーキも作動させて旋回性能、操舵応答性を高める

 また、WRX S4 tSには、こうしたSTIのスポーツモデルとして初めて「アイサイト(ver.3)」が装備されていることもポイントだ。今の時代、購入検討者にとって背中を押される大きな要素となることに違いない。

 むろん、ベースのWRX S4も魅力的なクルマだが、さらにその上が欲しいという人にとって、WRX S4 tSは、魅力的な装備はもとより、めっぽう速い動力性能と極めて俊敏なハンドリングを持ち、2ペダルのセダンで本格的なスポーツドライビングを楽しませてくれるという、まさしく待望の1台である。

岡本幸一郎

1968年 富山県生まれ。学習院大学を卒業後、自動車情報ビデオマガジンの制作、自動車専門誌の記者を経てフリーランスのモータージャーナリストとして独立。国籍も大小もカテゴリーを問わず幅広く市販車の最新事情を網羅するとともに、これまでプライベートでもさまざまなタイプの25台の愛車を乗り継いできた。それらの経験とノウハウを活かし、またユーザー目線に立った視点を大切に、できるだけ読者の方々にとって参考になる有益な情報を提供することを身上としている。日本自動車ジャーナリスト協会会員。日本カー・オブ・ザ・イヤー選考委員。

Photo:堤晋一