インプレッション

STI「WRX STI tS TYPE RA」

スバルでインプレッサのPGMを務めた森氏が陣頭指揮

 イチ走り好きとして「WRX」のことは常に気にしているが、春のニューヨークショーで披露されたコンセプトモデルのルックスがとても印象的だったこともあって、次期WRXの市販車がどんなクルマになるのか、いつごろ発売されるのかと、ますます気になっていたタイミングで、STI(スバルテクニカインターナショナル)開発陣が「GVB型の集大成」(はっきり「最後」とはアナウンスしていない)と表現する特別仕様車「WRX STI tS TYPE RA」が発売された。

 実を言うと、同モデルは7月2日に発売されたのだが、試乗した7月18日の時点ですでに限定300台のうち261台を受注し、しかも上限200台の「NBR CHARENGE PACKAGE」は完売、39台しか残っていない状況だ。

 そんな中で試乗会が実施されたわけで、すでに購入を決めた人は納車を楽しみしてもらえると幸いに思うし、これから買うかもしれないという人は、その背中を押してあげたいという気持ちで、今回のインプレッションをお伝えしたい。

 インプレッサ WRX STI spec Cをベースとする、同モデルの変更内容については関連記事を参照いただくとして、方向性としては、かつてない「走りの切れ」のあるクルマをコンセプトに開発したと言う。それを実現するための方法として、11:1というステアリングギアレシオを採用したことを知って驚いた。spec Cの13:1でも相当にクイックだと思っていたのに、まさかここまでやるとは。そんなにクイックにして危なくないのか?

 ちなみに11:1というのはWRカーと同じらしく、そう言うといかに極端であるかがご理解いただけるだろうか。とにかく市販車で11:1などという数字は、可変ギアレシオならいざしらず、固定ギアレシオのステアリングではほかに思い当たる例などないところだが、STIでは兼ねてからこのアイデアを温めていたそうだ。これまで研究開発を重ねてきて、操縦安定性を十分に確保できるメドが立ったので、今回晴れて採用に踏み切ったのだと言う。

 そして、WRX STI tS TYPE RAの開発を手がけたキーパーソンの1人が、かつてスバル(富士重工業)で2代目~3代目インプレッサのPGM(プロジェクト・ゼネラルマネージャー)という要職を務めた、森宏志氏だ。今回のモデルは、森氏がSTIに移籍して初めてイチから携わったクルマであり、インプレッサのことを知り尽くした森氏だからこそ、さらにはスバル本体ではなく小回りの利くSTIだからこそ、こうしたチャレンジが可能となったに違いない。

STIのコンプリートカー「WRX STI tS TYPE RA」。搭載エンジンは水平対向4気筒 2.0リッターターボエンジンで、最高出力227kW(308PS)/6400rpm、最大トルク430Nm(43.8kgm)/3200rpmを発生。モデルは3グレードあり、ベース車に加え「NBR CHALLENGE PACKAGE」、さらに専用レカロシートを装着した「NBR CHALLENGE PACKAGE [RECARO]」を用意。写真はNBR CHALLENGE PACKAGE [RECARO]で、STI製のオプションパーツが付く
黒を基調としたスポーティなインテリア。トランスミッションは6速MTで、専用のレカロシートが目を惹く

ステアリングギアレシオ11:1が生むハンドリング

 11:1という数字に「危惧」の思いというのはあまりなく、純粋に「一体どんな乗り味になっているのだろう」と期待して乗り込み、いざドライブして衝撃を受けた。楽しい!

 今まで味わったことのない感覚。こんなに小さな舵角でヒラリヒラリと向きを変えるなんて、交差点1つ曲がるだけでも快感だ。WRカーの操縦性というのは、こういう感じなんだろうか。

 かつてステアリングギアレシオが13:1のspec Cに初めて乗ったときも、とてもクイックに感じたものだが、このクルマはその比ではない。ベースのspec Cは、わるく言うとクイックでも軽薄なところがあったのに対し、こちらのほうがずっとクイックでありながら、その中でしっとりとした上質な感じを受ける。

 ステアリングをクイック化しただけでこの味が出せるはずがない。クイックであればあるほど、いかにクルマが操作に対してリニアに反応してくれるかが重要で、とくにステアリングをわずかに切った微小舵域での反応が大事になると思うが、このクルマはそこが非常に丁寧に作り込まれているのだ。これほどクイックでありながら、ステアリングを切ってフロントが曲がろうとした瞬間に遅れることなくリアがついてくるところも大したもの。クルマの動きを決めるのはリアだと常々思っているが、このリアの応答性もポイントだと思う。

 また、クイックながらクルマの挙動変化が手に取るように掴めるので、無駄に切りすぎることもなく、究極的に俊敏なハンドリングを楽しむことができるし、高速道路のレーンチェンジで過敏すぎて怖い思いをすることもない。コンセプトどおり、走りにとてもキレがあり、どこでもイメージしたとおりに、本当に安心して気持ちよく走れるクルマに仕上がっているのだ。

ニュルでの経験が活かされたシャシー性能

18インチのBBS製鍛造アルミホイールにブリヂストン「ポテンザRE070」(245/40 R18)を組み合わせる

 驚いたことに、このクルマは乗り心地がよい。

 ベース車よりもスポーティ度が増していると聞いていたので、てっきりスパルタンな硬い乗り心地になっているものと予想したのだが、実際にはそうではなかった。

 乗り心地をよくするのが目的だったというよりも、トラクション性能やブレーキ性能をより高めるために、4輪の接地性を最大限に引き出そうとシャシー性能を追求した結果、副産物として快適性まで向上したというニュアンスで、よく引き締まった足まわりがより強固な車体をフラットに保ちながら、サスペンションだけが動いて入力をいなし、衝撃を乗員にあまり伝えないという印象だ。

 これには「フレキシブル」と名の付く、ボディー各部に配された補強パーツが効いていて、横方向の入力に対しては強く、縦方向の入力はいなす働きをしている。まさに、STIのコンプリートカーのキーワードである「強靭でしなやかな走り」が体現されているのだ。

 ストッピングパワーの絶対性能とキャパシティの向上を図ったブレーキは、ペダルタッチの剛性感が高く、強力な制動感のある中でコントロール性にも優れる。先に述べた味付けのサスペンションセッティングとの相性も絶妙で、ブレーキのコントロールによって各タイヤの荷重が移り変わる感覚も掴みやすい。このあたりの一連のチューニングには、タイヤの接地性が問われるニュルブルクリンクでの経験が大いに活かされているのだろう。

 エンジンは、ベースであるspec Cと同じ308PS/43.8kgm仕様で、エンジンまで手を入れたSシリーズ等に比べると数値としては及んでいないが、十分にパワフル。ボールベアリングターボのおかげでレスポンスも良好だ。これで物足りなく感じるのはよほどの人だろう。

 次期WRXがどのようなクルマになるかも大いに気になるところだが、GRB/GVB型の集大成として世に送り出されたこのクルマは、11:1というステアリングギアレシオによるインパクトもあって、STIが手がけた歴代コンプリートカーの中でも、とりわけ鮮烈に記憶に残る1台になると思う。

岡本幸一郎

1968年 富山県生まれ。学習院大学を卒業後、自動車情報ビデオマガジンの制作、自動車専門誌の記者を経てフリーランスのモータージャーナリストとして独立。国籍も大小もカテゴリーを問わず幅広く市販車の最新事情を網羅するとともに、これまでプライベートでもさまざまなタイプの25台の愛車を乗り継いできた。それらの経験とノウハウを活かし、またユーザー目線に立った視点を大切に、できるだけ読者の方々にとって参考になる有益な情報を提供することを身上としている。日本自動車ジャーナリスト協会会員。日本カー・オブ・ザ・イヤー選考委員。