インプレッション

トヨタ「GRMN ヴィッツ ターボ」

ニュルブルクリンク24時間レースのノウハウを

 現在、トヨタ内にいくつかあるワークスチューニングブランドの中で、トヨタ社内の組織としてスタートした、まさに“直系”といえるのが、「GAZOO Racing」にある「G's」と「GRMN」だ。いずれもワクワクするような楽しいクルマを市場に投入することで、トヨタファン、ひいてはクルマファンを増やしていくことを目的としており、コンプリートカーを手がける点で共通している。「G's」は高速道路やワインディング、街乗りで走りを楽しもうというエントリー層をターゲットとしているのに対し、GRMNはサーキット走行までカバーすることを念頭に置いた、ちょっと高度なチューニングを施した車両を手がけるという棲み分けがなされている。

これまで、G'sではヴォクシー/ノアを皮切りに、いくつかの車種のコンプリートカーを、かたやGRMNも、2009年と2012年に100台限定でiQのコンプリートカーを発売してきた。一方、GRMNとしてドイツのニュルブルクリンク24時間レースなどモータースポーツにも参戦しており、2013年にはレクサス「LF A」とトヨタ「86」を擁し、ともにクラス2位という好成績を収めた。

 そんなGRMNが現在、ヴィッツをベースとして精力的に開発を進めているのが、この「GRMN Vitz Turbo(ヴィッツ ターボ)」だ。これまでヴィッツをベースとするコンセプトモデルとして、2012年の東京オートサロンでは、ワイドボディー化し、ターボチャージャーを追加するなどした過激なバージョンを披露し、翌2013年には市販化を意識した現実的なバージョンを出品した。後者の存在は同プロジェクトが現実のものとなるのが確実であることを印象づけ、そして今回、富士スピードウェイのショートサーキットで試乗したプロトタイプは、それがそう遠くないことをうかがわせた。

 開発には上で述べたニュルブルクリンク24時間レースに出場経験のある社内のドライバーやメカニックの面々が携わっており、そのノウハウを活かして、ピュアスポーツ2ボックス(開発ドライバーの勝俣氏が「2ボックスのポルシェ」と表現)を目指し、「味づくりの旅」をテーマに、いろいろ試しながら開発を進めている最中という。

前後バランスが絶妙なハンドリング

 車体は、開口部が少なく剛性や重量の面で有利な、国内未導入の3ドアがベース。ベースのヴィッツRSに対して多くのエクステリアパーツがモディファイされており、全長は15mm長く、全高は10mm低くなり、ワイドトレッド化されているものの、2012年のオートサロンに出品されたコンセプトカーの強烈なインパクトからすると、当然ながら控えめに感じられるが、走りは刺激的だ。

 新開発のターボチャージャーを装着した1.5リッターの1NZ-FE型エンジンのスペックは、最高出力が112kW(152PS)/6000rpmとベース車に対して約40%も向上し、最大トルクは206Nm(21.0kgm)/4000rpmと同じく約50%も向上している。

 実際にもなかなかパワフルで、低~中回転域でのトルク感はスーパーチャージャーほどドンと押し出す感覚こそないとはいえ、ターボチャージャーらしく回すほどに勢いを増していく痛快な吹け上がりを楽しめる。このコースでは2速と3速がメインとなるが、これを操るクイックシフトのフィーリングも、適度にショートストロークで、しっかりとした感触もあり、扱いやすい。

 出力向上に合わせて、フロントに専用の4ピストンの対向キャリパーを装着するなどブレーキの強化も図られており、絶対的な制動力のキャパシティはもちろん、タッチに剛性感があり、コントロール性も上々だ。シャシーについても、スプリングやダンパーやスタビライザーの強化だけでなく、市販車とは別ラインで生産された専用ボディを持つG'sヴィッツに対しても、スポット溶接の打点を増やしたり、ブレースの位置を変更したり、フロントサスペンションに剛性の高いロアアームを用いるなど、より高度なことを施している。

 ハンドリングの仕上がりは、前後のバランス感が絶妙だ。4輪のグリップを上手く引き出している印象で、粘り腰のグリップを見せるリアに対し、フロントはステアリングの応答遅れがなく、小さな舵角で素直に向きを変えていく。

 また、FF車に効きの強いLSDを装着するとステアリングが取られてわずらわしい思いをするところだが、このクルマのフロントに組み込まれたヘリカル式LSDは、そのあたりにも配慮したものらしく、それほど違和感はない。コーナーの立ち上がりで思いっきりスロットルを全開にしても、フロントがあまり空転することなくグイグイと前に進んでいく。加えてリアのグリップも十二分に高いので、ちょっと大げさに表現すると、まるで4WDのようなトラクションを感じる。

 もううひとつ印象的だったのが乗り心地のよさだ。以前、G'sに乗ったときにも結構固めだなと感じ、今回も比較用に用意されていたので、あらためてドライブしたところ、やはりそう感じた。それに対し、サーキットまで対応するというGRMNには、もっと固いのではというイメージがあるところだが、GRMNの足まわりのほうが固さを感じないのだ。

 しなやかに衝撃を吸収しており、それでいて姿勢変化も小さいという、より理想に近い味付けとなっていた。これには車体の剛性向上はもちろん、ダンパーの内部部品変更し、ピストン径を拡大して容量を増したことや、専用の軽量ホイールの装着によりバネ下重量を軽減したことなども効いているものと思われる。こうしたところにも、荒れた路面が車体にとって厳しいと評されるニュルブルクリンクで鍛えられたエッセンスを感じさせる。

ISに続いて一体発泡成型のスポーツシートを採用

 インテリアも各部が専用に仕立てられている。本来はスピードメーターのあるセンターの位置に大径のタコメーターを配しているのは、いかにも走りに特化したクルマという雰囲気が伝わってくる。

 また、新型レクサスISにも採用されて注目を集めた一体発泡成型のスポーツシートが、このクルマにも与えられているが、身体が包み込まれるようなフィット感があり、強い横Gのかかったコーナリングでもあまり身体がぶれることなく、適切なドライビングポジション維持しやすい。それでいて一般走行時にも窮屈な思いをすることなく快適にドライブできるであろうフレキシブルさも備えているというスグレモノだ。

フットペダルについては、フットレストを設置するとともに、ヒール&トゥがしやすいようにベース車よりもブレーキとアクセルの間隔をつめたという。印象としては、もう少し近いほうがよりヒール&トゥしやすいように感じたのだが、開発関係者によると、あまり近づけすぎると踏み間違えるおそれがあるため、トヨタの社内基準を鑑みると、これが限界だったとのことで、ひとまずヨシとするほかないようだ。

それにしても、こうしたクルマを一昔前なら各メーカーがラインアップしていたほどだったところがめっきり減って、たとえあってもあまりそそられないものが少なくなかった中に、本格的な内容を誇る、まさに“ホットハッチ”が現れようとしていることには大いに期待したいところ。

 今回はプロトタイプということで、まだ試乗時の状態から変更が加えられる可能性はあるようだが、市販開始は秋頃の予定とのことで、価格についても300万円をはるかに上回った前作のiQよりもだいぶ控えめとなるようだ。

 実用性についても、3ドアとはいえ満足に使えるリアシートやラゲッジスペースを備えているヴィッツがベースなら、日常的に使いながら、オフに本領を発揮させるといった使い方ができるのはいうまでもない。発売までまだ少々時間があるが、楽しみにして待ちたいと思う。

岡本幸一郎

1968年 富山県生まれ。学習院大学を卒業後、自動車情報ビデオマガジンの制作、自動車専門誌の記者を経てフリーランスのモータージャーナリストとして独立。国籍も大小もカテゴリーを問わず幅広く市販車の最新事情を網羅するとともに、これまでプライベートでもさまざまなタイプの25台の愛車を乗り継いできた。それらの経験とノウハウを活かし、またユーザー目線に立った視点を大切に、できるだけ読者の方々にとって参考になる有益な情報を提供することを身上としている。日本自動車ジャーナリスト協会会員。日本カー・オブ・ザ・イヤー選考委員。