日下部保雄の悠悠閑閑

シミュレータ体験

eスポーツはスポーツなのか? という疑問を抱き、友人にお願いしてシミュレータを体感させてもらった。こちらは筑波サーキット。ピットアウト位置のアウディ TT

 モータースポーツも徐々に始まったが、気になるのはリアルなスポーツと並行して行なわれているeスポーツ。モータースポーツでは数多くのシリーズ戦も組まれるなど、活発に行なわれている。

 日産は早くからオンラインゲームからドライバーを育成しており、ルーカス・オルドネス選手がその端緒だと思う。ゲームの世界から実際に速く安定性の高いドライバーが誕生することを実証したのは大きかった。

 でもまだ実感がわかない。で、実際にどうなんだろうと、知人の森岡君がはまっているシミュレータを体感させてもらうことにした。森岡君はドライビング・インストラクターで、ラリーでも速さを実証している腕利きだ。

 グランツーリスモもまともにやったことのない自分にとってワクワクである。秘密基地(?)に行くと、パイプで組まれたフレームにレカロシート、3つのペダル。前にはラウンドしたモニター。右にはシフトレバーが備わっていた。オー! 素晴らしい!

 シートポジションを合わせてブレーキを踏んでみると、以前に経験したようなスイッチ感よりもクルマらしいのでホッとする。

 ステアリングはラリー用とレース用で使い分けている。ラリー用は丸型、レース用は楕円型だった。そのステアリングにはよく分からないスイッチがいっぱい並んでいるが、こちらはオーナーの森岡君にお任せ。最初の車両セッティングなどに使うらしい。アライメントなどを変えることが可能だ。とにかくいろんなスイッチをコチョコチョいじると、あらゆるものが一瞬で変わるのがシミュレータだが、自分にはこの領域は遠い世界だ。

 最初に選んだのはWRC。手始めにクラシック・ミニでアクロポリスラリーのグラベルSSをトライする。と言っても、超ビギナーにとってコースはどこでも同じようなもの。クラシック・ミニを選んだのも、パワーがなくていいだろうと思った程度だ。そして案の定、なんだか分からないうちに谷底に落ちて、ガラスが割れていた。何回かやってもなかなか完走できない。

ラリー用の画面に、ステアリングもラリー用にしてもらった。シトロエンがあったりして、1960年代のラリー車をドライブできるのも面白い

 気分を変えて憧れの131 アバルトに変えてみた。気持ちはワルター・ロールである。FFからFRに変わってクルマも速くなり、ハンドル操作も忙しくなった。思わず左手でサイドブレーキを探ろうとするが、残念ながらなかった。当然落ちた……。何台の131 アバルトを壊したか分からない。まだゲーム感覚から切り替えができていないし、モニター上に現れるコースに速度をアジャストできない。

 性懲りもなく今度はモンテカルロラリーに挑んだ。GrNウィナーになった奴田原君にあやかって、ADVANカラーのランサーエボリューションXをチョイスする。今度は4WDらしい動きをしている。ラウンドしたモニターは、タイトなヘアピンコースの先も分かりやすく見える。何回かのアクシデントの後、ボロボロになってフィニッシュラインを超えたが、左のフロントタイヤがパンクしていることにも気づかなかった。

 今度はサーキット。ドライの筑波でMX-5とアウディTTのカップカーである。走り慣れた筑波だが、まだまだリアルの感覚が邪魔をする。MX-5のカップカーはパワーもあるので、速度感覚とアクセルワークで荷重移動する感覚がうまくマッチしない。というかやっとそれがあることが分かってきた。まだまだアンダー/オーバーへの対処が遅れて、スピンしたり、コースアウトしたりだ。

レース用のステアリングハンドルは楕円形でボタンがたくさんあった

 さらに速いFFのTTは、視線を少し上からに変えてもらうと距離感が分かりやすくなった。森岡君にお手本を見せてもらうが、ラインが鋭角的で直線のうちに処理をしながら、アクセルも早く開けている。さすがにマイスター! 速くスムーズ! 考えてみればリアルでも当たり前の走り方だ。気が付くとモニターの世界に没入している自分がいた。

 次の舞台は鈴鹿でマシンはGT-R。レブリミットはインジケーター内のサインで分かるので、パドルシフトに集中できる。まだどの程度アクセルを開ければいいか躊躇する。ウーン! 限界かつかめないぞ。

GT-Rで走った鈴鹿。1コーナーの外側に止めてみた

 気が付くと2時間ほどシミュレータの世界に没入していた。面白い! 身体的な疲れはあまりなかったが、結構汗をかいたし、かなり集中力が必要なのも分かった。しかも高価なマシンを何台もつぶしてしまったのに怒られることもない。ま、罪悪感はかなり残るけれど。

 実車だと競技車に乗れるようになるまで相当なコストがかかるが、グラツーリスモなら少しの投資で済む。今回体験させてもらったシミュレータはロードスター1台分ぐらいのコストでメンテも相応にかかるが、それでも実車よりはるかに安い。簡単にコースを変えることも、そのフィールドすら変えることができるのも衝撃的だ。

 短い体験から感じたのは、実車とシミュレータゲームでは必ずしも一致したものではないということだった。例えば、箱車ではステアリングに伝わるインフォメーションや体の3軸で感じる微妙なズレを、デジタルの世界で一致させるのが難しい。それぞれの役割があり、リアル、デジタルの世界でできること、できないことがある。

 しかしこの先、両者の関係はますます接近していくと思う。もしデジタルの世界で習熟できればリアルの世界でも応用は効かせられそうで、この体験は何もないところからスタートするドライバーにとって大きな財産となるに違いない。モータースポーツでは高い近似性がありそうだ。

 今回はフィジカルトレーニングが必要なスポーツの領域に入ることはなかったが、さらに進めば集中力を維持したりするのはリアルの世界と同じだろう。

 またやらしてもらおう! 森岡君、よろしくネ!

日下部保雄

1949年12月28日生 東京都出身
■モータージャーナリスト/AJAJ(日本自動車ジャーナリスト協会)会員/2020-2021年日本カー・オブ・ザ・イヤー選考委員
 大学時代からモータースポーツの魅力にとりつかれ、参戦。その経験を活かし、大学卒業後、モータージャーナリズムの世界に入り、専門誌をはじめ雑誌等に新型車の試乗レポートやコラムを寄稿。自動車ジャーナリストとして30年以上のキャリアを積む。モータースポーツ歴は全日本ラリー選手権を中心に活動、1979年・マレーシアで日本人として初の海外ラリー優勝を飾るなど輝かしい成績を誇る。ジャーナリストとしては、新型車や自動車部品の評価、時事問題の提起など、活動は多義にわたり、TVのモーターランド2、自動車専門誌、一般紙、Webなどで活動。