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GKN、新電子制御式LSD「ETM2」と4WD車向け駆動力伝達機構「EMCD」説明会

試作品装着車「マツダスピードアクセラ」などに試乗

2016年10月26日 開催

GKNドライブラインジャパンのプル―ビンググラウンドに持ち込まれた試作車を含む試乗車3台

 駆動系自動車部品を開発するGKNドライブラインジャパンは10月26日、栃木県にある同社のプル―ビンググラウンドにおいて、新たな電子制御式LSD「ETM2」(Electronic Torque Manager)と、4WD車に用いられる電子制御式駆動力伝達機構「EMCD」(Electro Magnetic Control Device)を発表し、その試作品を搭載した改造車両による試乗会を開催した。自動車メーカーから要望の大きい、主にパッケージサイズや応答性の部分で大きな改善を図っており、走行性能のさらなる向上と違和感のないドライブフィーリングを実現する。市販車両向けの量産開始はいずれも2018年以降を計画している。

試乗会場となった栃木県栃木市大光寺町にあるGKNドライブラインジャパンのプル―ビンググラウンド
30~60%もの勾配がある登坂路も用意
GKNプル―ビンググラウンドは車両試験やイベントなどの用途で一般にも貸し出されている

GKNドライブラインジャパンとは?

企業概要を説明したGKN Driveline エンジニアリング&テクノロジー シニアバイスプレジデントのマーク・リンドン氏

 GKNグループは世界30カ国以上に5万6000人もの従業員を抱え、自動車部品を開発するGKN Drivelineや航空宇宙産業向けの製造を行なうGKN Aerospaceなどからなるグローバル企業。GKNドライブラインジャパンはGKN Drivelineの日本法人として、主にドライブシャフトやプロペラシャフト、AWD(All-Wheel Drive)システム、デファレンシャル機構といった駆動系自動車部品の開発・製造を行なっている。

 今回発表した製品は、フロント側に装着する2輪駆動車用の電子制御式LSD「ETM2」と、カップリング(軸継手)とも呼ばれる4輪駆動車向けの電子制御式駆動力伝達機構「EMCD」の2つ。また、合わせてエンジン駆動の前輪と同期して作動する独立した後輪駆動用モーター「eAxle」と、制御装置「EDD」(Electronic Disconnect Differential)を搭載する市販ハイブリッド車両も紹介した。

グループ企業では航空宇宙産業、農業・工業における動力分野、焼結部品分野などを手がけている
GKN Drivelineが開発するテクノロジーは、5割の自動車メーカーが採用
ドライブシャフト、AWDシステム、電動モーターによるeDriveシステムなどを開発・製造
アジア地区のAW&Eドライブ オペレーションズディレクターを務めるGKN Drivelineのレイ・クジラ氏。現在から将来の市場環境などについて解説した
内燃機関を備える自動車の割合は徐々に減り、代わりにハイブリッド車やEV(電気自動車)が台頭してくると予測
将来的には街中の移動を目的とした小型のシティカーと、ハイパフォーマンスな中型の電動・燃料電池車が一般的になると見ている
将来の高級車はより高性能を求めるだけでなく、ドライビングの快適性、効率性も大きく高めていくことになるとしている
多数のモジュールが組み合わされた現在の自動車
いずれは大部分が1つのモジュールにパッケージングされ、全体的にはシンプルになるが、その分モジュール自体の重要性ははるかに高まると見る

小型・軽量化し、異音もゼロにした電子制御式LSD「ETM2」

ETM2について解説したGKNドライブラインジャパン株式会社の田中克己氏

「ETM2」は、2輪駆動車に用いられる電子制御式のデファレンシャル機構で、リア側に装着するETM2と、4WD車用のETM4はすでに開発を完了している。今回新しく発表したフロント用のETM2は、機械式LSDなどにおいてトレードオフの関係にある旋回トラクションと初期回頭性の両方の性能を高めるべく、ユニットの小型化と電動モーターによる駆動制御の緻密化を図ったものとなる。

 従来もあった電子制御式LSDと構造上大きく異なる点は、アクチュエーター(駆動力を伝えるギヤのかみ合い部分を含む機構)において、モーターとギヤを平行に配置するのではなく、モーターで直接駆動するウォームギヤをウォームホイールと直交させる形で配置し、モーターのサイズを小型化したこと。これによりユニット全体のサイズも縮小し、収納スペースの少ない車両にも搭載可能とした。また、機械式LSDで発生しがちだった異音や振動も現れない設計としている。

従来型のLSDは旋回トラクションと初期回頭性がトレードオフの関係にある
シミュレーション映像。赤がLSD装着車
LSD装着車は初期回頭性はやや劣るが、その後の旋回性は高い
電子制御式LSDもすでに存在するが、より幅広い車種に適用するため、小型化や特殊性の排除を実現した新たなLSDが必要と判断
ETM2で盛り込まれた各部の要素、構造

 別途配置する制御モジュールでは、各車輪の回転速度、ステアリング角度、エンジン出力、アクセル開度、ヨーレートなどの情報から必要なLSDのトルクや駆動量を算出。内輪と外輪の回転量の差を精密に最適化することで、より良好なハンドリングや旋回トラクションを得られるようにした。

 なお、ウォームギヤを用いた仕組みでは、LSD作動中にモーターが故障すると固定状態になってしまうことから、ギヤ位置を初期状態に戻してフリクションプレートが押圧されない(トルクが発生しない)ようにする必要がある。そのため、ETM2ではモーターと対向する位置に螺旋バネを配置し、LSDの駆動量に合わせて自動的に巻かれるようにしたうえで、モーター故障時はバネの力でギヤを初期位置に押し戻す構造としている。小型のバネで電力を使わないことから、こちらもユニットの小型・軽量化に貢献している。

制御モジュールでの処理フロー
モーター故障時のフェイルセーフ機構として、ウォームギヤを押し戻すための螺旋バネを備える
台上試験では振動や異音の発生はなし
左右の車輪でμの異なる路面では、一般的なオープンデフよりも高い加速性能が得られた
定常円旋回でも良好な加速度を示した
熟練ドライバーが1周64秒余りで走行するハンドリング路では、1.1秒のタイム短縮を果たした

 試乗会ではETM2の試作品を搭載した車両も用意された。車両は「マツダスピードアクセラ」(FF、6速MT)で、ETM2の作動のON/OFF(OFF時はオープンデフ)を切り替えられるようになっている。試乗コースとなったプル―ビンググラウンドのハンドリング路は、ややタイトなコーナーもあるが、ほぼ2速と3速で周回でき、最高速は60~70km/hほど。1周目はOFFで、2周目はONにした。

 ETM2をONにすると、最初のコーナー侵入時からOFFの時よりも初期回頭性が明らかに向上しているのが分かる。ハンドリングが軽くなった印象で、切り返しも軽く、鋭く行なえる。ややオーバースピード気味でコーナーに突っ込んでしまっても、ステアリングを切れば切るだけ曲がっていき、無理なくリカバリーできるといった変化を実感できた。試乗コース外を低速で移動している際には、わずかにハンドリングに重たさを感じる時もあったが、ETM2の調整次第で違和感を解消できるとのことだった。

 今回のフロント用ETM2は、現在も開発途中とのことで、差動ギヤ機構の簡素化と軽量化、コストダウン等を行ない、2018年~2019年に開発完了、その後の量産化を計画している。リア用のETM2はすでに量産が始まっているが、4WD車用のETM4は開発が完了しているものの、現在のところ採用(予定)車両はない。

ETMのカットモデル
裏側から
直交するウォームギヤとウォームホイール
ウォームギヤを小型のモーターによって回転させる
モーターの対向位置には螺旋バネを配置し、フェイルセーフを実現
ETM2の試作品を搭載したマツダスピードアクセラ(改造車両)
同社社員によるハンドリング路の走行デモ
ETM2がONの状態では、ハンドリングに明確な違いが現れた

応答性を大幅に向上した電子制御式カップリング機構「EMCD」

EMCDを解説したGKNドライブラインジャパン株式会社の丸山豊史氏

「EMCD」は、4WD車において後輪にも駆動力を配分する際に用いるカップリング機構の1つで、電子制御で駆動力の伝達をON/OFFできるようにしたもの。一般的にはビスカスカップリングという速度感応式の機構が多く用いられ、電子制御式カップリングも存在するが、それら従来型の機構はいずれも必要時に後輪に動力を発生させる際の(締結)応答性が低く、例えば前輪が空転してから後輪に動力が発生するまでにタイムラグがあり、走行安定性を損ないやすい欠点があった。

 この欠点を補うため、従来型システムでは2輪駆動の時からクラッチ板間の隙間を小さくし、後輪に動力が発生しない程度に締結状態を維持しておくことで、応答性を高める方策も取られている。しかしこの場合、例えば電子制御カップリングでは常時電流を流していることになる(4輪駆動状態に近い)ため、燃費の悪化は避けられない。特に低温環境においては高い引き摺りトルクが発生し、動力として伝える際の正確なトルク制御が行なえない問題もある。また、内部のパイロットクラッチ板と呼ばれる部品の製造工程上の問題が引き摺りトルクの増加につながっていることも指摘されていた。

従来型の(電子制御式)カップリング機構よりも高い締結応答性、低温での引き摺りトルクの低減を目指して開発
従来製品のEMCDは他社製のカップリング機構と同等か、一部で優れた性能を発揮している
締結応答性と引き摺りトルクにおける課題の分析

 新たなEMCDではこれら課題の解決を目指し、内部のカムとプレッシャープレート間に設けられている6つの支持用ボールを3つのテーパーローラーに置き換え、さらに精密加工を施した2段カムとして、締結応答性向上と引き摺りトルク低減を図った。また、パイロットクラッチにスリットを設けることで、パイロットクラッチ板間の隙間を均一化。型から抜いて製造されるパイロットクラッチに生じやすい“抜きダレ”や“バリ”による引き摺りトルクの増加を避けるため、ブリッジ部両側根元に削り込むように加工する「ラウンドエッジ」を施し、金属接触が発生しにくいよう改善した。

 これらの工夫により、締結応答性を従来型のEMCDと比べ最大23%、初期の電流を瞬間的に高める「ブースト制御」を加えることで最大50%向上させることに成功した。引き摺りトルクは温度が50℃の場合に最大43%、マイナス20℃では最大60%低減でき、結果、車両の挙動を改善させながら、より小型・軽量の駆動系を設計できるようになったとしている。

課題解決のため、テーパーローラーを使用した2段カムに。パイロットクラッチの構造も工夫した
台上試験の結果。締結応答性は最大23%向上
引き摺りトルクは最大43%低減
トルクの低下やバキ音(差回転反転時の異音)が発生しないことを確認
さまざまな改善により小型・軽量の駆動系を設計できるようになるという

 試乗会では、EMCDの試作品を搭載したマツダ「CX-5」を体験することができた。プル―ビンググラウンドの一角に設置された低μを再現するスキッド路で、前輪を0.3μ程度(雨天時の舗装路面に相当)の路面に、後輪を0.6μ程度(わずかに湿った舗装路面に相当)の路面に接地した停止状態から発進させるという内容で、前輪が空転した際に後輪がどのような挙動を示すかを確認できる。

 実際に試したところ、アクセルを踏んで発進させた際、これまでの多くの4WD車にあった、しばらく前輪が空転した後にようやく後輪が回り始める、というような現象は発生せず、前輪は確かに空転するものの、空転したかどうか、というタイミングで後ろから背中を押されるような感覚で確実に前に進むことができた。前輪だけが空転していると横滑りするような格好でフロントが左右に振れてしまったりもするが、後ろから押し出すように進むため、意志に反してクルマが動いてしまう不安もほとんど感じられなかった。

 同社によれば、EMCDは2018年の量産化を目指して開発中。国内自動車メーカーとの話し合いも進んでおり、トルク容量の異なる製品をラインアップして小型車から大型SUVまでさまざまな車種をカバーする予定だ。

EMCDのカットモデル
3つのテーパーローラーが用いられている
このカットモデルにはないが、実際はパイロットクラッチ板のブリッジ部根元に削り込まれたような加工が施される
EMCDの試作品を搭載したCX-5(改造車両)
プル―ビンググラウンドの低μ路
前輪のみを低μ路面に接地させた状態から発進
前輪が空転し始めたかどうかというタイミングで後輪にも動力が伝わり、スムーズな発進が行なえた

独立した後輪モーターを前輪と連携させる「eAxle」「EDD」

eAxleとEDDを解説したGKNドライブラインジャパン株式会社の相川政士氏

 以上に加え、前輪をガソリンエンジンで、後輪を電動モーターで駆動するボルボのプラグインハイブリッド車「XC90」も試乗した。XC90は、GKNドライブラインジャパンが提供する電動モーター駆動のアクスル「eAxle」(後輪用)と、必要に応じて前輪と後輪の動力接続(連携)をシームレスにON/OFFする「EDD」を採用した市販車両だ。

 この2つのテクノロジーにより、XC90では後輪の電動モーターだけで最高速125km/h、最大航続距離約40kmまでの走行ができ、ガソリンエンジンによる前輪駆動のみ、あるいは前輪と後輪の両方と、フレキシブルに切り替えながら走行可能となっている。

XC90のスペック
後輪のモーターとバッテリーのみで最大航続距離は40km
eAxleは高い性能を発揮するだけでなく、重量15kg余りと小型・軽量なモジュールにもなっている
EDDの仕組み、構造

 試乗コースはプル―ビンググラウンドの外周を2周。制限速度があるため最高でも120km/hまでで、十分に充電されていなかったことから低速時の電動モーター駆動は体験できなかった。それでも前輪駆動、4輪駆動、後輪駆動、それぞれの切り替わり時の挙動変化がなく、駆動輪を意識せず快適に巡航可能なことを確認できた。

 駆動輪の状況は車内のインフォテイメントシステムでリアルタイムに確認できるものの、時折その画面に目をやると、気付かないうちに駆動輪が変化していたり、エネルギー回生ブレーキで充電していたりする。ドライバーの操縦に一切水を差すことのない自然なパワートレーンになっていると感じられた。

 eAxleとEDDは、XC90のほかにBMW「225xe アクティブ ツアラー」でも採用済み。他の自動車メーカーにも提案を進めている段階にあるという。

XC90に搭載されているeAxle
eAxleとEDDを搭載する市販車のボルボ XC90
プル―ビンググラウンドの外周路を走行する様子
モーターのみで後輪を駆動中
状況に応じて前輪+後輪の4駆で走行
高速走行時は前輪のみで駆動する。これら切り替わり時の挙動変化はほぼゼロで、気付くことはまずない