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【インタビュー】インディカー・シリーズ開幕まであと1カ月。インディ500 2連覇も狙う佐藤琢磨選手に聞く

 2017年、日本人として初めてインディ500を制覇した佐藤琢磨選手は、2018年シーズンもインディカー・シリーズに参戦する。佐藤選手は2017年まで所属していたアンドレッティ・オートスポートを離れ、2012年に優勝したダリオ・フランキッティ選手と最終ラップまで優勝を激しく争った時の所属チームだったレイホール・レターマン・ラニガン・レーシング(RLLR)へ移籍して、インディ500のディフェンディングチャンピオンとして2連覇を目指すことになる。

 今シーズンのインディカー・シリーズは、シャシーは従来と同じ「DW12」が利用されるが、これまでシボレーとホンダで異なっていた空力が統一され「ユニバーサルエアロキット」と呼ばれる全チーム共通空力が導入されることで、戦力図にも大きな差が出てくる年となる。佐藤選手が所属するRLLRは、1986年のインディ500勝者で当時のCARTシリーズ(現在のインディカー・シリーズの源流の1つ)チャンピオンに1986年、1987年と2年連続で輝いた偉大なドライバーであるボビー・レイホール氏が興したレーシングチーム。2017年まで息子のグラハム・レイホール選手を1台体制で走らせて、ここ数年ずっとホンダ勢のトップに位置していたという少数精鋭の強豪チームだ。

 佐藤選手はそのRLLRの30号車に乗り、インディ500の2連覇、そして自身初めてとなるシリーズチャンピオンの獲得に向けて、すでに1月末にセブリングでテストを行なうなど始動している。

インタビューは“ベビーボルグ”と呼ばれるボルグワーナートロフィの複製トロフィとともに行なわれた
ボルグワーナートロフィについて話す佐藤琢磨選手
台座にはボルグワーナートロフィと同じように佐藤選手の顔が彫刻されている

2017年の15号車のストラテジスト、エンジニア、サブがそっくり30号車担当になる。イコールコンディションでなければいかないと佐藤選手

――今シーズンに向けた見通しを。

佐藤琢磨選手:クルマも変わるし、チームも変わるので、すごく楽しみにしている。しかも、昨年夢が叶ってインディ500に勝つことができて、今年はシリーズタイトルを本気で狙っていける期待感のあるオフシーズンを過ごしている。新しいクルマはフォルムが変わって格好よくなったので、それだけでもテンションが上がる。今年の車はダウンフォースを意図的に落としてあり、去年よりも不安定になっていて、ドライバーがやらないといけないことが増えている。競争がより激しくなると思う。

――ペンスキーがいて、ガナッシがいてという構図はシャッフルされるだろうか?

佐藤選手:そういう意味での勢力図は大きくは変わらないと思うが、昨年までトップチームとの間にあった埋められない差はなくなっていると考えている。今年は空力がシボレーもホンダも同じユニバーサル・パッケージになっており、全チームが同じモノを使うために、これまでのように届かないということがなくなると考えている。もちろん、ペンスキーやガナッシのような大チームはリソースがあり、すでにメーカーテストを行なっているなど有利な点は少なくないが、戦って戦えない相手ではない。

――シーズンを通してみるとホンダのエアロが得意ではないサーキットが多かったように見えたが、それが解消されるのか?

佐藤選手:それぞれ得意不得意があったのは事実だ。例えば、ホンダはスーパースピードウェイを得意にしており、逆に不得意にしているサーキットがあるという状況だった。しかし、それが共通化されたことで、全レースでいい成績を残すチャンスがある。新チームのレイホール・レターマン・ラニガン・レーシングは、昨年まで1台体制のチームとしては群を抜いたパフォーマンスを発揮しており、それが2台体制になるので心強い。実際、昨年のグラハム(筆者注:グラハム・レイホール選手。チームオーナーであるボビー・レイホール氏の子息で、史上最年少のインディカー・シリーズ勝者でもある、今年の佐藤選手のチームメイト)は、ガナッシに次いで2位になっており、その前の年はホンダ勢のトップだった。それを支えたのがチームであり、だからこそ、ボビー(筆者注:チームオーナーのボビー・レイホール氏)の熱いラブコールに答えることができてよかった。

――そうしたユニバーサルエアロキットの空力が導入される今年は競争軸はどこになるのか?

佐藤選手:2つあると考えている。1つはエンジンの特性で、ホンダ、シボレーそれぞれに得意不得意が出てくるかもしれない。もう1つは足まわりの重要性が増すという点だ。メカニカルグリップはこれまでも重要だったが、新しいユニバーサルエアロキットではその比重が大きくなる。レイホールに移籍を決めた理由の1つはそこにある。昨年の結果からも分かるように、1台体制という苦しい状況の中でもタイヤをうまく使い、シャシーセッティングに秀でていた。このチームならそこに対応可能だろうと考えて契約を決めた。

――2日間行なわれたセブリングでのテストについて教えてほしい。すでにメーカーテストなどで先行しているペンスキーやガナッシに追いつくことは可能か?

佐藤選手:トラブルシューティングに終始した。今回からエンジンマネージメントがマクラーレン製からコスワース製に変わったばかりで不安定なところが多く、そこは修正を依頼することになった。また、新しいカウリングになって、排熱が大丈夫かなどをチェックすることができたのは意味があった。タイムが出るように思うように走れなかったけど、チームとのコミュニケーションに問題がないことを確認できたことは収穫で、来週以降に行なわれる本格的なテストにつなげていきたい。

 確かにガナッシやペンスキーはメーカーテストで新しいパッケージを走らせているが、そのデータは全チームが共有できる。もちろん自分たちが有利だというつもりはないが、決して同等の勝負ができないというわけではない。

――新しいチームメイトになるグラハム・レイホール選手はどんなドライバーか?

佐藤選手:とても真面目で、お互いにリスペクトできる関係。テストでもグラハムが僕の話に耳を傾けてくれている。もちろんチームメイトは最大のライバルになりますが、ライバル関係に発展できるようになるまでお互いに協力して、強いチームを作っていきたい。僕は大きな問題を抱えたチームメイトってのは少ないと思うが、グラハムともお互いにリスペクトして、包み隠さず同じチームとしてやっていけると思っている。グラハムにとっても、自分のチームだという想いがあるのだと思う。

――レイホール・レターマン・ラニガン・レーシングというとやっぱり「レイホール」のチームという印象が強く、そこに入ってくことに不安はなかったのか?

佐藤選手:ボビーは公平にやってくれている。彼にとってのメリットはチームをよくすること。そのためにはどんなことでもするといっている。そして僕とグラハムの組み合わせは考えられる限りで最高だと。昨年までの1台体制の時はボビーが15号車(グラハム選手の車両)のピットに立っていたが、今年は30号車(佐藤選手の車両)のピットスタンドに立つ。

――つまり30号車のストラテジストはボビー自身だということか?

佐藤選手:そうだ。2012年にもボビーと一緒にやってボビーのストラテジストとしてのすごさや才能は理解しているので、また一緒にできることが楽しみだ。

――今年の目標は?

佐藤選手:シリーズチャンピオンを狙っていきたい。すぐ獲れるかは分からないが、本気でタイトルを獲りにいく。気持ちとしては、イギリスF3でチャンピオンを獲った2001年よりも、その準備の年となった2000年に近いかもしれない。これまで2勝したことで、勝ち方は分かった。次はシリーズチャンピオンを獲るにはどうしたらいいか、それをボビーと一緒に努力していきたい。

 なお、レイホールでのエンジニアリング体制は、昨年15号車を担当していたエンジニアのエディー・ジョーンズとサポートエンジニアのペアがそのまま30号車に移ってくるかたちとなる。それを見るとボビーが本気で僕をほしがってくれていたということが分かっていただけると思う。僕がレイホールにいくのは、グラハムを支えにいくのではなく、あくまでイコールコンディションのジョイントNo.1ステータスの環境を作るとボビーが約束してくれたからだ。

2018年のインディ500に向けて、巨大バナーやチケットなどにも佐藤選手。プロモーションが続く“佐藤琢磨祭り”になるインディ500

――ライバルはどこになるか?

佐藤選手:もちろん全員がライバルになる。パッケージとしてはペンスキーの3人は全員が強敵で、ガナッシのディクソンはもちろん強敵ですし、そこに移ってくるエド・ジョーンズも暴れると思う。そこにアンドレッティ勢も入ってくるだろう。

 では、それらのチームと比べて有利な要素は何もないけれど、逆に不利でもないというのが我々の置かれている現状だ。昨年までのレギュレーションではペンスキーがパッケージとして強かったが、ユニバーサルエアロキットになることで埋められない差はなくなると考えている。

――開幕戦までのテストの予定を教えてほしい。

佐藤選手:今後、フェニックス、バーバーでテストして、最後にもう1度セブリングに戻ってテストする。それぞれオーバル、常設サーキット、そしてストリートコースを意識したテストを行なうことになる。

――開幕戦はもちろん優勝か?

佐藤選手:もちろんいつでも目標は優勝(笑)。ただ、モーターレーシングでは自分のベストを尽くしても勝てないときもあるので、まずは精一杯頑張りたい。開幕戦のセント・ピーターズバーグは好きなコースなのだが、これまで表彰台にあがったことのないコース。まずは表彰台を意識して取り組んでいきたい。

――ディフェンディングチャンピオンとして臨むインディ500だが、どのように戦うか?

佐藤選手:もちろん2連覇を狙ってはいくが、そんなに甘いものではない。インディ500は本当にすべて整わないと勝つのは難しく、ましてや連覇は至難の業だ。ただ、去年勝ったことで、どうやってやれば勝てるかは分かっていて、不可能じゃないことも分かっている。そのために新しいチームと一緒に努力していきたい。

――インディアナポリスに行かれましたか? ゴンドラに乗ってる写真がTwitterで公開されていたが?

佐藤選手:インディアナポリスのスタンドに昨年の勝者の巨大バナーが掲げられるのだが、その最後のフックをかけるセレモニーを行なってきた。インディ500に勝ってから8カ月が経過しているが、今でもこういうプロモーションがあった。やはりインディ500に勝つことはすごいと再認識させられる。その前にはデトロイトに行ってベビーボルグ(筆者注:インディ500のトロフィであるボルグワーナートロフィの複製。別記事参照)を受け取るセレモニーに参加した後、インディアナポリスでこれに参加して、チームとのミーティングなども行なってきた。

佐藤選手はインタビュー中にスマートフォンにセレモニーの写真を表示して、身を乗り出しながら説明をしてくれた

――インディ500を迎えるにあたって、新チームでの有利・不利は何か?

佐藤選手:有利という意味では、これまで勝てると信じていて勝てていないという状況から大きく変わり、ディフェンディングチャンピオンとしていく点だ。ただ、それを除けば有利なところは何もない。新しいチームとインディ500に臨むことになるし、セッティングなどもゼロからだ。アンドレッティでいくなら当然連覇が目標と言えたと思うが。

 不利な点とすれば、アンドレッティでは6台の車両を利用して、ウイングなどさまざまなセッティングを試すことができた。しかし、2台の場合だと試せる組み合わせが減る点は否定できない。また、アンドレッティは昨年、一昨年と連覇していることからも分かるように、スーパースピードウェイを得意にしているのに対して、レイホールが唯一不得意にしているのがスーパースピードウェイ。この点は早期に克服していく必要があると考えており、今チームと真剣に話し合っている。

――昨年のインディ500で佐藤選手が優勝したことで、日本のファンにとって大きな注目が集まっていると思います。今年インディ500の現地参戦を検討しているファンにコメントやおすすめの観戦場所を教えてほしい。

佐藤選手:今年は最高のタイミングじゃないかと思う。チケットから、前述のバナーまで僕一色になっているはずからだ。スタートするまでは前年度のチャンピオンとしてフォーカスが当てられているので。熱心なファンの方は毎年現地まで来てくださっていたが、今年はこのタイミングしかないと言っていいレベルだと思う。

 どこで見るかだが、1コーナーの入り口と3コーナーの入り口がオーバテイクポイントになりおすすめだ。ただ、1コーナーの2階席などは何十年も同じ家族がブロックしているぐらいで、販売される前に売り切れるという人気のシート。1階席だったら買えると思うので、そのあたりがおすすめではないか。