ニュース
4度のフォーミュラ・ニッポン王者に輝いたNAKAJIMA RACINGがゲットした新しい”武器”とは
スポンサーのTCSがITでレース戦略の立案を助ける
2018年4月26日 17:43
- 2018年4月22日 決勝
4度のフォーミュラ・ニッポン(スーパーフォーミュラの前身)王者に輝いた強豪レーシングチームであるNAKAJIMA RACINGは、2017年からインドのIT企業であるTCS(タタ・コンサルタンシー・サービシズ)の日本法人「日本タタ・コンサルタンシー・サービシズ(日本TCS)」をメインスポンサーとして、スーパーフォーミュラに参戦している。チームはTCS NAKAJIMA RACING SF14/Honda HR-417E、車両は64号車 ナレイン・カーティケヤン選手、65号車 伊沢拓也選手の2台体制となる。
その日本TCSは単にスポンサーとして参画しているだけでなく、チームが他のチームとの競争で武器になりそうなITシステムを提供している。今回は4月21日~22日に開催されたスーパーフォーミュラの開幕戦で、そのシステムがどのようなモノなのかについて日本TCSとNAKAJIMA RACINGにお話を伺ってきた。
4度のチャンピオン獲得など輝かしい歴史を誇るNAKAJIMA RACING
NAKAJIMA RACINGと言えば、レースファンの皆さんには説明するまでもないと思うが、日本人初のF1レギュラードライバーにして、スーパーフォーミュラの前々前身にあたる全日本F2選手権で1984年~1986年の3連覇を含む5度のチャンピオンに輝いた中嶋悟氏が興したレーシングチームだ。NAKAJIMA RACINGは中嶋氏がF1に転向した後も、その後継選手権となった全日本F3000選手権、フォーミュラ・ニッポン、そして現在のスーパーフォーミュラに一貫して参戦を続けている。直近では2009年にロイック・デュバル選手がスーパーフォーミュラでチャンピオンに輝いており、その前にも2002年(ラルフ・ファーマン選手)、2000年(高木虎之介選手)、1999年(トム・コロネル選手)というチャンピオンドライバーを輩出している名門中の名門チームだ。
そのNAKAJIMA RACINGに2017年からタイトルスポンサーとして参画しているのが日本タタ・コンサルタンシー・サービシズ(日本TCS)だ。スポンサーシップにあたっては略称として使われているTCSを使っており、チーム名は「TCS NAKAJIMA RACING」としての参戦となっている。
TCS(タタ・コンサルタンシー・サービシズ)は、その名前からも分かるように、インドの財閥グループであるタタ・グループの中核企業の1つで、さまざまなITに関するコンサルティングやソリューションを提供するIT企業となっている。グローバルに同様のビジネスを行なっている企業で言えば、IBM、アクセンチュアなどと同等の規模がある巨大企業だ。日本では三菱商事と合弁で、それまであったTCSの複数の日本法人を包含する形で2014年に日本TCSを設立しており、TCS側が51%、三菱商事側が49%の出資比率となっている。
そうした日本TCSがNAKAJIMA RACINGにスポンサードを行なうことになったのは、1つにはインド人ドライバーのナレイン・カーティケヤン選手の存在がある。元F1ドライバーのカーティケヤン選手は、F1を走っている時代にもパーソナルスポンサーとしてタタをチームに持ち込んでおり、タタ・グループとの関係は深いと考えられている。そういう人間関係が重要なのはもちろんのことだが、日本タタ・コンサルタンシー・サービシズ マーケティング&コミュニケーションズ 統括部長 フット・ダグラス氏によれば「TCSはグローバルでさまざまなスポーツイベントに協賛しているが、単に協賛するだけでなくテクノロジーパートナーとしてやれることを重視している。今回もITを利用してNAKAJIMA RACINGに協力できると考えたので一緒にやろうということになった」とのことだ。
アナログのデータだけで提供されているタイミングモニターをデジタル化するシステムを提供
それでは、日本TCSはNAKAJIMA RACINGのテクノロジーパートナーとしてどのような役割を果たしているのだろうか? 日本タタ・コンサルタンシー・サービシズ ADMサービス本部 デジタルエンタープライズサービス&ソリューション(DESS)部 井原一氏は「SUPER GTでは主催者から各チームにライブタイミングのデータが提供されている。これに対してスーパーフォーミュラではそうした仕組みがなく、TV放送の形で動画としてその時点でのライブデータのみが画面に表示されるだけになっている。これまでは、それをエンジニアとデータエンジニアがそれぞれ手書きのメモとして残していたが、それをデジタルで処理できないかとチームに相談され、モニターのタイミング表示をデジタル化し、それをデータとして表示するシステムを開発した」と説明する。
現代のレースでの計時は、レース車両に搭載されているトランスポンダがサーキットの各所にある計時ラインを通過する度に、タイムがシステムに記録されていく。このシステムはデジタル化されており、各車両のタイムはセクターごと、周回ごとに記録され、それがTV放送の画面(つまりアナログ)に転換され、サーキット内のタイミングモニターと呼ばれるTVの仕組みを使ったモニターに表示される仕組みになっている。
SUPER GTの場合は、このデジタルデータがチームに直接配信される仕組みが用意されており、チームはそれを受け取って、戦略を立てるのに利用したり、他車と自車の差を見るのに利用してレース中の戦略を立てたりにも活用している。これに対して、スーパーフォーミュラではそうした仕組みが用意されていないので、チームのエンジニアやデータエンジニアが見ることができるのは、デジタルデータをアナログに変換した後のタイミングモニターだけとなっている。このため、チームのエンジニアやデータエンジニアが、自車のラップタイムを手書きで紙に記録していくなどしてレースの組み立てを行なうという、とても“アナログ”な状況になってしまっている。
そこで日本TCSとNAKAJIMA RACINGは逆転の発想を行なって、そのデジタルをアナログに変換しているタイミングモニターの画面を、もう一度デジタルに戻す、つまり、画面をキャプチャーして文字認識を行なうことでデジタルにしているという。井原氏によれば「タイミングモニターの画像を1秒ごとに画像にして、それに対して文字認識をかけてデータにしている。サーキットによっては放送の品質がよかったりわるかったりするし、レイアウトが変わったりもする。このため、独自の補正をかけて精度を上げている」とのこと。今どき画像を文字認識して文字にすることは難しくないと感じるかもしれないが、井原氏の言葉の通りで、タイミングモニターの表示はサーキットによって利用しているシステムが異なるため、表示も異なっている。このため、各サーキットに合わせた調整が必要になる。
そして、文字認識の精度は100%ではないので、それを補うために前後のフレームのデータと比較して調整するなどの補正をかけているという。1秒間に1回画面をキャプチャーしているので、その前後数秒は同じデータになっていることが多く、前後のデータを比較することでそうした補正が可能だということだ。
こうして文字認識したデータは、日本TCSがサーキットに持ち込んでいるPC上に構築しているデータベースに格納していくという。そして、チームのエンジニアが見ているPCに対してデータを提供する形になっている。日本TCSではチーム向けに専用のPCアプリケーションを作成し、それによりラップチャートを自車だけでなく、競合の他の車両と併せて表示して簡単に比較することができるようになっている。
井原氏によれば「このシステムは2017年から持ち込んで実証実験を行なってきたが、2017年は主にデータ取りで、取れたデータの精度を上げていくという形になっていた。2018年は正式なシステムとして運用してチームに提供していきたい」と2018年から正式な運用を行ない、チームの新しい武器として展開していくとのことだった。
2スペックタイヤなどでピット戦略が重要になるため大きな武器になるとチーム
NAKAJIMA RACING プロジェクトコーディネーター 平野亮氏は、チーム側の観点から今回の日本TCSのシステムのメリットを説明した。
平野氏は「従来はトラックエンジニアとデータエンジニアが手書きでラップチャートを作っていた。その場合には自車のデータを作るのが精一杯で、他チームがどんな状況なのかはレース中には分からないという状況だった。スーパーフォーミュラでは自車を含めて19台もあるので、全車分を記録するというのは不可能で、あるクルマが速くなってきたのでそれはなぜだということをデータから解析するのが難しかった」と、レース中にリアルタイムのデータを活用することができていなかった現状を説明してくれた。
日本TCSが作った今回のシステムを導入した結果として「TCSさんに作っていただいたシステムのおかげで、リアルタイムにデータから起きている状況が分析できるようになった。例えば、他チームがベストを出したとして、それがどんな要因なのかを、オートメーション化されたコンピュータ上に表示されているデータからすぐに分析できるようになった。そのタイムを計測1周目で出したのか、どこのセクタータイムが速かったのかなどが瞬時に分かるので、なぜ他チームのタイムが出ているのかを分析できるようになった」(平野氏)と語り、チームの観点から従来はレース後にしかできていなかった、他チームが速かったり遅かったりする要因の検証をリアルタイムにできるようになったことがメリットだと説明した。
特に2018年のスーパーフォーミュラでは、新しい競争の要素として2スペックタイヤが導入された。具体的にはソフトとミディアムという2つのコンパウンドのタイヤが導入され、レースでは両方のタイヤを1度は利用しなければならない。F1などでもそうだが、タイヤをどのタイミングで換えるかなどには他車の状況を確認することが役に立つ。特にスーパーフォーミュラではエンジンはトヨタとホンダがあるが、シャシーはダラーラ製のSF14で共通なので、スタート時に自分のチームが選択したタイヤではない方を選んだドライバーのタイムがどのように推移しているのかを日本TCSのシステムからチェックできれば、自分のチームがどのタイミングでタイヤを換えるべきかの参考になる可能性が高い。
NAKAJIMA RACINGの中嶋悟監督も「これは結構武器になると考えている。エンジニアにとって予選でも計測の1周目で出したのか、2周目で出したのかなどをチェックしていくことができるので、なぜタイムが出ているのかが分かるようになった」と評価しているとのことだ。
今後のNAKAJIMA RACINGのピット戦略には要注目
日本TCSの井原氏によれば、今後の課題としてはより精度を高めていくこと、さらには、現在はサーキットに置かれているPC上のデータベースに格納されているデータを、クラウドにあるサーバーと同期し、そこからスマートフォンやタブレットなどのコンシューマ向けデバイスのモバイルアプリへデータを配信する仕組みまで構築したいとのこと。それにより、エンジニアだけでなくチームの他のメンバーも見たり、あるいはチームのゲスト向けにタブレットの形で提供してよりレースを楽しんでもらう、そこまでできればとのことだった。
スーパーフォーミュラではレースのラップチャートなどをデータエンジニアが手書きで作っているというのは筆者にしても実に驚きだったが、そこを逆転の発想でアナログのデータをデジタルに置き換える日本TCSのシステムは、レーシングチームにとって他チームと戦う上で大きな武器になると感じた。開幕戦でのNAKAJIMA RACINGは65号車の伊沢拓也選手が5位入賞、64号車のナレイン・カーティケイヤン選手は途中大きなスピンなどもあって大きく遅れてしまい、3週遅れの17位という結果だった。今後NAKAJIMA RACINGがピット作戦などで大きく順位を上げた時には、エンジニアがこのシステムを上手く活用できたから、ということかもしれないので今後スーパーフォーミュラを観戦する上では要注目だ。