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世界で自動運転実現に向けた取り組みはどうなっているのか?

2019 NCAP&Car Safety Forum in Tokyo 2日目レポート

2019年7月30日 開催

「NCAP&Car Safety Forum in Tokyo」2日目のレポート

 サステイナブルコミュニケーションズが毎年開催しているのが、世界の自動車交通のキーマンたちが登壇する「NCAP&Car Safety Forum in Tokyo」というフォーラムで、2日間にかけて開催されている。内容は1日目が世界のNCAP事情を語り合う「NCAP day」で、2日目が自動運転を語り合う「Automated Driving day」となる。

 これらの会は共に最新の自動車交通の状況をテーマにするが、現状や直近のことだけでなく、2~3年先を見越した話も含まれる。そのため、会の参加者は自動車業界の技術者だけでなく、自動運転(運転支援機能も含む)の世界に関わる、電機や通信、セキュリティなど幅広い業界からの参加が多いのも特徴だ。

 なお、この会は講義を聞くだけでなくゲストと話をする時間も設けてあり、さらに休憩時間などで参加者同士が話し合うことも勧めているので、そこでの意見交換がこれからの自動車の安全性向上や自動運転の発展によい影響を与えるのかもしれない。

サステイナブルコミュニケーションズ株式会社 代表取締役の山本信三氏

 登壇するメンバーを見てみると、まずは「NCAP&Car Safety Forum in Tokyo」ではおなじみになった、Euro NCSAPでレーティングチームを務めるBASt(ドイツ連邦交通研究所)のアンドレ・ジーク氏と、同じくBAStのクラウス・パストル氏。そしてマレーシアからASEAN NCAPのディレクターを務めるカイリル・アンワル氏。グローバルNCAP 事務局長であり、ラテンNCAPのアレハンドロ・フラス氏(1日目に登壇)。中国からはチャイナNCAPのグオ・ミャオ氏。さらにジュネーブの国際連合欧州経済委員会(UNECE)からフランソワーズ・ギシャール氏が登壇するという内容だ。

 なお、主催のサステイナブルコミュニケーションズ 代表取締役の山本信三氏によると、ゲストを選出する際はそれぞれの国の担当者に事前に打診し、とくに新しい話題を持つ人に来てもらっているという。そんなことからも関係する仕事に就く研究者、技術者にとって、この場の重要度が分かるだろう。

「NCAP&Car Safety Forum in Tokyo」の1日目は関連記事(クルマの安全はどう評価する? 世界の評価基準や取り組みを紹介)で紹介しているので、本稿では2日目の「Automated Driving day」のことを取り上げる。ただし、この会は研究者や技術者に向けて話をする内容であり、朝から夕方までビッチリと講義がある非常に長いものだった。そこで登壇者の発言を追うのではなく、興味深い部分を抜粋して紹介していく。

 最初のプレゼンターは国連UNECEからフランソワーズ・ギシャール氏だ。ギシャール氏が所属する機関は、国連にある5つの組織の中の一部であるUNECEで、自動車基準調和世界フォーラム(WP29)などを支える仕事をしている。

国際連合欧州経済委員会(UNECE)のフランソワーズ・ギシャール氏
UNECEの業務についての説明スライド。UNECEは自動車の技術的な規定や環境性能、安全性、そして自動運転などについての規定作りやそれらの証明などを扱っているという

 ギシャール氏によると、2018年、WP29では新たに自動運転技術分科会(GRVA)を発足させたという。ここはレベル3以上の自動運転に関わる各種の事柄がグローバルな参加団体によって議論される組織。議論されている内容は、全世界での事故死亡者数を半分にすることや、安全で低価格な商品を提供すること、エネルギー効率の向上を通じての気候変動についてや、社会との結びつきの強化などがあり、現在は17個の議題が進んでいるという。

GRVAについての資料

 ギシャール氏からは自動運転車に搭載されるHMIの重要度についても語られた。話によるとiPhoneが登場して以来、多くの技術的な進化が起こり、それによってユーザーからは通信を活用した技術に新しい期待が寄せられているとのこと。

 また、自動車メーカーも自動運転車のイメージを伝える広告でこれまでにない移動のスタイルを取り上げていて、さらに今後は家、事務所に続いてクルマの車内がインフォテイメントのスペースになると言う。そのため、これからのクルマを考えていく上では、自動運転車へのチャレンジに加えて、スクリーン技術へのチャレンジや、クルマの中でスクリーンの存在が大きくなることのリスク研究も重要なのではないかと語られた。

 また、整備やアフターマーケットの業界からは、自動運転車ならではのセーフティチェックをする際、車両データの扱いについての議題が上がっているという。ここはユーザーのプライバシーやサイバーセキュリティ、データ保護の問題なども絡んでいるそうだ。

 今後は5G通信の時代が来ることでデータ通信の利用状況も変わってくることから、重要な議題としてGRVAでも議論されているとのことだ。

ギシャール氏のプレゼン資料

 各メーカーが開発している自動運転車だが、それぞれが好きなように作るというわけでなく、安心や安全、信頼性などの決まりに沿ったクルマであることが前提となる。そのためにGRVEは自動運転車に対する枠組文章を提供している。

 WP29では2018年6月にこの文章が採択されたということだが、そこには「自動運転車は交通事故を引き起こしてはならない」ということが記されていると言い、ギシャール氏は「自動車メーカーは自動運転車の開発時にこのことを念頭に置いていく必要があるのです。そのためには交通の内容を示す『シナリオ』を作り、管理していくことが大事」と語った。

 続いてチャイナNCAPのグオ氏からは中国の自動運転車の状況が語られた。

 まず最初に「中国では自動運転車のことをインテリジェント&コネクティッド ビークルで『ICV』と呼んでいます」と自動運転車の呼び名について紹介した。

CHINA-NCAP、CATARCのグオ・ミャオ氏

 続けて「自動車先進国においては政策が確立されていて規制も確立されています。また、先進技術へ奨励のようなものも用意して自動運転車の促進を図っています。そして中国においてもいくつかの政策が発表されていて、自動車業界、IT業界ほか、多くの業界が参入しています。政府も技術向上を促進させるためのフォローを行なっています。こういった活動はICV産業を自動車産業において柱にしていくという狙いがあります。また、現在は自動運転の区分けにSAEの基準を使っていますが、私どもには他の国と異なる開発のルールがありますので、それでいいのかという議論もしていくと思います」と説明した。

中国では自動運転車のことをICVと呼ぶ。国として力を入れて取り組んでいるとこと

 次の話題は中国におけるICVの基準の確立について。スライドで映された資料には2020年までにICVの基準を40個くらい作っていくとなっていて、まだまだ低いレベルだ、と前置きしながらも自動運転車が走る環境を作ると言う。

 そして2025年には100くらいの基準を作る予定だという。ここまで来ると高水準の自動運転が可能になるということだ。中国政府はこれらを実現するために新しい枠組を制作しているとのことだった。

自動運転車が走る社会を作るための2020~2030年までの施設整備計画
こちらは2025年までの計画
ICV発展のための新しい枠組。中国標準のシステムを確立していくという試みだ
国際的な活動への中国の参加状況を表すスライド
自動運転社会に向けた法整備の準備も行なっているという

 マレーシアのアンワル氏のプレゼンはマレーシアにおける自動運転の状況をまとめたものだったが、アンワル氏は「マレーシアでは自動運転というのはまだファンタジーのようなもの」と表現した。つまり、マレーシアではまだ自動運転に関して目立った動きがないということだ。

ASEAN NCAPのディレクター、カイリル・アンワル氏

 もちろん、自動運転車の開発に向けての動きはあり、他の国が進めている事業の内容を評価する準備をしているとのことだった。内容は、政策や規制、そして技術とイノベーション、次にインフラ、最後は自動運転というものが一般の人に受け入れられるか? ということだと語り、ここはとても難しいところだと付け加えた。

大きな動きではないが、マレーシアでも企業と大学で自動運転車の研究と実験が行われているという
自動運転に興味を持つ人の多くは技術に目を向けているが、もっと重要なのが政策だとアンワル氏は語った。ただ、どこの省庁も連携が取れていないということだ

 3番目に登壇したBAStのジーク氏は「自動運転車に対する理解」というテーマで話を始めた。

BASt(ドイツ連邦交通研究所)のアンドレ・ジーク氏。Euro NCAPのレーティングチーフでもある人物

 1つ目のポイントは自動運転車の定義についてだ。ドイツ、日本、中国ではSAEが定めるレベル3の車両について、正しく理解された型式認定をするための規定を作る動きがあるが、この型式認定とはクルマ社会においての自動運転の定義となることだということだ。

 次にそれぞれの国での交通法規もレベル3の自動運転車に対応するものを作っていて、それに適応できる仕様をメーカーやサプライヤーも開発していることを語った。

 そして最後に、NCAPの取り決めもこの部分には影響があるのではないかと意見した。

 これらの内容を示したスライドも用意されたが、その図の中に4つの項目が重なる部分が作られていた。ジーク氏はこの中心部分のことをレベル3の自動運転における現実的な部分と表現。現在はそれぞれの分野で自動運転というものを考える傾向が見られて、その視点からある提案や答えが出ているが、実際の道路交通はもっと複雑なので、研究者や技術者はもっと幅広く考えるべきだということだった。

 ちなみにSAEのレベル3では、特定の運転領域まではシステムが運転のタスクを担当するが、システムでの対応が困難になった際は、時間的な余裕を持たせつつ、ドライバーへ運転交代の要請をして、ドライバーはそれを受け付けると定義付けている。

 この際のドライバーは、アルコールの影響を受けていないことや寝ていないことが前提なのだが、自動運転という言葉だけ先走ると、この部分を勘違いする人も出てくるので、レベル3の自動運転車が走るときにはそれにあった法整備が必要だという。これは前記した4つのポイントでも語られたことだ。

 また、国によってはレベル3の機能を持ったクルマであっても、その機能を使用してはいけないと定める区間もあるはずなので、そういったものへの対応をメーカーは考える必要があるとのことだった。

プレゼン資料。赤く重なった部分がレベル3を実行する上で開発者が意識すべき点とのこと

 次にジーク氏が取り上げたのはシステムとドライバーの交代部分についてだ。ここでは声のトーンを上げて「ドライバーはシステムから要求が来たら、それに直ちに応える義務がある」と言った。

 この点はSAEの内容では曖昧な部分があったため、システムとドライバーの交代部分の話になると多くの意見が出ていたそうだが、今後は各国が進める型式認定で「ドライバーのモニタリングが行なわれていること」という項目が取り入れられるので、ドライバーの状態をはっきりと定義付けることになるだろうと語った。ここでは例えば、ドライバーが寝ていると判断するとシステムがクルマを停車させられるようになるなど、セーフティネットも追加することができるのだ。

システムとドライバーの交代部分についての資料

 現在はSAEレベル2のクルマが公道を走っているが、レベル2では道路上にあるイレギュラーに対してクルマが対応することはできず、それはドライバーの仕事であるとジーク氏は言う。

 そして開発者も「その考えでいる」と続けたところでジーク氏は「しかし、ユーザーはクルマがどういったことをしているかについて間違った理解をしているかもしれない」と語った。

 その要因の1つとして上げたのが、レベル1、レベル2のメーカーごとの呼び名だ。

 ここで完全自動運転やロボットなどをイメージさせるようなネーミングをつけてRPすると、クルマがすべてをやってくれて、ドライバーは責任を負う必要がないと勘違いしてしまう恐れもあり、技術者が思い描いていたこととユーザーができるだろうと思い込んでいることに大きなギャップができてしまう。

 これをジーク氏は危惧し「レベル2でもこんな状況になっている」と手を大きく広げて問題が大きいことを示しながら語った。

 そういったことから、ジーク氏は参加者に向けて「もう1度、SAEの基準をご覧いただきたいと思います。そして理解していただきたいと思います」と語った。なお、SAE基準は2016年に改訂版が出ていて、そこではレベル3についてより明確な表現になっているので、それ以前の資料を見ていた人は見直してほしい。

自動運転という呼び名から内容を間違って理解している人が多いという。これをジーク氏は重く見ていた
2016年に改訂されたSAEの基準。レベル3についての内容が変わった

 次のプレゼンターはパストル氏。ジーク氏と同じくBAStに所属していて担当は自動運転。主に事故調査を担当していて、これまで1万5000件ほどの事故を調べてきたという。また、Euro NCAPでも仕事をしていて、事故調査を精査していく上で見えた問題を取り入れた新しい評価方法を考えたりもするという。

クラウス・パストル氏。BASt、EuroNCAP所属

 パストル氏はあるデータを引用して話を始めた。それは消費者に、現在自動運転車が買えるかどうか? と質問したものだ。

 現在発売されているのはレベル2の運転支援車のみなので、自動運転車は売っていないのだが、なんと25%の人がディーラーで購入できると答えたという。これはつまり、自動運転車がどんなものか知られていないことが原因だとパストル氏は言った。そして「現在、私たちが見ているハイウェイアシストやACC(アダプティブクルーズコントロール)、レーンセンタリングなどは運転支援であり、自動運転ではないのです」と付け加えた。

 その後もパストル氏はレベル1、そしてレベル2の解説を続けた。その中でパストル氏は「消費者はレベル1、レベル2のクルマについて、そのメンタルモデル(行動のイメージ)を作らなければいけません。そうした上でこれらのレベルのアシスタンスがどういったことをやってくるのかを考えるのです」と語った。

 そしてEuro NCAPは消費者に向けて、こういった点も教育していかなければならないと今後の対応についても触れていた。

パストル氏もSAEの基準を紹介した
レベル1、2のイメージとして取り上げていたのがシーソー。システムとドライバーの協力があってはじめて機能するということを表している
これはEuro NCAPが定める2025年までの自動化に関わる機能評価のロードマップ
人とクルマが協力し合うのがレベル1、2であるから、その呼び名は分かりやすいものが好ましい。そこでEuro NCAPでは市場における表現の調査もしていた。メーカーだけでなくメディアの報じ方にも誤解を招く表現もあったと言う
ACCもメーカーごとに動作が異なることをテスト。ACCの設定限界、自車より速度が遅い前走車に追いついたときのブレーキ対応の違いなどを見ている
Euro NAPが行なった運転支援制御にの比較テスト。同じ機能でも自動車メーカーごとに動作に違いが見られた。このことからもユーザーが自車の機能を正しく理解することが大事というのが分かる

 パストル氏のプレゼンは2部に分かれていた。ここからは自動運転車に用いられる動作パターン(シナリオ)の検証についてだ。

休憩を挟んで再びパストル氏のプレゼン

 まずは「自動運転者用のシナリオを作るにあたってはさまざまな法規制の問題があり、古い考えが通じなくなって新しい検証や実証の仕方を考えなければいけない。それに倫理的な課題もあるという。そういったことをすべて含めて、どうやれば安全が得られるかということを十分に考える必要がある」とパストル氏は切り出した。

自動運転車に関わる問題点について紹介するデータ。また、事故が起きた時に内容をどう証明するかなども重要とのこと
導入のタイミングをどこにするかも考えるポイントという
倫理的な課題もある。人とシステムの間でどのようにコントロールを維持するのか? ということも大きな課題
自動運転に関わる要件が非常に多く、複雑であることを表すスライド。要件が複雑になるほど予測は難しくなるので決定が難しくなる
自動運転については多くの活動が行なわれているので、シナリオ作りにおいてどこをスタートとするか、どうまとめていくかという課題もある

 自動運転車のシナリオを作るならシミュレーションで行なえばいいという意見もあり、実際にシミュレーションでの開発を進めている自動車メーカーもあるということだが、パストル氏によると実践しているメーカーが設定する距離や時間では実験には不十分で、必要なデータを集めるのに、現在のシミュレーションの能力では3年ほど掛かってしまうと言う。

 これを聞いて思ったのは、自動運転の技術はかなり進んでいて、実用化もそう遠くないと思っていたことが間違いだったということ。自動で走れるクルマはあっても、それをどう動かすかはまだまだこれからの仕事ということだ。

 ただ、今は各国において、各種のデータをまとめるデータベースを作り、それを関係機関で共有するという動きもあるとのこと。こういったことが進めば研究や実験は順調に進むのではないだろうか。

 この後は開発の原理や現在取り組んでいることとなったが、これらは専門家に向けたものなので記事では省略する。

各国のデータベースやデータコレクションの紹介

 これですべてのプレゼンテーションが終了した。今回の話を聞くと、われわれユーザーは来たるべきレベル3を実現するため、シナリオ作りなどを含めて業界が何をしているかを知ることで、レベル3以上の自動運転がいかに高度かを意識する。そしてそれとレベル2以下を同じに考えないこと。現在のレベル1、2とクルマごとの機能をよく知ること。そしてシステムへ依存しすぎないようにすることが大切だと感じた。

 プレゼンのあとのディスカッションで、ジーク氏は「道路交通の状況は時代ごとに変わっていきます。それだけに、シナリオ作りの作業には終わりがないと言えます」と語った。このひと言であらためて自動運転車が走る世界のすごさが伝わって来た。

すべてのプレゼンテーション終了後に行なわれたパネルディスカッション。モデレーターは斧田孝夫氏。GRVAの傘下にある国連組織VMADで議長を務める
パネルディスカッションの様子
ジーク氏によると、時代ごとに交通の様子は変わるので、自動運転のためのシナリオ作りに終わりはないとのことだった