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1年前に大クラッシュしたModulo KENWOOD NSX GT3が、2019年の「SUPER GT 第5戦 富士」で3位表彰台を取るまで

表彰台でトロフィを掲げる道上龍選手(中央)と大津弘樹選手(右)

 ちょうど1年前の2018年 SUPER GT 第5戦 富士 500マイルレースで、GT300クラスの34号車 Modulo KENWOOD NSX GT3(道上龍/大津弘樹組、YH:横浜ゴム)はチームとして文字通りどん底の状態にあった。SUPER GTの週末は土曜日午前中に行なわれるフリー走行から始まるのだが、そのフリー走行で34号車 Modulo KENWOOD NSX GT3は、GT500クラスの車両に後ろから追突されて車両が大破してしまったため、その後の予選や決勝レースを走ることができなかったからだ(別記事参照)。

 その状態から不死鳥のようによみがえった34号車は、その後行なわれたSUPRE GT 第6戦 スポーツランドSUGOのレースで4位、その次のレースになるSUPER GT 第7戦 オートポリスのレースでは3位表彰台を獲得したのは、2018年の本誌の記事でご覧いただいた通りだ(3位表彰台の記事はこちら)。

 そして、それから1年が経過した8月3日~8月4日に行なわれた「2019 AUTOBACS SUPER GT Round 5 FUJI GT 500mile RACE」で、34号車 Modulo KENWOOD NSX GT3は3位に入り、見事に2019年シーズン初の表彰台を獲得した。

2018年のSUPER GT 富士 500マイルレースはもらい事故で戦う前にレース終了

34号車 Modulo KENWOOD NSX GT3

 2018年に行なわれた、SUPER GT 富士 500マイルレースの土曜日午前中のフリー走行で発生した事故は、文字通りサーキットが凍るような大クラッシュとなってしまった。

 道上龍選手がドライブする34号車 Modulo KENWOOD NSX GT3が1コーナーに向けてターンインしている時に、立川祐路選手のドライブする38号車 ZENT CERUMO LC500がブレーキング時に姿勢を乱し、後ろ向きの状態で34号車に追突してしまったのだ。これにより34号車 Modulo KENWOOD NSX GT3も38号車 ZENT CERUMO LC500も、どちらもリア部分が大破してしまった。

 不幸中の幸いだったのは、どちらのドライバーも軽傷で、多少の痛みを感じてはいるものの、無事だったことだ。ただ、クルマの方のダメージはどちらかと言えば34号車の方が大きかった。というのも、GT500クラスの38号車は純粋なレーシングカーで、モノコックも含めてすべてのパーツが交換可能であり、フリー走行の数時間後に行なわれる予選に出走することこそ叶わなかったものの、決勝レースに関しては修復をして、ピットレーンスタートながらもレースに参加することができていた。

 それに対して34号車 Modulo KENWOOD NSX GT3は、FIA-GT3というカテゴリーのレーシングカーとなる。このFIA-GT3は、メーカーなどが自社の市販車をベースにして製造し、顧客となるレーシングチームがそれを購入するという仕組みになっている(このためカスタマーレーシングなどと呼ばれることが多い)。基本的にレーシングチームは購入してきた状態から改造することを許されておらず、購入時のままで利用することを求められている。これはFIA-GT3が「BOP」(Balance of Performance)と呼ばれる仕組みで各車両の性能差を均衡してレースを成り立たせているためで、レーシングチームがカスタマイズできてしまうと、そのBOPの意味がなくなってしまうからだ。

 このため、FIA-GT3では低コストでレースができるようになっているのだが、想定以上に壊れてしまったときには手を入れることが難しい。メーカー側で修理できなくもないが、2018年の34号車の場合にはフレームまで壊れてしまったため、市販車で言うところの「廃車」扱いになってしまったのだ。このため、2018年の富士 500マイルレースは、フリー走行だけで終了になってしまった。走りたいのに走るクルマがない。レーシングチームとしてはピンチ、それも最大級のピンチを迎えてしまったというのが2018年の状況だった。

2019年シーズンは安定してQ1を突破するなど、チームの総合力も上昇傾向

2019年シーズンはEvoキットを組み込んでアップグレードされている34号車 Modulo KENWOOD NSX GT3

 8月の後半にはもともと参戦を予定していたSUZUKA 10Hという10時間耐久レースが控えていたほか、9月と10月にはスポーツランドSUGO、オートポリスでのシリーズ戦がそれぞれ控えており、チームとしては早急に新しい車両を手配する必要に迫られることになった。その後、チームはチームのタイトルスポンサーで強力なバックアップをしているホンダアクセスなどと協議し、新型車両をオーダーすることを決断した。それが2019年も利用している車両になる(ただし、2019年はEvoキットと呼ばれる2019年型にアップグレードするキットを組み込んでいる)。

 新型車両にして運が向いてきたのか、その後行なわれたSUPER GT 第6戦 スポーツランドSUGOでは4位、第7戦 オートポリスでは3位に入り表彰台を獲得した。特にオートポリス戦での3位は2018年に設立された新チームとしては初めての表彰台で、しかも富士 500マイルでの大クラッシュから復活しての3位ということで、SUPER GTファンにも注目された。

 そして、2019年シーズンを迎えることになったのだが、2019年シーズンの34号車は安定してQ1を突破するという、上位を争うチームの条件を満たしている。ここまで全戦でQ1を突破しており、うち3戦でシングルグリッドを獲得している。ランキング上位を目指すには確実にQ1を突破することは重要で、2018年は何度かQ1落ちをしていたことを考えれば、チームとしても大きく進化していると言える。

2019年シーズンこれまでの34号車 Modulo KENWOOD NSX GT3の成績

・第1戦:予選13位、決勝9位

・第2戦:予選8位、決勝26位

・第3戦:予選7位、決勝7位

・第4戦:予選11位、決勝10位

2019年シーズンは全戦でQ1突破を果たしている

 第5戦の予選では大津弘樹選手が予選1回目(Q1)を担当し、10位で無事突破。大津選手は2018年にSUPER GTにステップアップしてきた若手だが、1シーズンを経てすっかりチームの頼れるエースドライバーに成長している。チーム代表を兼ねる道上選手が「育成を兼ねた起用」と言うように、ホンダの若手ドライバーの1人である大津選手を育てるという意味でのドライバーチョイスだと考えられているが、2年目を迎えた大津選手はチームにも馴染み、2019年シーズンはSUPER GTだけでなく、全日本F3選手権にも34号車の母体にもなっているThreeBondから参戦。さらにスーパー耐久シリーズにもホンダアクセスがサポートする97号車 Modulo CIVICで参戦している。日本のレーシングドライバーの中で最も忙しいドライバーの1人と言ってもいいだろう。

 そして予選2回目(Q2)を担当したのがチームリーダーでもある道上選手。長らくホンダのエースドライバーとして日本のモータースポーツシーンをリードしてきた道上選手は、これまでSUPER GTではGT500クラスで2000年にチャンピオンを獲得している。2018年からは新しいチームとして34号車を走らせるModulo Drago CORSEを結成し、チーム代表 兼 ドライバーとして参戦している。道上選手によれば今回はミディアム、ミディアムハードという持ち込んだ2つのタイヤのうち、より柔らかいタイヤとなるミディアムを選択したとのこと。その選択が当たってQ2で8位となり、見事シングルグリッドを獲得した。富士スピードウェイの場合はストレートが長いため、追い抜きは他のサーキットに比べると容易となり、予選順位は他のサーキットよりは重要ではないとはいえ、少しでも前の順位でスタートするに越したことがないのは言うまでもない。その意味ではよい結果と言えるだろう。

タイ戦での教訓を生かしてブレーキに対策を行なった結果、終盤のNSX同士の争いを制す

大津選手がドライブする34号車 Modulo KENWOOD NSX GT3

 そして迎えた決勝レースだが、今回のレースでは4回のピットストップが義務づけられており、5つのスティントに分けられることになる。このため、第1スティント、第3スティント、最終スティントを大津選手が、第2スティントと第4スティントを道上選手が走るという作戦で臨むこととなった。

 その決勝レースだが、今回、チームは前戦のタイ戦で問題となったブレーキに対策を行なってきた。というのも、タイ戦ではブレーキの温度が問題となりパッドの摩耗が進んでしまい、ブレーキペダルを奥まで踏まないと止まらないというトラブルが出ていたのだ。特に、他車とバトルしている時にそのトラブルが出てしまうと安定したブレーキングができなくなり、後半スティントを担当した大津選手は他車と勝負ができず、悔しい10位に終わってしまった。

ブレーキパッドをより熱に強いパッドに交換

 といってもすでに説明したとおり、FIA-GT3は基本的に“吊るし”のレーシングカーであり、チームが改造できる範囲は狭い。ブレーキで言えば、キャリパーやローターに関しては標準装備のキャリパーやローターを使う必要がある。それに対してパッドは交換可能な部品なので、チームが熱に強いと考えているパッドに交換することにしたのだ。

 そして、今回その効果は最終スティントに現われた。道上選手が担当していた第4スティントで、34号車は4位の88号車マネパ ランボルギーニ GT3(小暮卓史/元嶋佑弥組、YH)、5位の61号車 SUBARU BRZ R&D SPORT(井口卓人/山内英輝組、DL:ダンロップ)に次ぐ6位を走っていた。この第4スティントでは先述の3台がパックになっており、なかなか抜けないという状況が発生していた。そこで、34号車は134周目に最終のピットストップを行なったのだが、なんと前を走る61号車も同時にピットイン。だが、34号車がピット作業を終えて再スタートしてもまだ61号車はピット作業の途中。これで34号車が前に出る。さらに、その翌周に88号車がピットイン。ピット作業にかかった時間はほぼ同じだったが、すでにタイヤが暖まっていた34号車は88号車をアンダーカットすることに成功。これで4位に浮上した。

 これで大津選手がドライブする34号車が追いかけるのは、3位を走る18号車UPGARAGE NSX GT3(小林崇志/松浦孝亮/山田真之亮組、YH)だ。「前を走る18号車は同じNSX GT3とヨコハマタイヤの組み合わせ。これは絶対に負けちゃいけないと思った」と、大津選手。18号車も同じNSX-GT3とヨコハマタイヤという組み合わせだけに、クルマの持つポテンシャルは同じ。問われるのはドライバーの能力だけだ。

 大津選手は1分39秒台という、この時点ではGT300クラスで最も速いタイムをマークして、前の18号車を追い上げる。ついに18号車に追いつくと、今度は18号車を追いまわす。そして、最終コーナーを小さく回ることで、ストレートで18号車のスリップストリームに入ることに成功し、見る見る両車の差は詰まっていく。当然のことながら、18号車は1コーナーに向かってイン側を確保し、インを開けない体勢を見せる。そこで大津選手は1コーナーでアウトに出て、そのままアウトに行くのかと思いきや2コーナーでクロスラインを選び、イン側に入ることに成功。そして次のコカコーラコーナーではアウトになるが、レーシングラインはアウト側だ。そのブレーキングで18号車の前に出ることに成功し、見事3位へと浮上した。

 チームがこのレースに向けて行なってきたブレーキ対策が実った瞬間だ。

3位に上がった後も2位のクルマを追いかけるが、2秒差まで追いかけたところでチェッカー

2位を追い詰め約2秒差まで追い上げたところでチェッカー

 その後、大津選手のドライブする34号車は2位を走る52号車埼玉トヨペットGB マークX MC(脇阪薫一/吉田広樹、BS:ブリヂストン)を追いかけ、当初は10秒以上あった差を毎ラップ縮めていく。だが、無情にもレース周回が終わる前に、最大レース時間を先に迎えてしまい、177周のレースは175周でチェッカーとなった。最終的には2位と約2秒差となり、予定通りのあと2周があれば抜けたかもしれないし、結局は抜けなかったかもしれない。レースにタラレバはなしだから、それは言うまい。

表彰台に上る2人
トロフィーを受け取ったところ
スパークリングファイト
ボトルを掲げる2人

 だが1つだけ言えることは、今回の3位は決して前が潰れて獲得した3位ではなく、実力で勝ち取った3位ということだ。今回優勝した87号車T-DASH ランボルギーニ GT3(高橋翼/アンドレ・クート/藤波清斗組、YH)は、4回のピットストップのうち3回目を2回目の1周後に行なうという奇襲作戦に出て、ドンピシャのタイミングでセーフティーカーが出たことで優勝を勝ち取った。もちろんそうした作戦もレースのうちなので、その優勝の価値は1mmも動かない。レースではどんな手を取ろうが、先にチェッカーを受けた者が勝者であり、それは称えられるべきだ。

 ただ、それは別にして、通常の4回ピットストップを行なった中のトップは52号車埼玉トヨペットGB マークX MCであり、その52号車とガチンコの勝負であと2秒まで差を詰めたということは、34号車にとって大きな意味があるだろう。

 次のSUPER GTのシリーズ戦は、8月24日~25日のSUZUKA 10Hを挟んで、9月7日~8日にオートポリスで行なわれる「2019 AUTOBACS SUPER GT Round 6 AUTOPOLIS GT 300km RACE」となる。「オートポリスはNSXにとって苦手なサーキットではない。2018年も表彰台を取っているし相性がいい。この勢いを維持していきたい」と道上選手が言うように、チームにとっては初めての表彰台を獲得したサーキットでもあり、期待ができるだろう。

 ただし、今回3位を獲得したことでポイントは19ポイントへと一挙に増え、その倍の重量となるウェイトハンデは38kgとなる。同じNSX GT3を利用してポイントリーダーになっている55号車 ARTA NSX GT3(高木真一/福住仁嶺組、BS)はウェイトハンデ61kgになった今回のレースでも確実に6位に入ってポイントを稼いでる。チームが次の段階(具体的に言えばチャンピオン争いに絡んだり、優勝したり)に進むには、同じように重量が重くなっても戦えるようなセッティングなり作戦が重要になってくるだけに、オートポリスではチームがそのあたりをどのように対処していくのかが見どころとなるだろう。

34号車 Modulo KENWOOD NSX GT3