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ル・マン24時間5連覇を目指す「TOYOTA GAZOO Racing GR010 HYBIRD」のパワートレーンについてトヨタ開発陣に聞く
2022年6月10日 00:00
トヨタ自動車のWEC(世界耐久選手権)参戦、ル・マン24時間レース参戦を担うTOYOTA GAZOO Racing WECチームは、シャシーなどを担当する欧州側のTGR-E(かつてはTMGと呼ばれていた拠点)とエンジンやハイブリッドシステムを担当するトヨタ自動車の東富士研究所の2箇所のサイトで研究・開発が行なわれている。
そうしたTGR WECチームで、エンジンやハイブリッドシステムの開発を担当している佐藤氏、立松氏の2人に、ル・マン24時間レース用パワートレーン搬出式が行なわれた4月半ば、GR010 HYBIRDに関する話をうかがった。
従来のTS050用は熱効率を重視したエンジン、新しいGR010はなめらかの出力を重視したエンジン
──従来のTS050 HYBRIDでは2.4リッターのV型6気筒直噴ツインターボエンジンだったが、現行のGR010 HYBIRDでは3.5リッター V型6気筒直噴ターボエンジンと公表されている。この諸元はどのように決定されたのか教えてほしい。
佐藤氏:従来のTS050 HYBRIDでは、エンジンとハイブリッド・システム合わせて公称735kW(1000PS)の出力を実現していた(筆者注:TGRのWebサイトによれば、2019-2020年シーズンを戦った最終型ではエンジンの出力が367kW、ハイブリッド・システムの出力が367kWと公表されている)。それに対してハイパーカーの規定は最終的にBoP(Blance of Performance)で合わせる規定ということで、モーターが使える範囲も限られており、エンジンだけで500kW(680PS)を実現しないといけない。それに合わせて排気量を上げたというのが理由だ。
WEC 2019-2020 TS050 HYBRID レース車両解説(TOYOTA GAZOO Racing)
https://toyotagazooracing.com/jp/wec/cars/2019-2020/
──このBoPに合わせた規定の難しさというのはどういうところにあるのか?
佐藤氏:TS050 HYBRIDの時点でのパワーユニットでは、燃料流量規制(筆者注:そのタイミングで使える燃料の総量を規定するルールのこと。それによりエンジンメーカーはその瞬間、瞬間で燃費を向上させることで、燃費を改善することが競争の重要なポイントになる。日本のSUPER GTやスーパーフォーミュラでも採用されているルール)だったので、熱効率がすべての規定だった。エンジンの熱効率を改善していくと、それがパワーにつながっていく、そういう規定だった。
しかし、現行の規定は熱効率も含めてBoPの対象になっており、多少燃費がわるくても給油時間で調整されてしまうので行き着くところは同じという規定になっている。エンジンを設計する立場からすると多少もやもやするが、それは置いておいて、ドライバビリティというドライバーが扱いやすいエンジンとはという原点に戻って設計した。
去年は120km/h、今年は190km/hというハイブリッド・システムが使える領域があるが、逆に言うとそれ以前は普通のクルマなので、いかにドライバーが意図したとおりに駆動力が出せるかということを考えて設計した。
TS050 HYBRID時点での規定では、エンジンにモーターのトルクを付加できていたという仕組みに比較すると、今のエンジンだけ走らせるときが多いエンジンの設計は難しい。モーターの場合には高いトルクがすぐ出るが、エンジンをトラクションコントロールで制御しても、モーターほどのトルクはすぐに出せない。そこをどのようにカバーするかが、われわれが今のエンジンで注力した部分になる。
──それはどのようにイメージすればよいか? ドライバーがアクセルを踏むとリニアに反応するということか?
佐藤氏:具体的に言うと、例えば6000rpmでまわっているとき、クランクシャフトは1秒間に100回まわっている。クランクシャフト2回転につき6気筒が1回ずつ爆発するので、1秒間に300回、言い換えれば300Hzで、0.0033秒ごとに制御の手を打てることになる。モーターは一桁とか二桁とか違う周波数で制御できる。そのため、ドライバーさんにとっては、スムーズに出力を出せる感覚がある。
それに対してエンジンではV6だと階段が6つあるのと同じでそれをいかにうまくつなげて、ドライバーがスムーズなドライバビリティだと感じてもらえるかという課題がある、そういうことだ。
──例えばSUPER GTやスーパーフォーミュラのNRE(Nippon Race Engine)などでは直4を採用いる。なぜV6なのか?
佐藤氏:確かに国内用のNREでは4気筒だし、そういう考え方もあったと思う。しかし、今言ったとおり、1気筒あたりの持っているトルクの階段が大きくなってしまい、より制御しにくくなってしまう。
そこでマルチシリンダーにしておけば制御しやすくなるが、今度はエンジンが長くて重くなってしまう。正直ベースで申し上げると、このエンジンを設計したときには、(ル・マン・ハイパーカー規定の)レギュレーションが混沌としている段階での検討だったので、その状況下ではパッケージの最適化という観点からこういう選択をした。
──つまりバランスを取ったということか?
佐藤氏:その側面はある。BoPカテゴリなので、パワー、車重、などあらゆる制限に対してロバスト(安定していること)でなければならない。そのため、どこかとがったようなものではなく、今なら520kW、去年なら500kWという範囲内で実力を出せて、かつ車重でもプラスマイナス何kgという範囲でバラストを積んで走っても、きちんと走れるような仕様にしないといけないということで決定した。
──ドライバビリティの善しあしはどのように判断しているか?
佐藤氏:今はトルクデマンドの制御なので、ドライバーさんのペダル操作がこのタイミングだと何ニュートンになりますというのが実情で、そこに実トルクがどれだけ追従できるかというのが指標になっている。例えばスロットルオンの瞬間だったり、ディレイの瞬間だったり、ある程度スロットルを操作する場面ではその解離具合、それに指標をもって善しあしを判断している。
──例えばTS050 HYBRIDとGR010 HYBRIDではどれぐらい違うなどはあったか?
佐藤氏:最も注力したのはターボラグだ。TS050 HYBRIDはハイブリッドシステムによるブーストがそれを覆い隠してくれていた。それによりターボを含めたエンジン側では熱効率をいかに高めるかを注力した。
しかし、現行規定では、(ハイブリッドシステムが利用できるタイミングが限られているので)フロントにデプロイ(モーターを回して出力を与えること)できないので、ターボラグをエンジン側でカバーしないといけない。ターボラグは半分以下になっている。もちろんそういうターボを選んでいるということも影響しているが。
──アンチラグ制御は使っているか?
佐藤氏:現時点では信頼性などを踏まえて積極的には使っていない。
──ターボサイズを小さくしたということか?
佐藤氏:排気量的に言うと同じだ。タービン自体は若干大きくなっている。
──ウエストゲートは負圧式のものを使っていたと思う。
佐藤氏:そうだ。理由は2つあり、1つはコスト、もう1つは市販とのつながりだ。この方式はSUPER GTなどでも使われているもので量販もされている。コストも安く、量産車との関わりも持てるということで採用している。
GR010のハイブリッドは、エンジンとのスムーズなハンドオーバーを意識した設計
──エンジンは熱効率から安定した出力という形でシフトしたということだが、ハイブリッドシステムはどう異なっているのか?
立松氏:今の規則では出せるところに足かせがある。具体的にやっているところは物理的には変わっていないが、戦略の部分は大きく違う。すごく簡素化して言うと、充電したければモーターの出力を増やしてビューと充電して狙いの充電度、携帯電話で言えば電池マークでxxパーセントみたいな大枠を最初に決めていて、そこにめがけてだんだんとターゲットに近づいてくると、出力も出していく。
その出力を出していくとき、今の規則では足し算にならないのでエンジンと合わせて520kWになるように今度はエンジンにハンドオーバーするようなことをやっている。
──エンジンへのハンドオーバーはエンジンの方で出力を調整するという意味か?
立松氏:そうだ、エンジンとモーターの出力の割合を変えていくというイメージになる。ここが今BoPの対象になってきているので、そこに対してわれわれがどういくのかということを考えないといけない。昨年まではハイブリッドシステムを120km/hで有効にできていたが、今年はそれが190km/hになっている。これはほとんどのサーキットでハイブリッドを使えるコーナーが1つか2つとかになってしまうので、その対処が重要になる。
ハイブリッドの場合には、回生ブレーキを利用しているので、だらだらとずっとブレーキを使っていると、バッテリの充電が満タンになってしまう。そうすると、回生ブレーキではなく、物理的なブレーキを利用することになりブレーキがブローしてしまうので、どこかで使って減らさないといけないがBoPにより190km/hにならないとハイブリッドが使えないことになると効果的に使えるところは限られてくる。
正直な話をすると、実はこの190km/h以上でハイブリッドが使えるというBoPが導入される前、われわれも何種類かそういうこともあるだろうと想定してテストはしていた。しかし、190km/hというのわれわれの想定を超えており、セブリングではだいぶ面食らったというのが正直なところだ。
──ル・マン24時間レースでは、あまりブレーキングポイントもないし、それほど問題にならないのでは?
立松氏:そうではなく、状況は同じだ。(ル・マン24時間の行なわれる)サルト・サーキットは、基本的にはストップ・アンド・ゴーのサーキットなので、ものすごく速いスピードからちゃんとブレーキを踏むことになるので、バッテリにはどんどん電力がたまっていくことになる。
なので、この状態でもちゃんと性能を発揮できるようにうまく付き合っていかないといけないと考えて、今テストでいろいろと試しているところだ。
佐藤氏:従来のLM P1規定の時代には、開発をがんばればがんばった分ラップタイムに跳ね返ってきていた。しかし、今のBoPを前提にしたLMHの規定では、逆にやり過ぎてしまうと牙を抜かれてしまうという仕組みになっている。従ってそことうまく付き合っていくことが重要になる。
ただ、そうする仕組みを採用することでレースに参加してくれるマニファクチャラーが増えてくることは間違いないので、それがレースの盛り上がりにつながるとわれわれは考えている。そのため、そうしたことはきちんと受け入れて、上手に進化していく必要がある、それがわれわれにとっての課題の1つだ。
──ハイブリッドの利用が190km/h以上にBoPで規定された最初のレースになったセブリングでの開幕戦ではどこで使えてたのか?
佐藤氏:1コーナーと10コーナーで少し使えていたぐらいだ。もちろんエンジンを絞れば、フロントのモーターは使えるのだが、ほぼ意味がない状態で使っていた。
──今後雨が降ったときなどには4WDのメリットなどがいかせるようになるか?
立松氏:メリットはまだ少ないが、今後の改善を期待している。
──ル・マンでもこのBoPが適用されるとして、どのあたりで使えそうだとか見通しはあるか?
佐藤氏:今まさにそれをやっているところだ。正直なところセブリングの開幕戦でああいう形になったので、先週(このインタビューは4月半ばに行なっているので4月上旬)に、小林可夢偉選手と平川亮選手にも参加してもらい、ハイブリッドをどのように使ったらよいかをテストした。またシミュレーションでもテストを続けている。
現状としてはバランスが崩れている状況で、ブレーキを回生しないようにするとメカのブレーキを使うことになり、それを使うと温度が上がってしまいクーリングをしなければいけないことになり、空力にも影響が出ている。1つを変えると、全部に影響が出てしまい、全体最適化という新しい仕事が増えている形になっている。
──そこまでなら、いっそハイブリッド積まないという選択肢もあるのではないか?
佐藤氏:それでも4WDのメリットはある。先ほど申し上げたセブリングでの2箇所では、その2箇所はリアタイヤリミテッド(リアタイヤの制限でそれ以上性能が向上しないということ)のコーナーなので、そこでフロントが使えるということはメリットとして依然として存在する。
違いはメリットが小さくなったということだ。その小さくなったとしてもメリットはあるので、それをいかに上手に使っていくのかがポイントになる。
──タイヤサイズを今年は大きくしている(筆者注:昨年は前後とも31インチだったが、今シーズンはフロント29インチ、リア34インチ)が、その影響は?
立松氏:コースによりけりだ。テストでのドライバーのフィードバックを聞いていると、ここはいい、ここはわるいというフィードバックだ。
佐藤氏:そこはデプロイメントのスピードとも関係しており、前が細く、後ろが太いという形になるのでデプロイメントを上げるようリア駆動に近づけるという話もある。デプロイメントスピードが上がるということは去年の段階で想定されていたことなので、方向性としては間違ってなかった。あとはおいしいレンジに入れることができるかどうか、それは対LMDhという観点でも重要になってくる。