ニュース
スーパー耐久最終戦、トヨタGRカンパニー高橋智也プレジデントらに聞く 2023年シーズンの成果や「液水カローラ」の進化と次期「GR86」
2023年11月27日 11:28
TOYOTA GAZOO Racing Company プレジデントの高橋智也氏に聞く
TOYOTA GAZOO Racingは11月12日、富士スピードウェイで開催されていた「ENEOS スーパー耐久シリーズ2023 Supported by BRIDGESTONE 第7戦 S耐ファイナル 富士4時間レース with フジニックフェス(以下、S耐最終戦)」にて、今シーズンの振り返りを行なった。
TOYOTA GAZOO Racing Company プレジデントの高橋智也氏は、S耐を運営するSTO(スーパー耐久機構)をはじめ、参加している自動車メーカーやチーム、ドライバー、エンジニア、スタッフ、メディアと、S耐に関わるすべての仲間へ感謝を述べつつ、「本当に大きな進化を遂げられた1年だと思います。これはやはり“意志と情熱を持って行動するんだ”というモリゾウの思いに、チーム一丸となって進んできた結果だと思っています。イベント広場にも仲間が増えています。今回“肉フェス”にて水素発電で給電していましたが、あれって2年前に僕が最初に水素カローラで参戦したときは、あんな光景はまったくなかったです。当時は水素を使うにしてもいろいろ申請が必要で、その申請にもすごい時間がかかったのですが、法整備や理解が進み、今では当たり前になってきているのも大きな進化かなと思っています」と説明。
さらに高橋氏は、「そのほかにもJAFと連携した“移動式ステーション”とか、昨日発表した水素エンジンのハイエースの実証実験を始めるとか、ものすごく大きなことがこのS耐を中心に動いていると感じています。もちろんそれはトヨタだけではなくて、本当に多くの仲間と一緒に取り組んでいるからこそ、こういう動きにつながっていると思っています。また、会見のバックパネルに記載している仲間の数が、2021年の参戦したときは8社でしたが。今年は45社まで広がり、本当にこの活動に共感してくれる仲間が増えている、育ってきていると実感していますし、こういった変化も世間に届けられたらいいなと思っています」と、今シーズンを振り返った。
続いて、TOYOTA GAZOO Racing Company GR車両開発部 先行開発室 室長の三好達也氏から32号車 GR Corolla H2 conceptの進化について説明があった。三好氏によるとS耐最終戦でのトピックスは「航続距離」「出力」の2つがあると前置きし、「航続距離はモリゾウ選手のスティントで20周と、これまでの16周から4周ほど伸ばせたました。出力については、モリゾウ選手が予選の走行で、5月の24時間レースのタイムから2秒短縮していることから、モリゾウ選手の技術の向上もあるかと思いますが、出力の向上の結果が出ていると思っています」と解説。
また、この日新たに装着したCO2吸着フィルターの回収成果については、会見の時点でレースが終了していなかったため未確認だが、レース後に事前テストで回収できていた分との検証を行なうと説明した。
28号車 GR86 CNF conceptは本格的にボディを変更へ
加えて28号車 GR86 CNF conceptについて三好氏は、「オートポリスでカーボンニュートラル燃料を新しい改良版に入れ替えていて、順調に結果が出ております。引き続き改良版を使いながら検証を進めていきます。また、燃料だけでなくボディ剛性など、“(アクセルを)踏んで曲がれるクルマ”を目標に改良を続けていますが、今履いているグリップのあるタイヤでも、しっかりボディ剛性を確保できていると思いますが、これも引き続き改良を重ねていきます」と、順調に開発が進んでいるとアピール。
また三好氏は、「先程も出ましたが、イベント広場に水素から発電するFCモジュールを2台並列に並べて、貯蔵モジュールから水素を燃焼に使うピザ窯、そしてイベント広場への給電と、一般の人にも分かりやすい“ミニ水素社会”を作ってみました。また水素の塵芥(ごみ収集)車やJAFの移動給水素車など、モータースポーツの現場から出た技術を社会実装するといった活動を進めてきた1年でした」と振り返った。
技術者として28号車でもっとこういった性能を確かめたい、煮詰めたい、チャレンジしたいといったメニューがあるかと問われた三好氏は、「ボディ剛性の改良のほか、リアスタビを3回ほど変更していて、これを煮詰めることが次期型へとつながっていけばいいなと思います」と回答。
さらに高橋プレジデントは、「今年はエンジンを現行のGR86のボディに暫定で載せているので、やはりボディはつぎはぎ状態になっているのが現状です。来年はもう少し次期型の車両パッケージに合わせたボディを仕立てたいと思っています。そこに次のエンジンどうするんだ、ミッションはどうするんだ、ということと掛け合わせて、次の進化に向かいたい、そんな1年に来年はなると思っております」と補足した。
また、カーボンニュートラル燃料についてTOYOTA GAZOO Racing Company GRパワトレ開発部 主査 小川輝氏は、「まだ今の燃料がどういうものか捉えきれてない。一般的に合成燃料は蒸発しにくいので、それを改良するために希釈性をよくした。今日はすごく寒いので希釈がどうなるか見ているが、大体狙いどおりなのでそこは手の内になってきたと思っています。ただし、低温で走らせたら排気ガスがどうなるとか、普段使いでどんなことが起こるかの検証はまだこれから。一緒にカーボンニュートラル燃料を使っているスバルさん、マツダさんとエンジニア同士で、『実用域のこういうポイントでデータを取りましょう』というのが少しずつ固まってきたので、それがそろったらまた次のステップに進められると思います」。
「今のエンジン車がそのまま使えるようなカーボンニュートラル燃料でないとユーザーには受け入れてもらえないと思っているし、使ってもらわないとカーボンニュートラルは進まないので、そこは大事だと考えています。ただ、もっと安くしようとすると、石油メーカーさんとかエネルギーメーカーさんと一緒に話をして、『こういうことするとすごく安くなるけれどエンジンをこうしてほしい』というのが出てくるんじゃないかなと。そうなったら、そのリクエストに対応できるエンジンはこういうデバイスや制御が必要と議論していくことになると思います」と解説。
現在の開発状況は、「7合目に差し掛かった」
続いて過去に現在のプロジェクトの到達具合について“●合目”と例えてきたことについて、今は何合目に達しているのかを聞かれた高橋プレジデントは、「去年7合目が実証実験を始めるポイントになると説明したように、現在は(ハイエースの実証実験が始まるので)7合目に差し掛かったと思っています。ただし、今まで1号目から6号目まで完全に制覇したかというと、そうではなくて、まだまだやっぱり戻りながら、並行して開発しながら進化させていくというような通常の山登りじゃなくて、登りつつも、課題をクリアしながら頂上を目指していく、そういう戦いはこれからも継続していくと思っています」と回答した。
また、ガソリンと異なり慣性力の弱い気体の水素の燃焼について、どのように改善したのかを問われた小川氏は、「ずっと“異常燃焼との戦い”といってきましたが、2021年からの2年でかなり水素の特性が分かり、どのように使えばいいという知見が蓄えられ、異常燃焼が連続するとか、すごい高い燃焼圧がかかるといった現象がなくなってきましたので、先日発表したオーストラリアでの気体水素システムを搭載したハイエースの実証実験に移れたと思っています」と説明。
さらに、「気体の水素燃料がすごく難しい点は、空気とミキシングできる時間が非常に限られるため、水素を吹くタイミングが液体のガソリンよりも少し制約があることです。二輪の4社(カワサキモータース、スズキ、本田技研工業、ヤマハ発動機が構成する水素小型モビリティ・エンジン研究組合)と一緒に水素燃焼を中心にした基礎研究を進めていますが、二輪は1万回転以上まわるのでもっと条件が厳しくなるので、そこでさらに知見を得たいです」と補足した。
「今年1年やってきて三元触媒でも浄化できそう」
続けて小川氏は、水素ハイエースの排気浄化システムについて、「基本的にディーゼル車の浄化システムをベースにしています。ただ水素のすごくいいところは、異常燃焼の原因の1つでもありますが、火がつきやすいのでリーンバーン(希薄燃焼)ができること。希薄燃焼ができるとNOx(窒素酸化物)の排出量をすごく下げられるので、実はディーゼル車の浄化システムを簡素化していて、(浄化システムをコンパクトにできることで)安く提供できるポテンシャルがあると思います。しかしエンジン性能を出すにはストイキ(ストイキオメトリー=理論空燃比)で走らせる必要もあり、そうなると従来のガソリン車と同じ三元触媒が必要で、今年1年やってきて三元触媒でも浄化できそうなことは分かりましたが、まだいろいろと乗り越えないといけない課題があり、来年のS耐の場で少し鍛えるようなものを投入したい」と来年の取り組みについても言及した。
今後GRブランドでも水素、EV、FCEVといったマルチパスウェイプラットフォームを導入していくことになるのかとの質問に高橋プレジデントは、「GRとしてもマルチパスウェイは考えていかなきゃいけないと思っています。ただいつも豊田会長がいうようにバッテリEVがいい、わるいとかではなくて、あくまでもお客さまに選択肢をたくさん提供するのが僕らのミッションです。特にGRは“エンジンのクルマは楽しい”ではなくて、“電動化しても楽しいクルマって何だろう?”ということを考えるのが僕らクルマ屋だと思っています。そういった観点でのクルマ作りはGRとしてももちろん進めていきたいと思います」と回答。
さらにGRが掲げる“気持ちのいいクルマ”の定義については、「今GRとして追求したいのは、やはり自分の意のままに動くクルマを作りたいという気持ちが一番にあります。ステアリングを切って自分の思ったステアリングの角度で思った通りに曲がる。それが一番ストレスがないと思います。自分の頭の中では“これぐらい切ったら曲がってくれるだろう”と思うんだけど、実際クルマがそういう動きしないとストレスになると思います。そういうストレスをなくすクルマ、自分が思った通りに動くクルマというのが、GRが目指したいクルマ作りの方向性です」と高橋プレジデントは説明した。
また、トヨタの人作り(人材育成)に関して高橋プレジデントは、「今シーズン初めから社員ドライバーが28号車に乗っています。やはり最初はものすごく緊張してガチガチで、乗ってもうまくマシンのインプレッションができなかったですが、今は本当にチームに溶け込んで、プロドライバーとは違った観点でのインプレッションをちゃんと開発陣にフィードバックしてくれるようになりました。同じくメカニックやエンジニアも、限られたレースの場でいろいろ課題が出ますが、それに向き合って、『1秒でも早くマシンをピットからコースに出すんだ』という観点でのコミュニケーション能力ですとか、その担当意識も『僕はここの担当』ではなくて、『自分はこのマシンの担当なんだ』というクルマ屋としての意識も、日々会話してる中でものすごく変わってきていると実感しています。この“社員をこの現場に送り込む”という活動は、来年以降も確実に続けていきたいと思っています」と成果と今後の展望を語った。
共挑については、今後も5社で進めていきたい
共挑(=共に挑む)ワイガヤクラブの来シーズンの活動について三好氏は、「1つの事例ですが、本日モータースポーツの盛り上げやファンの皆さまへの貢献ということで、5社(トヨタ・日産・ホンダ・スバル・マツダ)でステージトークショーやり、その後に各ピットを見てもらう“共挑ピットツアー”というイベントを開催しました。今後もクルマ作りとモータースポーツの盛り上げやファン作りも含めて5社で進めていけたらと思っています」と紹介。続けて高橋プレジデントも、「クルマっていいよねという思いに共感した5社が集まっているので、その共感から何か大きなことが生まれてくるようにもっていきたいと思いますし、今までは交わることがなかった5社が一緒に『なんかあいつら楽しそうにやってるぞ』という雰囲気が広く伝わって、自動車業界が変わっていくような期待につながる活動にしたいと思っています」と今後の方向性を語った。
また、トヨタとスバルとマツダの3社と、日産とホンダの2社は、カーボンニュートラル燃料とはいえ厳密には別のものを使っているが、統一化は検討しているのか問われた三好氏は、「今まさに現状を踏まえて、来年どうしていこうと議論している真っ最中」と説明した。