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トヨタ元町工場内で、GRヤリスやGRカローラを高精度生産する「GRファクトリー」(詳細解説編)
2024年6月11日 16:07
トヨタ元町工場内で、GRヤリスやGRカローラを高精度生産する「GRファクトリー」
トヨタ自動車がGRヤリスやGRカローラというスポーツカーを生産するために元町工場内に設置した特別なエリアが「GRファクトリー」になる。トヨタと言えば、世界最大級の自動車メーカーとして2023年度は年間1109万台をグループとして販売。2024年度は働き方などを見直す関係で1095万台としているが、その販売を支える大量産メーカーであるのは間違いない。
そのトヨタが取り組んでいる新しい生産の形が、少量多品種でもきちんと利益が出ることを目指すスポーツカーの生産。トヨタはこれまで86/BRZをスバルと共同開発、スープラ/Z4をBMWと共同開発してきたが、いずれも生産はスバル、マグナとトヨタ単独によるものではなかった。これにはさまざまな事情はあるが、一番の理由はトヨタほどのメーカーでも、スポーツカーを1社で開発して、1社で生産することは非常に難しいこと。難しいがゆえに、同じ志を抱くメーカーとともに開発・生産をすることで、現代的なスポーツカービジネスを育んできた。
トヨタがTOYOTA GAZOO Racingから発売する「GRヤリス」は、その難しいスポーツカーの開発・生産に挑んだクルマになる。GRヤリスはWRC(世界ラリー選手権)やWEC(世界耐久選手権)などモータースポーツを担当するTOYOTA GAZOO Racingから企画されたクルマで、WRCのホモロゲーションモデルとなることを目指した。高性能エンジン、高剛性ボディ、高性能4WDシステム(GR-FOUR)を搭載して東京オートサロン2020で正式に発表された。
マスタードライバーである豊田章男社長(当時)がGRヤリスの特徴として語っていたのは、「勝つために作ったクルマを市販車に使っていただく」ということ。量産車をレースで勝つクルマに仕上げるのではなく、レースで勝つためにプロドライバーと作り上げたクルマを市販するという視点で作り上げた。
そして、豊田章男社長はトヨタ単体でスポーツカーを作り続けるため、モータースポーツで通用する高精度なクルマを作り続けるため、新たな生産方式を導入。それが、AGV(Automatic Guided Vehicle、自動搬送機)とセル生産を全面的に採り入れた元町工場内のGRファクトリーになる。
一般的に現代の自動車は、フォードがT型フォード生産で採り入れたベルトコンベアなどを用いる流れ作業によって生産されている。フォードシステムとも呼ばれており、多くの人に工業製品といえばこの流れ作業という印象があるほど浸透している。
トヨタは、そのフォードシステムをムダの徹底的排除の思想と作り方の合理性を追い求めて「トヨタ生産方式(Toyota Production System)」として昇華。「ニンベンのついた自働化」「ジャスト・イン・タイム」などの新たな思想により、一見同じに見える流れ作業をまったく異なるものとした。「カイゼン」「かんばん」「アンドンのひもを引く」といったキーワードとともにTPSとして世界のもの作りのお手本となった。
そのもの作りの思想はすでにフォードシステムとは切り離され、ソフトウェアの世界でもTPSとOODAループを起源にスクラム開発が生まれ、効率的なアジャイル開発として知られている。
GRファクトリーでは、そのTPSの思想を採り入れ、先述したAGVとセル生産が全面的に展開されていた。
GRファクトリーの基本構成
このGRファクトリーの月産体制やタクトタイムについては、関連記事で紹介しているが、AGVを全面的に用いることで床面のフラットな工場を実現していることが特徴になる。このフラットなフロアを、「ボデー工程」「組立工程」「検査工程」に3分割。ボデー工程では、溶接の仮付け増し打ちを行ないながらパネルから車体を組み上げ、別工場の「塗装工程」に送り出す。組立工程では、塗装工程から帰ってきたボディに対して各種部品を組み付ける。検査工程では、完成したクルマを検査する。
工程だけを追えば通常の量産車と変わらないように見えるが、その各工程で行なわれている作業は量産車ではあり得ないレベルの高精度なもので、現在は量産車で用いられるタクトタイムとは異なる13分でタクトを構成。ロボットや高技能なスタッフによる手作り生産を行なうセルを、AGVでつないでいく仕組みになっていた。以下に各工程やセルを簡単に紹介していく。
ボデー工程
AGV(Automatic Guided Vehicle、自動搬送機)
GRファクトリーで目に付くのはAGV。このAGVによってフラットなフロアを実現し、需要の変動に対応するという。しかしながら、現在GRファクトリーはフル生産となっており、フラットな工場のほぼ全面をセルとAGVラインが占めていた。
セル全景や治具など
工場の生産単位で、ある程度複合した大規模なものをショップ、小さな単位をセルという。ただ、この大きい、小さいは業種や製造内容によって捉え方が異なり、今回はトヨタ自身がセル生産+AGVと呼んでいるのでセルと表記している。
電機業界などでは、多能工である一人を取り囲むように屋台を組み上げ、一人セル生産が行なわれているが、もちろんトヨタの場合は製造する製品が大きいためそのようなことはなく、各セルで複数のロボットや複数の技能工による生産を実施していた。
クルマのボディ作りの基本となるのは、プレスされた部品を溶接や接着で組み上げていく箇所だが、GRファクトリーではモータースポーツにも使えるボディを生産するため、ボディの形を作る仮溶接(約300点)を行ない、そこに接着剤塗布やスポット溶接増し打ちが行なわれる。その点数は、ノーマルのヤリスが3700点に対して、初期型GRヤリスは3950点、進化型GRヤリスでは4500点に達する。ちなみに、GRカローラはノーマルのカローラが5300点に対し5700点。レースの知見で得た必要な箇所に必要なだけ打ち増ししている。
ボディ精度検査
できあがったホワイトボディは、ボディ精度検査へ送られる。ボディの段階になっても、下から支えられ天吊りラインとしてはデザインされていない。モータースポーツにも使える高精度なボディを作り上げたことを確認する。
ただ、工業製品のため公差は存在する。その公差を記録し、適切な足まわり部品などと組み付けていくことで、最終的な公差を限りなく小さくするような工夫が取り入れられている。GRヤリスやGRカローラが1000万円以下で購入できる秘密にもなっているのだろう。
組立工程
組立工程全景
ボデー工程で完成したホワイトボディは、塗装工程に送られる。その後、塗装工程を終えたボディは、この組立工程へ。ちなみにWRC(世界ラリー選手権)に参戦しているラリー2のGRヤリスは、ボデー工程で完成したホワイトボディをフィンランドに送っている。
いわば市販のGRヤリスは、レーシングマシンと同じボディを共用しているクルマで、当初からその共用を見すえて開発されている。そもそも、このGRファクトリーの生産台数見積もりも、ホモロゲーションを取得できる年間2万5000台を一つの目安としていた。その結果はというと、世界的な大人気によりフル生産。さらにGRカローラの生産も増えて、フル生産の状態が続いている。
足まわり部品測定&組み付け
足まわりの部品は、サブラインで組み立てられている。その際に、部品の公差を計測。その公差が最小になるように、足まわり部品を組み立てていく。さらにボディへの組み付けの際にも、足まわり部品としての公差を用いて、トータルで精度が高くなるような組み立てを行なっている。
もちろんすべてがゼロゼロになればよいのだが、工業製品であるため公差が存在する。その公差を部品、部品の組み合わせ、ボディとの組み合わせで打ち消し方向の組み立てを行なうことで、最終的に高精度な製品として作られていく。
GRヤリス、GRカローラは量産車でありながら、部品の一つ一つを計測してデータを蓄積。そのデータを使って、足まわり部品を組み立て。さらにそのデータを使って、計測されたボディとの組み合わせを判断。高精度なスポーツカーを作り続けるということを追い求めている。
足まわり部品搭載
組み立てられた足まわり部品や、エンジンユニットなどをボディへ搭載。塗装済みのボディの保持高を変えることで、作業者の負担を減らしている。特徴は、天吊り構造ではないこと。天吊りでラインを組まずに、フラットな床に取り付け工程が設けられている。
これにより、生産台数が増えた場合は並行して取り付け工程を増設。減った場合は削減といった柔軟なライン構成が可能になる。
AGVがボディを運び、所定の場所になったらジャッキがボティをアップ。そこへ取り付けるエンジンユニットなどはAGVが運んでいた。もちろんベルトコンベアによるラインよりは生産性が下がるが、多品種少量生産にはあきらかに向いている。なにより、GRヤリスとGRカローラはホイールベースが違うのだが、苦もなくその違いを吸収して組み立てられていた。
検査工程
すべての部品を取り付けたら検査工程へと進む。検査工程では、傷や取り付けの外観検査や最終調整が行なわれる。その特徴は、ステアリング操作をせずに進んでいくこと。中立状態で移動し、その後振動試験を行ない、アライメント調整を実施。初期のブレを取ることを行なっている。
本来は、そのラインを真っすぐ構成したかったのだろうが、工場のスペースの問題でターンテーブルを設置。クルマはターンテーブルまでAGVによって運ばれ90度方向転換。振動試験、アライメント調整へと進んでいく。アライメント調整も、運転席、助手席、リアに重しをかけて実施。実際のラリー同様、ドライバー、コドライバーが乗った状態を想定して行なわれていた。
振動試験&アライメント調整
ターンテーブルで転回した完成車両は、ここから人が乗り込み振動試験エリアに向かう。初期のブレ取りを行なうラインが設けられており、ここでブレを取った後、アライメント調整エリアに向かう。ステアリングは中立位置のまま進むのがポイント。
フル生産が続くGRファクトリー
ざっとGRファクトリーの生産要素を紹介してきた。このGRファクトリーだが、AGV+セル生産によって需要対応できるようにと設計されているとはいうものの、どう見ても工場一杯にフル生産が行なわれているように見える。
GRヤリスは、WRCのホモロゲーションモデルとなるために作られている部分もあり、当初はそのホモロゲーション台数を見て工場が設計された部分もあるように思う。ラリー2の規定では、ファミリー(同一プラットフォーム)で2万5000台、ベース車両で少なくとも2500台製造されたクルマというのがあり、これを2年で達成しようとすると……といったターゲットになっているのだろう。それが現状の月産生産台数約1300台という数字から予測される部分だ。
実際、GRヤリスの開発主査である齋藤尚彦氏に生産規模を聞いたところ、GRヤリスの生産から始まり、GRカローラの生産を加え、進化型GRヤリス生産で工夫しと、AGV+セル生産の利点を活かして生産規模を進化させてきたという。
とはいえ、そもそもGRヤリスがホモロゲ台数を大きく越えて売れるとは、多くの人が予測していなかったという。スポーツカーは発売当初熱狂的に迎えられるものの、安定して継続的に売れ続けることは難しい。GRヤリスの企画時にもそういう話はもちろんあり、ベルトコンベアを組んで大量生産という形にはならなかったし、これまでスポーツカー生産を続けられなかった理由でもある。
そのためGRヤリスでは、モリゾウ選手でもある豊田会長の「走る、壊す、直す」による進化し続けるというコンセプトが組み入れられている。進化という形でクルマをアップデートしていくことで、常に最良のGRヤリスやGRカローラを購入でき、必然的に中古車も重層的に増えていく。フルモデルチェンジやマイナーチェンジでもなく、進化と位置付けることで進化型GRヤリスの縦引きパーキングブレーキ(いわゆるモリゾウPKB)も従来のGRヤリスに取り付けられるよう(加工は必要だが)設計されている。
マイナーチェンジとも書かれることがある進化型GRヤリスだが、あれだけ改良されているにもかかわらず齋藤主査は「進化型です」としか言わない。マイナーチェンジではなく、改良モデルという位置づけとともに、最初にGRヤリスを購入してくれた人がいるから今があると考えている。今の生産規模があるのも、最初にGRヤリスを購入してくれたからだと考えている。
齋藤主査によると、GRファクトリーが当初予定したタクトタイムは10分とのことだが、実際に現在は13分で進んでいるという。これは、GRカローラとの混流生産を行なっているため。足まわりの公差を打ち消しつつ、さらにボディとの公差の調整が行なわれている高精度生産を行ないながら、さらに複数の車種を流していくのは、やはり大変なことではあるようだ。
これらを解決するには、つまりフル生産を行なっている中でこれまで以上に生産量を増やすには、実質的に不可能なタクトタイムの短縮化か、ラインの並列化しかない。ラインの並列化をしようにも、ターンテーブルまで使って(工場の隅から隅まで使って)生産を行なっている現状を見ると、なかなか増やしどころがないようにも見える。
進化型GRヤリス生産にあたって、レイアウト変更で生産能力を拡大したGRファクトリーだが、トヨタが開発表明した400馬力級の新型スポーツエンジンということを考えると、今後もGRの動きが注目されるところ。ASV+セル生産という自由度の高い高精度生産が、進化型GRヤリス、GRカローラに続いてどのようなものを生み出していくのかも気になるところだ。
参考文献:
トヨタ生産方式 109th 版, 大野 耐一 (著)
スクラム 仕事が4倍速くなる“世界標準”のチーム戦術 ジェフ サザーランド (著), 石垣 賀子 (翻訳)
OODA LOOP(ウーダループ)―次世代の最強組織に進化する意思決定スキル チェット リチャーズ (著), 原田 勉 (翻訳)