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日産、塗装で車内温度上昇を抑制する「自己放射冷却塗装」公開 実証実験車両で温度の違いを確認

2024年8月6日 開催

日産自動車は開発中の「自己放射冷却塗装」の概要と、羽田空港第2ターミナルで運用している実証実験車両を報道陣に公開した

 日産自動車は8月6日、夏の直射日光による車室内温度の過度な上昇を防ぐことで、エアコン使用時のエネルギー消費を減らし、燃費や電費の向上に貢献する自動車用「自己放射冷却塗装」の実証実験を公開した。

 日産はカーボンニュートラルの実現に向けて電動化をはじめ、さまざまな取り組みを推進しており、カーボンニュートラルの実現においては、クルマの使用時におけるエネルギー消費を抑制する取り組みが重要だと見ている。そして実現に向けて有効な手段になると期待されている1つが、今回の自己放射冷却塗装である。

日産はカーボンニュートラルの実現への取り組みを進めており、今回公開された自己放射冷却塗装もその一環のもの

メタマテリアルとはなにか?

日産自動車 総合研究所 先端材料・プロセス研究所 主任研究員 物理機能材料(メタマテリアル)エキスパート 工学博士の三浦進氏

 自己放射冷却塗装を開発したのは日産自動車 総合研究所の三浦進氏。

 同氏は2015年に面密度が高まると遮音性能が高くなるという物理法則に従わないハニカムと膜で構成される軽量な遮音材料「音響メタマテリアル」の開発も担当。この技術は2020年、アメリカの科学誌「ポピュラー・サイエンス」にてその年に注目された材料を表彰する「Best of What's New Award」の自動車カテゴリーで受賞している。

 音響メタマテリアルの開発を機に、三浦氏のチームは物理機能材料の研究に取り組むようになり、2018年からは「熱メタマテリアル」の開発に着手(音響メタマテリアルの開発も継続している)。そして熱メタマテリアルを使用したものが「自己放射冷却塗装」である。

 話に登場する「メタマテリアル」という名称だが、一般的にはなじみの薄いものなので、プレゼンテーションで登壇した三浦氏はこの部分から説明した。メタマテリアルとは材料の名前であり、自然界に存在しない物理特性を材料自体ではなく人工的に実現した構造とのこと。三浦氏は「材料自体ではなくて構造で実現した」という点を強調した。

メタマテリアルの「メタ」とはギリシャ語で「飛び越える」とか「次の」「一歩先に」といった意味。そして「マテリアル」は材料なので直訳すると「超越した材料」などと説明した
メタマテリアルの解説資料。音響メタマテリアルも熱メタマテリアルも自然界には存在しない材料物性

 また、開発の経緯については、三浦氏によると熱メタマテリアルは簡単にできたわけではなく、長い時間をかけて開発に取り組んできたものだという。

 開発のきっかけになったのが世界的な科学誌「サイエンス」に載っていた論文。この中に自己放射冷却する材料についての発表があり、その技術に強い興味を持った三浦氏はさっそく著者とコンタクトを取った。

 そしてアメリカのコロラド大学で研究をしていた著者の研究室へ出かけ、話を聞きその効果を体験させてもらうとさらに興味は深まり、この技術をクルマの塗料に生かすための共同研究を提案したとのことだ。

 なお、発明者である人物はフィルム状の放射冷却素材「ラディクール」を製造・販売するラディクール社への協力も行なっていたので、まずはラディクールの放射冷却素材(フィルム)を提供してもらい、クルマにて効果を確認した。

 その後、2021年にラディクール社とも塗料の共同開発を開始。2022年には自己放射冷却ができる厚膜塗料を作り出し、2023年からは羽田空港内で利用されているNV100クリッパーを自己放射冷却塗装で塗り直しての実証実験が開始されたのだった。

開発の経緯。きっかけは2017年にサイエンス誌に掲載された論文だった
日産主導のもと、ラディクール社、日本空港ビルデングの協力により開発が行なわれている

自己放射冷却塗装の仕組みとは

 続いては自己放射冷却の話に入ろう。塗料の主な構成材料は多くの分子で構成されている樹脂だが、その中に2種類のマイクロ構造粒子を含ませている。

 そのうちの1つの粒子は太陽光の成分中にある近赤外線を反射させる働きを持っている。それにより塗膜内の樹脂の温度上昇を抑制している。

 もう1つの粒子は樹脂の温度が上昇した際、熱を電磁波に変換させる働きを持っている。電磁波に変わった熱は放出されたあと、大気に触れても熱として吸収されないばかりか、大気圏を突き抜けて宇宙まで届くという。つまり熱メタマテリアルの自己放射冷却塗装は近赤外線を反射するのと、大気に吸収されない電磁波の放射によって塗装表面の温度上昇を抑制するものなのだ。ちなみにこれは自然界に存在しない物理特性とのことだ。

1つ目の粒子は近赤外線を反射させる働きがある
2つ目の粒子は太陽光を受けて樹脂の温度上昇があると電磁波を放出することで熱を外に出す
電磁波を出す仕組み
熱を受けた粒子が動くことで電磁波が出る
電磁波となった熱は大気に吸収されない
電磁波は大気に熱を放出することなく宇宙まで届くという
自己放射冷却塗装は車体の温度を低減することができるものになっていて、実験結果では自己放射冷却塗装のクルマと通常塗装のクルマとでは、自己放射冷却塗装のクルマの方が12℃温度が低減。運転席頭部空間では5℃違った

実証実験車両で温度の違いをチェックしてみた

奥が自己放射冷却塗装を塗った実証実験車両、手前が通常塗装車。日なたに置いた状態での外板の温度を違いを見るために用意された。自己放射冷却塗装の上から日産車に使われているクリアコートが吹かれており、これはクリアコートを上から吹いても塗膜が変化しないかを見るため

 2023年秋からラディクール社の日本法人であるラディクールジャパン社の販売代理店を務める日本空港ビルデングの協力により、ANAエアポートサービスが空港で日常的に使用している軽商用車 NV100クリッパーに自己放射冷却塗装を塗装して、耐久性、性能の維持の状態、退色、変色など塗料が日産の品質基準に合うものとするための評価を行なっている。

 実証実験車両の台数は1台。羽田空港第2ターミナルに配置されていて、飛行機が到着する際に必要な係員が集まるための連絡車両という役割を持つ。

 飛行機が到着する約20分前に係員は配置に付き、業務を終えると連絡車両で詰め所へ戻るのだが、駐機場では走行時以外はエンジンを停止する決まりなので、炎天下ではエアコンを装備していても車内を冷やす時間がない。係員の方は駐機場での作業時は常に暑さを感じているそうだ。

 その状況に対して自己放射冷却塗装を塗った実証実験車両は、駐車中の車内温度上昇が抑えられるため、係員の方の負担軽減に貢献しているとのことだった。

 なお、ANAが使用する第2ターミナルは東京湾に近いので塩害を受けやすく、飛行機のタイヤカスなども多く飛んでいる。さらに屋根がないので暑さ、寒さ、雨、雪などクルマの塗装に対してシビアなコンディションであることも実証実験のステージとして選ばれた理由ということだ。

自己放射冷却塗装を塗った実証実験車両のボンネット表面温度は40.5℃
通常塗装車のボンネット表面温度は47.3℃と大きな差があった
通常塗装車の塗装面。シビアなコンディションであることから艶がなくなっているように見えた
日産純正のクリアコートと自己放射冷却塗装を塗った実証実験車両の塗装面。実験開始が2023年なので塗装に傷みなどは見られない。塗料の性質上、塗膜は通常塗装より厚めになるというが、見た目では通常塗装との塗膜の差は分からない
サクラに自己放射冷却塗装を施した車両(手前)。こちらは日産の広報車だ。奥は通常塗装仕様。外板を触ると塗料の違いによる差をハッキリと体感。通常塗装は長く触っていられないほどの熱を感じたが、自己放射冷却塗装はそんなことはなかった
クーラーボックスにも塗料の塗り分けを行ない保冷効果の差をデモ。熱を持ちにくい塗料ということでクルマ以外への転用にも大きな効果が期待できる
屋内展示もあった。熱の出るライトでそれぞれの塗装を塗ったサンプル板を照射。自己放射冷却塗装(左)は36.5℃、通常塗装(右)は43.8℃
2020年8月1日~15日の期間、羽田空港のボーディングブリッジや連絡通路の屋根、側面、ガラス面にラディクール社の放射冷却素材を施工した実験も行なっていた。結果はボーディングブリッジ、連絡通路ともにはっきりと温度差が出ていた

 表面温度を測ってみると、自己放射冷却塗装を塗った実証実験車両のボンネット表面温度は40.5℃、通常塗装車のボンネット表面温度は47.3℃と大きな差があった。このような結果が出ている自己放射冷却塗装ではあるが、現状としては量産車への展開はないという。

 理由として挙げられたのは、光の反射がいい白色のみの展開になっていることや(他の色でやれないわけではないが課題が多いという)、塗膜が厚いこと。しかし、救急車や商業車、送迎バスなどであれば塗膜が多少厚くなる塗料であってもいまの設備で塗装ができるため、まずは特装車からの採用を検討しているという。

 また、素朴な疑問として自己放射冷却塗装に入っている近赤外線の反射をする粒子や、熱を電磁波して放出する粒子は気温が下がる冬にどう作用するかについてだが、放射冷却の放射は温度が高いほど放射が強くなる特性であり、反対に温度が低いときは放射が弱くなるので放射の影響はあまりない。それゆえ冬に余計に寒くなることはなかったということだ。

三浦氏と展示物の解説を担当したチームの方々