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ホンダ第3のベンチャー企業「ウミエル」が目指す“海の見える化”が実現すると、どんなメリットがあるのか?
2025年3月27日 06:25
- 2025年3月26日 実施
ホンダから3番目のベンチャー企業がスタートを切った
本田技研工業は3月26日、自社の新事業創出プログラム「IGNITION(イグニッション)」発の3番目となるベンチャー企業として始動した「UMIAILE(ウミエル)」の説明会を実施した。
IGNITIONプログラムを統括するホンダの中原大輔氏は、本田宗一郎氏が創業したホンダの企業理念の原点は、「社会や人の役に立ちたい」という思いがあり、「誰かのために」という考えが、今もホンダ社員に脈々と息づいていると説明。そんな社会をよりよくするための「夢」を具現化しようと、2017年にホンダ研究所では社員のアイデアを募集。今のIGNITIONプログラムの礎になったという。
IGNITIONプログラムではこれまでに、2021年に第1弾となる靴装着型振動ナビゲーションデバイスを手掛ける「株式会社あしらせ」、2022年に第2弾となる電動マイクロモビリティを手掛ける「株式会社ストリーモ」を設立。そして2023年11月にはホンダの従業員だけではなく一般公募を開始したことに触れ、中原氏は、「2025年4月15日より、“IGNITION CHALLENGE 2025”と題して、カーボンニュートラル、モビリティ、ロボティクス、生産・製造技術の分野で、日本国内での起業を目指す個人からのアイデア募集を開始します」と告知した。温めているアイデアがある人は、「IGNITION公式Webサイト」から4月15日以降に応募できる。
この日発表したスタートアップ第3弾となる「ウミエル」の代表を務める板井亮佑氏は、学生時代に“人力飛行機”の開発に熱中し、その志はいつしか「スーパーカブを作った本田宗一郎さんのように、自らのアイデアや技術で、人や社会の役に立ちたい!」という思いへと膨らみ、2015年ホンダに新卒で入社。
以来約10年、研究所でパーソナルモビリティ「UNI-CUB」や、EVサイド by サイド「Mobile Power Pack 4W-Vehicle(コンセプトモデル)」、EV自律作業車「Autonomous Work Vehicle(プロトタイプ)」など、電動モビリティやロボット車体の設計業務に携わってきたという。また休日は、趣味で水中翼船の開発に没頭し、独自に「船体制御技術」の研究も実施。そんな中、その技術を使ったサービスを思いつきIGNITIONに提出した。
板井氏によると、「最初は漁業向けの“魚群探索サービス”として考えたのですが、いろいろとヒアリングをしていくうちに、海上に出ている人たちは、さまざまな業種があり、それぞれが課題を抱えていると分かりました。そこで“海の見える化”をキーワードに掲げ、海洋観測自体をサービスとするウミエルが誕生しました」と経緯を振り返る。
また、現状で海洋観測を行なっているのは、たくさんのセンサーを搭載した大きな有人観測船で、製造するのにウン百億円、航行するだけで1日1000万円ちかくの経費がかかるうえ、専門的な技術を要した乗組員も不足するなど、人・物・金と課題が山積している。しかし、板井氏が開発した「UMIAILE ASV(Autonomous Surface Vehicle:自律航行型無人船)」を使えば、それらの課題を一気に解消できるという。
もちろん、すでに海外に同じようなサービスを提供する企業は存在するが、板井氏は「UMIAILE ASVは、小型でありながらパワフルで、速い海流でも流されずに航行できるのが最大の特徴」と語る。
ただ、現在のプロトタイプのサイズの決め手となっているのは、日本小型船舶検査機構が定めている「全長3m未満かつ出力が2馬力以下」のミニボートであれば、定期的な船舶検査や免許も不要、カヤックや手漕ぎボートと同じ扱いで航行範囲の制限がなく時間や燃料が許す限りどこまででも航行可能な点。実際テスト航行中は調整作業などで船体の上に乗る必要もあるため、この要件は外せないという。
軽くて速い小型無人ボート「UMIAILE ASV(プロトタイプ)」
ウミエルが手掛けるASVは、プラスチック加工業を営むスターライト工業が請け負っていて、船体は発泡スチロールに特殊なコーティングを施したもの。ちなみにスターライト工業は自動車用のパーツも手掛けていて、ホンダ車にも採用されている。また、FRPやカーボンファイバーで制作すると金型が必要となるし、強い衝撃で割れたりヒビが入ってしまうが、発泡スチロールであれば部分的な修復も可能と、コスト面でも運用利便性でもメリットがあるという。
展示されていたプロトタイプは、実は数日前に完成したばかりの船体。上面にはソーラーパネルを備えていて、内部にはバッテリや制御システムを搭載する。左右には浮揚力を生む形状の板に推進用のプロペラが付き、後方には操舵板を備える。
停止中はボートのようにぷかぷかと浮かぶだけだが、推進力を与えると浮揚力が発生し、ボートの底面は海上に出る。そのため抵抗が少なく、比較的少ないパワーで推進でき、荒波にも耐えられるという。これがUMIAILE ASVの最大の特徴ともいえる。
搭載するセンサー類やカメラ、バッテリの大きさや容量などは、観測する目的や航行する距離に合わせてフレキシブルに変更できるのもメリット。人が乗っていないので、ソーラーパネルで充電しながら航行すれば、推進プロペラが故障でもしない限り、ひたすら観測を続けられそうに思えたが、板井氏によると「ずっと海上にいると舟艇にフジツボなど付いてしまうので、現実的には2か月おきくらいにメンテナンスすることになると思います」とのこと。
投資ファンドも注目する「ウミエル」の活動
ウミエルはUMIAILE ASVの機動力を生かし、海底の地殻変動の観測、海洋生態系の調査、魚群の探知、海水温の調査、気象変化の調査など、さまざなユースケースを想定していて、例えば一艘で魚群を観測した場合、船も魚も移動するため、同じ魚群を再度探知してしまう可能性が出てくるが、このUMIAILE ASVが大量に海洋に出て同時に広範囲を観測すれば再探知を防げる。地殻変動のデータも今より細かく収集できれば、南海トラフ地震の予測精度も高められるかもしれないという。
ビジネスモデルとしては、UMIAILE ASV単体の販売、観測データの販売、またはその両方とニーズに細かく対応できるし、収集データが増えれば増えるほどビッグデータとなり利用価値もより高まる。また、先に述べたように国によって海上法規も異なるため、現時点では国内での販売・運用のみを考えていて、2030年以降は海外にも展開させ、2035年には1900体ほどUMIAILE ASVを海上に浮かばせるのが目標。
ちなみにASVの市場規模は、2023年で439億ドル、年平均成長率は15.3%もあり、順調に成長すれば2030年には1189億ドルにまで膨らむと予想されていて、すでにプレゼンを実施した大手商社には好感触を得ているとのこと。
すでに北海道大学の宮下和士教授とは、UMIAILE ASVを使った共同研究の契約を結んでいて、海洋生体の可視化を目指し、大規模スマートセンサーネットワークシステムの開発プロジェクトが始まっている。
さらにその先は、人工衛星とのデータ連携により、地球上の7割を占めている海に浮かぶ“高度0m(海上)の人工衛星”となれば、「自然災害や有事の際にもより活躍できるサービスになると期待している」と板井氏は語る。
ベンチャー企業が資金繰りでもっとも厳しい状況となる創業期に特化して、投資支援を実施しているインキュベイトファンドで、新規投資先の発掘や投資先企業のバリューアップ業務などを担当している岩崎遼登氏はウミエルのサービスについて、「これまで似たような事業は国内ではないし、得られるデータは漁業や災害対策、気象予測、地球の自然環境保全、漁業など、多岐にわたるため価値は非常に高いと考えています。バックボーンがホンダさんというのも信頼度を得やすいですから、スピード感を持って顧客獲得もできると考えています」と期待を膨らませていた。