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ホンダ、世界初の靴装着型振動ナビゲーションデバイス「あしらせ2」発売 さらなる小型化と精度向上を実現
2024年10月1日 10:05
- 2024年10月1日 発売
- 5万4000円(厚生労働省認定非課税)
ホンダの新事業創出プログラムから誕生したベンチャー企業の製品
本田技研工業は9月30日、自社の新事業創出プログラム「IGNITION(イグニッション)」発のベンチャー企業第1号の「Ashirase」が、世界初となる靴装着型振動ナビゲーションデバイス「あしらせ2」を10月1日より正式発売すると発表した。現状はiOS端末(iPhone、iPad)のみの対応で、本体価格は5万4000円(厚生労働省認定非課税)。また、専用アプリの使用料が月額550円/年額6000円で、有料のオプション機能も設定している。
今回の発表に合わせ、IGNITIONプログラム統括の中原大輔氏、Ashirase代表取締役CEOの千野歩氏、実際にあしらせ2を7月から利用している柔道パリ・パラリンピック銀メダリストの半谷静香選手が登壇し、説明会を実施した。
中原統括によるとIGNITIONは、ホンダ従業員の中でくすぶっている独創的な技術・アイデア・デザインに“点火(イグニッション)”することで、爆発的に加速させ、きちんとした形にして、社会課題の解決と新しい価値の創造につなげるといった新事業を創出するためのプログラムという。
2021年に第1弾となる靴装着型振動ナビゲーションデバイスを手掛ける「株式会社あしらせ」、2022年に第2弾の電動マイクロモビリティを手掛ける「株式会社ストリーモ」を設立。そして2023年11月には門戸を開き、従業員ではなく外部の一般人からも公募を開始。2024年4月に一般公募初の審査が行なわれ、立った状態でも乗れる車いすを開発するQolo、楽しみながら歩行リハビリテーションが行なえるシステムを開発中の筑波大学矢野教授、ロボットと一緒に植物を育てるロビオトープを考案する沼津高専の蔭山さんと、3つのアイデアを採択。すでにホンダの技術者がサポートに動いているという。
また中原氏は、「基本的に社内からのアイデアは、自動車やバイクといったすでに事業としていること以外、外部からはホンダが積極的にサポートできるモビリティ系のアイデアを採択することが多いといい、現在すでに8つほど事業化を検討しているアイデアがある」と明かした。加えて、「社内から起業した会社に対しては独立性を担保するため、ホンダの出資比率は10%~20%未満と定めているほか、外部からの提案で起業をサポートする場合の出資比率は都度決めていく」と内部と外部での違いを説明。
Ashiraseの事業化のスピードについては、「起業すると全部自分たちでやらなきゃいけないため、いろんなところでやっぱり思った通りにいかないことがあったり、実際にユーザーに使ってもらうといろんなリクエストが出て、その度、悩みながらやってきたのでちょっと時間がかかったかなと思っています。でも、当事者のことをより深く知ったり、その時間は必要だったのかなって、今は思っています。また、3年前とはもう全然違う別人のように、千野さんが成長したのは、われわれホンダとしては非常にうれしいです」と語ってくれた。
利用者の声をもとにアップデートを繰り返してきた「あしらせ」
Ashirase代表取締役CEOの千野氏は、2018年に身内を歩行中の事故で亡くし、その経験から“歩くこともモビリティ”ととらえ、ホンダで働きながらも、「視覚障がい者」と「歩行」をキーワードに開発をスタート。150人ほどの視覚障がい者とコンタクトを取り意見を収集。「当初は足の裏で視覚障がい者誘導用ブロックを踏んでいるのを再現できないかと考えたのですが、足の裏は意外と反応が鈍く、つま先やかかとなど、判別がしにくいことが分かりました。そこで、白杖に装着するタイプやジャイロ効果を使って力で引っ張って誘導するシステムなど、いろいろと考案してはボツになりました」と千野氏は当時を振り返った。
あしらせは、本体ユニットと3つの振動部を備えたやわらかい材質でできていて、靴の内部に装着する製品。靴にはクリップのように挟み込むだけなので、装着には10秒もかからない。振動部はつま先外側寄りの足の甲、外側サイドの真ん中、かかと部の3つ。専用アプリを使用して目的地をセットすれば、振動させる部位と間隔(テンポ)で正しく導いてくれる。
千野氏が購入型クラウドファンディングで資金提供を呼び掛けたところ、目標金額に対し759%を達成。そして2023年3月に、第1弾となる先行販売モデル120個を出荷。しかし、販売直後にアンケートを取ったところ満足度が30%と想定以上にひどかったと振り返った。不満足の原因について千野氏は、「当時はいろいろな場所で体験会を開催して好評だったのですが、体験会ではあしらせを装着した状態の靴を用意していて、それを履いてもらっていた。しかし実際の購入者は、箱に入ったあしらせが家に届き、見えない中で開封して、充電して、アプリをダウンロードして、ペアリングさせるといった、初期設定に対する配慮が足りていませんでした」と語る。
今回発売する新モデルは、開封後から装着までの案内の改善はもちろん、女性の靴になじみにくいといった声から本体を丸型にすると同時に内部基板を見直すことで15%の小型化に成功。さらに、視覚障がい者は足で目の前のものを確認することが多く、足の甲に本体があるとぶつけてしまうとの声から本体の装着位置をサイドへ変更したほか、振動部によりやわらかくて薄い形状を採用し、装着時の違和感を提言させている。また、位置情報の精度についても、スマホのデータにあしらせデバイス搭載センサーのデータを組みわせることで、より高精度な位置・方向推定を実現したという。
本体部分にUSB Type-Cポートを搭載していて、約2時間の充電で10時間の使用が可能(一般的に視覚障がい者の歩行時間は1日1時間程度として1週間の目安)。また、充電中の紛失などを回避するために、2又仕様の充電用USBコードを付属している。重量は片足約55gで、装着できる靴のサイズは22.5~28.5cmが目安。耐防水性能はIPX5に準拠するほか、耐久性は150万歩としている。本体のカラーはつや消しブラックのみで、オプションで4色(白・赤・グレー・ピアノブラック)のカバーも用意している。
それに加えて、アラーム音のボリュームや本体横のLEDの明るさ、振動の強さも3段階で調整できるようになっているほか、あしらせ本体が見つからないときに音で探せる機能も搭載。ボタンを押すと本体が音を発して位置を分かりやすくしてくれる。
千野氏によると、視覚障がい者は外出する際、ルートや安全確保といった確認作業に追われ、ふとした弾みで安全が脅かされるという。そこであしらせ2は、通常必要とする目印やスマホ操作、人に聞くといったルート確認の負荷を軽減でき、間接的に安全性の底上げにつながるとしている。
また、自分の好みのルートを保存できる「マイルート機能」は、開発当初は搭載していなかったが、利用者の「いつも通っている道でも、ちょっと間違えたらそこは知らない場所となり、自分がどっちを向いているかも分からなく心配になるため、あしらせ2からの情報があると安心できる」との声から追加した機能。近くのごみ捨て場や子供が通う学校など、多い人は5つくらいルートを登録しているという。さらに、これまで外出を控え気味だった人も、マイルート機能によって、以前より外出する頻度が増えたという声もあり、当事者のあと1歩を後押しする機能の1つとなっている。
発表会場であしらせ2を装着した靴を履いてみると、靴と靴下の間に異物がある感覚はまったくなし。振動する部位がかなり近いように思ったが、実際に振動させてみると、ちゃんと前・横・後と区別ができた。位置と方向精度も高く、目的地が正面にある際に横を向いたり、反対を向くと、きちんと正しい方向を教えてくれた。
また、視覚障がい者がスマホを利用する際は、「読み上げ機能」を利用していてることから、専用アプリには目的地に到着した際、到着した場所の写真を撮ると、内蔵しているAIが画像の内容を識別して、文字に変換してくれる機能も搭載している。実際に取材会場で撮影してみると、「モニターがある、絨毯が敷いてある、青色のイスが4脚ある、木目のテーブルがある」などかなり正確に情報を文字化していて驚いた。これらはチャットGPTの機能を利用しているという。そのほか、現在はグーグルマップのデータを利用しているが、近々ゼンリンのマップデータにも適合させるなど、より利便性を高めるアップデートを図っていくとしている。
パリ・パラリンピック会場でも利用していた半谷選手
実際に7月からあしらせ2を使用しているというパリ・パラリンピック柔道女子48kg級全盲クラスで銀メダルを獲得した半谷静香選手は、現在の症状としては明るさが分かる程度で、横断歩道の白線などもまったく見えないレベル。普段は都内のナショナルトレーニングセンターに宿泊していて、茨城にある練習場まで週3回と、都内で行なわれている大学実業団や高校など、いろんな場所に出稽古に行くため、週に5回ほど出歩いているという。
実際の困りごととしては、「白杖と荷物を持っていると両手がふさがってしまい、なかなか携帯を操作しにくいとか、雨や台風だとプラスして音が聞こえなくなるのため、手がかりになる情報が少なくなる。当然ながら、喉が渇いたりトイレに行きたいと思っても、コンビニを見つけることができないし、トイレにもすぐ行けない。こういう理由で外出を嫌がる視覚障がい者の方も多くいらっしゃると思います」と、視覚障がい者の困りごとについて説明した。
また、あしらせ2を使って一番感動したことについては、「常に何かしらの情報が足にあるということです。歩いていて合ってるのかな? 間違えているのかな? と不安になる時間が圧倒的に少なくなりました。練習会場へ向かう道で緊張して疲れちゃったから練習に集中できないなんてことは、過去を振り返ったらいっぱいありました。でも今は常に足から情報がある。曲がり角の手前5m、10mで案内が足からくるので、そこから緊張して杖を使えばいい。この緊張している時間が少なくなったことで、間違いなく私はメダルに近づいたと思っています」。
「それと、柔道で一番気をつけていることは、よい姿勢で相手からの情報を常に感じることで、相手がどういう状況か分かったから、技に入るタイミングを正確にできた。実はこれってあしらせ2も同じ条件だと思っていて、常に自分の状況を感じることができるからこそ、車両や歩行者が近づいている音など、周りの環境が安全か分かり、その安心できる時間を多く持てたことは、日常のゆとりにつながって、柔道の質も上がったと思っています」とあしらせ2を使った感想を教えてくれた。
実際にパリ・パラリンピックの会場でも使用していて、1人での移動はなかったものの、選手寮から最寄りのバス停までをマイルート登録することで、異国の地でも安心感が増したと報告。最後に「私の希望としては、今は歩くだけなんですけど、ゆくゆくは走れるようになったらいいなと思っています」と千野氏にリクエストを送った。
日本だけでなく欧州などグローバル展開も見据える
重度な視聴覚障がい者は、日本国内だけでも約200万人、世界には約3億3800万人ほどいる。Ashiraseでは、まず日本で年間2200個を目標に8月から予約を開始しているが、すでに初期生産台数300個を超える予約が入っているほか、すでに海外での展示でも好感触を得ていて、2025年夏にはイギリスやスペインを皮切りに欧州への展開も計画しているという。
また、すでに道に迷いやすいユーザーからの問い合わせもあるといい、「現状は視覚障がい者の困りごとの解決策として、きちんと販売していき、それがある程度しっかりできたら、高齢者や幼児の見守り、方向音痴対策など、異なる利用方法への横展開もあり得るかもしれない」と千野氏はいう。
最後に、つま先に以外にも取り付けられないかとの質問に千野氏は、「実際に腰の部分も検討したこともありますが、つま先のほうが歩行時に速度が出る(移動範囲が大きい)ので、方向を検知するにはつま先のほうが最適なんです。デバイスを2つ使うためコストはかかってしまいますが、現状はつま先がもっともいい場所になっていると考えます。また、歩行時は瞬間的にですが片足は止まります。そのときに積算された誤差データをリセットして誤差をなくすような工夫もしているため、足が止まらないような状態、つまり走ってしまうと使えないんですが、半谷選手のように活発な方に向けてアップデートさせていたきたい」と抱負も語ってくれた。
なお、10月8日~10月14日の期間、Hondaウエルカムプラザ青山(東京都港区南青山2-1-1Honda青山ビル1階)にて、あしらせ2の特別展示・体験会が開催される。入場無料で、誰でも体験できる。時間は10時~18時だが、混雑状況によっては体験できない場合もあるので、ご注意いただきたい。