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さまざまなマシンが登場した「鈴鹿サーキットファン感謝デー」リポート
(2013/3/6 16:40)
- 2013年3月2~3日開催
3月2~3日にモータースポーツの春の訪れを感じさせる、鈴鹿サーキットファン感謝デーが開催された。今年も数多くのマシン、ドライバー、ライダーが集まり、会場を訪れたモータースポーツファンを喜ばせた。まずは4輪のイベントから見ていこう。
時空を超えたF1日本グランプリ
昔懐かしいF1マシンが登場したのは「時空を超えたF1日本グランプリ」と名付けられたイベントだ。特に注目を集めたマシンはロータス78とロータス88B。
ロータス78はボディーの下面で大きなダウンフォースを発生させる構造を取り入れた、F1の歴史に残る画期的なマシンだ。1977年にデビュー、マリオ・アンドレッティが4勝、グンナー・ニルソンが1勝を挙げ、翌1978年の前半もアンドレッティとロニー・ピーターソンが1勝ずつを獲得。シーズン後半は発展系のロータス79を走らせチャンピオンを獲得している。富士スピードウェイで行われた1977年のF1日本グランプリではポール・ポジションを獲得、日本ではF1を代表するプラモデルとしても人気が高かった。
ボディーサイド(サイドポンツーン)の下面をウィング形状にした、通称ウイングカーと呼ばれる構造はその後のF1の基本形となり、規則によりフラットボトムとなるまで強烈なダウンフォースによるコーナーリング性能でサーキットを席巻した。ボディー下面に発生した低圧を保つため、スカートと呼ばれる板が走行中は地面と接触して空気を遮断し、強力なダウンフォースの維持に役立った。
ロータス88Bは「幻のマシン」と呼ばれている。ロータス78、79で成功を収めたロータスだったが、さらなるボディー下面のダウンフォースを追及したロータス80で失敗。その流れを受けツインシャーシという独特の構造を持つマシンがロータス88だ。ボディー下面のダウンフォースを追及するとボディーの姿勢変化を少なくする必要があり、サスペンションを通常の数倍まで硬くしなければならない。バンピーなコースではドライビングが困難、ドライバーへの負担が大きいという問題を抱えていた。そこでロータスは、通常のサスペンションを持つシャーシと別に空力を発生するシャーシを組み合わせた。強力なダウンフォースを発生するカウル・ボディーはタイヤを取り付けるアッパーライトに乗る仕組みで、タイヤのみを地面に押しつける構造となった。
しかし、この構造は「空力に関連するボディーワークはバネ上に固定されなけばならない」というレギュレーションに抵触。プラクティスのみの走行で、決勝を走ることはなかった。
「時空を超えたF1日本グランプリ」では、中嶋悟氏、鈴木亜久里氏、中野信治氏、吉本大樹選手、中嶋大祐選手がステージに登場。中嶋悟しは息子の大祐選手へのアドバイスを聞かれ「踏むと急にドカンと来るから慎重に」とコメント。本番前にロータス78をテストした吉本大樹選手は「70年代のF1と舐めていたら、加速が凄かった」とその印象を語った。
トークイベント終了後に若手ドライバーも加わりコースを周回。昔懐かしいマシン、貴重なマシンの走行をファンに披露した。
鈴鹿F1日本GP25回記念「1987年F1の衝撃」
鈴鹿サーキットで初めてF1グランプリが開催されたのは1987年。その後20年連続で開催され、2009年から再開し今年秋の日本グランプリは鈴鹿F1の25周年となる。記念すべき1987年のF1日本グランプリを振り返るイベントが「鈴鹿F1日本GP25回記念 『1987年F1の衝撃』」だ。
ステージに登場したのは星野一義氏、中嶋悟氏、佐藤琢磨選手。中嶋悟氏はF1デビューイヤーに感じた衝撃を、星野一義氏はライバルである中嶋氏を送り出した心境を、佐藤琢磨選手は小学生の時に最終コーナーで見た1987年の鈴鹿F1日本グランプリの衝撃を語った。
トークイベント終了後に星野一義氏はウィリアムズFW11、中嶋悟氏はティレル019、佐藤琢磨選手はマクラーレンMP4/5に乗り込みコースを疾走した。
本来は1回だけ行われるはずだった星野一義 VS 中嶋悟の対決は、マシントラブルでの持ち越しなどもあり、今や恒例行事と化した印象だ。だが、4回目となる今年は中嶋氏が乗るマシンが黄色いロータス101からエプソンカラーのティレル019にスイッチした。
スタートダッシュを決めた星野氏だったが、1周目終了間際に勘違いしてスローダウン。中嶋氏は「星野さんが止まっちゃったから、僕1人で凄い走りを見せなきゃ」と走行後に語ったとおり、渾身の走りで3周を走りきりトップチェッカーを受けた。
星野一義が振り返る鈴鹿1000km「グループCカーの歴史」
鈴鹿サーキットの夏の祭典といえば2輪の鈴鹿8耐と4輪の鈴鹿1000kmだ。鈴鹿1000kmは現在はSUPER GTによるレースだが1980年代、1990年代にはグループCカーというモンスターマシンにより争われていた。1983年の鈴鹿1000kmでは、星野一義氏のドライブするニッサン・シルビアターボCがポルシェ956の持つ鈴鹿のコースレコードを7秒も縮める驚異的なタイムをたたき出しポール・ポジションを獲得した。星野一義氏は1000馬力を超える当時のグループCカーを振り返り「とにかく恐かった」と思い出を語った。
そのニッサン・シルビアターボCを星野氏がドライブ予定だったがマシントラブルによりキャンセル、今回はニッサンR90CKとマツダ767Bが走行を披露した。
スーパーフォーミュラ公開テスト/スーパーフォーミュラRd.0
懐かしいマシンだけでなく、現在のマシンも鈴鹿でその雄姿を見せた。今年からフォーミュラ・ニッポンの名称をスーパーフォーミュラに改めた国内最高峰フォーミュラマシンは、公開テストとラウンド・ゼロと名付けられたシーズン前哨戦を行った。
4月13~14日に鈴鹿2&4で開幕を迎えるスーパーフォーミュラのマシンは全車が参加し公開テストから精力的に走行を続けた。日曜の午後に行われたラウンド・ゼロのレースは、今年もスポット参戦する佐藤琢磨選手がポール・ポジションからスタートを決めたが、後方集団が130Rからシケインへの進入で多重クラッシュ。エキシビションのレースでは考えられない赤旗中断となり、3周のレースに変更され再開、佐藤琢磨選手が優勝した。
SUPER GT 公開テスト
国内レースで最も人気の高いSUPER GTも公開テストが行われた。ホンダ、ニッサン、レクサスのGT500クラスに加え、GT300マシンも参加してテスト走行を披露した。鈴鹿サーキットで行われるSUPER GTは8月17~18日の鈴鹿1000km。SUPER GTの開幕戦は4月6~7日に岡山国際サーキットで行われる。
D1パフォーマンス
5月25~26日に開催されるD1グランプリもメインストレートでデモパフォーマンスを披露した。トヨタ86を谷口信輝選手、トヨタマークXを高橋邦明選手、BMW320iを上野高広選手がドライブ。白煙を巻き上げ、豪快なマシンコントロールを見せた。
吉本大樹が語る、格闘技レース「WTCC」
2011年から舞台を鈴鹿サーキットに移したWTCC(世界ツーリングカー選手権シリーズ)の日本ラウンドも今年で3年目となる。昨年までより少し開催時期が早まり9月20~22日となった。一昨年、昨年のスポット参戦した吉本大樹選手が、2年間の映像を振り返りWTCCの魅力について語った。今年もスーパー耐久が当日開催される予定だ。
ワールドグランプリ「エディ・ローソン伝説」/鈴鹿8耐「1990年の記憶」
4輪に続き、2輪のイベントも見ていこう。今年のファン感謝デーの2輪はエディ・ローソンスペシャルとなった。エディ・ローソン氏は世界グランプリで4度のチャンピオンを獲得し、鈴鹿8耐では4回出場し優勝1回を含む3度の表彰台を獲得する活躍を見せた。
鈴鹿ファン感謝デーに登場したローソン氏はまずYZR500をライディング、そのままマシンをNSR500にスイッチしコースを周回した。走行後には八代俊二氏とステージでトークショーを行った。
鈴鹿8耐「1990年の記憶」のイベントにもローソン氏は登場。今度はYZF750でコースを周回した。
グリッドウォーク&ピットウォーク
グリッドウォーク&ピットウォークではグリッドとピットに参加した全ての車両が展示された。グリッドとピットロードは観客に無料開放され、多くのファンが憧れのマシンに近付き写真を撮るなどしていた。
鈴鹿ファン感謝デーの期間中に記者会見が行われ、2014年から2018年まで5年間、鈴鹿サーキットでF1日本グランプリが継続開催されることがFOWC(フォーミュラ・ワン・ワールド・チャンピオンシップ・リミテッド)と基本合意したことが発表された。今年から6年間は日本でF1が見られるという嬉しいニュースとなった。
今年のF1日本グランプリは10月11~13日に開催される。チケットは3月10日から一部先行販売が開始され、3月24日に東コース、4月7日に西コースを含む全観戦エリアが発売開始となる。