インプレッション

ホンダ「NSX」(鈴鹿サーキット/日下部保雄)

新しい価値観を求めて開発された新型NSX

 本田技研工業は走りの感動を提案することを企業フィロソフィーとして、時として我々に大きな気づきを与えてくれ、同時にそれを生み出す柔軟な発想が魅力でもあった。

 初代「NSX」がデビューしたのは1990年。オールアルミの車体とV型6気筒3.0リッターVTECエンジンを横置きにしたミッドシップ・スーパースポーツは世界を瞠目させ、スーパースポーツを身近に感じさせてくれた。伝統ある欧州スーパースポーツとは異なるアプローチで、ミッドシップでありながら実用的なトランクを持つなど、日常での利便性も高いスーパースポーツはホンダらしさ満載だった。2016年に復活した新型NSXはホンダの感動を与えることができるのか?

 新型NSXの開発の主体はホンダR&Dアメリカである。まずチーフエンジニアを務めるテッド・クラウス氏にインタビューした。クラウス氏はシャシーの研究員で2年ほどの日本駐在経験があり、日本語も堪能。このインタビューもほぼ日本語で対応してくれた。過去には北米向けのインテグラやアコード、プレリュードを担当した経験があるが、NSXはホンダのフラグシップ。まして走りを象徴する重要なスポーツカーで、これまでとは意味合いが異なる。それだけに、ある日の電話でチーフエンジアへの打診があった時は本人も相当びっくりし、同時にこの抜擢にひどく感激したという。

 彼の仕事は日本と米国、欧州のそれぞれの意見を集約し、チーフエンジニアとして筋をとおすことだ。ホンダのスーパースポーツカーとなればいろいろな強い意見が飛び交うことは想像に難くない。そのバランスを取りながら、しかもホンダならではのスポーツカーを作るのは相当神経がすり減る仕事だろう。初代NSXが伝統に捉われず新しいスポーツカーを作り上げたように、次のヘリテージを作るため、新型NSXも新しい価値観を求めて開発されることになった。

新型NSXの試乗会は鈴鹿サーキットで開催。試乗会の前夜に記念パーティが開かれ、会場には初代NSXと新型NSXが展示された
記念パーティでは新型NSXの開発責任者であるテッド・クラウス氏から実車を交えてのプレゼンテーションが開かれるとともに、翌日の試乗会で先導ドライバーを務めたスーパーフォーミュラやSUPER GTで「Drago Modulo Honda Racing」の監督を務める道上龍氏、SUPER GTのTEAM KUNIMITSUでドライバーを務める山本尚貴選手から挨拶が行なわれた

 新型NSXはレジェンドで培ってきたSH-AWDを進化させ、フロントをモーター駆動する逆転レイアウトのスポーツハイブリッド。スーパースポーツ、しかもハイブリッドシステムの前輪を駆動するのは、マッチングに大きな努力がはらわれたと考えられる。また、当初計画されていたのはエンジンとトランスミッションを横置きにした初代NSX同様のミッドシップだった。しかし、開発過程でターボの配置やその冷却などの問題点が浮き上がり、縦置き配置になったという。

 慣性モーメント的には重心を中央に近づける横置きレイアウトが優れているが、フロントにSH-AWDシステムを配置することなどで、前後重量配分が改善されている。通常のミッドシップが37.5:62.5ぐらいなのに対して、初代NSXに近い42:58程度に収まっている。スポーツカーにとって重量配分は大切で、このわずかな差がドライバーに訴えるものは大きい。

新型NSXのボディサイズは4490×1940×1215mm(全長×全幅×全高)、ホイールベース2630mm。1グレードのみの展開で価格は2370万円。納車開始時期は2017年2月末を予定する。ボディカラーはモナコ湾を見下ろすヌーヴェル・シケインにちなんだ「ヌーベルブルー・パール」
タイヤ&ホイールに関して、通常ではフロント19インチ、リア20インチホイールにコンチネンタルと共同開発した「ContiSportContact 5P」を組み合わせるが、今回はサーキットでの試乗ということでピレリ「P Zero Trofeo R」(フロント:245/35 ZR19、リア:305/30 ZR20)を装着
オーキッドカラーのインテリアでは、セミアニリンフルレザーのパワーシートを装備
パワートレーンはV型6気筒DOHC 3.5リッター直噴ツインターボ「JNC」エンジンに3モーターを組み合わせたSH-AWD(Super Handling-All Wheel Drive)によるハイブリッド方式を採用。縦置きエンジンと9速DCT、エンジンと9速DCTの間にレイアウトされるモーターをリアに搭載するとともに、フロントに左右独立制御の2モーターを配置。エンジン単体で最高出力373kW(507PS)/6500-7500rpm、最大トルク550Nm(56.1kgm)/2000-6000rpmを発生し、システム全体では最高出力427kW(581PS)、最大トルク646Nm(65.9kgm)となる。JC08モード燃費は12.4km/L

 その新世代スーパースポーツとして新機軸満載のNSXに、先導走行つきながら鈴鹿サーキットで少し触れることができたのでファーストインプレッションをお伝えしたい。

到底行きつかない新型NSXの限界性能

 ピットレーンからのスタートはHVモーターで走り出すために、スーパーカーの甲高いエキゾーストノートはなく無音のままピットを出ていくことになる。いつも喧噪極まるピットとは異なる風景だ。

 最初のラップはセンターコンソール上にあるモードダイヤルを左に回し、「QUIETモード」と呼ばれるEV主体モードで走り出した。EV走行では2kmほどの走行が可能で、そーっとアクセルを踏んでいくと80km/hほどまで出せる。ただこの速度域になるとすぐにエンジンが始動され、バッテリーも消費が早い。QUIETモードではエンジン始動後もエンジン回転が低く抑えられるので、静粛性の高いモードでもある。また、373kW(507PS)のエンジンが始動するときのショックや違和感はなく、連続した加速が続けられる。

 次にモードダイヤルを右に回し「SPORTモード」での走行となる。このモードが新型NSXでのデフォルトとなり、市街地から高速道路などで使いやすい設定となっている。このモードでは、日常走行のような場面でエンジン特性などを燃費とのバランスを取りながらコントロールするので、9速DCTの変速も穏やかな制御になるが、アクセルワークや速度によってギヤをホールドすることにより、スポーティなドライブフィールになる。トルクベクタリングやアクティブダンパー等はQUIETモードと同様の作動で、ダンパーを硬めたりしていない。

 それでもピタリと路面に吸い付くようなコーナリングは、低い重心高や、小さいヨーモーメントなど基本的な車体特性でもたらされるものだ。少し緩いインフォメーションはGT的な性格を感じさせ、過度に緊張感のないドライブフィールはちょっとホッとさせてくれる。ロールは圧倒的に小さく、安定性は非常に高い。ハンドル応答性も過敏でないのが好ましい。

 NSXに与えられた命題どおり、使いやすいスーパースポーツを予感させてくれる。ついでに言うと、コンパクトな9速DCTのおかげでボディ後半にスペースができ、縦置きエンジンミッドシップとしては望外のゴルフバッグが積めるほどのトランクが配置される。

 さらに「SPORT+モード」にすると走りにシャープさが加わる。これまでに優しく、どこかいなしたようなレスポンスに対してSPORT+モードはダレクトな反応を示す。例えばアクセルレスポンスが俊敏になり、変速タイミングの間隔が短く、さらに高回転をキープするようになる。このためにコーナリング中もエンジン回転落ちは小さいので、トルクバンドに乗ったアクセルレスポンスはシャープだ。

 磁性流体式ダンパーはイニシャルからハードになり。路面のよいサーキットでもゴツゴツした感じが伝わってきて、軽いサーキットランでもGTからピュアスポーツに変身するのが分かる。ステアリング操舵力も重めになってダイレクト感はこの面でも高くなる。また、SPORT+モードを選ぶと低速になってもEV走行やアイドルストップは休止する。

 もう1つ、SPORT+の上に「TRACKモード」がある。その名のとおりサーキットでラップタイムを削るためのモードで、よりピーキーだ。新型NSXの特徴の1つにSH-AWDの2モーターを活かしたトルクベクタリングがあり、ミッドシップスポーツカーを積極的に旋回させていこうとする難しい課題に取り組んでいる。

 このトルクベクタリングはSPORTモードとSPORT+モードでは制御が異なり、後者ではより高い旋回力を発生する。磁性流体式ダンパーはさらに硬くなり、ゴツゴツとした路面コンタクトが伝わり、ハンドルの反応、接地力も高くなるのが分かる。

 チョイ乗りでも新型NSXの限界は奥深く、到底その近くまでも行きつかないことが分かる。また、フロントのトルクベクタリングはどんどんクルマを曲げようとする。ハンドル転舵初期からグイと向きを変え、積極的にトラクションをかけながらコーナリングしていくところは、これまでのスポーツカーとは違った世界観があって、最初はちょっとドギマギしてしまった。サーキットレベルでの話だが、アクセルを軽く踏みながらのコーナリングはまさに“オン・ザ・レール”感覚だ。S字コーナーのようなハンドルを左右に切り返すようなポイントでも、ヒラリ感ではなくしっかり向きを変える印象。

 素晴らしいのはフロント視界。細い断面のAピラーによる斜め前方視界もクリアで、コーナーのクリッピングポイントを見定めるのも楽に行なえる。直前視界のよさは初代NSX譲りで、伝統は受け継がれる。

 また、9速DCTの変速ショックはモーターのサポートによって、シームレスな加速が可能だ。個人的にはTRACKモードではもう少しショックがあってもよいと感じるのはアナログ人間だからだろうか? 同時にV型6気筒 直噴3.5リッターツインターボエンジンのパフォーマンスも非常に高いが、暴力的なところはなく、ターボラグも最小だ。さらにローンチコントロール、つまりスタートから最大限の発進力を発揮するシステムは、AWDであることに加えてEV特有の強烈なゼロ発進が行なわれるので、一瞬たりともホイールスピンせずにガツンとスタートする様は不思議な体験である。

 新世代のスーパースポーツ、新型NSXは身体的にそうだが、むしろ脳に強烈なインパクトを与えてくれた。

日下部保雄

1949年12月28日生 東京都出身
■モータージャーナリスト/AJAJ(日本自動車ジャーナリスト協会)会員/16~17年日本カー・オブ・ザ・イヤー選考委員
 大学時代からモータースポーツの魅力にとりつかれ、参戦。その経験を活かし、大学卒業後、モータージャーナリズムの世界に入り、専門誌をはじめ雑誌等に新型車の試乗レポートやコラムを寄稿。自動車ジャーナリストとして30年以上のキャリアを積む。モータースポーツ歴は全日本ラリー選手権を中心に活動、1979年・マレーシアで日本人として初の海外ラリー優勝を飾るなど輝かしい成績を誇る。ジャーナリストとしては、新型車や自動車部品の評価、時事問題の提起など、活動は多義にわたり、TVのモーターランド2、自動車専門誌、一般紙、Webなどで活動。

Photo:高橋 学