試乗インプレッション

ホンダ「クラリティ PHEV」の実EV走行距離はいくつ?

“マンション族”も持つ意味がある実用性の高いPHEV

 The Power of Dreamsというキャッチコピーを持つ本田技研工業は、内燃機関から電動化へと大きく舵を切りはじめた。ホンダは2030年までに、新車販売の3分の2を電動化すると発表したのだ。

 そのタイミングで今回「クラリティ PHEV」の販売が始まった。もともとクラリティはFCV(燃料電池車)の「クラリティ フューエル セル」として登場してきたのだが、同じプラットフォームにPHEVへの互換性も持たせていたのだ。ちなみに米国ではクラリティの完全EV版の「クラリティ EV」も販売されている。

 さて、PHEVとはプラグインハイブリッドの略で、ハイブリッドとEVを合体させたようなクルマのこと。エンジンとモーターで駆動するハイブリッド車でありながら、外部から充電して走るEVでもあるのだ。EVだけで長い航続距離を実現させるためには、大容量のバッテリーを搭載しなくてはいけない。大容量バッテリーは高価であり重量も質量もかさむ。しかも、充電スポットなどのインフラはまだまだ不足している。そこでバッテリーの電気を使い果たしても走行することができるよう、エンジンを搭載して航続距離を補填する。これがPHEVの考え方だ。

試乗車の「クラリティ PHEV」と筆者。クラリティ PHEVはEXのみのグレード展開で、価格は588万600円
ボディサイズは4915×1875×1480mm(全長×全幅×全高)でホイールベースは2750mm。車両重量は1850kg。ボディカラーは写真の「プラチナホワイト・パール」など計6種類
ヘッドライトの点灯パターン
リアコンビネーションランプの点灯パターン

 クラリティ PHEVの場合、そのシステムは「アコード ハイブリッド」のものを流用している。アコード ハイブリッドは、主に市街地走行ではエンジンで発電して電動モーターで走る。さらに高速道路などの高速走行ではエンジンが直接駆動して走行する。高速域ではモーターよりもエンジンの方が効率がよいのだ。アコード ハイブリッドではこの発電するエンジンが2.0リッターだったが、クラリティ PHEVでは1.5リッターにダウンサイジングされている。これは、電動モーターのパワーが3.3倍になったことと、17.0kWhというPHEVとしては大きなリチウムイオン電池を採用したことで余裕ができ、小さなエンジンでも不足のない走りができるようになったからだ。

クラリティ PHEVのカットイメージ。リチウムイオンバッテリーなどを一体化した「IPU(インテリジェントパワーユニット)」がフロア下に薄く前後に広がる低重心パッケージとなっている
前後席の下にレイアウトされるIPU。安全性を確保するため高い剛性が与えられており、ボディ剛性を高める効果も発揮する
バッテリーモジュールは168セルのリチウムイオンバッテリーで構成
バッテリー制御基板の上にあるグリーンのパーツは、ディーラーでのサービス作業時に電源をOFFにするためのキルスイッチ
バッテリーモジュールとバッテリー制御基板の間にDC-DCコンバーターやジャンクションボードを配置
PCU(パワーコントロールユニット)内にあるVCU(ボルテージコントロールユニット)に、新発想の「T字コア」を採用した磁気結合インダクターを採用。磁束の漏れを相互作用で打ち消す構造により、センサー類や信号線をコンパクトにまとめることが可能になった

 とはいえ、クラリティ PHEVはバッテリーに余裕さえあれば、モーター駆動のみで160km/hまで出すこともできる。実はクラリティ PHEVには「EVモード」といった走行モードは存在しない。ECONモードを選択することで基本的にEV走行を主体に走行する。ただし、強い加速を必要としてアクセルを大きく踏み込むとエンジンが始動してハイブリッドモードになる。このとき、メーター上にあるブルーの範囲を越えたときエンジンが始動するので視覚的に確認できるし、アクセルペダルにもペダルクリック(引っかかり)が発生するので感覚的にも確認できる。

 つまり、このブルー表示のEV走行モード範囲内で加速していれば、理論的にはEV走行で160km/hまで出せるということ。ただし、時間がかかるし日本の公道に出せるところはない。もちろん積極的にエンジンを稼働して発電させ、力強い加速を楽しめるスポーツ走行モードも設定されている。また、バッテリーに充電された電気を使わず保存して、ハイブリッド車として走行するHVモードも設定されている。HVモードは深夜の帰宅時など、静かにEV走行をしたいシーンのために電力を温存したいときなどに有用だ。HVモードでの燃費は28.0km/Lで、車格を考慮すればなかなかのもの。ただ、重量のあるバッテリーを搭載しているので驚くほどの燃費ではない。

クラリティ PHEVは本革巻ステアリングを標準装備
通常の「HVモード」(左)に加え、EV走行が主体となる「ECONモード」(中央)、アクセル操作に対して鋭く反応する「SPORTモード」(右)を設定
「デジタルグラフィックメーター」は、中央に走行状態を示す「パワー/チャージメーター」をレイアウトし、半円状のメーターにあるブルーのラインでモーターだけで走行できる領域を表現
モード切替スイッチはセンターコンソール前方側に配置
「ペダルクリック機構」をアクセルペダルに用意。アクセルを踏み込み、エンジンが始動する領域(ECONモードではアクセル開度約75%)にクリックポイントが設定される

 ところで、この1.5リッターのエンジンはアトキンソンサイクルという燃費効率のよいエンジンが採用されている。このエンジンのための、ガソリンタンクの容量は26Lと小さい。

 前回、クラリティ PHEVの試乗はクローズドの伊豆サイクルスポーツセンターで行なわれた。その時の試乗レポートはこちら(ホンダ「クラリティ PHEV」の高速EV走行をクローズドコースで試す!!)だが、今回は公道での試乗会だ。さらに、今回の試乗会後に個人的に広報車を約10日間お借りして試乗してみた。PHEVのキモは、EVのみでいったい何km走れるのか?だ。

 クラリティ PHEVの総電力量は先にも記したように17.0kWh。これで114.6km(JC08モード)をEVとして走ることができる。一方、ライバルの「プリウス PHV」は8.8kWhの総電力量で68.2km(JC08モード)のEV走行換算距離となっている。プリウス PHVの総電力量は約半分なので、それぞれを単純計算で2倍にすると17.6kWh・136.4kmとなる。端数の0.6kWh分を換算してもプリウス PHVの方が18km近くEV走行距離が長いので不思議に思うかもしれないが、これはプリウス PHVの車重が1530kg(一番重いAグレード)なのに対し、クラリティ PHEVは320kgも重い1850kgとなっていることが大きな原因。全長や全幅もクラリティ PHEVの方がひとまわり大きく、この2台は車格が異なると言えるのだ。

クラリティ PHEVのエンジンルーム。最高出力77kW(105PS)/5500rpm、最大トルク134Nm(13.7kgfm)/5000rpmを発生する直列4気筒DOHC 1.5リッターの「LEB」型アトキンソンサイクルエンジンを搭載。右側(助手席側)にあるPCUの下に、トランスミッションと2つのモーターを組み合わせたハイブリッドユニットをレイアウト。走行用の「H4」型モーターは最高出力135kW(184PS)/5000-6000rpm、最大トルク315Nm(32.1kgfm)/0-2000rpmを発生
AC200V対応の普通充電ポートを左フロントフェンダーの後方に、給油口を左リアフェンダー前方に配置

シャープで気持ちのいいハンドリング

 では、約10日間の試乗でクラリティ PHEVの実EV走行距離はどれほどだったかというと約80km。この距離を走ったところでエンジンが始動してHVモードで走行するのだが、このとき電池残量はまだ2メモリほど残っていた。つまり、2メモリを残してHVモードに移行すると理解している。これは、電動コンプレッサーなどの動力源としての保存電力と理解することにした。

 1つだけ気になったのは、箱根ターンパイクを走ったときのこと。急登坂ではやはりエンジンが始動して電力を補う。このとき、モーターへのストレスが大きいほど、またバッテリーの残量が少ないほどにエンジンの回転数は上がって「頑張って発電してますよ~!」状態になる。そこでエンジンノイズが大きくなる。クラリティ PHEVはホイール内にもレゾネーターという吸音材を装備し、フロントウィンドウとフロントドアウィンドウに遮音機能付ガラスを使用。また、フロントカーペットにも吸遮音効果を持たせていて室内静粛性が非常に高い。それゆえ、このエンジンノイズが気になってしまった。人間の耳とは贅沢なものである。

シート表皮は「本革×プライムスムース」のコンビネーションタイプ。インテリアカラーは写真のホワイトアイボリーのほか、ボディカラーによってブラックも設定されている
運転席は8ウェイパワーシート、助手席は4ウェイパワーシートとなる
水平基調のデザインを採用したインパネ。内装表面積の約70%に環境負荷低減素材を使用している
8インチワイドディスプレイを採用するホンダ インターナビは、航続可能距離や充電スタンドの検索と目的地設定などの専用機能を採用
ウインカーレバーに設定されたボタンを押すと、8インチワイドディスプレイに「LaneWatch(レーンウォッチ)」の画面を表示。助手席側ドアミラーに設置されたカメラで撮影された映像内に、後続車との車間距離が分かりやすいよう後方10m、20mの位置に黄色いバーを表示。赤いバーは自車の後端を示している
運転席の右側前方に、ETC車載器や安全運転システム「Honda SENSING」関連のスイッチ類をレイアウト
スイッチ操作でギヤ選択する「エレクトリックギアセレクター」を採用
フローティングタイプのエレクトリックギアセレクターの下に、手荷物などを置ける収納スペースを設定。スマートフォンなどの充電に便利なUSB端子やHDMI端子を用意する
フロントウィンドウとフロントドアウィンドウに遮音機能付ガラスを使用
後方視界を広げるサブウィンドウをリアシート後方に設置
リアシートは6:4分割可倒式でトランクスルーにも対応

 ハンドリングはシャープで気持ちのいいものだ。ラック&ピニオンのピニオンギヤをステアリングシャフトからの入力とEPSモーター(電動パワーステアリング)側の2か所に設定した贅沢なもので、直進時のステアリングの落ち着き感も高く、切り込んだ時の保舵フィールもよい。

 ここ最近のホンダ車の中ではサスペンションのフィーリングは締まった硬めのもの。バッテリーの重量を考えれば妥当な設定だと感じる。でも、重量物は床下に設置されて低重心なのだから、もう少しソフトでもよいのでは?とも感じた。ただし、これは操安性とのポジとネガがあるので、硬い!などとひと言で評価すべきではない。

 ところでステアリングの左右にはパドルが設定されているが、このクルマはトランスミッションを持たないのでシフトチェンジのパドルではない。これは回生電力のコントロールパドルだ。左のパドルを引くことで回生ブレーキの強さを4段階に設定できる。右パドルを引けば弱くできる。日産自動車には「e-Pedal」があるが、ホンダはこの回生ブレーキの強さをシチュエーションごとに使い分けられるようにしている。1度左側パドルで回生を強くしても、アクセルを大きく踏み込んだ瞬間に自動的にキャンセルされるようになっている。信号待ちなどのブレーキングでこのシステムは有用だったし、箱根ターンパイクの長い下り坂でも重宝した。

前後輪の前に、通過させた走行風によってホイールハウスで気流が乱れないよう制御する「フロントエアカーテン」「リアエアカーテンダクト」を設定
タイヤサイズは前後235/45 R18。ホイール内にレゾネーターを備える「ノイズリデューシングアルミホイール」を標準装備
リアタイヤの上をカバーして空力性能を高める「リアタイヤカバー」を設定。空力の影響とユーザーの使い勝手をバランスさせるため、形状について議論を重ねつつ設計されたという

 最後に、マンション住まいのボクは約10日間の試乗中、急速充電器で充電を行なった。日産「リーフ」と同じように、ホンダ チャージング サービス(2年間無料)から発行されたカードを使うと、ほとんどの充電スタンドを利用できる。面白かったのは、充電の大半を日産のディーラーで行なったこと。ほとんどの日産ディーラーに急速充電器が設置されているのでとても便利だった。逆にホンダディーラーで急速充電器を設置しているところはまだ少なく、早急な対応が望まれる。

 つまり、自宅に充電設備を持たないマンション族にもクラリティ PHEVは持つ意味がありそうだ。急速充電はバッテリー温度が上がることでバッテリー寿命に影響を及ぼすと考えられていたが、最近では技術革新も進み、クラリティ PHEVでは水冷式のスタックを採用していることから、そのあたりの懸念もなくなったといわれている。フル充電で約80km。急速充電30分で80%のチャージが可能なので、その走行可能距離は60km強。普段使いや通勤程度にはこと足りる。しかもモーターの滑らかで力強いダッシュ力。実用性の高いPHEVだ。

松田秀士

高知県出身・大阪育ち。INDY500やニュル24時間など海外レースの経験が豊富で、SUPER GTでは100戦以上の出場経験者に与えられるグレーテッドドライバー。現在63歳で現役プロレーサー最高齢。自身が提唱する「スローエイジング」によってドライビングとメカニズムへの分析能力は進化し続けている。この経験を生かしスポーツカーからEVまで幅広い知識を元に、ドライビングに至るまで分かりやすい文章表現を目指している。日本カーオブザイヤー/ワールドカーオブザイヤー選考委員。レースカードライバー。僧侶

http://www.matsuda-hideshi.com/

Photo:安田 剛