試乗インプレッション

いよいよアウディの新型EV「e-tron」が登場。アブダビの砂漠、ワインディングでその実力を試した

最高出力300kW、最大トルク664Nm。ブーストモードも搭載で走りはどうか?

どこから見ても“普通のアウディ車そのもの”

 ボディサイズが4901×1935×1616mm(全長×全幅×全高)で、ホイールベースは2928mm――そんなディメンション(のみ)から判断すれば、「Qファミリーの中で、フラグシップのQ7と中堅どころのQ5の狭間となる存在」と紹介できるのが、アウディ最新のSUVである「e-tron」。

 ところが、“Q”の記号があえて外された名称からも想像できるように、その内情は既存のQファミリーとは大きく異なる中身の持ち主。エンジンやトランスミッションといったおなじみのパワートレーンは存在せず、そのエネルギー源としてガソリンや軽油も要求しない。そう、このモデルはアウディ・ブランドで初となる量産型のEV(電気自動車)なのだ。

 e-tronというフレーズは、実はすでにA3 スポーツバックやQ7のPHEV(プラグインハイブリッド)モデルに対して使われた実績がある。しかし、それらに対してずばりシンプルに「e-tron」を正式車名とするこちらは、エンジンを搭載するHV(ハイブリッド)モデルではなく、純粋なBEV(バッテリーEV)。

 今春に開催されたジュネーブショーでまず、電動化を象徴するeの文字をモチーフとした“見せるカモフラージュ”を施したプロトタイプを披露したこのモデルは、5人分のシートと後席使用時で660Lというラゲッジスペースを用意し、最高出力300kW、最大トルク664Nm、5.7秒という0-100km/h加速タイムを発揮。さらに、WLTPモードで400kmという航続距離達成……などなどと、もはやそれが決して“実験車”ではないことをアピールする。実際、欧州市場では2019年初頭に販売を開始し、本国ドイツにおけるベース価格は7万9900ユーロと、かなり具体的な計画までを公表済み。

 加えれば、生産はベルギーのブリュッセル工場で太陽光発電を使用した“CO2ニュートラル”な状態で行なわれ、熱源としてバイオガスを用いることで排出物質を抑制。さらに、残されたわずかな排出物も、炭素クレジットという削減量証明を活用することで、環境バランスシートで“ゼロ”を達成しているとアピールするなど、随所に本気度の高さが伺えるのがこのアウディ初の量産BEVなのである。

新型「e-tron」のボディサイズは4901×1935×1616mm(全長×全幅×全高)、ホイールベースは2928mm
専用デザインのホイールを装着するほか、アウディとしてバーチャルエクステリアミラーを初採用(オプション)した

 かくして、アウディというブランドの歴史に新たな1ページを刻むことが確実な、エポックメーカーであるe-tron。

 一定速度での走行が続き、電動モデルの特技でもあるエネルギー回生のチャンスが少ない高速クルージング時の効率向上には不可欠な空気抵抗の低減を極めるため、ゴルフボール表面のようなディンプル加工を施した床下のパネルやサスペンションアーム類のカバー、開閉式フロントグリルなど、通常は目に見えない部分に対してもきめ細かな整流処理を採用している。

充電イメージ

 加えて、やはり空気抵抗の低減に向け、日本ではレクサス「ES」で話題のバーチャルエクステリアミラーのアウディ初の採用といった見た目上でも特徴となるポイントもあるものの、それでも多くの人にとってのe-tronのエクステリアデザインに対する率直な第一印象は、「意外にコンサバティブだな」というものではないだろうか。

 あたかもエンジンルームが存在するかのようなプロポーションや、フラッシュサーフェスではなく見慣れたグリップタイプのドアハンドルの採用など、「うっかりすればエンジン車と見紛うルックス」で仕上げたことは、実は既存のアウディ車からも違和感なく乗り換えが可能であることを連想させる、半ば意図的な演出でもあったという。

 どうやらこの先もBEVのエクステリアデザインは、日産自動車「リーフ」やこのモデルのようにあえて「らしさを控え目に演じる」ものと、テスラ「モデル X」やジャガー「I-PACE」のように、「エンジン車とは一線を画すことを主張する」ものという、大きく2つの潮流が続いていくことになりそう。

 そして、そんな選択肢が明確に存在するようになってきたこともまた、まさにBEVがいよいよ普及期の入り口へと立っていることを示唆するかのようでもある。

e-tronのシステムは最高出力300kW、最大トルク664Nmを発生し、0-100km/h加速は5.7秒を実現

 一方、ドアを開いてドライバーズ・シートへと乗り込む段階では、「普通のSUVとはちょっと違うナ」と、そう感じる人も現れそう。1616mmという全高は、Q7はもとよりQ5よりも低い一方で、フロアはそれらよりも明確に高いと感じられるからだ。

 種を明かせば、それはサイドクラッシュの際にはキャビンの変形を防ぐクラッシュストラクチャーとしての役割をも担う、強固なアルミスペースフレーム式のハウジングに守られたバッテリーを、ダブルベッドの如く床下部分へと敷き詰めたデザインを採用するがゆえの結果。違和感というまでには至らないものの、やや高いフロアへの乗降時の脚の運びが、同様の全高を備える他のSUVに比べるとわずかに大変と感じられるのは事実。また、この影響を受けてSUVとしてはヒール段差(フロアとシート座面の高低差)が小さめでアップライトな印象は薄く、ドライビング・ポジションは脚をやや前方へと投げ出し気味のスタンスとなっている。

 リアシートへと移るとこちらも乗降性にやや難アリではあるものの、4WD仕様でありながらプロペラシャフトが存在しないためセンタートンネルの突起のないフラットフロアが実現され、前席下への足入れ性にも優れることから足下はゆったり。もちろん、インテリア全般の仕上がりはアウディ車ならではの上質さで、ラゲッジスペースもやはりフロア位置は高めだが、容量的には“エンジン車”に見劣りする印象は皆無だ。

インテリアまわり
後席使用時でラゲッジスペース容量は660Lを確保

 そんなこんなで、そのパッケージングに「BEVだから」という我慢や妥協を強いられる部分はどこにも見当たらないというのが、まずはこのモデルの褒めるべき特徴の1つ。ハードスイッチ数を削減し、すっきりとシンプルに仕上げたダッシュボードまわりのデザインも、「EVだから」とことさらに新鮮さや奇をてらった印象はない。

 こうして、どこから見ても“普通のアウディ車そのもの”なのが、e-tronのデザインやパッケージングの特徴になっている。

ハンドリングの自在度の高さ、際立つ静粛性の高さ

 センターコンソール前端部の起動ボタンを押して、e-tronに命を吹きこむ。とはいっても、もちろん静止状態では無音のまま。

 パームレストに手のひらを置きながら、指先の動きでポジションが選択できる秀逸なデザインのシフトセレクターを手前に1度スライドさせると、この段階でDレンジ。ただし、クリープ力は設定されておらず、ブレーキペダルをリリースしても引き続き静止状態がキープされる。

 アクセルペダルを踏み加えていくと、まさにその加減に応じて素晴らしく滑らかに、かつ過不足なく力強い加速感が得られるのはEVならではだ。日産の“e-POWER”は、こんなモーター駆動独特の感触を上手く切り取ってプロモーションに生かしているが、こちらはBEVゆえもちろんいかなるアクセルワークを試しても、その過程で「エンジンがかかる」ことはあり得ない。

 街乗りシーンから郊外の1本道、そして高速道路に至るまで、アブダビ都心を基点とした試乗ルートでは、ドライブモードがデフォルトの状態である通常ポジションでも加速力にまったくの不満ナシ。

 だが、シフトセレクターでSモードを選択してアクセルを深く踏み込むと、ここで最大8秒間という範囲内ながらシステム出力を300kWまで引き上げるブーストモードが作動する。なるほど、このポジションを選択するとe-tronの加速は明確にシャープさを増し、さしもの“スポーツSUV”へと変身することになった。

 そんなこのモデルの走りのシーンで、大いに感心させられることになったのは際立つ静粛性の高さ。エンジンを搭載していないのだから、特に低中速域ではその分有利であるのは当然。だが、徐々に速度が増し、風切り音やロードノイズが騒音の主役となって、エンジンを搭載しないことが必ずしもメリットとは言えなくなりがちな高速域でも高い静粛性が保たれるのは、やはりさまざまな対策が功を奏してのことであるはずだ。

 ちなみに、テスト車がオプションの遮音サイドガラスを装着していたのは、こうした好印象には考慮すべき点。もちろん、やはりオプション装着されていた例のバーチャルエクステリアミラーも同様に貢献していたことは間違いない。

 国際試乗会が開催されたUAEという場所がら、設定コース内には砂漠を通過する場面までが用意されていた。そんなセクションやワインディングロードで興味深かったのは、ハンドリングの自在度の高さ。そして、その要因の1つとして考えられたのが、実はこのモデルが通常選択する駆動輪はリアの2輪という事柄だ。

 言うなれば「リアの2輪に駆動力の重きを置いたオンデマンド式の4WD」というのが、このモデルが採用する“quattroシステム”。例えば、砂地でのスタンディング・スタートで、前2輪も後輪に遅れを微塵も感じさせることなく駆動力を発するのは、電流が流れた瞬間に遅滞なく起動をするモーターの早業ならではだろう。

 加えれば、前述のクラッシュストラクチャーの機能も含め、システム全体で700kgにも達するというバッテリーパックが床下にレイアウトされたことによる、低重心感覚も十分に実感できた。

 コーナリングは終始安定。「そろそろ、タイヤのグリップ能力も終わりに近付いているかな」と、そんな場面でさらなるステリアングの切り増しやアクセルON/OFFを試みても、走行ラインが乱れる以前に簡単にはスキール音を発しさえしないのも、そんな重心の低さや前後の重量バランス、そして前後モーターが発するトルクのバランスが綿密にコントロールされていることを連想させられた。

 こうして、低μ路やワインディングセクションもあった一方で、そこは広大な“砂漠の国”でのイベントゆえ基本は直線路。時に「140km/h制限」の標識も現れるそんな場面で快適なクルージングが堪能できたことも、ぜひとも報告をしておきたいポイントの1つだった。

 テスト車は20インチと21インチを履く両仕様。いずれも時に、わずかなバネ下の重さを意識させられることがあったものの、基本はいずれもすこぶるフラット感の高い、上質な乗り味が特徴。

 そんなテイストを味わいながら、朝から夕刻まで電池残量を意識せずに走りまわっていると、「いよいよEVの時代が幕を開いたな」と実感させられることになったのだ。大容量バッテリーに短時間で充電するためのインフラが、今のところは世界のどの市場でも十分そろっているとは言い難いなど、今でも少なからずの課題が残されているのは確か。

 けれども、解決が不可欠なそうした問題は残しつつも今、本格的なEV時代がいよいよやってきたことは疑いない。e-tronは、まさにそんな時代の寵児である1台。“普通の姿”での登場は、開発陣の自信の表れであるはずだ。

【お詫びと訂正】記事初出時、「EV専用の新世代骨格“MEB”を初採用」と記しましたが、e-tronに採用の骨格は既存の“MLB-evo”をベースにリファインしたものでした。お詫びして訂正させていただきます。

河村康彦

自動車専門誌編集部員を“中退”後、1985年からフリーランス活動をスタート。面白そうな自動車ネタを追っ掛けて東奔西走の日々は、ブログにて(気が向いたときに)随時公開中。現在の愛車は2013年8月末納車の981型ケイマンSに、2002年式のオリジナル型が“旧車増税”に至ったのを機に入れ替えを決断した、2009年式中古スマート……。

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