試乗レポート

アウディ渾身のEV「e-tron スポーツバック」 車両重量2.5t超を感じさせない圧倒的パフォーマンス

ポイントはヒートマネージメント

 日本にいるとピンと来ないのだが、ヨーロッパでは少し前まで誰も予想しなかったほどの勢いでクルマの電動化が進んでいる。自動車メーカーにとって電動化は急務。プラグインハイブリッドからマイルドハイブリッドまで、程度の違いはあってもなにかしら電動化の要素を取り入れたクルマが続々と登場していて、その急先鋒であるBEV(バッテリー式電気自動車)も徐々に増殖している。そんな中に現れたアウディの「e-tron スポーツバック」は、現時点のEVの勢力図を書き変えるほどインパクトのある、驚愕の1台であることを、あらかじめお伝えしておこう。

 アウディは2018年9月にSUVの「e-tron」を初公開し、2025年までに世界の主要な市場において20車種のBEVを含む30車種の電動化モデルを導入するとともに、電動化モデルの販売比率を全体の4割とすることを目指すとしている。すでにこれまでいくつかのハイブリッド車を送り出しているが、フルBEVの第1弾であり、待望の日本上陸を果たした同車は、いきなりの大傑作だ。1300万円を超える価格も内容と完成度を理解すると十分に納得できる。

アウディ「e-tron スポーツバック 55 qattro 1st edition」のバーチャルエクステリアミラー仕様車。価格は1346万円。ボディカラーは「アンティグアブルー メタリック」。ボディサイズは4900×1935×1615mm(全長×全幅×全高)、ホイールベールは2930mmで、最小回転半径は5.7m。フロントまわりは、ワイドなオクタゴンのシングルフレームグリルやEVならではの限定的なグリル開口部が特徴。リアまわりは、水平基調のリアLEDランプや左右のそれらをつなぐライトストリップ、エキゾーストパイプのないEVらしさを強調するワイドなディフューザーなどがデザイントピックとなる
5Vスポークデザインのアルミホイールを装着。組み合わせるタイヤはグッドイヤー「EAGLE F1 ASYMMETRIC 3 SUV」の265/45R21サイズ
e-tron特有の水平基調のデイタイムランニングライトが、マトリクスLEDヘッドライトとともにライトまわりのデザインを演出
テールランプの造形は空力を考慮したデザインを採用
Aピラーに取り付けられたカメラの映像を、車内のOLEDタッチスクリーンに表示するバーチャルエクステリアミラーをアウディとして初採用。夜間でも高い視認性を確保するとともに、空力性能を考慮したデザインにより、航続距離にも寄与している。カメラの角度は車内のタッチスクリーンから操作可能
e-tron スポーツバックのインパネ
ステアリングまわり
シフトセレクターまわり
ペダル
MMIタッチレスポンス付き MMIナビゲーションには車両情報として充電状況を表示することもできる
12.3インチカラー液晶フルデジタルディスプレイを用いるバーチャルコックピットでは、充電や回生システム、EV走行などの情報を確認可能
e-tron スポーツバックはフロントスポーツシートを採用。シート表皮はアルカンターラ/レザーS lineロゴ
リアラゲッジスペース

 モジュラープラットフォームの「MLB evo」をベースにアルミとスチールを適材適所に配置した複合ボディコンセプトを採用する大柄な車体には、バッテリー関連の諸々を積むためのサブフレームが追加されており、前輪と後輪を駆動するため、それぞれに計2基の電気モーターを搭載している。システム最大出力は300kW、トルクは664Nmというからかなり強力だ。

 ホイールベースのキャビン直下に配置された95kWh(正味86.5kWh)の駆動用バッテリーは低重心化にも寄与しており、前後重量配分も50:50に近い。一充電あたりの航続可能距離はWLTCモードで最大405kmに達している。

ボンネットには収納スペースを設定。写真では普通充電用ユニットの「e-tron Charging Kit」(家庭での使用には別途充電設備工事が必要)が入っている。収納スペースの下にはパンク修理キットが収まる
助手席側には最大50kWのCHAdeMO対応急速充電用ソケットを、運転席側には最大8kWの普通充電用ソケットを配置

「200km/hでアウトバーンを巡行して150kWhで充電できるクルマ」を念頭に開発されたとのことで、ポイントはヒートマネージメントにある。公称電圧396V、静電容量240Ahの「AX2」という複雑な構造のバッテリーは、アルミケーシングの下に配されたクーリングのパスでフルードを循環させて温度を25~35℃に保つように制御される。これによりかつてない高い効率を実現しており、急速充電を行なっても最後まで勢いを落とすことなく充電できる。温まったフルードは空調のヒートポンプとして使われる。

意のままの加減速

 前述の“200km/hで走って150kWhで充電”の話からして、走りにもかなり期待できそうな感触を抱いたのだが、まさしくそのとおり。試乗会が箱根で開催されたのは、ワインディングでも不満なく走れることを実感してほしいとの思いからとの言葉通り、実際にも本当に恐れ入るほどの走りぶりであった。

 前後にスライドさせる独特のシフトセレクターを操作していざ走り出すと、いかにも高性能BEVらしいリニアで瞬発力ある走りに、いきなり衝撃を受ける。加減速はまさしく意のまま。力強い走りは、さすがは動力性能が「SQ5」と同等というだけのことはある。

 さらに驚いたのがフットワークの仕上がりだ。これほど大柄で車高の高いクルマが極めて俊敏に曲がり、ロールも小さく、安定して走れることに感心しきり。後輪駆動を基本に状況に応じて前輪も駆動されているとのことで、俊敏で安定した走りには、その巧みな制御も効いていることに違いない。乗りやすくてめっぽう速いのだ。

 Dレンジでも十分すぎるところ、Sモードにするとさらにアクセルレスポンスが鋭くなり、パワーメーターが100%を超えてブーストの領域に入ると、そのとおり加速フィールもより力強さを増す。普通に走るにはバランスモードでも乗りやすく姿勢変化も小さくてちょうどよいのだが、ダイナミックモードにすると、走りのダイレクト感が高まり、アクセルレスポンスも鋭敏になる。即座に力強く加速させたいときに、本当にそのように加速できるのも、それだけのポテンシャルがあればこそだ。

フットワークにも感心

 2560kgの車両重量に合わせて「Q7」用をアレンジし、アダプティブエアサスペンションを標準装備する前後5リンク式の足まわりは、これほどの重量級の車体をしっかり支え、快適な乗り心地とダイナミックな走りを高いレベルで両立させていることに恐れ入る。タイヤも21インチと大径で低偏平ながら、バタつきや突き上げも気にならない。重心が高そうに見えながらも操縦感覚にはそれがない。

 ステアリングをきると、そのとおり応答遅れなく回頭しながらも、横Gは穏やかに立ち上がる印象で、姿勢を乱すこともない。まるで後輪も巧みに操舵しているかのようなスムーズで軽やかな動きを見せる。いったいどういう制御をしているのだろうかと思わずにいられないほどだが、おそらくそうなるようにサスペンションジオメトリーなども巧みに設定されているのだろう。

 回生力はパドルで2段階の調整が可能で、0.3Gを超える場合は通常のブレーキも併用される。ブレーキフィールには若干ナーバスな部分も見受けられるが、車両重量に対するキャパシティに不満は感じられない。

 せっかくなので、前出の「アウトバーンを200km/hで……」の片鱗を味わうべく高速道路へ。確かに車速を高めても加速の力強さは変わることはなく、全然衰える気配を感じさせない。ダッシュパネル両端のちょうどよい位置に配されたOLEDディスプレイに表示されるアウディ初となるバーチャルエクステリアミラーは、やはり使い慣れないものに触れるとどうしても最初は少々戸惑うものだが、映像はとてもクリアで見やすく、張り出したミラーと違ってこの位置にディズプイがあれば意識しなくても視野に入るので、後側方の状況を常に把握できるのは大きなメリット。映す範囲を即座に調整できるのも便利だ。さらには夜間や悪天候など条件が悪化しても鮮明な映像を表示してくれることも期待できる。さらにはスリムなミラーハウジングにより空気抵抗が低減するおかげで、高速走行時の風切り音が小さいのもありがたい。

 e-tron スポーツバックはEVになってもしっかりアウディの走りを体現するにとどまらず、EVとしての強みを活かしたプラスアルファをいくつも身につけていた。現時点に世にある中でもっとも洗練されたEVではないだろうか。

岡本幸一郎

1968年 富山県生まれ。学習院大学を卒業後、自動車情報ビデオマガジンの制作、自動車専門誌の記者を経てフリーランスのモータージャーナリストとして独立。国籍も大小もカテゴリーを問わず幅広く市販車の最新事情を網羅するとともに、これまでプライベートでもさまざまなタイプの25台の愛車を乗り継いできた。それらの経験とノウハウを活かし、またユーザー目線に立った視点を大切に、できるだけ読者の方々にとって参考になる有益な情報を提供することを身上としている。日本自動車ジャーナリスト協会会員。日本カー・オブ・ザ・イヤー選考委員。

Photo:堤晋一