試乗レポート
アウディ渾身のEV「e-tron スポーツバック」 車両重量2.5t超を感じさせない圧倒的パフォーマンス
2020年11月13日 08:30
ポイントはヒートマネージメント
日本にいるとピンと来ないのだが、ヨーロッパでは少し前まで誰も予想しなかったほどの勢いでクルマの電動化が進んでいる。自動車メーカーにとって電動化は急務。プラグインハイブリッドからマイルドハイブリッドまで、程度の違いはあってもなにかしら電動化の要素を取り入れたクルマが続々と登場していて、その急先鋒であるBEV(バッテリー式電気自動車)も徐々に増殖している。そんな中に現れたアウディの「e-tron スポーツバック」は、現時点のEVの勢力図を書き変えるほどインパクトのある、驚愕の1台であることを、あらかじめお伝えしておこう。
アウディは2018年9月にSUVの「e-tron」を初公開し、2025年までに世界の主要な市場において20車種のBEVを含む30車種の電動化モデルを導入するとともに、電動化モデルの販売比率を全体の4割とすることを目指すとしている。すでにこれまでいくつかのハイブリッド車を送り出しているが、フルBEVの第1弾であり、待望の日本上陸を果たした同車は、いきなりの大傑作だ。1300万円を超える価格も内容と完成度を理解すると十分に納得できる。
モジュラープラットフォームの「MLB evo」をベースにアルミとスチールを適材適所に配置した複合ボディコンセプトを採用する大柄な車体には、バッテリー関連の諸々を積むためのサブフレームが追加されており、前輪と後輪を駆動するため、それぞれに計2基の電気モーターを搭載している。システム最大出力は300kW、トルクは664Nmというからかなり強力だ。
ホイールベースのキャビン直下に配置された95kWh(正味86.5kWh)の駆動用バッテリーは低重心化にも寄与しており、前後重量配分も50:50に近い。一充電あたりの航続可能距離はWLTCモードで最大405kmに達している。
「200km/hでアウトバーンを巡行して150kWhで充電できるクルマ」を念頭に開発されたとのことで、ポイントはヒートマネージメントにある。公称電圧396V、静電容量240Ahの「AX2」という複雑な構造のバッテリーは、アルミケーシングの下に配されたクーリングのパスでフルードを循環させて温度を25~35℃に保つように制御される。これによりかつてない高い効率を実現しており、急速充電を行なっても最後まで勢いを落とすことなく充電できる。温まったフルードは空調のヒートポンプとして使われる。
意のままの加減速
前述の“200km/hで走って150kWhで充電”の話からして、走りにもかなり期待できそうな感触を抱いたのだが、まさしくそのとおり。試乗会が箱根で開催されたのは、ワインディングでも不満なく走れることを実感してほしいとの思いからとの言葉通り、実際にも本当に恐れ入るほどの走りぶりであった。
前後にスライドさせる独特のシフトセレクターを操作していざ走り出すと、いかにも高性能BEVらしいリニアで瞬発力ある走りに、いきなり衝撃を受ける。加減速はまさしく意のまま。力強い走りは、さすがは動力性能が「SQ5」と同等というだけのことはある。
さらに驚いたのがフットワークの仕上がりだ。これほど大柄で車高の高いクルマが極めて俊敏に曲がり、ロールも小さく、安定して走れることに感心しきり。後輪駆動を基本に状況に応じて前輪も駆動されているとのことで、俊敏で安定した走りには、その巧みな制御も効いていることに違いない。乗りやすくてめっぽう速いのだ。
Dレンジでも十分すぎるところ、Sモードにするとさらにアクセルレスポンスが鋭くなり、パワーメーターが100%を超えてブーストの領域に入ると、そのとおり加速フィールもより力強さを増す。普通に走るにはバランスモードでも乗りやすく姿勢変化も小さくてちょうどよいのだが、ダイナミックモードにすると、走りのダイレクト感が高まり、アクセルレスポンスも鋭敏になる。即座に力強く加速させたいときに、本当にそのように加速できるのも、それだけのポテンシャルがあればこそだ。
フットワークにも感心
2560kgの車両重量に合わせて「Q7」用をアレンジし、アダプティブエアサスペンションを標準装備する前後5リンク式の足まわりは、これほどの重量級の車体をしっかり支え、快適な乗り心地とダイナミックな走りを高いレベルで両立させていることに恐れ入る。タイヤも21インチと大径で低偏平ながら、バタつきや突き上げも気にならない。重心が高そうに見えながらも操縦感覚にはそれがない。
ステアリングをきると、そのとおり応答遅れなく回頭しながらも、横Gは穏やかに立ち上がる印象で、姿勢を乱すこともない。まるで後輪も巧みに操舵しているかのようなスムーズで軽やかな動きを見せる。いったいどういう制御をしているのだろうかと思わずにいられないほどだが、おそらくそうなるようにサスペンションジオメトリーなども巧みに設定されているのだろう。
回生力はパドルで2段階の調整が可能で、0.3Gを超える場合は通常のブレーキも併用される。ブレーキフィールには若干ナーバスな部分も見受けられるが、車両重量に対するキャパシティに不満は感じられない。
せっかくなので、前出の「アウトバーンを200km/hで……」の片鱗を味わうべく高速道路へ。確かに車速を高めても加速の力強さは変わることはなく、全然衰える気配を感じさせない。ダッシュパネル両端のちょうどよい位置に配されたOLEDディスプレイに表示されるアウディ初となるバーチャルエクステリアミラーは、やはり使い慣れないものに触れるとどうしても最初は少々戸惑うものだが、映像はとてもクリアで見やすく、張り出したミラーと違ってこの位置にディズプイがあれば意識しなくても視野に入るので、後側方の状況を常に把握できるのは大きなメリット。映す範囲を即座に調整できるのも便利だ。さらには夜間や悪天候など条件が悪化しても鮮明な映像を表示してくれることも期待できる。さらにはスリムなミラーハウジングにより空気抵抗が低減するおかげで、高速走行時の風切り音が小さいのもありがたい。
e-tron スポーツバックはEVになってもしっかりアウディの走りを体現するにとどまらず、EVとしての強みを活かしたプラスアルファをいくつも身につけていた。現時点に世にある中でもっとも洗練されたEVではないだろうか。