試乗レポート

アルピナ最新世代の「B3 リムジン」はすべてがウルトラスムーズだった

期待にたがわぬ珠玉の走り

日本はアルピナにとって重要な市場

 久々にアルピナをドライブできる機会が訪れた。現行M340i セダンをベースにアルピナが独自のチューニングを施した、最新世代の「B3 リムジン」だ。

 アルピナの年間生産台数はせいぜい1500~1700台程度のところ、実に300台前後が日本で販売されるという。日本はアルピナにとって世界で2番目に大きな規模の重要な市場。それだけアルピナの世界観が日本人の琴線に触れているからにほかならない。

 筆者が初めてアルピナをドライブしたのは1995年の「B8 4.6」。E36のエンジンベイにV8を詰め込んだ驚愕のモデルだ。そのとき痛感したのは、筆者は大きな誤解をしていたということ。モータースポーツのイメージが強く、E36にV8を積むなんて普通じゃないという先入観から、もっと過激なクルマを予想していたところ、ぜんぜんそうではなく、ものすごくソフィスケイトされていることに感銘を受けた。

 その後も、アルピナをドライブする機会があるたび、その思いを新たにしてきた。どれも素晴らしい走りに感心させられてばかり。控えめながら、凛とした空気を感じさせる佇まいと仕立てのよさはすべて共通していた。そして今回も、すっかりアルピナの魔力に引き込まれてしまったことをあらかじめお伝えしておこう。

 都内から会場までの移動では、なんとチャーターされたヘリコプターにより空からアクセスするという前代未聞の経験も。ドライブしたのは適度な幅員とRのカーブが連なって、アップダウンもあり、路面もほどよく荒れているなど、クルマのよしあしを見るには最適な条件がそろった裏磐梯の猪苗代湖畔のワインディングロードだ。

今回試乗したのはニコル・オートモビルズが9月に発売した「B3 リムジン」。ステアリングは左/右をラインアップし、価格はそれぞれ1229万円/1258万円
B3 リムジンのボディサイズは4720×1825×1445mm(全長×全幅×全高)、ホイールベースは2850mm。“控えめなエレガンス”というアルピナの哲学に則り、快適な内装、レベルの高いドライビングパフォーマンス、スポーティでも控えめなエクステリアに仕上げている。サスペンションはアルピナの理想とするバランス調和の取れたセットアップにするために、アイバッハ製の専用スプリングと専用スタビライザーを装備
室内ではヴァーネスカ・レザーのシートを採用するとともに、新しいアルピナ・デザインのフルカラーのデジタル・メーター・ディスプレイなども装備する

すべてがウルトラスムーズ

 ドライブして感心したのは、とにかくあらゆるものがウルトラスムーズであることだ。エンジンも、サスペンションも、ステアリングも、ブレーキも。3.0リッターのストレート6は、Mモデルにも搭載されるS58型をベースに熟達した職人が手作業で吸排気系をリファインしたもの。空気の流れが最適化されたことで、ドライバビリティが大きく洗練されている。走りはじめに軽くアクセルを踏んだときのツキのよさから、スーッと車速が高まりつつじわっとトルクが出てくる感覚からしてノーマルとはひと味違う。

 ノーマルで感じた初期応答の遅れと飛び出し感も解消している。本当に欲しいと思った分だけ、やさしくもリニアにトルクを生み出してくれる。それは踏む側だけでなく戻す側も同じ。アクセルOFFにするとスーッと自然な感覚で減速するのは、言葉で書くと当たり前のようだが、本当は大事なのに、実はそれがちゃんとできているクルマはそう多くはないのが実情だ。ONもOFFも、これほど繊細にアクセルワークに応えてくれるクルマはほかに心当たりがない。

搭載する直列6気筒3.0リッター ビ・ターボエンジンは、最高出力340kW(462PS)/5500-7000rpm、最大トルク700Nm(71.4kgfm)/2500-4500rpmを発生。最高速は303km/h、0-100km/h加速は3.8秒とアナウンスされている。トランスミッションは8速スポーツ・オートマチック

 そして期待どおり吹け上がりのスムーズさも“絶品”だ。美しく調律されたサウンドにもホレボレ。アクセルを踏むのが楽しみになる。「シルキーシックス」でならしたBMWの直6の味わいが、より理想的な形で提供されている。

 ドライブモードをスポーツ+にすると、フィーリングが一変してM3のような雰囲気になる。エンジン特性やシフトチェンジに加えて、エキゾーストサウンドも派手になるのだが、こうしたかつてのアルピナがやらなかった演出的な要素も、時代のニーズに合わせて取り入れたようだ。

 一方、BMW車にあるエコプロモードに替えて設定された、アルピナ独自の「コンフォートプラス」という専用のモードを選択すると、足まわりがさらにソフトになり、快適性重視の乗り味になる。

300km/hを“実用域”に

 モード選択によって乗り味が変わる中でも、タイヤが路面の凹凸をなめるように追従する感覚があるのは同じ。無駄な動きをまったく出すことなく、切りはじめから大舵角まで切ったとおりピタッとついてくるハンドリングも素晴らしいのひと言。まさにイメージどおり狙ったラインを正確にトレースしていける。

 足まわりの大まかな仕様としては、ダンパーの初期の圧側が低くされており、スタビライザーはやわらかめで、とくにリアをソフトにしてトラクションを高めている。スプリングはレートとしては高いのだが、乗り味からしてかなりプログレッシブな特性になっていると思われる。

 この独特のしなやかな乗り味には、ツーリングカーでのレース活動の経験が深く関係している。レースで求められるのは1周のラップタイプを削るのではなく、1位でゴールすること。重要なのは瞬間的な速さではないのだ。そのためには、すべてにおいてピーキーな特性を排除すべき。エンジンはトルク重視で、ハンドリングも過敏にせず、サスペンションはストロークさせてトラクションを確保したほうがよい。

 アルピナ車はすべて300km/hで巡航できることを念頭にチューニングされているが、そこで必要な考え方は、レースフィールドからのフィードバックそのものだという。演出的なものは不要で、快適に、気持ちよく、長距離を疲れずに走れることが求められる。そして、Mモデルでは250km/hのところを300km/hで巡航できれば、1時間で移動できる距離に50kmもの差がつく。彼の国では実際にそれを理由に、300km/hを“実用域”としているアルピナを買い求める人が少なくないそうだ。

 ただし、アルピナを愛用するオーナーはおしなべて紳士的だという。速さをひけらかすことはしはないが、いざとなれば誰よりも速い。力強く洗練された走りで快適に移動を楽しむ、アルピナはそのための最良のパートナーであるからにほかならない。そして、生まれた地から遠く離れた日本でも指名買いするファンが多く存在するのは、そんなアルピナの世界観と日本人の気質になにかしら通じ合うものがあるからではないかと思う。

 最後に、アルピナ B3のベース車との価格差は200万円あまりと意外に小さいことも、あらためて念を押しておこう。久々に触れたアルピナは、“期待にたがわぬ珠玉の走りを味わわせてくれた。

岡本幸一郎

1968年 富山県生まれ。学習院大学を卒業後、自動車情報ビデオマガジンの制作、自動車専門誌の記者を経てフリーランスのモータージャーナリストとして独立。国籍も大小もカテゴリーを問わず幅広く市販車の最新事情を網羅するとともに、これまでプライベートでもさまざまなタイプの25台の愛車を乗り継いできた。それらの経験とノウハウを活かし、またユーザー目線に立った視点を大切に、できるだけ読者の方々にとって参考になる有益な情報を提供することを身上としている。日本自動車ジャーナリスト協会会員。日本カー・オブ・ザ・イヤー選考委員。