試乗レポート

トヨタの未来のクルマ作り、水素カローラの先行開発車「水素GRヤリス」に乗ってみた

鈴鹿サーキットの交通センターに置かれていた水素GRヤリス。外観からは、リアの窓がなくなっているのが大きな変更点。リアには水素タンクが1本置かれている

水素カローラの先行開発車となる水素GRヤリス

 水素自動車を運転した。

 水素自動車と言っても新型「MIRAI(ミライ)」に代表される燃料電池車(FCEV)ではない。ガソリンの代わりに水素を燃やし内燃機関で走らせる水素エンジン車だ。

 2021年のスーパー耐久に、トヨタ自動車が開発し、トヨタの社長でもある豊田章男氏がオーナーとなっているルーキーレーシングからST-Qクラスに参戦している「カローラH2コンセプト」(以下、水素カローラ)の先行開発車である「水素GRヤリス」がそれだ。

 ST-Qクラスはメーカーが開発のためなどに走らせているクラスで、カローラH2は世の中に存在しない。特殊なクラスなので勝敗に関係なくゴールを目指すが、車両はスーパー耐久の精神に則り可能な限り生産車に近い。つまりバリバリのレーシングカーではないのが特徴になる。

水素GRヤリスのエンジン。まず、この水素GRヤリスでさまざまなことを試して、水素カローラへと技術移転する。外観から水素エンジンと明確に分かるところはない
コクピットも同様にGRヤリスそのもの。センターディスプレイに、水素関連情報は表示されるようになっている

 水素カローラはスーパー耐久の富士24時間でデビューし、オートポリスでは地熱発電によって作られた地産地消の水素を使い、鈴鹿ではオーストラリアから褐炭由来の水素を運ぶ物流の検証も行なった。車両性能もレースごとに目を見張るほど向上している。

 水素エンジンを搭載したクルマについては多くの記事が掲載されているが、やはり読めば読むほどハンドルを握ってみたくなる。水素は内燃機関の中でいかに燃焼し、どのようにドライバーの右足に応えるのか、新しいパワートレーンへの期待は膨らむばかりだ。

 突然、その夢がかなえられた。水素カローラのテストべッドとして使われている水素GRヤリスのハンドルを握るチャンスがあったのだ。

 もともと水素カローラはGRヤリスがベース。レースで必要な距離を走るための水素タンクを搭載する必要もあってホイールベースが長く、キャビンも広いカローラが選ばれたという。つまりパワートレーンはGRヤリスと共通で3気筒1.6リッターターボが搭載され、GRヤリスの4WDシステムがそのまま移植されている。

 エンジンで変更されているのは水素を吹くためのデンソー製直噴インジェクターと水素ラインの取り回しだ。そのためにプラグや電子制御の部分は変えられているが外見からはガソリンのGRヤリスと見分けがつかない。言われなければ見慣れたGRヤリスの3気筒ターボそのものだ。

 ただし前席の後ろには隔壁があり、リアシートの位置に水素ボンベが1本搭載されている。さらにリアサイドウィンドウにはエア抜きのアウトレットがあるぐらいで外見からも大きな変更はない。

 慣熟走行は光栄なことにル・マン24時間を3連覇した中嶋一貴選手が担当してくれた。軽いエキゾーストノートを上げてグンとスタートする。センターディスプレイには水素の圧力や流量、残量などのデータが表示されているが、コースと中嶋選手のドライビングを見るだけで精いっぱい。中嶋選手は早めのシフトを繰り返しながら丁寧な運転だった。もっと見ていたかったがあっという間に慣熟は終了してしまった。

水素エンジンのクルマに試乗

今回の水素GRヤリスの試乗をサポートしてくれたのは、中嶋一貴選手(左)と小林可夢偉選手(右)。2人とも元F1ドライバーで、2人合わせてル・マン24時間を4勝。しかもトヨタ4連覇の立役者
中嶋一貴選手とともに水素GRヤリスに乗り込む

 いよいよ運転席に座る。車両の調達上、左ハンドルだったが特に意味はないという。クラッチは重いが6速シフトはいつものGRヤリスで少しゴリッとして頼もしい。重いクラッチを意識して慎重につないだが、ミート幅は広くて使いやすかった。

 水素エンジンのエキゾーストノートは少し乾いた音を上げる。ガソリン車のそれとは違う音だ。アクセルを踏み込むとレスポンスが速く、あっという間にブレーキングポイントに来てしまった。

 水素エンジンの燃焼感はガソリンに近いもののやはりどこか違っている。燃焼速度が早いことがユニークポイントに違いない。しかもスポーツエンジンらしくシャープで、ガソリンのGRヤリスと比べても違和感はない。トルクカーブはガソリンエンジンに近いが水素の特性に合わせたカーブになっており、ドライブする上での違和感を払拭したという。確かに低速からも軽くグンと加速し、すぐにバッバッとリミッターにあたる。

 短いコースでは出力を肌で感じてシフトするクセがついているため、回転計をあまり注視していなかったが、感覚的にはまだまだエンジンは回りたがっている。

水素GRヤリス走行中

 視界の片隅で回転計に白い指針が貼ってあるように見えたが、それが今日のレブリミットになっていたようだ。レブリミットは6000rpmほどに設定されていたが、感覚的にはもっと手前からリミッターが効いているような感覚だった。レスポンスは想像以上に速いのだ。

 試乗コースは鈴鹿サーキットの交通センターにパイロンを並べただけの短いストレートを2つ持ったオーバル。ギヤは3速に入るかどうかというところだと思う。リミッターに当たらなければ2速で引っ張り切るぐらいかもしれない。

 コーナーでもアクセルの反応がよくグイと前に出ようとし、4WDのためにフロントが少し押し出されるような姿勢になる。水素エンジンの特性なのかアクセルオフには少し鈍感なように感じた。

水素GRヤリスのセンターディスプレイに表示された水素関連情報

 しかし短いストレートでも加速の流れは止まらない。力強いというよりもいつの間にか速度が乗っていくイメージだ。初めて乗った水素レシプロエンジンはレース参戦当初心配された水素の異常燃焼も解決されており、GRヤリス搭載にふさわしいスポーツエンジンだった。水素はパワーが出しにくいという自分勝手な先入観は完全に覆った。

 名残惜しい2周のドライブだったが、この経験は大きな財産になりそうだ。

 実戦仕様の水素カローラの出力は、最初に参加した富士24時間では180kWだったものが200kWまで出せるようになったといい、ガソリンのGRヤリスとほぼ同等の出力を得ている。

 エンジニアは、「まだまだ開発の余地があり、やりがいのある仕事」だという。世の中バッテリEVが注目される中、内燃機関エンジニアは意気盛んだ。

 次戦の岡山では、パワー&トルクはガソリンエンジン超えを実現し、燃費の向上にも手を付けていくという。短時間でアップデートしなければならないモータースポーツの世界で水素エンジンはますます開発が進んで行く。

日下部保雄

1949年12月28日生 東京都出身
■モータージャーナリスト/AJAJ(日本自動車ジャーナリスト協会)会員/2020-2021年日本カー・オブ・ザ・イヤー選考委員
 大学時代からモータースポーツの魅力にとりつかれ、参戦。その経験を活かし、大学卒業後、モータージャーナリズムの世界に入り、専門誌をはじめ雑誌等に新型車の試乗レポートやコラムを寄稿。自動車ジャーナリストとして30年以上のキャリアを積む。モータースポーツ歴は全日本ラリー選手権を中心に活動、1979年・マレーシアで日本人として初の海外ラリー優勝を飾るなど輝かしい成績を誇る。ジャーナリストとしては、新型車や自動車部品の評価、時事問題の提起など、活動は多義にわたり、TVのモーターランド2、自動車専門誌、一般紙、Webなどで活動。