インプレッション

BMW「i3 本国仕様」

 アムステルダムの空港で我々を待っていたのは、ずらりと並んだ「i3」。充電をされた状態で2つのカラーのi3が待機しており、いつもながらBMWの演出は素晴らしい。

 今回の試乗に供されたのはEV(電気自動車)のi3で、モーター出力は125kW/250Nm。床下に搭載するバッテリーは360V/22kWhのリチウムイオンである。よく誤解されるがi3は一見FFに見えるがパワーコンポーネントをすべてリアに置いた後輪駆動であり、大きなトルクを発生するEVの発進時の挙動も優しい。

 i3が新しいのはEVだからだけではない。そのコンセプトが面白い。EVはバッテリー重量が重く、それだけでコンベンショナルな車両よりも200㎏以上重くなる。この重量増をカバーするために軽量化を図り、航続距離を伸ばすために既存のクルマ作りに捉われない新しい生産技術を開発した。BMWがこの設備に6億ユーロもかけたことからその本気度がうかがえる。生産はミュンヘンの近くになるランドシャットとディンゲルフィンゲンで行われるが、ランドシャットは試作工場で量産が軌道に乗った時点でライプチヒの量産工場に移管される。

 車台はアルミで形成され、後ろにモーターを、床下にリチウムイオンバッテリーを配置し、その上にカーボンコンポジットのボディーを乗せている。カーボンはご存じのように強度があり、しかも軽量。レーシングカーはすべてカーボンで形成されている。実はBMWはカーボンについては深い造詣がある。15年以上にもわたりMシリーズのカーボンルーフなどでその性質、技術を蓄積していた。サプライヤーへの依頼もしやすかったに違いない。使われる部位によってカーボンの編み方、厚さを変えて対応している。

 もちろん車台のアルミも軽量で、トータルで通常の素材を使うよりも200㎏以上軽くなり、バッテリーの重さを相殺している。ちなみにi3のEV仕様の重量は1195㎏とEVとしては驚異的に軽い。i3よりひと回り大きいリーフは1460㎏であることを考えるとi3がいかに軽量化に成功しているかが分かる。

BMW i3のボディー構造(2014 International CES展示モデル)

 充電は日本の場合はCHAdeMO(チャデモ)に対応し、右側のフューエルリッド状の蓋の下に充電口が収まる。ただ普通充電の場合はフロントリッド下のトランク内にソケットが配置されるようで、その場合は特設のリッドは付かないために、フロントトランクからケーブルが出る感じで充電することになる。

 ボディーはカーボンの車体に一部プラスチックを貼ったものだが、質感はBMWらしく表面の成形などが高い。インテリアもリサイクル可能な素材が使われており、ケナフ等の天然素材も多用されている。興味深いのはケナフ素材などの表面に何も貼り付けず、そのままの質感で環境への訴求を行なっており、面白い取り組みだ。

 i3のボディーサイズは全長3999㎜、ホイールベース2570㎜と意外と短いが、フロア下にバッテリーを置くレイアウトで室内を広く取るために全高は1578㎜と高い。日本の軽自動車のように背高だ。全幅は1775㎜で幅広いボディーは欧州車らしい。i3はRX-8のような観音開きの4ドア+バックドアで、フロントドアを開けてからリアドアを開けて後席に乗り込むスタイルを取る。後席は日本人には狭くはなく、シートの前後長こそ長くはないが、レッグルーム、ヘッドクリアランスともに十分に取れていて、フロントシート下にもつま先が入るので比較的余裕がある。窓は開かないもののキャビンは明るく作られている。

 ラゲッジルームも余裕があり、スーツケースなどの大きな荷物も積めるしリアシートを倒すことも可能だ。ちなみにラゲッジルームの床は高いがこの下にパワーコンポーネントがすべて収まる(レンジエクステンダー付の場合はそのエンジンも含む)。

 さて、室内に乗り込む時はバッテリーの関係でフロアが高いので、大げさにいえばミニバンに乗るようなイメージで乗り込むが、その代わり着座ポイントも高く、ノーズが短いことと相まって直前視界はかなりよい。ドライビングポジションも足が伸びるi3ならではのポジションだ。テストコースに設けられた極端に狭いハンドリングコースでMINIが切り返すような場面でもi3は躊躇なく一発で曲がることができた。視界のよさとともに2570mmのホイールベースに対して1571mm/1576mmのワイドトレッドのために小回りは効く相乗効果だ。

ドアは観音開きとなっている
シンプルで未来的なインテリア

 デザインでユニークなのは19インチの大径タイヤだ。と言ってもハイパフォーマンスバージョンではなく、155/70 R19というユニークなサイズで、装着タイヤは左右非対称のブリヂストン エコピア EP500を履く。これまでなかったi3の専用タイヤだ。試乗車のリアタイヤはオプション扱いの175/65 R19となる。さすがにBMWと言えどもi3にはランフラットタイヤにせず修理キットで対応している。

 スターターボタンはステアリングコラムから生えたシフトレバー?の根元にあり、Readyを表示させるが、EVの常でエンジン車と違って音がしないので音や振動では判断できない。レバーを捻ってDポジションにし、アクセルを踏んで動き出してからやっと走行できるモードに入っていることが分かる。パーキングブレーキも電気スイッチだ。

 アクセルの反応はなかなかシャープな味つけだが飛び出し感はない。電気自動車らしい発進トルクの髙さを感じさせるものだ。アクセルのストロークは長めで深く踏み込むと力強く、グングンと加速している。リーフでも体験したEV特有の平行移動していくような浮遊感があって面白い。

 ちなみにバッテリーは電気の出し入れの度に科学反応を起こして熱を発生するが、i3ではバッテリーを水冷としているので温度は一定に保って、安定した性能を発揮することが出来るという。さらにセルを小さなボックスに最低限の余裕を持たせてギュッと閉じ込めて、膨張を最少にしていることもバッテリーの寿命を大幅に伸ばす要因だという。

 最高速は150km/hでリミッターが効くが、これもリーフ同様で、これ以上だと急速にバッテリーを消耗する。もともとEVは高速をあまり得意としていないが、振動の少なさと静けさはついクルージングを続けていたい気持ちにさせてくれるほど快適だ。

 ハンドリングは低重心の為に全高が高い割にはロールが少なく軽快なフットワークを見せる。スパンの短いスラロームでも回頭性が高く、ハンドルの切り返しでも揺り返しが小さく容易にクリアできる。この低重心による旋回性能のよさはリーフで経験済だが、リーフの場合は左右トルクベクトリングを行なっているがi3ではそこまでは介入していないようだ。しかし持前のBMWらしく拘ったシャーシ性能はなかなか、カッチリとしておりシャープで安心感がある。いわゆるボディー剛性も高く、カッチリしておりここでも手を抜いていない。ハンドルの操舵力は他のBMW車に近いもので、電動パワーステアリングも滑らかで、しっとりとしている。

 ブレーキに関して。タイヤの幅が155という狭いタイヤだが、大径で接地前後長があるので、面積は見た目ほど小さくはない。急制動を行なうとタイヤサイズに対して若干の重さを感じたが、制動力には不満はない。コーナリングブレーキなどはトライしなかったが、スラロームでタイヤのヨレなどほとんど気にならなかったことから、安定性は高いようだ。

 面白いのは回生ブレーキで、以前、MINI-Eに乗った時にアクセルから足を離すと急減速したことに驚いたと同時に、新鮮なドライビングテイストを面白がったのを思い出す。i3はそれ程強烈ではないが、それでも今あるクルマの中でも最も回生ブレーキが強力で、一概には言えないが、アクセルを離しただけで0.18Gほどの減速Gがかかる。もちろんブレーキランプが点灯するので、後続車をビックリさせることはない。これだけ強力な回生ブレーキがかかると大抵の場合はブレーキペダルに足が行くまでもなく停止してしまう。最初は戸惑ってもすぐにこの面白い回生ブレーキに慣れて、意外と楽に運転できることに気が付くだろう。

 動力性能は前述のように鋭い加速を味わえるが、BMWらしいのはi3にもドライブモードを選択できることだ。Comfort、Eco-Pro、Eco-Pro+の3つのドライブモードを選べるが日本では通常はComfortで走行することになるだろう。Eco-Proは出力制御と共にエアコンなども制限して電力を抑えるので、日本で湿気の多いシーズンや酷暑の時などは使いにくいかもしれない。動力性能に関してはEco-Proでも市街地で不便を感じる事はないし、フルに加速した場合はComfortと同じ出力カーブに戻る。Eco-Pro+はお助けモード。出力制御はもちろんだが、エアコンなども切ってしまい、LEDヘッドランプも危険のない範囲で電力を制限する完全に電力保存モードに入る。最高速も90km/hに抑えられる。いよいよ電欠しそうになったらEco-Pro+をセレクトして切り抜けるという寸法だ。当たり前だがComfortよりEco-Pro、さらにEco-Pro+では航続可能距離が伸びていく。

 乗り心地は硬めだが、細いタイヤを使っていることもあり特にゴツゴツした印象はなく、スッキリとしたダンピングと相まって快適な乗り心地だ。特に前述したように電気モーターは振動がなく、音も回生音ぐらいしか目立たないので疲れが非常に少ない。パワートレーン系の音が静かな半面、ロードノイズが目立つが、これとてそれほど耳障りにはならない。一見小さく見えるリアシートにも比較的長距離を乗ったが、疲労は少なかった。

 気になる航続距離はBMW独自の現実的な測定方法で約160km、伸ばせば200km以上走行可能と言う。実際にアムステルダムで高速道路も含めて走り回った感じでは、160kmを目安としてマージンを持って航続距離を計算した方がよいようだ。意外と伸びるというのが印象だ。さらに2気筒のガソリンエンジンをレンジエクステンダーとして搭載したバージョンは300kmの航続距離があるという。

 そして何よりも、i3にもBMWの“駆け抜ける歓び”というメーカータグラインの精神が脈々と流れていたことが嬉しい。

日下部保雄

1949年12月28日生 東京都出身
■モータージャーナリスト/AJAJ(日本自動車ジャーナリスト協会)会長/12~13年日本カー・オブ・ザ・イヤー選考委員
 大学時代からモータースポーツの魅力にとりつかれ、参戦。その経験を活かし、大学卒業後、モータージャーナリズムの世界に入り、専門誌をはじめ雑誌等に新型車の試乗レポートやコラムを寄稿。自動車ジャーナリストとして30年以上のキャリアを積む。モータースポーツ歴は全日本ラリー選手権を中心に活動、1979年・マレーシアで日本人として初の海外ラリー優勝を飾るなど輝かしい成績を誇る。ジャーナリストとしては、新型車や自動車部品の評価、時事問題の提起など、活動は多義にわたり、TVのモーターランド2、自動車専門誌、一般紙、Webなどで活動。