レビュー

【スタッドレスタイヤレビュー】横浜ゴム「アイスガード 6」搭載技術を再確認。開発中のランフラットスタッドレスにも試乗

TTCHの新施設「屋内氷盤試験場」も走行

 一定の周期でモデルチェンジを繰り返し、必ずと言っていいほど性能アップを体験させてくれるのがスタッドレスタイヤだと常日ごろ感じている。そんな最新モデルがいかにして進化して登場してくるのか? 今回はその過程を横浜ゴムが体験させてくれるという。

 そもそも日本のスタッドレスタイヤはかなり特殊な状況で使われている。雪道もあれば凍った路面もあるのはもちろんのこと、それらが溶け出す水膜が浮いた状況をどう駆け抜けるかも見ておかなくてはならない。いっそのことマイナス数十℃の極寒であれば話は簡単なようだが、0℃付近の路面状況があるだけに難しさが出てくるのだ。それでいて降雪量は多く、交通量も多い。交差点付近を例にとれば、行き交う多くのクルマが発進や停止を繰り返すことで磨かれて、雪が押し固められたり、新雪が飛ばされることでアイスバーンが露出。そこが溶けたり凍ったりを繰り返すのだからタチがわるい。世界的に見ても特殊で過酷であるという所以はこのあたりにあるのだ。

 そこで重要になってくるのがスタッドレスタイヤに採用されているゴムの存在だ。ミクロの水膜を除去するために、横浜ゴムの場合、ゴムには気泡のような「新マイクロ吸水バルーン」や、「エボ吸水ホワイトゲル」と呼ばれる水路があり、そこが氷の表面に浮いている水を吸い上げることで、氷とゴムを密着させている。ゴムが氷と密着する力を凝着摩擦力と言うが、それを高めるには、単純に言えば接地面積を増やすほうが有効。今発売中の横浜ゴムのスタッドレスタイヤ「アイスガード 6」は、前作に比べてタイヤの接地形状を見直している。平たく言ってしまえばラウンドしていたものを、スクエアな方向へと改めることで、その凝着摩擦力を稼ぐ作りに変更されたのである。

2017年9月に発売されたスタッドレスタイヤ「アイスガード 6」
試乗会は北海道旭川市にある横浜ゴムの「北海道タイヤテストセンター(Tire Test Center of Hokkaido=TTCH)」で実施。1月末に開設された新施設「屋内氷盤試験場」は風や雪の影響を受けずにタイヤの氷上性能がテスト可能。側面の両サイドの高い位置にヒーターを備え、室内温度を上げて路面の氷が溶けた状況も作り出せる

“スリック版スタッドレス”で「プレミアム吸水ゴム」の進化を体感

 一方でトレッド面に含まれているゴムについても変化がある。それは合成シリカの含有量、そして配合の仕方が改められたというのだ。シリカはカーボンブラックと混ぜて使われるが、シリカの含有比が増えれば増えるほどウエット性能は高まる。すなわち、親水性が高いのだ。また、エネルギーロス低減にも役立つことから、低燃費タイヤにも採用されるようになってきた。これはゴムが変形しやすい特性を持つ一方で、元に戻りやすいという特性もあるから。カーボンだけの場合、変形しにくいだけでなく、もし変形した場合は元に戻りにくい。

シリカやカーボンブラックの配合を変えたゴムのサンプルを使い、実際にゴムのしなやかさや変形しやすさなどを体感

 シリカ(=二酸化ケイ素=SiO2)はケイ素と酸素が結合した化合物。天然にあるものだと石英(クリスタル)、それが粉々になったものを硅砂(ガラスの原料、シリカの原料にもなる)がある。これらは地球の表面部分に存在比率が高く、使いやすいというメリットもあるらしい。そのシリカがタイヤに使用されはじめたのは1970年代のこと。だが、使い方はかなり難しい。それは原料の練り方や加工の仕方は無限に存在しており、最適解を見つけることは困難を極めるそうだ。親油性が高いカーボンブラックといかに結合させ、そしてまんべんなく配合するか否か。ここが性能のカギとなる。シリカはダマになりやすく、そうなればエネルギーロスを生んでしまうし、しなやかさを持たせてグリップを発揮することもできない。いかにして混ぜるかは、そう簡単ではないようである。横浜ゴムではシランカップリング剤やオレンジオイルを配合することでその難題をクリア。おかげで凸凹したアスファルトや氷でも密着することが可能となり、凝着摩擦力を稼ぎ出すことに成功したのだ。

 これらを総称して「プレミアム吸水ゴム」と名付けられているが、そこに辿り着くためには140種類ものゴムを配合したのだとか。トライ&エラーを繰り返したからこそ、横浜ゴム史上で最も高性能なゴムが仕上がったということのようだ。

技術解説で紹介されたシリカとカーボンの関係性を説明

 それを手っ取り早く体験するために用意されたのが、アイスガード 6のゴムをトレッド面に載せたスリックタイヤである。雪の上でスリック!? と驚くばかりだったが、これが以外に食いつくから面白い。信じてもらえないかもしれないが、アイス路面であろうと、雪上だろうと、ある程度走れてしまうのだ。また、グリップ感もあり、操舵反力も出ているところが驚くばかり。縦方向も横方向も割とバランスしてグリップしていた。

同仕様の「プリウス」2台に、「アイスガード 6のゴム」と「ウインタータイヤ(V905)のゴム」を使ったスリックタイヤを装着して比較試乗。フェンダー脇に赤い三角形のステッカーが付いている車両が「アイスガード 6のゴム」装着車
これから雪上や氷上を走るとはとても思えない完全なスリック状態。日ごろはこの状態から試作段階のトレッドパターンを施し、テストでパターン性能を確認するベースとして使われているのこと
「アイスガード 6のゴム」はトレッドパターンがなくても驚くほどバランスよくグリップ

 比較用として欧州向けウインタータイヤ(V905)のゴムを載せたスリックタイヤにも試乗した。このゴムには吸水バルーンや吸水ホワイトゲル、そしてシリカの増量は行なわれていない。それが理解できるのか心配だったが、走ればグリップ感は薄く、氷上の制動では制動が甘く、さらにリアが横方向に暴れる動きを示している。スノー路面では操舵角も増えているし、旋回速度も先ほどに比べれば低い。ゴムの違いだけでもこれだけ変化があったのだ。

屋内氷盤試験場の氷上で制動力の違いをチェック
トレッドパターンがない「ウインタータイヤ(V905)のゴム」はグリップ感が薄く、ゴムの違いによる差を体感

優れた性能はトレッドパターンとゴムを組み合わせて達成している

トレッドパターンの差を体感するために用意された、「アイスガード 5 プラス」装着車(左)と、「アイスガード 5 プラスのゴムにアイスガード 6のパターンを載せた」タイヤの装着車(右)

 スタッドレスタイヤのもう1つの大切な部分はやはりトレッドパターンである。ゴムの説明でも触れたとおり、接地面積を増やせば増やすほど氷の路面では凝着摩擦力が向上する。だが、それは溝面積比率を小さくすることに繋がってしまう。すると何が起こるかといえば、溝からの排雪性、そして溝で踏み固めた雪を排出する時に生じる力である雪柱せん断力が低下することに繋がってしまう。これは溝が多く、深い場合に増加する傾向がある。すなわち、雪と氷で背反するわけだ。これをいかにバランスさせるかというところに難しさがある。ただし、氷の路面ならスリック状態がいいかといえば答えはノーだ。エッジによる引っ掛かりは氷に対しても有効であり、それを持たせることで滑りに抵抗することも可能。細かく刻まれたサイプは氷に浮いている水を吸い上げる効果があり、それがあるからこそゴムが吸い付くようになる。サイプはブロックの倒れ込みが懸念されるが、今はサイプ内にサイプ同士が支えあう3次元サイプが採用されることで、制動時などでも接地を確保できるように考えられた造りになっている。

トレッドパターンにおけるエッジと設置の関係性を説明するスライド資料

 だからこそスタッドレスタイヤのトレッドパターンは複雑怪奇なのだ。接地させながらもエッジは欲しく、一方で接地面積は拡大したいという要求もあるからだ。アイスガード 6では、旧型比でエッジを24%増加。接地面積についても8%増やしている。ちなみに横浜ゴムでは氷上特化型の「アイスガード・エボリューション」(IG01)が存在していたが、それは接地面積を極端に増やし、溝エッジを少なくすることで氷上性能を引き上げている。だが、溝面積が少ないことから、ウエット性能では劣るという結果が出ている。トレッドパターンの違いで特性が大きく変化する証明といっていい。

 今回は「アイスガード 5 プラス」と、アイスガード 5 プラスのゴムにアイスガード 6のパターンを載せたものを比較試乗した。するとアイスガード 6のトレッドパターンは氷上の制動感に引っ掛かりが生まれ、停止距離も短くなっていることは明らかだった。だが、対して雪上になった場合、初期応答こそ優れるものの、大舵角を与えるようなシーンになった場合にスライドが大きく感じた。横浜ゴムのテスターによれば、スラローム程度の旋回であれば横滑りに対しては強い傾向があるとのことだったが、やはり全てが向上するというものではないというのが正直な意見だ。アイスガード 6の優れた性能は、トレッドパターンだけでもなく、やはりゴムとの組み合わせによって達成できたものだということがよく理解できた。

「アイスガード 5 プラスのゴムにアイスガード 6のパターンを載せた」タイヤを装着したプリウス
「アイスガード 5 プラス」を装着したプリウス

アイスガード 6は縦も横もきちんとグリップ

 そんなアイスガード 6の威力をより知るために、北米用のオールシーズンタイヤ「AVID Ascend」(S323)と、欧州ウインタータイヤ「BluEarth Winter」(V905)の装着車に乗り、アイスガード 6と比較してみることに。まずは氷上路面をオールシーズンタイヤで走り出す。すると、発進からしてやや気を遣うイメージがある。制動感についてもアイスガード 6に比べれば劣っており、クルマ1台分以上前に出てしまう。安心感はやはり低い。ウインタータイヤは意外ではあるがトラクションも制動もわるくなく、氷に引っかかってくれる感覚がある。だが、やはりアイスガード 6と比べてしまえば物足りなさがある。制動感、そして制動距離についてはオールシーズンよりも少しだけいいかな? という程度だった。

上からアイスガード 6、オールシーズンタイヤ「AVID Ascend」(S323)、欧州ウインタータイヤ「BluEarth Winter」(V905)の氷上制動

 ステージを変えてスノー路面を走る。ここで性能低下が最も感じられたのは、やはりオールシーズンタイヤだった。トラクション方向、そして横方向共にグリップ限界は低く、かなりの大暴れ。低い次元で全てが滑り出すからコントロールできなくはないが、スタッドレスの感覚が染みついている身としては心もとない。ウインタータイヤは縦方向のトラクションはそれに比べれば格段にシッカリとしているが、操舵した時の反応のなさが気になる。一方で、アイスガード 6は縦も横もきちんとグリップ。安心感はかなり高かった。日本のスタッドレスタイヤは、どんなシーンでも驚きの性能。スピードレンジは低いが、それ以外に気になるようなところはない。

アイスガード 6を装着した「ノア」のスノー路面走行
AVID Ascend(S323)を装着したノアのスノー路面走行
AVID Ascend(S323)のトレッドパターン
BluEarth Winter(V905)を装着したノアのスノー路面走行
BluEarth Winter(V905)のトレッドパターン

開発中のランフラットスタッドレスタイヤにも試乗

開発中のランフラットスタッドレスタイヤ「アイスガード 6 Z・P・S」を装着した「X3」

 最後は、現在開発中のランフラットスタッドレスタイヤ「アイスガード 6 Z・P・S」に試乗した。前後共に245/50 RF19サイズを装着。試乗車はBMW「X3」である。走り出すとフロントの応答がとにかくシャープであり、どこまでも路面を離さない感覚に溢れている。ランフラットということもあり、粘って食いつくような感覚は薄いが、シャキッとした応答性があればそれも許せる。まるで“スポーツスタッドレス”といった感覚だ。だが、リアについては粘りがないことが若干災いしている感覚で、発散方向に動きやすいようにも感じる。開発者によれば、前後同サイズのランフラットタイヤは、荷重が載りやすいフロントの応答性ばかりが引きあがる傾向があり、そこをどう納めるのかがポイントなのだとか。リアだけ太くできればその動きを納めることは簡単らしいが、標準で前後同サイズの車両もあるからそうもいかない。今後どのようにバランスさせてくるのか? ここが見どころとなりそうだ。

まるで“スポーツスタッドレス”といった感覚のアイスガード 6 Z・P・S。今後どのようにバランスさせてくるのだろうか

 このように車両とのマッチングも含めて開発を続けているスタッドレスタイヤは、ゴムからトレッドパターン、そしてケースの構造までをも吟味する必要がある。組み合わせは無限大と言っていい。だからこそ開発は難しく、困難を極めるのだろう。だが、地道に努力を続けている横浜ゴムならば、きっと次回作もまだまだ期待できるはず。進化をやめないその姿勢こそがそう思えるポイントである。

屋内氷盤試験場は大型のトラクターやトレーラー向けタイヤの開発にも利用されているとのことで、トラクターヘッドでの制動デモも行なわれた
試乗会の終盤に実施されたラリードライバーの奴田原文雄選手による同乗走行デモ

橋本洋平

学生時代は機械工学を専攻する一方、サーキットにおいてフォーミュラカーでドライビングテクニックの修業に励む。その後は自動車雑誌の編集部に就職し、2003年にフリーランスとして独立。走りのクルマからエコカー、そしてチューニングカーやタイヤまでを幅広くインプレッションしている。レースは速さを争うものからエコラン大会まで好成績を収める。また、ドライビングレッスンのインストラクターなども行っている。現在の愛車は日産エルグランドとトヨタ86 Racing。AJAJ・日本自動車ジャーナリスト協会会員。日本カー・オブ・ザ・イヤー選考委員。

Photo:安田 剛