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【ニュル24時間 2018】クラス優勝したスバル/STI 辰己総監督に聞く

「生き恥をさらすかもしれない。それでも戦う姿を見せ続けたい」

2018年5月10日~13日(現地時間)開催

 ドイツ ニュルブルクリンクで5月10日~13日(現地時間)にわたって開催された「第46回 ニュルブルクリンク24時間耐久レース」。スバルのモータースポーツ統括会社であるSTI(スバルテクニカインターナショナル)は、2008年以来、2018年で11年目の参戦となった。2018年は「WRX STI」で112周を走行し、総合62位、SP-3Tクラス優勝の成績を収めた。

 過酷なニュルブルクリンク24時間レースに挑む想いやマシンの特徴について、チーム総監督を務める辰己英治氏に話を伺った。


辰己英治総監督

――2018年の参戦車両となる「WRX STI」はどのような特徴がありますでしょうか。

辰己英治総監督:考え方の基本は、メーカーとしてなるべくファンの方が乗っている姿を維持したいというところで、部品はおおかた量産車と同じものを使っています。それに加えてレースで速くなるであろう工夫はこらしますが、サスペンションアームとかは全部ノーマルです。ノーマルパーツをそのまま。新たに作ったりしていなくて、フロントもリアもほとんど量産パーツを使って、その中でどれだけ速いというか、乗りやすいものができるか。そういうところに気を遣って作っています。

 スバル車はレースで使えるくらい性能的に満たされたもの。それを皆さまも乗っているんですよ、というところをアピールしたいので、ファンの方が見て「俺のクルマと全然違う」とならないようにしています。そのことも含めて、ショップで売っているようなものをそのまま付けるということはほぼやっていないです。ですから、ほとんどがスバルのベースの技術というところです。

 ここ(ニュルブルクリンク)にいる人たちも、スバルのディーラーメカニックもいるのですが、技術に関わる人はほとんどがSTIやスバルの社員です。そういう人たちが作業できるスバルの量産車で、レースカーとして満足な性能を得る。全く量産車と考え方は違わない。同じ考え方で臨んでいます。

ニュルブルクリンク24時間レース参戦マシン「WRX STI」はほぼノーマルパーツを使用。熟成された水平対向4気筒DOHC 2.0リッターターボエンジン「EJ20」型を搭載

――チームについて教えてください。

辰己総監督:量産車のチームとレーシングカーのチームは、はっきりと分かれていません。レース専門家は誰も居なくて、私は年取って暇だからレースやってますけど(笑)、ほかの人たちは普段は量産車を作って、設計して、実験している。そういう人の集まりです。私が1番年をとっていて経験があるので、私が監督でいるというだけなんです。他の人たちはレースシーズンでないときは全くやっていない。普段は量産車の開発をしている人たちは、レースが始まるとこのレースカーに携わるんです。

 ディーラーメカニックの方も、選抜されたすごく優秀なスバルのディーラーメカニックで、毎年6人のディーラーメカニックが来るのですが、選ばれてきているという自覚もあるし、初めてという緊張感がいい雰囲気を生みます。普通に考えると固定して同じ人が来た方が慣れていていいのではないかと、プロフェッショナルな集団にした方がいいのではないかという話もあるのですが、私はそう思っていません。かえって慣れていない人の方が真剣味や緊張感が常にあってその方がいい。慣れてくるとたいてい手抜きが始まる(笑)。これがよくない。

 STIやスバルの社員には慣れている人もいるのですが、慣れてくると「ここはこんなもので大丈夫」となってしまい、だいたい失敗する原因になる。常に新鮮な目でものを見ていくのは必要で、当然ベテランも必要なのですが、新しい人を入れていくと常に新鮮な目で見ることができて、そんな単純なことに気が付かなかったのか、という発見もある。慣れていると、どうせ大して走っていないからまだ大丈夫。と思ってしまう。でも、新鮮な人は時間があるのであれば見てみようかなと思って、不具合を発見することもある。

――どのような想いでレース活動を行なっているのでしょうか。

辰己総監督:レースの目標は当然勝つことなのですが、勝ってスバルがモータースポーツをやって、安心と愉しさをより高めていくのだということを、もっとアピールしていかなければいけません。ここで戦っている姿を見せることで、何のアピールポイントもないクルマを買ったのではなくて、ニュルブルクリンクであんなに活躍しているチームが作ったクルマに乗っているんだという満足が得られると思うんです。

 スバル全体がレベルアップするには、人がレベルアップしていかないといいものは絶対に生まれない。レース活動を通じて得られたものにより、マイナーチェンジやフルモデルチェンジのときには、全体的にレベルアップしてきているというのは実感していますし、やっぱり量産車も徐々に進化しています。

 こういう活動を続けていって、お客さまが「なんでスバルに乗っていたんだっけ?」とならないようにしたいのです。それに応えるために勝ちたい。当然レースなのでいろいろなことがあります。無様に負けてしまうような生き恥をさらすかもしれない。それでも表舞台に出て、戦う姿を見せ続けていきたいと思います。

マシンの状態をチェックする辰己総監督
決勝レース開始前、辰己総監督は真剣なまなざしをしていた

 濃霧による赤旗でレースが中断し、24時間まであと1時間30分を残して再開した後には、電気系のマシントラブルであわやリタイアかという場面もあった。しかし、24時間経過直前にトラブルを解決し、ギリギリのところでコースに戻り完走。WRX STIは2017年にアウディに奪われてしまったクラス優勝の座を奪い返した。

 決勝レース後の辰己総監督からは、ほっとしたような印象を受けた。


決勝レース終了後にほっとしたような表情を見せる辰己総監督

――今回のレースで得られたものはありますか? プラスになったことがあれば教えてください。

辰己総監督:富士のテストで非常にいい感触を得て、恐らく「NBRでもよい走りをするだろう」という淡い期待を見事に裏切る結果で、国内でのテストの重要性は理解しつつも、ニュルブルクリンクという特殊なサーキットでのレースは、とても甘くはないな、と今さらながら教えられました。今回の苦戦の原因はそのほとんどが初歩的な見落としの類で、やはり“木を見て森を見ず”の範疇で、反省点が実に多いです。

 論理的で正しいデータの積み重ねだけではやはり不十分で、人の「現場力」の不足を痛切に感じました。今回これを経験したことで、大きな人材の育成には繋がりましたが、次の戦いに向けてやるべきことは多いです。

 クルマのレベルが上がれば上がるほど、例えば富士では年々速く走れます。ところが、グリップレベルの高い富士で攻めれば攻めるほど、路面μの低いニュルの北コースで必要な性能を見失ってしまい、例えばブレーキ制動性能は全く違う結果が顔を出します。10年やっててもステージが上がるごとに、同じ考え方、同じ方向性でのクルマ作りでは間違いを犯すこともあります。そのようなことが現実に起こり、クオリファイングレース、テストデイの中で徐々に修正し、24時間レースにギリギリ間に合いました。

 そんなこともあり、毎年勉強させられるし、それに伴って技術の進歩、人間の対応能力も並行して上がればいいのですが、未だに試行錯誤が続いています。

 今回のレースでの技術的成果として、AWDは元々持っているスバルの技術ですが、この能力をフルに活かすと、まだまだ可能性があると実感しました。これまではAWDの優位性に少し甘えがあり、走りはシャシーチューニングに頼ってきた傾向がありましたが、やはり壁に突き当たります。

 新たにセンターデフのLSD機能をセットアップに加えたことで、グランプリコースからグリップの低い北コースまで、ドライバーに安心感を与えつつ速いセットができたことは、雨の中での走りはもちろん、ドライ路においても大きな武器となりました。これは来年に向けてさらに進化を遂げられるであろうと確信が持てました。

――今後、ニュルブルクリンク24時間レースで試してみたいこと、チームの抱負などあれば教えてください。

辰己総監督:やはり、スバルとSTIが最も得意とする「量産技術」「量産車のノウハウ」で戦える場だと思うし、その力をここで試していきたい。まだまだ決してやりきった感は無く、「われわれはもっとできるんじゃないか?」と常に思っています。

 事が起きたとき、または起きる直前に問題点を察知、もしくは事前の対処ができる「現場力」の高い人間を育てて、スバルとSTIの技術力と相まって、お客さまの信頼、安心感、ブランドを高めることに寄与できる活動にしていきたいです。

 また、SUPER GTのGT300クラスに参戦しているBRZのパワートレーンをWRX STIに搭載して、総合優勝を狙えるクルマで戦ってみたいと思います。不可能とは思いませんが、時間とコスト、人材の招集、課題は多いです。夢ですね。

――最後に、ファンに向けてメッセージをお願いいたします。

辰己総監督:スバルとSTIが持つ技術力の向上、人材育成に全力を挙げ、レースの場でもわれわれの持つAWD技術、シャシー技術をさらに磨くことで、皆さまに安心と信頼を与えられると信じ、このニュルブルクリンクでの戦いは継続されます。

 こういったレースの場での勝利こそ、お客さまが自分で信じ、選んだクルマの価値を上げ、誇りが持てることに繋がる。レースは開発の場でもありますが、やはり勝利する姿を見せたい、と願って戦い続けたいです。