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トヨタ、「2014年WEC TOYOTA Racing活動報告会」開催

2015年は念願のル・マン制覇へ

2014年12月11日開催

トヨタ自動車のTS040 HYBRIDは母国GPとなる「FIA WEC 6 Hours of FUJI」でも優勝し、マニファクチャラーズチャンピオンとドライバーズチャンピオンを手中に収めた
マニュファクチャラーズチャンピオンの証として贈られたトロフィー

 トヨタ・モーターセールス&マーケティング(TMSM)は12月11日、東京都千代田区の紀尾井クラブで「2014年WEC TOYOTA Racing活動報告会」を開催した。出席者はトヨタ自動車 ユニットセンター副センター長 嵯峨宏英氏、トヨタ自動車 モータースポーツユニット開発部長 村田久武氏、TMG(TOYOTA Motorsport GmbH)社長 木下美明氏、TMSM モータースポーツオフィス シニアディレクター 高橋敬三氏の4人。

トヨタ自動車 ユニットセンター副センター長 嵯峨宏英氏

 トヨタ自動車は1997年に初代プリウスを発売して以来、継続してトヨタハイブリッドシステム(THS)と呼ばれるパワートレーンの開発を進めている。2003年に登場した第2世代プリウスでは低燃費という部分だけでなく、クルマの本来の魅力である走る楽しさも実現するTHSIIとなり、第3世代プリウスではさらに性能に磨きをかけた。

 このTHSは市販車向けだけではなく、次世代のレーシングマシンのパワートレーンとしても開発が行われていて、2006年にはレクサス GS450hで十勝24時間レースに参戦。2007年にはSUPER GTに参戦していたスープラをベースに、レース専用ハイブリッドシステムを開発して同じ十勝24時間レースに出走した。エンジンはSUPER GT仕様そのままのV8 4.5リッターエンジンで、そこにモーター/ジェネレーターユニット(MGU)とキャパシタを追加。さらに前輪にはインホイールモーターを搭載し、4輪での回生発電を実現させていた。

 ちなみに、市販されている量産ハイブリッドカーはストップ&ゴーが多い市街地走行は得意だが、高速走行時は相対的に効率が落ち、燃費向上のメリットを得にくい部分がある。それだけに高速域からの急減速を繰り返すサーキットでのレースにおいて、その減速時に発生する大きなエネルギーを瞬時に回収できる技術が確立できれば、その技術を使って低速域から高速域まで効率の高い量産ハイブリッドカーが作れるようになる。ここにレースシーンでハイブリッド技術を鍛える意味があるのだ。

2006年のレクサス GS450h
2007年のスープラ HV-R

 続いてトヨタが挑戦の舞台として定めたのがWEC(FIA世界耐久選手権)だった。ここで投入したマシンがトヨタ TS030 HYBRID。エンジンは専用開発した3.4リッターのV型8気筒 自然吸気エンジンで、このエンジンは量産ハイブリッドカーが搭載する高効率エンジンを上まわる熱効率を実現する。また、エンジン重量も2013年までのF1用エンジン(V型8気筒2.4リッターで95kg)並みに軽い約100kgに抑えている。このエンジンに組み合わせるのが「THS-R」というレース用ハイブリッドシステムで、エンジンとギヤボックスの間に220kWのデンソー製MGUを搭載。減速時にMGUで回生発電した電気エネルギーを日清紡製のキャパシタに蓄える。このキャパシタは水冷式で最適な温度に保たれ、電気のやり取りにはデンソー製のインバーターを使用している。2013年モデルは2012年の仕様を基本的に受け継ぎ、効率の向上と制御の精度を高めていた。

2012年デビューのWEC参戦マシンである「トヨタ TS030 HYBRID」
2014年仕様のWEC参戦マシンである「トヨタ TS040 HYBRID」

 そして2014年、トヨタレーシングはレギュレーションの改定にあわせてTS040 HYBRIDをデビューさせた。エンジンは3.7リッターのV型8気筒 自然吸気エンジンで、前後ホイールにMGUを組み込んだ4輪駆動となっている。このマシンは2014年のWECでシーズン全8戦中、開幕2連勝と後半戦3連勝という強さを発揮し、LMP-1クラスでマニファクチャラーズチャンピオンとドライバーズチャンピオンの両方のタイトルを獲得した。

TMG(TOYOTA Motorsport GmbH)社長 木下美明氏

 その強さについての解説とレースでのエピソードはTMG 社長の木下氏から語られた。2014年のレースはシルバーストンサーキット(イギリス)から開始されたが、木下氏からは「このレースはやってほしくない」という言葉が出た。その理由は、トヨタレーシングが最大の目標にしているのはル・マン24時間レースで、会場となるサルテサーキット(フランス)は空力的にローダウンフォース仕様のセットアップとなる。しかし、シルバーストンサーキットはハイダウンフォース仕様となり、第2戦の開催地であるスパ・フランコルシャンサーキット(ベルギー)はローダウンフォース仕様。理想としては、ル・マンまではすべてのレースでローダウンフォース仕様に集中したい、そんな意味からの「やってほしくない」なのだ。

 これとは別に、シルバーストンでは非常に緊張したという。開幕戦であるシルバーストンに先駆けて2月に合同テストが行われるが、そこからル・マンまでは約4カ月の期間がある。それだけインターバルがあれば新しいパーツの開発は可能なので、手の内を見せないために合同テストでは新しいパーツを使わないケースも多い。トヨタレーシングも区間タイムが分からないように燃料満タン搭載や、中古タイヤでテストをしたということだ。そしてライバルであるアウディも同様に本来の姿を隠していた。となると、シルバーストンで初めて各車両の戦闘力が明らかになる。2014年初戦に行われたプラクティスの走りを見て、木下氏はTS040 HYBRIDの速さを確信。それと同時に、アウディのマシンに対して「空力の狙い値を外したな」という印象を持ったという。

 その理由として、ディーゼルエンジンを搭載するアウディは、2014年のレギュレーション改定で2013年に比べて約60PSのパワーダウンになっているが、そのぶんの高速セクションの遅さがそのままタイムに出ていたのだ。結果的に、レースではトヨタレーシングが1位、2位をゲットしている。

 第2戦のスパでは、ル・マン用のローダウンフォース仕様を投入。レースでは高速セクションはトヨタとポルシェが速く、低速セクションはアウディという状況だったが、結果はトヨタレーシングの2連勝であった。

開幕戦のシルバーストンまではライバル各車の実力は分からない。それだけに極めて緊張したというが、フタを開けてみるとTS040 HYBRIDの速さが光りワンツーフィニッシュ

 ここで木下氏からTS040 HYBRIDの空力について解説された。下の写真にも記載されているが、TS040 HYBRIDは高速域でフロントに640kg、リアに810kgのダウンフォースを得ることが可能になっているが、これはブレーキングやコーナーリング、そして車速の違いがあっても前後バランスが崩れないようなセッティングになっているという。車速が落ちればもちろん荷重自体は減るが、前後のどちらかだけが大きく減るという状況にならず、前後が同じ比率で荷重が変化する。300km/h以上で走るレースカーの場合、速さを得るには空力とタイヤが重要で、サスペンションは“どこか間違いのないところに付いていればよい”というレベルで、空力こそ重要なポイントであると説明された。

TS040 HYBRIDは空力バランスに優れたクルマで、ハイダウンフォース仕様とローダウンフォース仕様のどちらも完成度が高い。これが今年の速さに大きく貢献したという。この図にある荷重は280km/h前後で受けるダウンフォース量とのこと。この前後バランスはブレーキング、コーナリング時も変化しない設計

 続いて印象的なレースについても解説された。第3戦のル・マンでは7号車がレース中盤までトップを走っていたものの、トラブルによりリタイアとなったが、トラブルが出る少し前に、このまま走りきれば優勝できることを確信したチームは7号車に対してペースを抑えるように指示を出していた。ところがそのあと、フロントモーターの電流量をチェックするセンサーからの信号がピットに設置しているテレメーターに届かなくなった。その異常を確認するためピットインしたが、その時点では信号が復帰したのでセンサーはチェックせず、ドライバーチェンジをしてピットアウト。ところがそのあとにまた不具合が再発し、結果的にそのセンサー部が異常加熱して出火。これがリタイアの原因だったことも明かされた。

 第7戦のバーレーン国際サーキット(バーレーン)では、順調にいけばここでマニュファクチャラーズ&ドライバーズの両タイトルが決まると期待されていたが、8号車にトラブルが出て優勝を逃したため、ドライバーズタイトルのみを獲得。このトラブルについてはオルタネーターが原因だったことが語られた。

 そして最終戦、インテルラゴスサーキット(ブラジル)で日本メーカー初となるWECのマニュファクチャラーズチャンピオンを獲得した。ただ、非常に喜ばしいはずのこのレース終了後、なぜかチームスタッフはみんなガッカリしていたという。その理由は、このレースで勝つことに大きな意味があったからだ。サンパウロにあるこのコースは標高が高いため、自然吸気エンジンのTS040 HYBRIDは通常時より50PSほどパワーダウンをする。

 それに対してアウディ、ポルシェはターボエンジンなので顕著なパワーダウンはない。そのため、今シーズンのTS040 HYBRIDの飛び抜けた速さもここでは発揮できず、三つどもえのバトルになることが予想されていた。それでもレースではTS040 HYBRIDが強く、6時間のレースのうち5時間が経過した時点で、トップのポルシェに対して12秒差まで追い詰めていた。ニュータイヤに交換後ということで、ゴールまでに十分にオーバーテイクできる計算だった。ところが、もう1台のポルシェがクラッシュしてセーフティーカーがコースに入る。これでタイム差がなくなり真後ろに着いたので、レースが再開されればコーナー数個で抜けるという状況だったが、結局、ゴールまでセーフティカー先導は続き、2位のままゴールとなった。勝てそうなレースをそんな理由から落としたことで、チームのみんながガッカリしたというわけだ。

 これで堂々のマニファクチャラーズタイトル獲得となったので、現場では賞賛の声を多く掛けてもらったが、このレースは本当に勝ちたくてチーム一丸で準備してきただけに、「おめでとうの声を聞いてもおめでたい気分になれなかった」という。そのため、マニファクチャラーズタイトル獲得の記念撮影時、ガッツポーズのリクエストにみんなで応えたが、あとから写真を確認すると、ガッツポーズに元気がないように見えたという。

最大の目標にしていたル・マンでは惜しくもよい結果が出なかったが、それ以降はシリーズチャンピオン獲得に目標を定めて戦った
ドライバーズチャンピオンはアンソニー・デビッドソン、セバスチャン・ブエミの両選手が獲得
日本メーカーとして初めてWECでマニュファクチャラーズチャンピオンに輝いた
シーズン後のパーティで、木下氏に対して年間MVPが贈られた。普通ならドライバーに贈られる賞なので不思議に思っていたが、その理由は「勇敢な行動に対して」とのこと。トヨタはどのメーカーもハイブリッドカーでのレースを考えていないころからハイブリッドカーでレースに取り組んでいたことが「勇敢だった」と評価されたという

 日本のメーカーがWECの年間タイトルを獲得したことは大きなニュースになったが、同時になぜこの大事なレースに、それまでもTS040 HYBRIDをドライブしてきた中嶋一貴選手が乗らなかったのか?ということが疑問だったが、その真相も明かされた。

 日本人がブラジルに入国するためにはビザが必要で、ビザを取得するにはブラジルのレース主催者が発行するインビテーションレターが必要になる。しかし、発行されたインビテーションレターは内容がポルトガル語で書かれており、関係者のなかに何が書かれているか読める人がいなかった。内容が分からないインビテーションレターを持って日本にあるブラジル大使館にビザの申請に行ったところ、なんと許可が出なかったのだ。

 疑問に思って調べると、レース主催者から送付されたインビテーションレターには「入場料を取らないボランタリーイベントに参加するからツーリストビザを出してほしい」と書かれていたことが判明。WECは興業レースなので短期ビジネスビザが必要で、この文面ではそれが発行できないという。そこで主催者に再度インビテーションレターを申請したが、新たに届いたものも同じ内容。これで時間切れとなり、中嶋選手はブラジルに行くことができなかったと明かされた。

 そんな裏話を語った木下氏はここでマイクを置き、続いてTMSMの高橋氏からトヨタレーシングのマーケティング活動の方向性が紹介された。

TMSM モータースポーツオフィス シニアディレクター 高橋敬三氏

 2014年のWECは、ポルシェの参戦でより華やかなレースになったことに加え、アウディ、ポルシェ、そしてトヨタの3社がそれぞれ異なるハイブリッドシステムを使うなど、技術的な興味や話題性が高かったことから、観戦者の動員数などすべての面で2013年を上まわる結果になった。

 そしてマーケティングの視点から「なぜWECに参戦するのか」について説明されたが、これにはまず2本の柱があるという。1つはハイブリッド技術を進化させて「もっといいクルマづくり」をすること、そしてもう1つは、レースを通じてハイブリッドカーの速さや次世代レース車ならではの新しい戦い方を感じてもらうことで「クルマのファンを作る」ことである。

 この2本の柱に対して、2014年は「より広く」「より楽しく」というテーマを追加。主な活動内容は、イベントでのレースカー展示やCGを用いたTS040 HYBRIDの解説、オンボードカメラ映像で感じてもらう速さとハイブリッドカーならではサウンドを聞いてもらうことなど。さらに富士スピードウェイで開催されたWEC 第5戦 富士6時間レースでは応援シートを設定し、ル・マンではパブリックビューイングを開催。海外でも各国のモーターショーなどに参加して、トヨタレーシングについて多くの人に知ってもらうための活動を行っていることが報告された。

2014年は観客数、取材参加者、WEBでのレース観戦数など、すべての項目で2013年を上まわった
WEC参戦の狙いは「もっといいクルマづくり」と「クルマファンづくり」だった。それに追加してTMSMは、もっと広く知ってもらうこと、そしてより楽しんでもらうことを目標に活動している
トヨタ自動車 モータースポーツユニット開発部長 村田久武氏

 最後にマイクを持ったのはトヨタ自動車 モータースポーツユニット開発部長の村田氏。技術開発の振り返りについて報告があったが、技術に関しては話題が多すぎるので、今回は事前に用意された質問に答えるスタイルで進行した。

 最初の質問はレギュレーションについて。2013年はハイブリッドシステムのよるアシスト上限が3.5メガジュールだったが、今シーズンは8メガジュールのフルブースト(トヨタではストロングハイブリッドと呼称)に上げられるようになった。ただ、これは車重との兼ね合いがあったので、TS040 HYBRIDは6メガジュールを採用しているとのこと。また、今シーズンは“レース業界始まって以来の画期的なレギュレーション変更”と賞賛する新ルールも適用されている。それは「エンジンの出力制限」について。これまではリストリクターと呼ばれる吸気量の制限装置によって出力制限を行ってきたが、これを使う場合でも、燃調を濃く(燃料を多く)することでパワーを出すことも可能だった。しかし、これは市販車とはまったく違う手法であり、レースは走る実験室と言いながら、レース業界は市販車から離れる方向に進んでいた部分も持っていたとのこと。

 それに対して今年は、1周走るためのガソリン量に上限が設けられ、吸気量はフリーに変更された。つまり、少ない燃料を大きなパワーに換えるという高効率エンジンの開発が求められたわけだ。これは市販車作りの方向性とまったく同じなので、「ようやく本当の意味での走る実験室になった」という感想とのこと。この規定に対応して開発を進めたTS040 HYBRIDのエンジンは熱効率40%以上を達成しているという。ちなみに、トヨタの市販車の最高レベルが熱効率38%なので、レースエンジンのほうが熱効率が優れるという状態になっている。

 2つ目の質問はライバル車との違いについて。ここでもまず挙げられたのはエンジンが優れているという点。500PSを超えるパワーを発生する3.7リッターのV型8気筒 自然吸気エンジンは重量が100kg、そして前出のとおり熱効率40%というスペックは非常に高度で、ハイブリッドカーというと電気的な分野ばかり持てはやされるが、このエンジンについてももっと注目してほしいとのこと。もう1つのポイントは、ブレーキング時のスタビリティについて。TS040 HYBRIDはドライバーが踏みたい力でブレーキを踏んだときに、ブレーキの制動力、モーターの回生発電、ギヤボックスのシフトダウンタイミングなどがスムーズに発揮されるようなシステムが完成させてきた。そのため、アウディやポルシェのマシンより深い位置でブレーキングできるという強みを持っているのだ。ここもTS040 HYBRIDの大きな特徴でありながら、各メディアで取り挙げられていない部分であると語られた。

 TS030 HYBRIDからTS040 HYBRIDへの進化における走らせ方の変化については、TS040 HYBRIDはフロント、リアの2つのモーターにエンジンを加えた3つの動力源を、レース中にどう使いこなしていくかが課題になったという。トヨタではこれを「統合制御」と呼んでいるが、サーキットに行く前にこれを徹底的にシミュレート。いくつかのパターンを選び出し、それを実際に走らせてテストを繰り返したという。その結果が今年の速さと強さに結びついている。

 このように、シーズン中には語られないような部分まで明かされた報告会だったが、そこはチャンピオンを獲得した余裕が見られた。終始、和やかなムードで進行し、トヨタ側の出席者には笑顔が多く見られた。

最後はTMCの村田氏による技術開発の振り返り。Q&A方式で行われ、クルマ作りから戦略などの細かい部分まで解説。それぞれの発言者が熱心に語ったことで予定終了時刻を大きくオーバーしたが、それでも笑顔が絶えない報告会だった

 トヨタのWEC参戦は2015年も継続される予定で、次こそ念願であるル・マン制覇を達成したいという言葉で報告会は締めくくられた。

【お詫びと訂正】記事初出時、木下美明氏と高橋敬三氏の写真が逆になっておりました。お詫びして訂正させていただきます。

(深田昌之)