インプレッション

フェラーリ「488 GTB」(公道試乗)

「458 イタリア」の後継

 世界に冠たるスーパースポーツカー・ブランド「フェラーリ」。創立以来のF1に対する弛まぬ情熱。プロダクション・モデルでさえ“工芸品”と称するのが相応しい、比類なき美しいルックス。そして、数々の伝説を生み出してきた突出した走行性能……等々と、かくも圧倒的なブランド力を確立させるためには、幾多の理由が存在してきたことは言うまでもないだろう。

 F1参戦への資金を得るために“やむを得ず”市販モデルを手掛けている――かつてそう囁かれたほどのカリスマ性からは、昨今はさすがに一歩身を引いたと感じられるのは事実。だが、それでも現在でもシャシーからパワートレーンまでを一貫して手掛けるフル・コンストラクターとしてこだわるF1マシンを含めて、このブランドから放たれるすべてのモデルに、他のブランドの作品とは比べ物にならない色濃いストーリー性が備わっていることは間違いない。

 ここに紹介する最新モデルの「488 GTB」も、将来的には伝説化されていくであろう、そうした中の1台。2015年のジュネーブ・モーターショーで初披露の後、日本でも発表されたこのモデルは、3000万円を超えるいかにもフェラーリ車らしいエクスクルーシブな価格が与えられて、いよいよ日本の道を走り初めた。

 この488 GTBが2009年秋に発表された「458 イタリア」をベースとしたモデルであることは周知の事実。実際、いかにもスーパースポーツカーらしい流麗でスピード感に溢れたスタイリングの基本イメージは、どちらのモデルにも共通したものだ。

「488 GTB」のボディサイズは4568×1952×1213mm(全長×全幅×全高)、ホイールベース2650mm。乾燥重量は1370kg。価格は3070万円
フロントまわりでは搭載する2基のラジエターに冷却空気を取り込むデュアル・グリルが特徴的。リアエンドでは大型のディフューザーが目を引くほか、テールパイプは左右2本出しを採用。488 GTBの前後重量配分はフロント41.5:リア58.5。20インチのアルミホイールにフロント245/35 ZR20、リア305/30 ZR20のミシュラン「パイロット・スーパースポーツ」を装着する

 一方で、ディテールに目をやると、実は意外なほどに異なる部分も少なくないことに気が付く。例えば458 イタリアの大きな特徴であったセンター3本出しのテールパイプは、488 GTBではよりオーソドックスな左右2本出しのデザインに改められているし、フロントビューやサイドビューでは、488 GTBの方がさまざまな部分の開口部が拡大されていることが目立つ。ホイールの形状やランプ類のグラフィックに新しいアイデアが採用されるのは、フェラーリ車に限らずいわば「マイナーチェンジメニューの定番」でもある。

 また、空調吹き出し口と一体化されたスイッチクラスターや、センターコンソール上のシフトセレクターのテザインなどが新しくされたインテリアに目をやると、これが単なるマイナーチェンジではなく、新規のモデルだと謳いたくなるのも分からないではない気持ちになってくる。

インテリアでは、ダッシュボードにジェット戦闘機のエアインテークからヒントを得たエアベントを装着。センターコンソールのコントロール・ブリッジに並ぶ「LAUNCH」「AUTO」「R」のボタンでギヤ選択を行なう。多機能なステアリングには「WET」「SPORT」「RACE」「CT OFF」「ESC OFF」という走行モードを選択できるスイッチも
メーターの表示例

 しかし、そんな見た目の変更ポイントなどよりも、この両者を見比べた多くの人が気に掛けるのは、458 イタリアのそれから“フルモデルチェンジ”が図られた、シート背後に搭載される心臓部であるに違いない。

 458 イタリアに積まれたV型8気筒4.5リッターユニットに対し、488 GTBは同じくV8デザインを踏襲しながらも、3.9リッターへと排気量を縮小。それでいながら、最高出力は578PSから670PS、最大トルクは540Nmから760Nmへと大幅に引き上げられている。これはもちろん、過給器が新採用されたからにほかならない。

 そう、「4.5リッターで8気筒」であることに由来する“458”と、「1気筒当たりの排気量が488cc」であることからネーミングされた“488”という、それぞれ3桁数字の名称が与えられたこの2台の間には、かくも相いれないスペックの心臓が搭載されている。そして多くの人にとっての興味の焦点は、まさにここに集中するに違いないのである。かくいう筆者自身も、まさにこの点に大いなる興味を抱かざるにはいられない。

488 GTBが搭載するV型8気筒3.9リッターターボエンジンは、最高出力492kW(670PS)/8000rpm、最大トルク760Nm/3000rpmを発生。0-100km/h加速は3.0秒、最高速は330km/h以上としている

これって、本当にターボ付き?

 かくして、このブランドのアイコンでもある真っ赤なカラーに彩られた488 GTBの、いかにもスポーツカーらしく低く、かつタイヤのトレッドパターンを彷彿とさせるデザインがユニークなドライバーズ・シートへと乗り込み、ターボ付きの心臓へと火を入れる。

 何の神経質さもなく、瞬時に目を覚ましたエンジンが奏でるサウンドからも、目の前のクラスター内に収められたレッドラインが8000rpmというタコメーターのグラフィックからも、とりあえずこの時点で「エンジンがターボ付き」であることを示す痕跡は何1つ見当たらない。

 ギヤがニュートラル状態で、軽くアクセルペダルを煽ってみてもそれは同様。ターボ付きであることを忘れさせるどころか、「これって、本当にターボ付き?」といぶかしく思えてしまうくらいに、エンジンの吹き上がり感は“458時代”から変わらぬ印象だ。

 ところが、実際にギヤをエンゲージしてゆっくりと走り始めようという時点で、敏感な人はこのモデルの心臓部が自然吸気ではないことに早くも気が付く可能性アリ。それは、何もアクセル操作に対するターボラグを感じるから、というわけではない。

 それは排気音にターボ付きエンジン特有の音が混じるから。最近のF1中継を見ていると、パドックからピットレーンへと出て行く際に軽く口笛を拭くような音色に気が付いている人が居るはず。そして488 GTBでも、動き始めの瞬間にまさに“あの音”が耳に届くのである。

 同時に、絶対的な加速力という点では“ターボらしさ”をほとんど意識させないのも、この心臓部ならではの特徴だ。アクセルの踏み込みに対し、加速Gが2次曲線的に立ち上がるようないわゆるターボラグの印象は、このエンジンの場合は事実上「皆無」と言って差し支えない。パドル操作の後、実際に変速が行なわれるまでのレスポンスも、極めてシャープそのもの。感覚的には「パドルに触れるか触れないかのうちに、変速が行なわれてしまう」と、そう表現してもよいくらいだ。

 こうしてターボ付きエンジンらしからぬ挙動を示す一方で、やはり「ターボ付きならでは」と思わせるのは、ごく低回転域から自然吸気エンジンでは考えられないほどに豊潤なトルク感が得られることだ。

 760Nmという大トルクが3000rpmで発せられるというカタログスペックからも予想されたように、スタート後、2速ギヤにバトンタッチされてからでも、うっかりするとたちまちホイールスピンの気配を感じる。

 いや、このモデルの際限知らずとも言いたくなる圧倒的なパワフルさは、もはやそれだけには留まっていない。何となれば、さらに3速ギヤへとアップシフトが行なわれてさえも、ラフなアクセル操作を行なえば例えドライ路面上でも同様の兆しが感じられるからだ。端的に言ってしまえば、488 GTBの加速力はどのようなシーンにあっても「爆発的」としか表現のしようのないレベル。それはもう、まさに公道を走るレーシング・マシンと言いたくなるものだ。

 確かに、458 イタリアが備えていた調律の効いた金属音のごときサウンドは、488 GTBとなってちょっと“濁音系”の成分が混じってしまった感は否めない。一方で、排気量が縮小されたことなどまるで関係ないかのように、絶対的なパフォーマンスがアップされたことは間違いないのである。

 そんな488 GTBのフットワークは、恐らく多くの人が「意外に乗り心地がいいね」と、そんな感想を発するであろう乗り味がまずは印象的。フロントが245/35、リアが305/30サイズの20インチのミシュラン「パイロット・スーパースポーツ」は、実はその指定の内圧がフロント2.1bar、リア2.0barと思いのほか低い。こうした設定からも、このモデルが快適性も相当に気にしていることが伺い知れるが、実際、特にピッチング・モーションを強く封じ込めたボディコントロール性の高さがなかなかで、上級サルーンもかくや、という快適性を味わわせてくれるのだ。

 ただし、ミッドシップ・モデルらしい機敏な動きをより明瞭に演じたいためか、ステアリング操作に対するゲインはかなり高く、それがある領域での直進性を低下させる方向に働いている印象もある。今回は一般路上でのテストドライブゆえ、当然限界域での挙動まではチェックが行なえていない。

 もちろん、日常シーンでは4輪はガッシリと路面を捉えて離さず、紛うことなき“オン・ザ・レール”の感覚とともに、狙った走行ラインをきれいにトレースしてくれる。一方で、前述のようなハンドリングの感覚から「その先」を推測する限り、限界ポイントを見極めつつその境界上をキープして行けるのは、相当にスキルの高いドライバーに限られそうだ。

 ある意味、そうした“危うさ”をすでに日常のシーンからほのかに香らせるのも、やはりこのブランドの作品ならではの魅力であり、そして魔力と言うことになるのかも知れない。どこをとっても孤高そのもののフェラーリ車は、今の時代になってもしっかり健在なのである。

河村康彦

自動車専門誌編集部員を“中退”後、1985年からフリーランス活動をスタート。面白そうな自動車ネタを追っ掛けて東奔西走の日々は、ブログにて(気が向いたときに)随時公開中。現在の愛車は2013年8月末納車の981型ケイマンSに、2002年式のオリジナル型が“旧車増税”に至ったのを機に入れ替えを決断した、2009年式中古スマート……。

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Photo:高橋 学