インプレッション
フォルクスワーゲン「ゴルフ GTI クラブスポーツ トラック エディション」
2016年8月16日 00:00
時間制限ありのパワーアップ機能搭載
大衆車として誕生した「ゴルフ」の新たな顔として1976年に誕生したスポーツグレード「GTI」。その40周年記念モデルである「ゴルフ GTI クラブスポーツ」が日本でも発売された。クラブスポーツと付くように、特別な存在であった歴代GTIとは一線を画す大幅に高められた走行性能が特徴だ。
そのゴルフ GTI クラブスポーツシリーズ第1弾である「Track Edition(トラック エディション)」は、FF最速の座を本田技研工業「シビック タイプR」とニュルブルクリンクで競った「GTI クラブスポーツ S」に準じた前輪駆動モデル。搭載エンジンは型式「CJX」を名乗る直列4気筒2.0リッター直噴ターボで265PS/5350-6600rpm、350Nm/1700-5300rpmを発揮する。トランスミッションは6速DSG(デュアルクラッチトランスミッション)のみ。
ちなみにこのエンジンは4輪駆動の「ゴルフ R」(280PS/380Nm)用がベースで、駆動方式の異なるGTI クラブスポーツ向けに専用のセッティングが施されたもの。ゴルフ Rからカタログ上のスペックが落とされているので、単なるデチューン版なのかと勘ぐるもそうではなく、GTI クラブスポーツにはパワーとトルクを一時的に向上させる「ブースト機能」が設けられた。
ブースト機能とは、①3~6速の間で走行していて、②ドライビングプロファイル機能で「スポーツモード」、もしくはDSGのシフトモードを「S」側に入れている状態で、アクセルペダルを目一杯踏み込みキックダウンさせた際、約10秒間にわたって290PS/380Nmへと25PS/30NmパワーアップするというGTI クラブスポーツの専用装備。これにより、時間制限がつくもののゴルフ Rを凌ぐ値にまでパワーアップする。
さらに、このブースト機能には+αがある。特別に装備される「ローンチコントロール」機能を使うことで、さきほどの条件でなくとも290PS/380Nmのフルスペックを発進加速時から堪能することができるのだ。なお、ローンチコントロール機能は約20秒間と、ブースト機能の2倍に渡り機能する。
エクステリアはクラブスポーツ専用の装備で身を固め、GTIと大きな差別化が図られた。真っ先に目が行くのが新形状のフロントバンパーだ。バンパーの左右には整流効果を高める逆L字型のエアデフレクターエレメントを備え、内部には3本の整流板が設けられた。下部にはエアデフレクター同様に光沢ブラック仕上げのフロントスポイラーを装着し、ダウンフォースの最適化を図る。ちなみにこのエアデフレクターのラインはボディ両サイドの専用デカール(クラブスポーツのロゴ入り)に引き継がれており、前から整流された空気の流れを表現している。
リアセクションにも専用装備が多数。ルーフ後端には、ベースのGTIが装備するスポイラーよりもひと回り大きい弧を描く形状となり、さらにそのスポイラー内には整流効果を目的としたエアギャップが仕込まれた。また、これらと下部に設けられた大型のリアディフューザー(GTI クラブスポーツ専用)が組み合わされた結果、車両の前後で最適なダウンフォースが得られるようになったという。
ブラックを基調としたインテリアの雰囲気は一言でいえばスパルタン。しかし、単に走りをイメージしたというより、上質な走りを堪能するに相応しい装備が光る。シート表皮にアルカンターラを配したレカロ製スポーツシートを採用し、その座面とバックレスト(GTIバッヂ付き)にはハニカムパターンをあしらった。
インパネ各所のピアノブラック仕上げは、指紋や皮脂が目立つことから車内に用いる素材としては不向きであると筆者は考えているが、シートと同様にアルカンターラのスポーツステアリング(12時には赤いラインが入る)とのハイコントラスト化によって得られる独特の世界観はわるくない。
クローズドコース、一般道での印象は?
今回の試乗は高速道路と緩やかなワインディングロードをウェット路面で、そして極めて短時間ながらクローズドコースをドライ路面でそれぞれ行なった。初対面の舞台がクローズドコースであったため、いきなり秘めたるパワーを堪能するところから始まる。こうしたステージでは、“GTI史上最強”を謳うクラブスポーツが狙った走りの片鱗を味わうことができたのだが、正直、それだけでも期待以上だった。
スタートは穏やかに始まる。エンジン音(音色はカスタマイズ可能)の意図的な透過によってキャビンは賑やかだが、アクセル開度にして20%程度ではゴルフ GTIとの差はそう大きくない。が、しかしそこからグッとアクセルを踏み込んでいくと俄然力強くなる。それこそ0.1秒単位でグングンとパワーとトルクが上乗せされていくイメージだ。マナーのよい低回転域とは裏腹に、倍々ゲームのように躍度が高まっていく様はゴルフ Rの存在がかすむほど。もっともゴルフ R は4輪駆動であるわけで、加速感に違いがあって当然なのだが……。ブースト機能を使うとさらにその印象は強くなる。クローズドコースといえども290PS/380Nmをフルに発揮するには狭く、制限時間である10秒以上全開にできる場所はそう多くなかったが、その意味でも“使える装備”であることが分かった。
一般道ではどうか。お断りしておくと、高速道路とワインディング路面の両ステージにおける筆者の評価は高くない。端的にいって足が硬いと感じたからだ。GTI クラブスポーツはGTIから車高を15mm下げたスポーツシャーシを採用しているため、高めのバネレートにはじまりダンパーの減衰特性もそれに合致するよう伸びと縮みの両側で高い値に設定されている。もっとも単にガチガチというわけではなく、細かく見ていくとフロント側は縮みを弱くして適度なロールを許しつつ、リア側でふんばりを効かせるという、これぞまさに王道のセッティングが施されている。
故に、雨のワインディングロードでもステアリングを切り込めばガッチリとした手応えを感じるし、リアがしっかり回り込む(追従してくれる)特性が得られるため安心感も抱ける。また、ウェット路面×ハイパワー前輪駆動というアンダーステアに悩まされるお膳立てが揃っているものの、「電子制御油圧式フロントディファレンシャルロック」の効果もあり、丁寧なアクセルワークさえ心掛けていれば送った視線どおりに素直なライントレース性を発揮してくれる。さすがにウェット路面ではブースト機能による怒濤の加速がはじまるとトラクションコントロールの作動ランプが点滅するが、先の電子制御油圧式フロントディファレンシャルロックとの相乗効果もあり、ステアリングが左右に小刻みに暴れるトルクステアに悩まされることはなかった。
ただ、乗り味のうち上下動は終始激しく、視線を1点に集中させることには気を遣った。ダンパーの減衰特性を瞬時に変更する電子制御式の可変ダンパー技術「アダプティブシャシーコントロール/DCC」を操作すれば、上下動はいくぶん減少するものの、速度域が低かったり、路面の凹凸が激しくなったりすると減衰特性に優れるレカロ製スポーツシートを備えていようとも辛かった。
ちなみに筆者オススメの“雨の日セッティング”は、カスタム画面で「DCC:コンフォート/ステアリング:スポーツ/ドライブトレイン:スポーツ/フロントアクスルディファレンシャルロック:スポーツ/ACC:スポーツ/ダイナミックコーナリングライト:スポーツ/エアコン:エコ/車内エンジン音:ノーマル」。DCCをコンフォートにしても上下動は抑制しきれないが、X軸(ロール)/Y軸(ピッチ)/Z軸(ヨー)といったクルマ全体の動きに一体感が生まれるため、乗り込んでいくうちに特性として受け入れることができる。また、これらの機能は操作による違いが明確で、DCCはもとより、たとえばACC(アダプティブ・クルーズ・コントロール)は誰もが違いを感じるほど実用的な装備だ。
さて、一般道での乗り味に注文を付けてしまったGTI クラブスポーツだが、40周年記念第2弾として「GTI クラブスポーツ Street Edition(ストリート エディション)」が控えている。“ストリート エディション”のネーミングからしてGTI クラブスポーツのエッセンスを幅の広い車速域で楽しめると想像するが、実力はどうか? 近いうちにリポートしたい。