インプレッション

マツダ「CX-5」(2016年フルモデルチェンジ/雪上試乗)

 新型「CX-5」に乗らせてあげると誘われたのはいいが、行先はいきなり北海道! それも旭川空港からバスで1時間半くらい走らなければ辿り着けない上川郡剣淵町にあるマツダの剣淵試験場である。夏季は一部、町営道路として使われるというこの試験場は、整備されたコースとは違っていて環境はとにかくリアル。過酷な環境でいきなり新型CX-5に乗せてやろうなんて、マツダもずいぶんと自信たっぷりである。

 テストコースを訪れれば、やはり予想どおりの雪景色。コースは辺り一面舗装路が見えずという状況で、ちょっとでも気を抜いて歩けば転びそうなアイスバーンが各所に散りばめられている。外気温は氷点下にやや足を突っ込んだくらいの寒さであり、北海道の割には寒くないが、この環境、実はクルマを走らせるには悪条件。もっと冷え込んで氷が乾いているくらいのほうがいいのだが……。

今回の試乗会は北海道上川郡剣淵町にあるマツダの剣淵試験場で開催

まずは雪上でG-ベクタリング コントロールを試す

 では、早速CX-5の試乗に入る。……かと思いきや、まず乗らせてもらうことになったのはアクセラスポーツ「15S PROACTIVE」だった。2WDのこのクルマで、まずはG-ベクタリング コントロール(GVC)を試す。今回は特別にGVCを解除するスイッチを備えたテスト車両で、その実力を知らしめようということだろう。

 GVCとは「エンジンでシャシー性能を高める」という発想で開発されたシステム。ステアリング操作に応じて駆動トルクを変化させることで4輪の接地荷重をコントロールしてくれる世界初の制御技術だ。例えばドライバーがステアリングを切り始めると駆動トルクを絞って減速Gを発生させ、フロントの荷重を増やしてくれる。その後、ドライバーが一定操舵角で保持した時には瞬時に駆動トルクを復元し、後輪の荷重を拡大することで安定性を向上させてくれる。

 今回はわずか30km/hでコースを走り、その違いを体験するのだという。こんな低速で、そして雪道でその違いが理解できるのか? まずはGVCをONの状態で走り始めてみると、何の違和感もなく走ってくれる。制御が介入している感覚もなく、あくまで自然な感覚でコーナーを駆け抜ける。ハッキリ言ってしまえば「GVCって効いているの?」と思うほどだ。

 ところが、続いてGVCを解除した瞬間に驚いた。まず確実に違っていたのはステアリングの操舵感だ。とても頼りないとでも言えばいいだろうか、真っ直ぐ走っている状態でも反力に変化がある。それがコーナーリングになれば答えはハッキリする。要はフロント荷重不足でコーナーへアプローチしたかのようにステアリングがスッと抜けていくのだ。もちろん、自分なりにはフロント荷重を意識してスロットルを緩めた状態からコーナーへとアプローチしているつもりなのだが、GVCのコントロールには追い付かないということなのだろう。

 加速体制に入ればリア荷重になることはなるが、それよりもフロントの荷重が抜けすぎてしまって、極端に言ってしまえばパワーアンダーを出している状態に。そこでわずかではあるが追操舵することになり操作はチグハグに。この傾向は後に走ったワインディング路の登りコーナー脱出時に顕著に見られた。

 GVCを介入させるとこれらのネガはすべてなくなる。ステアリングは操舵感がしっかりと出るし、コーナーへアプローチしても無駄なく旋回するし、ターンアウトの追操舵は必要がなくなりスムーズな走りへ。人間の操舵では追いつかないような微細な時間で荷重をコントロールできているからこその走り。ステアリングの操舵角にそれがリンクしているというのだから、“セナ足”もびっくりである。

 GVCの恩恵はそれだけに終わらない。実は同乗者の快適性も向上するのだ。同行したCar Watch編集者に運転してもらって後席に座ってみたのだが、GVCのON/OFFで明らかに疲れ具合が違うと思えたのだ。GVC OFFの状態では首やお尻のあたりの筋肉が瞬間的に力を入れて構える必要があり、やや疲れるのだが、GVCをONにするとGの出方が一定になるために瞬間的な対応をする必要がなくなり快適になるのだ。ちなみに編集者の運転はとてもスムーズ。なのにこれだけGVCのON/OFFで印象が変わってくるのだから恐れ入る。同乗者にとってもGVCは有効なアイテムとなりそうだ。

新型CX-5に搭載されるi-ACTIV AWDの進化

 あわやGVCの話だけで終わりそうになってしまったが、本題はやはり新型CX-5。いよいよ試乗の時がやってきた。GVCの恩恵はいかなるものか? 走りの進化が気になるところだ。まずは直列4気筒DOHC 2.2リッター直噴ディーゼルターボ「SKYACTIV-D 2.2」を搭載するXD L Packageに乗り込みエンジンを始動してみる。すると、明らかに先代よりも静かに、そして振動も少なくなっていることが感じられた。質感が高まったインテリアに加えて、フィット感が高いシートに改められたことなど、静止している状態からしていいクルマ感満載である。

 走り始めれば、低速から求めたとおりにエンジンが応答してくれる印象が高い。先代は低速域で応答遅れが見られたが、それが解決されているところがなかなかだ。今回は雪上ということもありスピードレンジが低く、特に低回転での扱いやすさが求められる状況なのだが、これなら思いどおりに走らせることができそうだ。

新型CX-5のボディサイズは4545×1840×1690mm(全長×全幅×全高)、ホイールベース2700mm。「SKYACTIV-D 2.2」エンジンは最高出力129kW(175PS)/4500rpm、最大トルク420Nm(42.8kgm)/2000rpmを発生。撮影車のボディカラーはマシーングレープレミアムメタリック

 新型CX-5では新たに軽負荷領域における過給圧制御の最適化や、より細かな燃料噴射を可能とする「DE過密過給制御」を搭載。コンロッドの伸縮にともない発生する振動を、ピストンピンに組み込まれたダンパーにより減衰させることでノック音を低減させる「ナチュラル・サウンド・スムーザー」、燃料噴射タイミングを0.1ミリ秒単位で制御することで、構造系の共振周波数のピークに燃焼加振力の周波数の谷を重ねてお互いの振動を打ち消す「ナチュラル・サウンド・周波数コントロール」も与えている。だからこそアイドリング状態から音も振動も少なく、さらには低速域で扱いやすく改められたのだろう。

 シャシーの仕上げもなかなかだ。各部板厚アップや結合部の見直しを行なうことでねじり剛性を15.5%も向上。さらには超高張力鋼板を3%拡大したことで、NVH(騒音/振動/乗り心地)レベルは先代から約20km/h低い車速の騒音レベルを実現したという。おかげで走っている時の印象も上質に。足はしなやかに動き、低μ路であっても路面への追従性は良好。瞬間的にグリップを失うようなことは少なくなった。もちろんそこにはGVCの恩恵もあるのだろうが、とにかくライントレース性はかなり高まったように感じる。

新型CX-5では、i-ACTIV AWDのパワーテイクオフとリアディファレンシャルユニット内にある軸受け部をボールベアリング化(左)。先代比で約30%抵抗を低減するとともに、実用燃費を2%向上することに成功

 後にFFモデルにも試乗したが、そこで改めてi-ACTIV AWDの威力を思い知らされた。今回はパワーテイクオフとリアディファレンシャルユニット内にある軸受け部をボールベアリング化することで、先代比で約30%抵抗を低減。実用燃費を2%向上させたというのがi-ACTIV AWDのトピック。よって、操安性能自体に影響が出るようなことはないのだが、改めてこの4WDシステムの操りやすさを感じることができたのだ。

 それはどんな路面状況や勾配であったとしても確実に得られるトラクション、そしてハンドリングに影響を及ぼさないように与える駆動バランスなど、クセなくラインをトレースしてくれたことがFFモデルになるとよく理解できる。FFモデルはやはり駆動力がないことはもちろん、駆動を与えた瞬間に求めたラインから外れる傾向があるから操りにくかったのだ。個人的にはターンアウトでアクセルを開けた時にもっとリアへと駆動配分して、リアを巻き込むようにクルマを操らせてほしいと思えたが、それは微々たる要求に過ぎない。安定が求められるSUVのCX-5なら、現在の安定方向の制御でもちろん正解だろう。

新型CX-5の2WDモデル(XD L Package)にも試乗。ボディカラーは従来の「ソウルレッドプレミアムメタリック」と比べて彩度を約2割、深みを約5割増しとした「ソウルレッドクリスタルメタリック」

 このように、i-ACTIV AWD+GVCが生み出す低μ路におけるライントレース性能は、ほかのどのSUVよりも高いように感じる。スナップが効いた滑りを感じることもなく、ジワジワとクルマの姿勢を変化させる新型CX-5の走りは、やはりi-ACTIV AWD搭載車でなければ味わえないもの。やはり本命となるのはこのグレードということになるのだろう。剣淵試験場の先読みしにくいリアルな環境を不安感なく見事に駆け抜けた新型CX-5の完成度は、かなり高いものだった。

橋本洋平

学生時代は機械工学を専攻する一方、サーキットにおいてフォーミュラカーでドライビングテクニックの修業に励む。その後は自動車雑誌の編集部に就職し、2003年にフリーランスとして独立。走りのクルマからエコカー、そしてチューニングカーやタイヤまでを幅広くインプレッションしている。レースは速さを争うものからエコラン大会まで好成績を収める。また、ドライビングレッスンのインストラクターなども行っている。現在の愛車は日産エルグランドとトヨタ86 Racing。AJAJ・日本自動車ジャーナリスト協会会員。日本カー・オブ・ザ・イヤー選考委員。

Photo:安田 剛