インプレッション

トヨタ「シエンタ」

 トヨタ自動車の隠れたヒット作「シエンタ」がデビューしたのは2003年。以来、パッソ セッテの登場に伴って一旦姿を消したものの、再度復活したという珍しい経歴の持ち主だ。それだけ初代のデザイン、コンセプトに魅力があったということだが、この夏にフルモデルチェンジされて、2代目となる新しいシエンタが再びデビューした。全く異なるプラットフォームを使い、ロングホイールベース化と薄型燃料タンクの採用など、パッケージングの大幅な見直しが図られていた。

 具体的には、ホイールベースは従来型から50mm長くなって2750mm。燃料タンクの薄型化に伴って低床化が図られており、ハイブリッドバッテリーもその低床プラットフォームに見事に収まっている。全長は4235mmと115mm伸ばされ、これだけでもキャビンはかなり広くなり、3列目シートの足下も余裕ができた。この3列目シートについては後述するが、なかなかにアイデア満載だ。

シエンタ X(2WD 7人乗り)

 エンジンはアクアなどに搭載されている1.5リッター(1NZ-FXE)のハイブリッドと、新規開発と言ってもよい1.5リッターアトキンソンサイクルの2NR-FKEという2種類を、2WD(FF)に新搭載。4WDでは従来型から引き続いてコンベンショナルな1NZ-FEとなる。

 さて、実際にシエンタを見ると、従来からのミニバンのデザインとは違う、そのユニークさにびっくりする。好き嫌いは分かれるだろうが、ミニバンでもセダンでもない個性的なデザインは、ファミリー層だけでなく新しいユーザーを獲得できそうだ。特にフロントとリアに入ったユニークなアクセントラインとセダン的なリアドアのデザインには、否が応でも目が行く。

シエンタ ハイブリッド G(6人乗り)
「1NZ-FXE」エンジンと「2LM」モーターを組み合わせるハイブリッドシステム。エンジンは最高出力54kW(74PS)/4800rpm、最大トルク111Nm(11.3kgm)/3600-4400rpm。モーターは最高出力45kW(61PS)、最大トルク169Nm(17.2kgm)を発生し、システム最高出力は73kW(100PS)
アトキンソンサイクルの「2NR-FKE」エンジンは最高出力80kW(109PS)/6000rpm、最大トルク136Nm(13.9kgm)/4400rpmを発生

 全高も1675mmと従来型より5mmしか高くなっていないので、大きくなった感はそれほどないが、キャビンは大きく進化した。乗降性では2列目シートへのアクセスで低床フロアを実感でき、ステップ高が低い。また、Bピラーにはちょうど子供の手が届きやすい位置にアシストグリップが用意されているのも親切だ。ドアの開口幅は665mmで従来型より50mm広くなり、クラストップ。3列目シートへのアクセスも、2列目シートの折り畳み機構と合わせてよくできている。

 その3列目シートは、2列目を前方にタンブルさせて(ワンタッチで簡単)その下にしまい込む形で収納できる(これも簡単!)のでラゲッジルームはかなり広くなる。さらに2列目も折り畳んだ状態では荷物長が1430mmとなり、かなり長いものが収納できる。ミニバンとしてだけではなく多目的車としての使い勝手もよい。

 さて、そんな3列目シートに座るとレッグルームが広くなっている上、構造上つま先が2列目シートの下に入るので見た目以上に広く、十分に実用性がある。シートクッションも簡易型から通常の厚いクッションになっている。

 1つ気になったのは、楽しいデザインのインテリアは機能的にレイアウトされているが、セカンドバッグなどの収納場所は意外と限られている点だ。

シエンタ Xのインパネデザイン。インパネや助手席アッパーボックスに使われたオレンジ色のアクセントも楽しい。内装色はフロマージュ(写真)とブラックの2種類
低床フロアで室内高は1280mmと広々。この空間を生かし、後席ほど着座位置を高める「シアターレイアウト」を採用して見晴らしのよさを演出

アクティブなフォルムに相応しい運動性能がほしい

シエンタは全車で先進安全装備「Toyota Safety Sense C」をオプション設定。価格はグレードによって異なり、5万4000円~9万1800円。「衝突回避支援型プリクラッシュセーフティ」「レーンディパーチャ―アラート(LDA)」「オートマチックハイビーム(AHB)」の3種類の装備で運転をアシスト

 さて、ハイブリッドの上級グレードとなるハイブリッド Gのハンドルを握ってみる。同じパワートレーンを搭載したアクアと比べると、車両重量が1380kgと300kgほど重くなっているので、最終減速比を低くして加速力を稼いでいる。機敏な加速力は持てないが日常的な加減速には大きな不満はなさそうだ。もう少しアクセル開度の小さいところでトルク感のある加速ができるとさらによいが、加速力と引き換えに得られたJC08モード燃費の27.2㎞/Lは魅力だ。

 乗り心地は、凸凹路ではコンパクトミニバンに見受けられるガツンとしたショックはなく、後席でもよく収まっていると思う。荒れた路面を通過するときのゴツゴツ感はあるが、不快に感じることはなくソツない仕上がりだ。

 ただ、ハンドリングではボディーを揺さぶられる感覚が大きく、ハンドルを切ったときに一体感とフロントタイヤの接地感がほしい。スポーツをキーワードにしているシエンタだからこそ、アスリートらしい、そしてミニバンに相応しい運動性能がほしいと思うのだ。ミニバンならアンダーステアでよいというものでもないだろうし、コンパクトミニバンらしい新しい基準がほしい。

ハイブリッド Gの試乗車はオプション品の195/50 16 84Vタイヤをアルミホイールとセットで装着。タイヤの銘柄はヨコハマタイヤ(横浜ゴム)の「YOKOHAMA dB E70C」

 一方、コンべモデルと呼ばれるガソリン車(試乗車はX 2WD)の方は、ハイブリッドより車両重量が60kgほど軽い1320kgで、もう少し動きがキビキビして、バネ下とバネ上の動きが少し向上してくる。またハンドル応答性は向上して、安心感も上がる。

 乗り心地ではゴツゴツ感が多少強くなるものの、2列目シートでも不快感はなく、このクラスでのトップレベルにあることに変わりはない。おもしろいことに、周期の早いウネリ路面での乗り心地や収束性はハイブリッドに分がある。

 静粛性では床下から入るロードノイズはハイブリッドより大きいが、これもクラス的に見て静粛性の高い部類だ。ハイブリッドは駆動用バッテリーをサポートするサブフレームなどの影響で遮音は優れている。逆にザーとしたノイズは感じるが、前後席の会話を邪魔するようなことはなく、キャビンの会話も弾むというものだ。

 2NR-FKEエンジンの方は加速したときのエンジンサウンドがざわついており、このあたりはもう少し気を使ってほしいところだ。出力は2000rpmぐらいからトルクが立ち上がるので、走行中の実用トルクは結構十分にある。発進直後のレスポンスは少し鈍く、アレと思う一瞬もあるが、トルクバンドに乗れば3人乗車でも不足感はない。

X(ガソリン)の試乗車は、全車標準装備の185/60 15 84Hタイヤをスチールホイールと組み合わせて装着。タイヤの銘柄はブリヂストンの「ECOPIA EP150」

 もう1つ触れておきたいのは福祉車両の車いす仕様車。シエンタのパッケージを上手に生かし、3列目シートを取り除いて2列目を折り畳むと、リクライニング車いすを乗せることができる。もちろん、運転席後方の2列目シートは使えるので、介護者は隣に座ってケアできる。ポイントは、このクラスでは不可能だったリクライニング車いすが搭載できるという点だ。車いすのホールド性、疲労度はリクライニング可能か否かで相当に違うものだという。

 さらに車いす仕様車では、このクラス初というストレッチャーを搭載できるタイプも開発された。これも潜在需要が意外に大きいとのこと。薄型燃料タンクと低床フロアを活用したことで、シエンタの福祉車両としての利便性は大きく広がっており、この面でもシエンタの可能性は大きい。

車いす仕様車は全車の後輪がエアサスペンションとなり、車高を下げることでスロープの角度を9.5°までなだらかにできる。スロープはアルミ製で、スプリングなどを組み合わせて「女性でも無理なく扱えるよう心がけた」とのこと
スロープはラゲッジスペースが使いやすいよう前方に倒れるスタイル。もちろん、直立状態でもロックできる
助手席を前方にタンブル可能な「タイプII」では、コンパクトクラス初となるストレッチャー乗車を実現。個人ユースから法人需要まで幅広く対応する

 新型シエンタはアクティブなフォルムと全長4235mm、ホイールベース2750mmのサイズにキチンを座れる3列のシートをレイアウトし、ていねいに折り紙細工を作っていくような日本のモノづくりを感じさせる。フォルムと走りの作り込みはまだ十分に一致していない感じもするが、なかなかおもしろい1台だった。

日下部保雄

1949年12月28日生 東京都出身
■モータージャーナリスト/AJAJ(日本自動車ジャーナリスト協会)会長/12~13年日本カー・オブ・ザ・イヤー選考委員
 大学時代からモータースポーツの魅力にとりつかれ、参戦。その経験を活かし、大学卒業後、モータージャーナリズムの世界に入り、専門誌をはじめ雑誌等に新型車の試乗レポートやコラムを寄稿。自動車ジャーナリストとして30年以上のキャリアを積む。モータースポーツ歴は全日本ラリー選手権を中心に活動、1979年・マレーシアで日本人として初の海外ラリー優勝を飾るなど輝かしい成績を誇る。ジャーナリストとしては、新型車や自動車部品の評価、時事問題の提起など、活動は多義にわたり、TVのモーターランド2、自動車専門誌、一般紙、Webなどで活動。

Photo:堤晋一