特別企画
【特別企画】本田雅一が“ダイレクト損保の仕組み”を解き明かす(前編)
ダイレクト損保の先駆け「三井ダイレクト損保」が歩んできた15年における変遷
(2014/7/10 00:00)
本当にダイレクトだから安いの?
クルマ生活と切っても切れない縁の自動車保険(任意保険)。ドライバーなら誰しも加入しているであろう、もっとも身近な損害保険の1つだ。ただ、“身近”とは言うものの、普段からこうした損害保険商品に接し慣れていないと、いまひとつ条件設定と掛け金の妥当性については深く理解できていないものだ。
何を隠そう、筆者もその1人。いずれにしろ加入しなければならない自動車保険だけに、補償条件が同程度で付帯サービスも似たようなものならば「誰か知っている人から買ってあげよう」とか、「きっと大手ならば、いざという時にも大丈夫だよね」と考えて、かなり気軽に(価格比較もたいしてせずに)これまでやってきた。
最初に加入した自動車保険は、その昔に通っていたバイク屋のオヤジの年金を払うようなつもりで遠隔地から加入。そのうち縁遠くなると、そこからは気に入った自動車販売店のセールスマンから加入したりしている。補償内容に関しては割とウルサく「これは必要」「これはいらない」などと検討するものの、価格比較などは行ってこなかったのだ。もちろん、毎年送られてくる自動車保険の見積もりを見ていて、価格が気にならないというわけではない。保険販売の代理店を廃したダイレクト販売の損保会社なら、掛け金が安いことを今さら知らないという人はかなりの少数派に違いない。
では、なぜ安価なことが分かっているダイレクト損保に切り替えないのか。筆者の場合、実際に見積もりを取り、その金額差に“愕然としたことがなかった”のも理由の1つ。しかし、本当の理由は“なんとなく不安”という気持ちがあったからにほかならない。
ダイレクト販売だからこそ販売管理費が圧縮でき、掛け金をその分お安くできる。そう理屈では分かっていても、ことわざには“安物買いの銭失い”という言葉もある。そもそも、テレビを見れば毎日のようにCMでダイレクト損保の宣伝をしている。頻繁に流れるCMを見ていると、逆に“本当にダイレクトだから安いの? 品質は?”と考えてしまう。
なぜなら、損害保険においてもっとも重要なのはサービス品質。すなわち、事故を起こしてしまったときに、事故後の対応がどうだったか?といった部分になるが、そんな緊急時のサービス品質は、多くの消費者にとって実体験できる機会がほとんどないからだ。筆者自身、過去に自動車保険を利用した経験は、飛び石によるフロントガラス交換だけしかない。多くの人は、数少ない身近に発生した事例や“噂話”ぐらいしか情報がないのが現実だ。結局、安いこと、そして安い仕組みは分かっているつもりながら、やっぱり“お付き合い”の世界から離れられなかったり、あるいは「高い掛け金でも、昔から実績を積んでいる大手損保の方が安心」と思って動けなくなってしまう。
そんなことを普段から考えていた筆者に、自動車保険の取材をしてみませんか?とCar Watch編集部が声をかけてきた。損保業界のことに詳しくない筆者だからこそ、敢えて疑問をぶつけてみてはどうか?というのだ。
ならばということで、大手損害保険グループのダイレクト損保としてはもっとも長い歴史を持つという三井ダイレクト損害保険(以下、三井ダイレクト損保)への取材を手配してもらった。対応していただいたのは、三井ダイレクト損保 取締役社長の船木隆平氏である。
船木氏は、三井海上火災保険、そして合併後の三井住友海上火災保険と、長年に渡り大手損保を歩んできた人物だ。1年前に三井ダイレクト損保の社長に就任する直前まで、三井住友海上火災保険で働いていた。社長就任の辞令を受ける直前には九州地区での販売を任されており、自動車保険においては三井ダイレクト損保と直接的なライバル関係にもあった。
そんな船木氏が三井ダイレクト損保の社長になり、率直に感じた“三井ダイレクト損保の魅力”は「商品やサービスの発想が斬新で、しかも“優れた企画だ”と判断したとたん、組織全体がすばやく企画実現のために動ける小まわりのよさとスピードを持ちながら、老舗の大手損保会社のノウハウを活かした高品質なサービスを兼ね備えていること(船木氏)」だったという。
「三井」といえば、誰もが知る昔ながらの財閥系ブランドである。それは信頼の証でもあるが、一方で大きな組織だけに、柔軟性やスピード経営には適さないのでは? というステレオタイプな疑念が湧く。しかし、三井ダイレクト損保の歴史を振り返りながら船木氏の説明を聞いているうちに「なるほど、そういうことか」と、ダイレクト損保に対する疑問が氷解していった。
「Myホームページ」での顧客対応で高いインターネット契約割合を獲得
三井ダイレクト損保は、規制緩和によって保険商品のダイレクト販売が可能になった直後の1999年6月に、三井物産が出資する「物産インシュアランスプランニング」という準備会社として発足。翌年となる2000年6月に「三井ダイレクト損害保険」という現在の社名で営業を本格スタートさせた。
三井ダイレクト損保の特徴は“インターネットの活用”である。保険商品は顧客から集めたお金を運用し、万一のときに損害補填を行うことが基本。販管費は極力小さくした方が価格を抑えることができ、顧客の利益となる。ダイレクト販売としての効率を追求するならば、保険のダイレクト販売において当初主流だった電話加入よりも、インターネットからの加入に力を入れるべきと判断していたという。
当時は「Web 2.0」と言われ始めた当初で、利用者ごとにパーソナライズ(個人に合わせた動的なコンテンツ/サービスの提供)されたウェブサービスが、IT業界における先端の話題だった。このころに、いち早くインターネットを用いた保険商品の提案、事故対応サービスなどを顧客ごとにパーソナライズされた「Myホームページ」として提供したのが三井ダイレクト損保だった。
三井ダイレクト損保は、その後もインターネットを通じた保険サービスの拡充を続けていく。2003年には契約内容の変更手続きをインターネットから可能にし、インターネットを通じて加入した場合の割引き幅を拡大している。
こうした施策もあり、三井ダイレクト損保は他社に比べて圧倒的にインターネット契約の割合が多い。2003年の段階でインターネットからの加入者比率が80%、2006年には90%まで上がった。業界全体では2006年に60%程度だったことを考えれば、いかにインターネット利用者からの支持が高かったか理解できるだろう。それだけインターネット経由でのサービス拡充でリーダーシップを取り、顧客に評価されてきたということだ。
単純な安さだけではない“適正価格路線”とは
しかし、安さとインターネットを活用したサービス拡充で人気を博した三井ダイレクト損保だが、一方で黒字化が遠かったこともまた事実だったようだ。当初は5年計画での黒字化を計画したものの、ダイレクト損保同士の価格競争は激しく、5年が10年と黒字化のロードマップは伸びていく。これはどのダイレクト損保も同じ状況だった。いくら掛け金が安くとも、保険サービスを提供している大元の会社が財務に問題を抱えていては、品質に不安がある。
そこで三井ダイレクト損保は、2008年にそれまでのやり方を大きく変える決断をした。2007年までは業界の価格リーダーとして最安値を追求することを是としてきたが、2008年からは品質と価格のもっともよいバランスは何か?と考え、掛け金と補償内容、サービス内容のバランスを見直したのである。
船木氏は「それまでは知名度を上げたうえで、ほかのダイレクト損保との競争にも勝たねばならないということで、業界最安値で契約数を増やすことを最優先にしていた。これに対して、価格と品質の両方をバランスさせる“適正価格路線”へ舵を切ったということです。適正価格をいただくことで、よりよいサービスを提供する。ダイレクト損保として、業界全体の中では安価なグループには入るものの、かといって最安値は狙わない。その方がお客さまにとって、きっと役立つ保険会社になれるからです」と話す。
こうした路線への変更に先立ち、2005年まで実施していた地上波テレビでのCMを打ち切り、ネット広告に特化することで広告予算を削減。それを価格最適化、サービス品質の向上に割り当てた。
これにより、2011年に初めて単年度黒字を達成している。その上で、各地域でもっとも優れた技術や設備を持つ自動車整備工場ネットワークと契約。“地域一番の高品質”と言われる指定修理工場制度をスタートさせ、ロードサービスの品質も大幅に向上させることに成功している。
「損害保険はほとんどの方が、実際には使うことが少ない商品。それこそ“万が一のため”ですからね。しかし、だからこそ信頼を大切にしてきた。事故の際に受け取っていただく保険金は大手と同じなのですから、掛け金の最安値競争だけをしていては経営が困難になり、結局はお客さまにご迷惑をおかけしてしまいます。我々は古参のダイレクト損保として、サービスを提供するインフラの充実に取り組んできました。だから、その上に適正な掛け金を設定することで、お得な上に信頼感のある、質の高いサービスを実現できています(船木氏)」
では、適正価格路線への転換によって、“現在の”三井ダイレクト損保はどのような品質を実現しているのか。次回はさらに掘り下げていきたい。