日下部保雄の悠悠閑閑

丸亀に行く

JR瀬戸大橋線の特急列車「南風」から瀬戸内海を見る

 2020年は女神湖が凍結せず、恒例のウィンタードライビングパークが開催できなかった。すべての女神湖のイベントは中止されている。凍結はするがクルマが乗れるまでの氷の厚さに達しないのだ。これまで氷上のメンテナンスの関係や、突然の大雪の保温効果によって氷がダメージを受け、限定的に開催できなかったことはあったが、こんなことは過去なかったことだ。われわれもガッカリしたが、管理する女神湖側も努力が報われずにその落胆は察するに余りある。今年は全国的に暖かく、降雪も少ない。自然環境の異変を今年ほど実感したことはない。来年は凍結して、また氷上ドライビングができることを祈るばかりだ。

 気持ちを切り替えて、本来の出張日程で急遽旅行に出かけることにした。目的地は四国の丸亀。彼の地で家内の旧友、川上幸さんが裂織(さきおり)という技法を使った服の個展を開いており、それを訪ねようということになった。丸亀を訪ねるのはもう30年以上前、よちよち歩きの長男を背負子に入れて旅して以来。その時フェリー埠頭で食べた讃岐うどんの美味しさは忘れられない。おもいっきり懐かしい。

 せっかく四国まで足を伸ばすのだからということで、前の日は関西の名湯、有馬温泉に泊まることにした。枕草子に記述があるというほどの古い温泉で、豊臣秀吉も湯治に通った古くからのお湯は、鉄分を多く含んだ茶色く塩分の多いお湯だった。それとは別に透明なかけ流し源泉のお湯もあり、お風呂をハシゴしてきた。温泉街は多くの外国からの観光客で賑わっているのも最近の観光地の光景だ。

有馬温泉古泉閣の前で

 さて、翌日は岡山まで足を伸ばし、そこから高知行きのJR瀬戸大橋線を走る特急列車「南風」に乗って瀬戸内海を渡る。穏やかな海に点在する島々を眺めているうちに、40分ぐらいで丸亀駅に到着。早速、紹介してもらった「石川うどん」という讃岐うどんのお店に行き、たっぷり身の入ったワタリガニの天ぷらも付けてもらって、本場の讃岐うどんを堪能した。

本場の讃岐うどんに舌鼓。質、量とも大満足

 個展会場に行く途中のタクシーから見えたのは長閑な田畑だったが、突然、丸亀城の城壁が崩れているのを見て愕然とした。昨今の台風被害だという。異常気象の影響をここでも目の当たりにしてしまった。

 ところで裂織は、着古した和服などの布を細かく裂いて横糸に使い、縦糸には木綿や麻などの糸を使って、織り込んで仕上げる手の込んだ織物だ。江戸時代に広まった技法だが、布が高価だった時代に使い古した布などを再使用して長く使うことから生み出されたという。手間がかかる作業だが、布を裂いて再加工する過程でさまざまな色合いが混じりあい、その偶然の妙や、風合いなどに独特のものがある。

裂織はまず布を裂いて、色ごとに分ける作業から始まる
そこからこのような美しい糸が生まれ、織物になっていく
機織りで織る

 手先が器用で根気強い川上さんらしい作業だ。現在は千葉で「工房・喜衣(きえ)」を開いているが、故郷の丸亀をベースとして年に何回か個展を開いている。

 布をばらし、それを糸にして、さらに機織りを通じて生み出される布作り、そしてその布を使ったアイデアの溢れる服などが作られる。できあがる布は機織り機のサイズで決まった幅になるが、巧みに仕立てられているので、着る人のアレンジで服にさまざまな顔を見ることができる。

 すべて手作業なので安いものではないが、手作り感の心地よさと相まってまったく同じものはないのも魅力だ。

手間暇かけた裂織の服の完成。独特の風合い

 カラフルな布同士が織りなす独特の服やスカーフなどにしばし見入っているうちに、帰りの高松発の飛行機の時間が迫ってしまった。時間が経つのは早い。

 なんとか間に合った帰りの飛行機から見た瀬戸内海の夕景は、暖かく穏やかだが、少しだけ短い旅の終わりの寂寥感を感じた。

 さあ、明日からまた頑張ろう!

日下部保雄

1949年12月28日生 東京都出身
■モータージャーナリスト/AJAJ(日本自動車ジャーナリスト協会)会員/16~17年日本カー・オブ・ザ・イヤー選考委員
 大学時代からモータースポーツの魅力にとりつかれ、参戦。その経験を活かし、大学卒業後、モータージャーナリズムの世界に入り、専門誌をはじめ雑誌等に新型車の試乗レポートやコラムを寄稿。自動車ジャーナリストとして30年以上のキャリアを積む。モータースポーツ歴は全日本ラリー選手権を中心に活動、1979年・マレーシアで日本人として初の海外ラリー優勝を飾るなど輝かしい成績を誇る。ジャーナリストとしては、新型車や自動車部品の評価、時事問題の提起など、活動は多義にわたり、TVのモーターランド2、自動車専門誌、一般紙、Webなどで活動。