人とくるまのテクノロジー展 2023
日産、新型「セレナ」「エクストレイル」向けに進化した第2世代e-POWERについて開発担当の渋谷彰弘氏が講演
2023年5月29日 12:05
- 2023年5月24日~26日 開催
- 入場無料(登録制)
神奈川県横浜市のパシフィコ横浜で、自動車技術展「人とくるまのテクノロジー展 2023 YOKOHAMA」が5月24日~26日の会期で開催された。会期中はパシフィコ横浜の展示ホールで参加企業がさまざまな製品展示を行ない、それ以外にも自動車技術に関連する各種講演、ワークショップなどが実施された。
本稿では開催2日目の5月25日に実施された「新車開発講演:新型セレナ・エクストレイルの魅力を生み出すe-POWERの技術」の内容について紹介する。
e-POWERはエンジンを駆動力に利用しない逆転の発想
登壇したのは、日産自動車で電動車のパワートレーン開発などを手がけている日産自動車 パワートレイン・EV技術開発本部 アライアンスPED 渋谷彰弘氏。
日産では2010年に100%電気自動車のバッテリEV「リーフ」の量産をスタート。しかし、当時は日本国内のコンパクトセグメントで電動車向けのソリューションを持っていなかったという理由から、より手軽な選択肢として先行開発を始め、2016年に「ノート」でe-POWERを初搭載。2020年以降は第2世代に進化した製品を市場投入している。
日産は2050年のカーボンニュートラルを目標として設定。長期ビジョン「Nissan Ambition 2030」では、2030年代の早い時期に主要市場での新型車100%電動化を果たすべく取り組みを進めている。この実現で2本の柱になるのがバッテリEVとe-POWERで、主要部品であるモーターやバッテリ、制御技術などを共用化して、双方が支え合うように進化を続けていることが日産の強みとなっている。
その柱の1つとなるe-POWERだが、リーフの発売当時は充電インフラが整っていないといった課題があったことを受け、発電用のエンジンを追加してバッテリEVの航続距離を拡大させる「レンジエクステンダーEV」として開発がスタートした。そこから、コストアップ要因になる駆動用バッテリを小型化してコンパクトセグメント向けの充電不要かつ100%モーター駆動のパワートレーンがe-POWERとなっている。
車両の電動化でハイブリッド車(HEV)を開発する場合、従来からあるエンジンにターボチャージャーなどを組み合わせるように、エンジンに対してモーターを追加していくが、日産では先にバッテリEVが生み出されていたという経緯があり、e-POWERも「100%モーター駆動が持つ魅力をより多くの人に体験してもらいたい」という目的でコンパクトセグメント向けに開発されたことから、モーターに対してエンジンを追加、エンジンを搭載していながら駆動力として利用しない逆転の発想になっているという。
実走行のビッグデータ活用でエンジン作動頻度を抑制
第2世代になったe-POWERの進化点は、ハード面では出力を高めて燃費を向上させた「高効率エンジン」、より小型軽量化した「一体型インバーター」、トルクを10%アップさせた「高効率モーター」の3点。これに第1世代で蓄積したデータを活用して高度化したソフトウェア制御を組み合わせて「より力強く」「より静かに」なっている。
具体的には、モーターとインバーターを一体化したことで高さを21%、前後幅を32%コンパクト化しており、駆動用モーターはローターやステーターの改良で損失を低減。最高出力を80kWから85kWに、最大トルクを254Nmから280Nmに強化している。
蓄積データの活用によるソフトウェアの高度化では、実走行のビッグデータからユーザーがどのようにクルマを利用しているかについて分析し、最適化。停止中や低速走行時といった車内が静かな状況でエンジンが始動すると“EVらしさ”を損なわれるとの判断から、車速が低い領域でのエンジン作動頻度を抑制する制御を実施している。
また、「上質さを兼ね備えた本格SUV」を目指して開発された2022年7月発売の新型「エクストレイル」、「ロングドライブも毎日の送り迎えも楽しめるミニバンNo.1」を目指して開発された2022年12月発売の新型「セレナ」では、第2世代e-POWERをそれぞれの目的に向けてさらに進化させているという。
e-POWER専用エンジンを搭載した新型「セレナ」
新型セレナの第2世代e-POWERでは、日産初となるe-POWER専用の「HR14DDe」型エンジンを開発。ロングストローク化によってエンジン排気量をこれまでの「HR12DE」型の1.2リッターから1.4リッターに拡大し、燃料噴射方式もMPI(マルチポイントインジェクション)から直噴に変更。高出力化によって発電効率を高めている。駆動用モーターも最高出力120kW、最大トルク315Nmと出力を20%アップ。これらに加え、カーナビに設定した目的地周辺で静かにEV走行する「先読み充放電制御」も世界初採用している。これらの技術改良により、「会話が弾む圧倒的な静かさ」と「圧倒的になめらかな走り」を実現したという。
「会話が弾む圧倒的な静かさ」の面では、まずはエンジン作動音を抑制するため、「エンジン回転数の抑制」と「エンジン振動を抑える構造」に取り組んだ。前出のように新型セレナの第2世代e-POWERは排気量アップで出力が向上しており、発電量が向上してより低いエンジン回転数で走行できるようになっている。
また、HR14DDe型エンジンはe-POWER専用となったことでエンジンスターターの取り付けが不要になり、ギヤボックスの取り付け面の真円化を進めてエンジン本体の剛性がアップ。ロングストローク化による振動増には一次バランサーシャフトの追加で対策を施し、さらにフレキシブルフライホイール、高剛性クランクシャフトなどの採用で振動を抑えた。これらの改良によりエンジンの発動最適点である2000rpm時の比較で、騒音を従来型から3dbほど低減している。
制御を行なうソフトウェアでも「充電量に応じた発電制御」「路面状況に応じた発電制御」「ルート上の充放電を先読みする発電制御」という3つの技術を導入。「充電量に応じた発電制御」では、従来型では基本的にバッテリのSoC(充電状況)に応じて発電量を決めていたが、2022年7月発売の「キックス」以降のe-POWERでは制御を刷新。バッテリ残量が多い時はエンジン始動を控え、残量が低下してきたらエンジンを集中的に働かせて発電するようにした。これには専用エンジンの採用による発電量の増加も寄与しているという。
「路面状況に応じた発電制御」は、路面が荒いときはロードノイズが増え、車内もうるさくなってエンジン音が目立ちにくいことを利用して発電しておくというアイデア。路面状況は4輪で検出する車輪速の微小な変動から演算を行なって判定する。
「ルート上の充放電を先読みする発電制御」では、カーナビで目的地設定して走行している場合、ルートにある道路の勾配や平均車速、渋滞情報、エアコンの使用状況なども勘案して必要となる充電量を算出。事前にしっかりと充電しておき、目的地の周辺ではエンジンの始動を抑制して静かに走れるようにする。また、走行経路に下り坂がある場合には事前の発電を控えてバッテリの電力を走行で消費しておき、下り坂で回生発電を最大限に活用してエネルギー回収する制御を盛り込んだ。
従来はドライバーが「チャージモード」「マナーモード」といったボタンを押してモード切替を行ない、積極的な充電とバッテリ走行を使い分けて同様の結果を得ていたが、新型セレナではカーナビを設定するだけで自動的に制御されるよう進化した。
「圧倒的になめらかな走り」を生み出すポイントになるのは「なめらかな前後の動き」「なめらかな左右の動き」「頭部への揺れの伝わりにくさ」の3点。
「なめらかな前後の動き」では、発進加速のスムーズさは先代からしっかりと受け継いで、モーターの駆動力アップで力強い加速力をさらに向上。また、アクセルペダルの踏み込み量だけで停止まで操作可能な「e-Pedal Step」では最大減速度を0.15Gから0.2Gに広げ、より幅広いシーンで利用できるようにしたことに加え、ペダル操作によってギクシャクとした雰囲気が出てしまわないよう、減速度の発生カーブをよりなめらかにしてアクセルペダルを急に戻しても自然に減速できるような設定としている。
「なめらかな左右の動き」では、新開発のハイカット特性ショックアブソーバーやロール剛性20%アップのスタビライザー、リジットマウントタイプのサスペンションメンバーなどを採用した高剛性サスペンション、ステアリングの改良などによってコーナーリング時のロールスピードを抑制。腰まわりはしっかりと支えつつ上半身や頭部に揺れを伝えないよういなしていく「新ゼログラビティシート」を1列目、2列目シートに採用しており、「頭部への揺れの伝わりにくさ」でも新ゼログラビティシートは効果を発揮してロングドライブでの疲労を軽減する。
また、渋谷氏はミニバンで重要な要素になる同乗者のクルマ酔いについての対策も解説。新型セレナでは「圧倒的になめらかな走り」の実現によってクルマ酔いの不快感を大きく低減しているが、これ以外にも取り組みを行なっており、例として後部座席に座ってフリップダウンモニターを見ているシーンについて紹介。
この状況で画面に写る映像ばかりが目に入るようになっていると、視覚情報と前後左右のGといったほかの体性感覚にずれが生じてクルマ酔いの原因になってしまう。新型セレナの後席専用モニターは周辺視野にフロントウィンドウ越しの景色などが入るよう取り付け位置を調整することで、画面を見ていても周辺視野から入る景色によって体性感覚との差を自然に補正してクルマ酔いしにくいよう工夫。すべての乗員が気持ちよくドライブを楽しめるようにしているという。
新型「エクストレイル」では「VCターボ e-POWER」採用
新型エクストレイルは「上質さを兼ね備えた本格SUV」というコンセプトを実現するため、パワートレーンで力強い加速と圧倒的静かさを生み出す「VCターボ e-POWER」、オフロード走破性と意のままの走りを実現する「e-4ORCE」を採用。発電用の直列3気筒DOHC 1.5リッターターボ「KR15DDT」型エンジンは最高出力106kW、最大トルク250Nm、前輪を駆動するフロントモーターは最高出力150kW、最大トルク330Nm、後輪を駆動するリアモーターは最高出力100kW、最大トルク195Nmをそれぞれ発生する。
VCターボエンジンは、通常はコンロッドを配置するところをマルチリンク機構に置き換え、状況に応じて圧縮比を自由に設定することを可能とする技術。マルチリンク機構の下側に配置したリンクをモーターが動かすことにより、ピストンヘッドの上死点の位置が変化して圧縮比を変化させる。エンジン回転数が低い低負荷領域では上死点を高め、圧縮比を14まで高めて燃焼効率を向上させる。回転数の高い高負荷領域では圧縮比を8に抑える設定として、この2種類のあいだを連続的に変化させる制御を行なっているという。
そんな力強いエンジンで発電した電力を、車両の前後に配置された2個の高出力モーターで活用することで駆動力が大きく高まっており、同セグメントの競合車と比較して0-100km/hタイムも大きく短縮できている。
一方で、すでに新型セレナの解説で紹介しているように、エンジン自体の静粛性向上、発電でのエンジン作動頻度の抑制といった第2世代e-POWERで実施した静粛性向上策に、ボディ全体で遮音構造を徹底追求したことを掛け合わせ、上質さを感じさせる静かなキャビンを実現。50km/hでの巡航走行時の車内騒音を先代モデルから3db低下させ、全開加速時の会話明瞭度は17%向上させている。VCターボ e-POWERはより低回転でも高トルクを発生できることから、車速に対するエンジン回転数を低く維持できることが特長になる。
逆に急加速が求められるシーンでもVCターボが効果を発揮。加速Gとエンジン回転数、車速とエンジン回転数、車速と加速G、車速とドライブシャフトトルクといったパラメーターの中で、どんなシーンで人が気持ちよく感じるかについて徹底的に分析し、これによって得られた情報を使って人が“リニアに加速している”と感じる車速とエンジン回転の領域を定義。ドライバーが期待するように加速感とエンジンサウンドがシンクロするようエンジン特性をセッティングしているという。
続いてはe-4ORCEについて。4WDは従来、オフロードや雪道といった滑りやすい路面で走破性を高めることを主な目的としてきたが、e-4ORCEではワインディング路における意のままの走り、市街地での上質さやゆとりある走りなど、あらゆるシーンで恩恵を感じられるような機能として開発している。
後輪をモーターで駆動する4WDはe-4ORCE以外にも存在しており、前後の駆動力配分を自在に変化させられることが特長になるが、e-4ORCEでは4輪すべてのグリップ限界を算出し、モーターによる駆動力とブレーキの制動力を協調制御する技術に日産として初めて取り組んだ。これにより、氷上のような極端な低μ路でも安定した走行が可能になるほか、悪路ではモーターによる緻密で遅れのない加速制御が威力を発揮する。
エンジンの駆動力で走る4WD車はアクセル操作から実際の加速までタイムラグがあり、アクセル操作が足りずに路面の凹凸を越えられなかったり、アクセルを踏みすぎて凹凸の通過後にブレーキ操作が必要になったりというケースも発生するが、e-4ORCEではアクセル操作とトルク発生が連動するのでスムーズで安定した凹凸走破が可能になる。
通常の舗装路における加減速でもe-4ORCEが前後輪の駆動力配分を実施。e-4ORCEでは加速側、減速側の両方で車両の前後動によるピッチングを算出して、ピッチ挙動の中心を車両の重心に近づけるよう制御している。
例えば減速時には前後のモーターで回生発電をコントロールして、制御なしでは前輪が強く回生ブレーキを効かせて車両前方が沈み込むような挙動になってしまうが、e-4ORCEで前後のタイヤに適切な回生ブレーキを発生させると安定した姿勢を維持して減速できるようになる。乗員は走行中に無意識の状態で姿勢を維持するため筋肉を働かせており、車両の前後挙動が抑制されるとこの筋力使用が減って、ストレスや疲労を軽減する効果も得られるという。
新技術の「STARCコンセプト」「X-in-1」でe-POWERをさらに進化
渋谷氏はe-POWERがこれから目指していく方向性についても説明。e-POWERは発電と駆動系が分離されたシンプルなシステムとなっており、発電では専用エンジンによる熱効率の追求とコスト低減、駆動系ではバッテリEVと共用する電動ユニットの性能向上とコスト低減と、それぞれで進化させていくポイントが明確化できているという。
新型セレナから登場した発電に特化したe-POWER専用エンジンはこれまでよりも高い熱効率を利用できるようになっており、さらにフィーリングについてもチューニングを進めているが、今後は一番効率のよいところばかり多用して定点運用できる専用エンジンを目指していき、駆動用バッテリの進化と組み合わせてEVらしさをより高めた“究極のe-POWER”を実現していく。
また、熱効率の向上策としてe-POWER専用エンジンで取り組んでいる次世代技術「STARCコンセプト」では、e-POWER専用エンジンはエンジンの回転数変動、負荷の変動が少ないことを利用して、領域を絞って安定的な空気流を作り、安定的に燃焼させるといった技術により、安定した超希薄燃焼で高い熱効率を実現することを目指して開発を進めている。
駆動系を構成するインバーターとモーターはコンポーネント設計を進め、すでに多くのバッテリEV、e-POWERモデルで共有を進めているが、今後は次世代パワーユニットとして開発している「X-in-1」でコア技術を完全共有。バッテリEVはモーター、インバーター、リデューサーを使う「3-in-1」、e-POWERモデルはさらにジェネレーターとインクリーサーを追加する「5-in-1」を採用し、大きなコスト低減を図っていく。
技術詳細としては、「X-in-1」でのモジュール化で小型軽量化することにより、コスト低減や走行性能の向上に加え、剛性アップによる振動低減、静粛性向上にも大きく寄与。駆動用モーターでは重希土類の使用量を削減するため、磁石に使う材料自体の進化、磁気回路の最適化といったアプローチを進め、次世代製品で使用量1%以下を実現を目指していく。インバーターでは段階的に進めているSiC(シリコンカーバイド)部品の採用を進めて出力密度をさらに高めていく。
講演の終了後に来場者を対象とした質疑応答も行なわれ、この中で第2世代e-POWERでは静粛性向上のためにエンジンの作動頻度を抑制しているとのことだが、これは燃費向上に貢献していないのかという質問が出た。
これに対して渋谷氏は「燃費自体は第2世代e-POWERで大きく向上しています。しかし、改善ではどの状況で効率よく発電するかがポイントで、頻度を下げて短時間に効率よく充電するためには時間あたりの発電量を増やすようなことも行なっており、HR12エンジンからHR14エンジンに変更したことで同じ回転数での出力アップなども図って、単位時間あたりでの発電量を上げて収支を合わせているという考え方です。計測を行なうモード燃費よりも実用燃費でいろいろな効果が出る面もあります」と回答している。
なお、この講演内容は人とくるまのテクノロジー展 2023 YOKOHAMAのオンライン会場で2023年5月31日~6月7日の期間に見逃し配信の実施を予定している。