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名古屋 ものづくりワールド 2019でトヨタ自動車の運転技術開発責任者 鯉渕氏による基調講演

自動車の競争には無線でソフトウェアをアップデートし機能を追加していくという新しいルールが持ち込まれつつある

2019年4月17日~19日 開催

トヨタ自動車株式会社 先進安全領域 領域長 兼 TRI-AD CTO 鯉渕健氏

 中京地区の製造業向けに各種のソリューションを紹介する「名古屋 ものづくりワールド 2019」が、4月17日~19日の3日間にわたって愛知県名古屋市のポートメッセなごやで開催されている。初日となった4月17日には、トヨタ自動車 先進技術開発カンパニー 先進安全領域 領域長 兼 TRI-AD CTO 鯉渕健氏による「未来のモビリティ社会に向けた自動運転技術開発 ~すべての人に移動の自由を~」という基調講演が行なわれた。

 鯉渕氏はトヨタ自動車の自動運転技術の技術開発責任者で、同社の子会社で先進技術やソフトウェア開発を行なっているトヨタ・リサーチ・インスティテュート・アドバンスト・デベロップメント(TRI-AD)のCTO(最高技術責任者)でもある(TRI-ADに関しては別記事を参照)。

 鯉渕氏は自動運転を実現する目的として「交通事故を減らして究極の安全を実現し、かつ自由な移動や環境への配慮」とし、体の不自由な人やお年寄りなどの交通弱者と呼ばれる人たちも含めて、自由な移動を実現していくことが自動運転を開発する理由だと説明。トヨタ自動車の自動運転開発ロードマップなどについて紹介した。

ディープラーニングの登場により自動車の知能化が実現され、自動運転車実現に大きく前進

 冒頭で鯉渕氏は「1939年のニューヨークで行なわれた万博で、自動車と自動車が通信して自律的に動くという紹介がされた。それから80年以上が経っているがまだ実現していない。トヨタも30年前から開発しているが、現在でもドライバーなしの自動運転はまだ実用化されていない」と述べた。

 しかし、よく知られているようにここ数年は自動運転が現実のものとして見えてきたとし、「センサーなどの性能向上、コンピュータの処理能力が上がったなどのハードウェアの進化、そしてマシンラーニングやディープラーニングなどの新しいアルゴリズムが実用化のレベルになっている。安全、自由な移動、新しい物流、そして新しいビジネスを実現してモビリティを大きく変えていく可能性がある」と説明した。

 トヨタがなんのために自動運転技術を開発しているのかについて、鯉渕氏は「日本では4000人弱の交通事故の犠牲者が出ている。米国では若年層のトップの死因が交通事故。そうした事故をできるだけ減らして究極の安全を実現したい。それに加えて自由な移動や、環境への配慮などが目的となる」と述べ、トヨタの自動運転の哲学が「モビリティチームメイトコンセプト」であり、自動車はオーナーが出かける時のパートナーで、運転する楽しみを持つことができ、運転したくないときにはクルマに任せることができる製品にすると説明した。

 そして話題は自動運転を実現する方法について移っていき、「自動運転を実現するには3つの知能化が重要。認知、判断、操作という3つの人が行なっているプロセスを機械が代行するのが自動運転だ」と述べ、従来のADAS(先進安全運転技術)よりもより複雑で新しい機能が入ってくるとして、運転の知能化、人とクルマの協調、通信技術の導入という3つの新しい要素を説明した。

 1つ目の運転の知能化としては、AIがクルマのまわりを網羅的に認識して、道路に子供がいた場合、急に飛び出してくるといった予測を含めた賢い判断をしなければならないし、初めての事象に最初は対応できなくても、自己学習で徐々に賢くなっていくなどの要素が必要になる。これに関して鯉渕氏は「そこまでの方法論はまだ確立されていない。しかし、近年ではディープラーニングベースのAIが登場したことにより変わりつつある。従来の方式では特徴を教える。ディープラーニングでは特徴を学習する。データが多くなると圧倒的な性能差が出る」と述べ、ディープラーニングが自動運転実現のキーになると説明。トヨタでは米国にTRIなどの研究所を設立するなど、従来は自動車メーカーが得意な領域ではなかったソフトウェアに多大な投資を行なっていると説明した。

 2つ目の人とクルマの協調という要素では、オーナーカーの自動運転では、オーナーが自分で運転したいとき、自動運転では対処できないときなど、人とクルマが協調してドライブする必要があると説明した。

 そして3つ目の通信技術の導入という点では、コーナーがブラインドになっているなどセンサーでは把握できないときにネットワーク経由で情報を補完し、ソフトウェアのアップデートなどにより地図やシステムを最新状態に進化させることが重要だと説明した。

自動車のソフトウェア化は待ったなし。ソフトウェアアップデートで機能追加して付加価値を上げていくことが当たり前に

 自動車のソフトウェア化などの新しい要素により、自動運転車の開発競争は激化していると鯉渕氏は説明した。「ITジャイアントやUberなどの配車大手は、ライバルでもありパートナーにもなり得る。無線でソフトウェアを書き換えて付加価値を上げていくという、新たなルールが自動車の世界に持ち込まれてくる。まさしく生き残りをかけた戦いだ。そこでトヨタは製造業から脱却してモビリティカンパニーへの変革を表明しており、TRI、TME、トヨタ中央研究所などの自社の研究所と部品メーカーなどが1つのチームになって開発体制を整えている」と述べ、トヨタはソフトウェアをアップデートして新しい機能を追加するというITの世界では当たり前のルールを受け入れ、それに負けない開発体制を整えていると説明した。

 鯉渕氏によればその中でも中核となるのは、トヨタが東京にデンソーやアイシンと設立し、鯉渕氏がCTOを務めるTRI-ADで「ワールドクラスの自動車ソフトウェアと安全なクルマづくりを目指す」と述べ、TRI-ADで行なっている取り組みなどについて説明した。鯉渕氏は「大事なことはデータとモノ作りの融合だ。データは質と量が重要で、それを使ってより安全、便利なクルマづくりを目指す」と述べ、データを生かした自動運転車の開発が今後は重要になると指摘した。

 そしてトヨタのロードマップについて触れ、自動運転車のカテゴリーをオーナーカー向けとMaaS(Mobility as a Service)向けとに分けて説明した。オーナーカー向けでは2017年に「Lexus Safety System +A」というレベル2の自動運転をすでに出荷済みで、2020年には自動車専用道路でのレベル3の自動運転車を投入する。そして2020年代の前半には渋滞時の自動運転、2020年代後半には高速道路での完全自動運転、一般道路での自動運転を実現すると説明した。その一方、MaaS向けには2020年に東京オリンピック期間中のお台場地区限定で一般道路でのデモを行ない、2020年代前半には地域を限定した一般道路での実証実験、2020年代後半には複数地域で実用化を目指すと説明した。

 その後、これまでトヨタが公開したレベル2の自動運転となるLexus Safety System +A、レベル4の自動運転のデモとなるショーファーモードを備えた自動運転実験車「TRI-P4」、MaaS向けとなる「e-Palette Concept」などを説明した。

自動運転車の課題は安全性・信頼性の確保や、社会受容性の向上など

 鯉渕氏は今後自動運転を開発していく上での課題として、自動運転技術の安全性・信頼性の確保、法規、責任の所在、社会受容性の向上などを挙げた。

 安全性・信頼性の確保に関しては「トヨタでは新しい機能を世に出すときは、100万kmや200万kmという単位での走行試験をしている。自動運転はこれまでの新しい機能に比べてもっと複雑なので、これまでよりも膨大な時間が必要になる」と述べ、自動運転車の開発では従来のような走行試験では不十分だとしてきた。そこで「開発段階のデータ、市販車からのデータ、シミュレーションでのデータすべてをデータベースに保存して、それを活用してシミュレーションを行なっていく。特に雨上がりで逆光とかレアなケースなどをシミュレーションでテストしていく」と述べ、シミュレーションこそが自動運転車を開発する上で重要な試験の1つになると強調した。

 また、社会的受容性に関しては「どこまで安全にすれば十分なのかはこれから社会で議論していく必要がある。私の考えでは平均的なドライバーと同じではだめで、おそらく数倍が必要になる。業界にとってはそれを社会が決定したとして、その数倍をどのように確認していくのかが課題になるだろう。また、運転以外の操作、例えばワイパーを動かし窓の曇りをなくすのも、自動車が自動でやるのかなど、まだまだ決めていくことは多い」と述べ、自動運転の実現には社会がどこまで何を受け入れるのかの議論が必要で、それを経た上で自動車メーカーも仕様を決めていくことになると説明した。

 最後に鯉渕氏は「トヨタが目指しているのは、誰もが自立した生活を行ない、究極の安全を実現し、Fun to Drive(運転する楽しみ)を実現することだ」と述べ、その3つを実現していくことが鯉渕氏をはじめとしたトヨタの自動運転開発チームの目標だと説明して講演を終えた。