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トヨタの自動運転ソフトウェア開発を担う「TRI-AD」がワークショップ。「ソフトウェアの90%をクラウド化してバグフリーを実現」

トヨタ、デンソー、アイシンの3社で日本橋に設立

2019年1月30日 開催

トヨタ・リサーチ・インスティテュート・アドバンスト・デベロップメント株式会社 CEO ジェームス・カフナー氏

 トヨタ自動車、デンソー、アイシンの3社によるジョイントベンチャーとして設立されたトヨタ・リサーチ・インスティテュート・アドバンスト・デベロップメント(Toyota Research Institute-Advanced Development, Inc、以下TRI-AD)は1月30日、東京 日本橋にある同社本社内において自動運転ワークショップを開催し、同社がトヨタ向けに開発している自動運転技術などについて説明を行なった。

 TRI-ADはトヨタが米国でAI(人工知能)などの最先端技術を開発する子会社として設立したToyota Research Institute(TRI)の研究成果を、生産車に落とし込む技術を開発する会社として設立された企業で、従来の自動車メーカーにとって弱点となっていたソフトウェア技術を開発する拠点としてトヨタにとって重要な意味を持つ企業となっている。

 TRI-AD CEO ジェームス・カフナー氏は「TRI-ADは非常にユニークなポジションにあり、日本のモノ作りとシリコンバレーのイノベーションを1つにする架け橋となるのが役割だ」と述べ、TRI-ADが日本の強みであるモノ作りと、シリコンバレーのソフトウェアベースのイノベーションのそれぞれのよいところを合わせて1つにしていくのが役割だとした。

自動運転関連の技術開発が、現行の自動車の安全性を高めることに繋がる

トヨタ・リサーチ・インスティテュート・アドバンスト・デベロップメント株式会社 CEO ジェームス・カフナー氏

 TRIの創設者でCEOでもある、米国の著名なAI研究者のギル・プラット氏のビデオにより紹介されたのが、2018年に設立されたばかりのTRI-ADのCEOに任命されたジェームス・カフナー氏。カフナー氏は、スタンフォード大学 コンピュータ科学ロボティクス研究所博士号を取得した後、2009年から2016年までGoogleでリサーチサイエンティストなどの研究職に従事し、2016年にプラット氏に招聘される形でTRIへと加入した経歴の持ち主。その経歴から分かることは生粋のシリコンバレーの研究者と言え、シリコンバレーの言葉で問題に対処できる人材だということができるだろう。

スライド資料のタイトル
トヨタの80年に渡るクルマ造りの歴史
トヨタは今後モビリティカンパニーへと進化していく

 TRI-ADのトップがカフナー氏のようなシリコンバレーの研究者であることは、トヨタがそれだけシリコンバレーのやり方を自動車開発に持ち込もうとしているという本気の裏返しだと考えることができる。そのカフナー氏は「80年に渡ってトヨタは自動車を、信頼できるモノ作りで作ってきた。しかし、今それがメカから、数百万行に及ぶソフトウェアコードの開発に変わりつつある」と述べ、TRI-ADがソフトウェアを開発し、それをトヨタに供給する企業であることを強調した。

トヨタ・リサーチ・インスティテュート・アドバンスト・デベロップメント株式会社 CTO 鯉渕健氏

 続いて登壇したのはTRI-AD CTO(最高技術責任者)鯉渕健氏。鯉渕氏はトヨタ出身で、トヨタでは2014年から自動運転技術、先進安全技術の開発を担当してきた。その鯉渕氏のようなトヨタの自動運転技術を担当してきた人材がCTOを務め、“シリコンバレーガイ”のカフナー氏がCEOを務めるというのがTRI-ADのあり方を端的に示していると言えるだろう。

トヨタのビジョン。安全、移動の自由、効率の実現

 鯉渕氏は「トヨタではMSPFなどのソフトウェアプラットフォームを打ち立てて、自動車というハードウェアだけでなくサービスを展開していく。その中で自動運転技術は重要なパートを占めている。死傷者0などの安全な交通社会、すべての人に移動を自由を、そして環境に配慮した効率の実現が目的となる」と述べ、安全、移動の自由、環境に配慮したクルマ社会を作るというトヨタの社是を実現するためにさまざまな開発を行なっていくと説明した。

安全を実現するための取り組み

 例えば、死傷者を減らしていくために、現在の製品に搭載されている技術も含めてさまざまな研究を行なっていると解説し、実際に歩行者の夜間事故が発生した現場にいって明るさなどを調べて、1ルクスの明るさまでに対応できれば事故は防げる可能性が高いと結論付け、より高感度なカメラを搭載することで対応しているなどの説明を行なった。

トヨタの現行製品

 そして、これまでのトヨタの自動運転技術について説明し、2017年に「Lexus Safety System+A」という予防安全システム、「Toyota Safety Sense」という安全安心機能といったいわゆるレベル2の自動運転技術などを導入し、その後もその第2世代などを導入することで、事故の低減に貢献していることなどを紹介した。鯉渕氏は「こうした技術の登場もあり、交通死亡事故率は長い時間をかけて徐々に低下してきている」とした。

死亡事故は減り続けてきたが?
今後の事故を減らせる対策

 しかし、交通死亡事故率の低下ペースは徐々に鈍化してきており、北米ではむしろ上がっている。要因は3つあり、センサーの見える範囲外で事故が起きたり、対象が急激に動いたりしたので対処できない、そしてスピードが速すぎて反応が遅れるなどがある。今後は新しい技術の導入でこれらに対処していく必要がある。こうした新しい技術は自動運転の技術と似通っており、「自動運転の技術の開発を進めていくことが安全に繋がっていく」と鯉渕氏は述べ、今後も自動運転関連の技術を進化させることで、より安全性を高めて事故を減らしていくことが可能だとの見通しを説明した。

MaaSの実現や自動運転に向けた取り組み

TRI-ADは日本のモノ作りとシリコンバレーのイノベーションを1つにする架け橋になるとカフナーCEO

Highway Teammate

 その後はカフナー氏が、TRI-ADが開発しているトヨタ向けの自動運転技術などに関して説明などを行なった。「Highway Teammate」(ハイウェイ チームメイト)という名前が付けられた自動運転技術は、高速道路に適用範囲を限ったいわゆるレベル3の自動運転技術になる。カフナー氏によればHighway TeammateはTRI-ADが開発しており、2020年の実用化を目指して開発が続けられている。

 カフナー氏は「Highway Teammateはパワフルなスーパーコンピュータが4輪の上に載っているようなものであり、さらにレーダーやLiDAR、カメラなど複数のセンサーを利用して360度を常に把握しながら知覚し、そしてOTAの形で常にアップグレードできる状態になっている」とその機能を説明した。

産学協同で開発を続けている

 カフナー氏によれば、その開発にはTRI、TRI-AD、そしてスタンフォード大学など大学なども関わっており、デンソー、アイシンなどティア1の部品メーカー、さらには半導体メーカーなどのサプライヤーも含めて開発に協力し、そうした複数のベンダーが1つのチームとして開発していると説明した。

TRI-ADの会社概要
企業理念
TRI、TRI-AD、トヨタのそれぞれの役割

 そして2018年3月に設立されたTRI-ADの概要についても説明。トヨタ、デンソー、アイシンの3社による合弁会社のTRI-ADは、28億ドル(1ドル=110円換算で3080億円)の出資金で設立されたと述べ、その目的は世界最高の安全なクルマを作るためのソフトウェアと技術を開発することだと説明した。そして、米国のTRIやトヨタとの関係についても言及し「TRI-ADの立ち位置は生産車になる前の自動車を開発すること。そのために、ソフトウェアや技術を開発していく過程ではシミュレーションやマシンラーニングなどの手法を利用して実現していく」と述べ、TRI-ADの役割はソフトウェアや技術の開発にあり、それをトヨタが生産車に組み込んで顧客に提供するといった形になっていくと説明した。

自動運転の技術要素
こうした複雑な状況でも人間の動きなどを推測していく必要がある
推測した上で自動車をどう動かすか決めていく
バグのないソフトウェアを実現するには

 そして、バグがないソフトウェアを作ることができるのかという命題に対しては「われわれはパワフルなクラウドベースのツールを作っていき、マシンラーニング、さまざまな開発ツール、OTA、マップ作成ツールなどを組み合わせて実現していく。そのため、自動車上のソフトウェアは全体の10%程度になり、自動車にないソフトウェア、具体的にはクラウドが90%となることでバグフリーを実現していく」と述べ、クラウドなどのインフラ側のサポートを手厚くすることで、自動車上ではバグを限りなく少なくしていくことが可能だと説明した。その具体的な例として、シミュレーションの活用についてカフナー氏は言及し「単にシミュレーションを利用するのではなく、現実の環境をシミュレーション環境で再現し、それにより開発を加速できる」と述べた。

データの重要性
現実の環境をシミュレーションで再現
マシンラーニングの手法
Autoware Foundationに加入、ソフトウェア開発はオープンソースで

 そしてTRI-ADでは、そうしたソフトウェアの開発に関して、シリコンバレーでは一般的に行なわれているオープンソース(ソースコードと呼ばれるソフトウェアの設計図を公開して、業界関係者が協力して作り上げていく開発モデルのこと。LinuxやAndroidなどがその例)の手法を取り込んでいくとし、ティアフォーなどが中心になって設立された業界団体であるAutoware Foundationに参加したことなどを紹介した。

UXへの取り組み

 また、今後は自動車開発で必要な要素としてUX(User eXprience、ユーザー体験、ユーザーにとっての使い勝手のよさのこと)が重要だと考えているとし、GoogleでUXの研究を行なっていた研究者などをスカウトして担当者としたことなどを説明した。

新しいオフィスのコンセプト

 最後にカフナー氏は「今年の夏には、現在のオフィスの向かいに新しくできる日本橋室町ビルディングに本社を移転する。5つのフロアがあるオフィスで、新しいコンセプトのオフィスにしていきたい。このように、TRI-ADは日本のモノ作りとシリコンバレーのイノベーションを1つにするというユニークな存在で、今後非常にエキサイティングなことを世界に提供していきたい」と抱負を述べた。

TRI-ADの文化