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ホンダF1参戦終了まで1年3か月、ホンダはF1活動の思いをファンと共有できるのか?

2019年第9戦オーストリアGPで優勝した際にホンダロゴを指し示すマックス・フェルスタッペン選手(33号車 レッドブル・レーシング・ホンダ)(C)Getty Images / Red Bull Content Pool

 本田技研工業は10月2日17時、2021年シーズンをもってF1(FIA フォーミュラ・ワン世界選手権)への参戦を終了すると発表した。実質的にF1撤退を宣言する衝撃の発表だった。発表は同社代表取締役社長 八郷隆弘氏から行なわれオンライン会見が開催された。速報や会見での質疑応答は既報のとおりだが、F1撤退の主たる理由は「2050年カーボンニュートラルの実現」にあるという。

 会見では参戦経費など経済的な理由からかとの質問もあったが、今回の決断は長期的な視野に立つものであり、将来のパワーユニットやエネルギー領域での研究開発に経営資源を重点的に投入していくためとのこと。人的資源などにも八郷社長は言及していた。

Honda 記者会見

 ホンダのF1撤退を報じた記事には多くの方から「残念だ」との声が寄せられており、モータースポーツファンやホンダファン以外にも多くの方がホンダの決断に強い衝撃を受けていることが推測される。記者自身も第4期となるF1挑戦は2008年の撤退記者会見以降からお届けしてきただけに大きな期待を抱いていたし、大きな衝撃を受けた。

ホンダ、F1撤退を決定(2008年12月5日)

https://car.watch.impress.co.jp/docs/news/038227.html

ホンダ、2015年からのF1復帰記者会見(2013年5月16日)

https://car.watch.impress.co.jp/docs/news/599728.html

「7年前にやり残したことがある」、ホンダF1記者会見(2015年2月10日)

https://car.watch.impress.co.jp/docs/news/687846.html

ホンダ、社長交代人事で伊東孝紳氏と八郷隆弘氏が記者会見(2015年2月23日)

https://car.watch.impress.co.jp/docs/news/689695.html

F1 オーストリアGPでマックス・フェルスタッペン選手が優勝。ホンダとして2015年復帰後の初勝利(2019年7月1日)

https://car.watch.impress.co.jp/docs/news/1193405.html

ホンダ、F1撤退 2021年シーズンをもってF1へのパワーユニットサプライヤーとしての参戦を終了することを決定(2020年10月2日)

https://car.watch.impress.co.jp/docs/news/1280600.html

 復帰当初は苦労したホンダの挑戦は、2018年の復帰後3年でトップチームであるメルセデスやフェラーリをキャッチアップできる位置に。2019年の第9戦オーストリアGPで第4期として初優勝。2020年シーズンは相対的なものではあるものの、フェラーリが調子を落としたためメルセデスに次ぐPU(パワーユニット)サプライヤーとして2勝を挙げているのは多くの方のご存じのところだ。

 とくに本誌では、この第4期の開発に現在のホンダを支える軽自動車「N-BOX」の開発者である浅木泰昭氏が加わったことに注目。浅木氏は第2期F1に携わった開発者でもあり、その後市販車開発に転じてN-BOXシリーズという大ヒット作を作り上げた。日本でベストセラーとなっているN-BOXシリーズは、F1開発者が作り上げた製品であり、八郷社長の言うF1で生み出された人材が、ホンダの屋台骨であるN-BOXシリーズを生み、今またF1開発を率いることで、メルセデス勢をキャッチアップしようとしている。

ホンダ、「N BOX」のユーティリティ性をアップした「N BOX+」発表会(2012年7月5日)

https://car.watch.impress.co.jp/docs/news/545052.html

「F1のPU開発は、軽自動車開発と同じ」、ホンダF1優勝の立役者 HRD Sakura センター長 浅木泰昭氏が語る(2019年9月27日)

https://car.watch.impress.co.jp/docs/news/1209745.html

経営的に厳しい状況に追い込まれたホンダの現状

 このホンダF1撤退が驚きを持って迎えられたのは、ホンダがF1に供給するハイブリッドパワーユニットが実力を付けてきているからにほかならない。トロロッソに供給する以前であれば、当時のホンダハイブリッドパワーユニットの戦績から当然の経営判断だと思う人も多かっただろう。

 しかしホンダF1の戦績は2018年のトロロッソへの供給から上向きとなり、2019年はトップチームであるレッドブルとダブル供給することで、開幕戦となるオーストラリアGPの3位表彰台獲得、第9戦オーストリアGPでの優勝と目覚ましい戦績を納めることに成功した。

 今シーズンは、第11戦アイフェルGP終了時で10戦連続表彰台獲得、レッドブルのマックス・フェルスタッペン選手が第5戦を優勝したほか、トロロッソからチーム名が変わったアルファタウリのピエール・ガスリー選手も第8戦で優勝するなど、メルセデスと僅差で競るハイブリッドパワーユニットになっている。それだけに、「なぜ、今」という思いを持った人も多かった。

 八郷社長は、「2050年カーボンニュートラルの実現」へ向けての経営リソースシフトの問題を挙げていたが、ホンダの足下の数字は非常によくない。本田技研工業は8月5日に第1四半期決算短信を発表しているが、コロナ禍などにより2021年3月期第1四半期(2020年4月~6月)の売上高は約3兆9962億円から約2兆1237億円へと46.9%の減少。装置産業である自動車産業でこれだけ売上が減れば赤字となるのは必然で、利益は約1895億円の黒字から約799億円の赤字に。2021年3月31日までの通期見通しでも売上高は前期から14.3%減の12兆8000億円、利益は黒字とはなるものの61.8%減の1950億円との見通しを発表している。

 コロナ禍の収束は誰も見通せず、F1の参戦費用・開発費用が数百億円と言われる中、さらに必ず必要となる将来への開発費用負担を考えた場合、ホンダにとってF1を続けるのは難しいとの判断が行なわれたことがうかがわれる。

ホンダはF1と市販車を結びつけることができたのか? そしてファンとの結びつきは?

 このホンダの経営判断に「残念だ」という人もいれば、「当然だ」という人もいる。そして「怒っている」という人もいれば「悲しい」という人もいる。いろいろな声を見かけることができるが、1つ言えるのは、F1は4輪モータースポーツの最高峰としてそれだけ人の心を揺さぶるスポーツとして認識されていることだ。

 昨年、オーストリアGPをライブ中継で見ていた人は、フェラーリのルクレール選手をレッドブル・ホンダのフェルスタッペン選手が抜いたとき、夜中であるにもかかわらず大声を上げてしまったのではないだろうか。そして、今年のイタリアGPでガスリー選手が優勝したとき、チームの前身であるトロロッソとホンダの物語やガスリー選手のこれまでの歩みを思い出して感動した人は多いだろう。そしてガスリー選手のマシンに描かれた「50 RACES TOGETHER」のステッカーの意味に、心を1つにする気持ちの大切さを改めて感じた人もいるだろう。

 もしホンダが第4期F1でやり残したことがあるとするなら、シリーズチャンピオンの獲得ももちろんだが、このような心の一体感をファンとしっかり共有できておらず、ホンダの利益につながっていないことかもしれない。

 現在、ホンダのヒット作として浅木泰昭氏が初代モデルを作り上げ、白土清成氏(現ホンダアクセス社長)が2世代目を作り上げた「N-BOX」シリーズがあり、ハイブリッド車として新型「フィット」がある。しかしながら、これらホンダを代表する車種がF1のハイブリッドパワーユニットとリンクして訴求されていないのはなぜだろう。

 もちろん市販車とF1はまったく別のテクノロジではあるのだが、F1で使われているMGU-K(Motor Generator Unit,Kinetic)は、フィットも使っている力学的(Kinetic)にエネルギーを出し入れするハイブリッドシステムであるし、MGU-H(Motor Generator Unit,Heat)はN-BOXにラインアップしているターボを使って熱(Heat)エネルギーを利用するものだ。

ホンダF1テクノロジー

https://ja.hondaracingf1.com/technology.html

 いずれのクルマもF1の技術とリンクしての訴求がされていないのはホンダらしい正直さなのかもしれないが、浅木泰昭氏という同じ開発者が携わっているのに非常に残念な状況に見える。

 また、八郷社長がオンライン会見でF1におけるうれしかったこととして挙げたイタリアGPでのガスリー選手の優勝を、ホンダF1 マネージングディレクター 山本雅史氏もうれしかったことの1つとして挙げていたが、そのトップの思いをファンが共有する手段が提供されないのはなぜだろう?

 例えば、ホンダF1広報の鈴木悠介氏とアルファタウリ広報の発案によるものと山本MDが語る、ガスリー選手のマシンに描かれた「50 RACES TOGETHER」のステッカーをホンダの思いを共有する商品として販売はできないのだろうか? 山本MDによるとホンダスタッフ、アルファタウリスタッフともそのステッカーを貼ったクルマでモンツァに移動し、50戦を期に心を1つにできたこともガスリー選手の勝利の要因だと言う。

ガスリー選手のマシンに描かれた「50 RACES TOGETHER」のステッカー。ガスリー選手の勝利の要因となった

 であるなら、ホンダファンと心を1つにするため、そのステッカーをホンダF1チームへの寄付金を含めて販売することはできないのだろうか?

 たとえば50ドルや5000円のステッカー代の80%はホンダF1チームに寄付をするドネーション付きステッカーとして販売すれば、ホンダにF1チームへの活動資金として明確なメリットが見えるし、ファンはホンダF1チームのスポンサーになることができる。クルマであれば百数十万円必要だが、ドネーション付きステッカーであれば1万円以下でサポートできることで、ホンダF1チームと強いつながりを持つことができる。もちろんその際は、クルマに貼れるサイズ、PCに貼れるサイズ、スマートフォンに貼れるサイズなど、「POWERED by HONDA」の時代とは異なったセンスも必要になってくるだろう。

 第4期の参戦終了の発表が2008年の第3期F1終了の発表と異なっているのは、今シーズンは残り6戦、来シーズンはまるまる1シーズン残っていることにある。2008年のときはホンダF1に対する応援をする時間もなく断ち切られてしまったが、今回は約1年3か月という時間が残っている。ホンダF1撤退を残念に思う声が多いのであれば、ホンダにはF1チームとファンをしっかりつなぐという仕事が残っているのではないだろうか?

 ホンダF1が参戦終了する2021年は日本GPも待っている。そこにおいてもホンダはファンとの強いつながりを用意すべきだし、用意することでファンは応えてくれるに違いない。残り1年3か月、ホンダがF1の歴史に何を刻んでいくのか、ファンとどのようなつながりを作っていくのか、ホンダの思いをどのように共有できるのか。ホンダファンにとっても、F1ファンにとっても、そしてこれからホンダファンになる人にとっても大切な1年3か月といえるだろう。