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ホンダF1 山本雅史氏、モナコGPの勝利が「ターニングポイントになっていく可能性が高い」
2021年5月30日 00:00
5月23日に行なわれたF1世界選手権 第5戦 モナコGPは、レッドブル・ホンダのマックス・フェルスタッペン選手(33号車 レッドブル・レーシング・ホンダ)が2番グリッドからスタートし「完勝」といった形でレースを制した。ホンダが2015年にF1に復帰してから初めてモナコGPを制しただけでなく、このレース前までポイントリーダーだったルイス・ハミルトン選手とメルセデスが7位に終わったことなどもあり、フェルスタッペン選手がドライバー選手権で、レッドブル・ホンダがコンストラクターズ選手権でトップに立った。
レッドブルホンダ、F1モナコGPで優勝 ホンダは1992年のセナ以来、フェルスタッペンはモナコ初優勝
https://car.watch.impress.co.jp/docs/photogallery/1317840.html
レッドブル・ホンダのホンダ側責任者であるホンダF1 マネージングディレクター 山本雅史氏に、モナコGPでの優勝について、そしてこれからのF1シーズンの展望についてオンラインで話しをうかがった。
3勝分の価値があると言われ、必ず勝ちたいと思っていたモナコで完勝。ホンダF1最後の年にチャンピオンをという強い思い
──モナコGPでレッドブル・ホンダのマックス・フェルスタッペン選手が優勝した。現地ではどうだったか?
山本氏:現地では大きく盛り上がり、本当にうれしかった。マックス(マックス・フェルスタッペン選手)もモナコGPは初優勝ということもあり、レッドブル側もクリスチャン(クリスチャン・ホーナー氏、チーム代表)やヘルムート(ヘルムート・マルコ氏、レッドブル・アドバイザー)もみんな大喜びで、ヘルムートの喜びようなどは2019年にレッドブル・ホンダとして初優勝して以来かもというほどだった。
モナコGPは世界3大レースの1つだし、モナコでの1勝は3勝分の価値があるということをいろいろな人が言っておられるぐらいなので、それぐらい喜びを拡大させてくれる場所である。僕個人としても、モナコは必ず勝ちたいと思っていたので本当にうれしかった。
──ホンダ社内での受け止めはどうだったか?
山本氏:モナコ優勝ということで、モータースポーツ部が長井部長を先頭に動いてくれて、翌日に青山(ホンダの本社ビルがある青山1丁目)にレッドブルを飾ってイベント開催してくれた。外にお見せすることはできないが、役員室に「モナコ優勝、F1 80勝」という優勝のポスターを飾ってくれたりとか、社内でもとても盛り上がっていたと聞いている(筆者注:山本MDはホンダF1の前線基地やレッドブルのファクトリーがあるイギリスに赴任中)。やはりそこはモナコで優勝ということは大きな違いがある。もちろん今年マックスはイモラのエミリア・ロマーニャGPで優勝しているのだが、その優勝とは重みが違うということだろう。
──このモナコGPの優勝で、ライバルのエースであるルイス・ハミルトン選手が7位に、ボッタス選手はリタイアしたことにより、フェルスタッペン選手がドライバー選手権でトップに、レッドブル・ホンダがコンストラクターズ選手権でトップに浮上した。このこと自体は2015年にホンダがF1に復帰して以来初めてのことで、レッドブル・ホンダとしても大きな進化をしていることを示していると思うが?
山本氏:今おっしゃったように、ホンダが2015年に復帰して以来、初めてモナコで優勝して、ドライバー選手権、コンストラクターズ選手権でともに暫定1位になっている。ホンダとしては今年がF1活動の最終年という中で、最後のチャンスの年にチャンピオンシップに掛ける思いは非常に強い。
1人1人の力がベクトルになって集中した結果が出てきていると考えている。また、マックスがドライバーとして完璧な仕事をしてくれた結果であり、そこにチームの関係者の努力などが実ってチャンピオンシップの暫定1位を獲得できたと思う。
自分としてはこのモナコが今シーズンのターニングポイントになっていく可能性が高いと考えている。もちろん、残り18戦あるので油断はできないが、モナコで勝つということはチームにとっても、ホンダにとっても念願だったので、次のステージに進むことができる。
その意味でも残り18戦しっかりとメリハリをつけてうまく戦い、最終年に悔いが残らないようにしていきたい。また、ファンのみなさんが喜んでいただけるように1戦1戦がんばっていきたい。
──モナコGPの前後にF1を賑わせた話題と言えば、メルセデス陣営がレッドブルのリアウィングに関して「レギュレーションに違反してたわんでいる」とアピールし、第7戦のフランスGPからリアウィングの検査方法が見直されることになった。その是非に関してはおいておくとして、以前のメルセデスであれば、そうしたことに神経質になるようなことはあまりなく「王者らしい」態度だったように見えたのだが、ここに来てやや政治的な動きをするということは彼らの側にもある種の焦りのようなものがあると見えるが、欧州でもそうした受け止めなのだろうか?
山本氏:そうした受け止めは(ヨーロッパのF1関係者内で)あると思う。実際モナコGP終了後に、メルセデスのチーム代表であるトト・ウォルフ氏がアゼルバイジャンであのウィングを使うなら抗議するという記事が出ているのを目にした。その辺りはレッドブル側、クリスチャンが対応しているのでホンダ側としては何も言うことはない。
ホンダとしてはしっかりと優れたパワーユニットを提供することに集中していかないといけない。次のアゼルバイジャンのバクー市街地コースは、同じ市街地コースではあるがモナコとは違った局面があり、2kmにもなるロングストレートがある半面、クルマが1台しか通れないようなタイトなコーナーもある。全体的にはモナコよりは「緩めな市街地コース」となるので、しっかりとパワーユニットのマネジメントをしていくのがホンダの役割になる。
ルーキーの角田選手、今は学習のプロセスを踏んでいる段階、モナコで完走したことが今後に生きてくる
──素晴らしい出足の開幕戦だったあと、次の4戦ではやや苦戦が続いている角田裕毅選手に関してはどうか? 特に欧州では最初の期待が高かっただけにいろいろ言われてしまっていると思うが、今の角田選手は学習の年としてプロセスをしっかり踏んでいるとも言えると思うがどうか?
山本氏:そのとおりだ。やはりF1はプロセスを踏んでしっかり学んで行くことが大事だ。彼はこれまで日本でのFIA F4を2年、F3を1年、F2を1年でF1まで昇格した。その意味ではF1の1年目が欧州に来て3年目でしかない。そういうルーキーはほかにはいない。
FIA F4も、F3も、F2もタイヤもシャシーもすべてワンメークのカテゴリーだ。だから本当の意味でドライバーの能力とチームやエンジニアの力の総合力の勝負になる。タイヤもそうで、レースでマネジメントしないといけないといっても2種類ぐらいを使いこなすというレースだ。しかし、F1の場合はタイヤだけでも3種類あって、ソフト、ミディアム、ハードをうまく使い分けていき、タイヤマネジメントをどうしていくかというレースだ。その意味で、もう1つ高いレベルのレースをしないといけない。
また、角田選手自身も言っているがF3の時代もシーズン前半で苦労したが、それをしっかり学習してシーズン後半のモンツアで勝ってみせた。F2ではシーズンの最初の練習走行でトップタイムを出すなど最初から速さがあった。そうした中でシーズン序盤では勝てそうなレースを無線が壊れて優勝をし損ねたりというトラブルはあったものの、同じマシンであれば角田選手が持っている速さが出せる、戦っていけるポテンシャルを持っているそういうレースを展開できていた。
しかし、F1の場合はなんせ10チームが20台で走っているレース。自分とチームメイト以外には、18台の異なるクルマに乗っているドライバーがいる。そして車体の特性も、パワーユニットも違っているし、タイヤは3種類を使わないといけないし、レースの長さもジュニアフォーミュラに比べると長い。そうしたことを総合的に考えると、僕の中では角田選手は学ぶことがまだまだ多いと思っている。
言い換えると、F4からF3、F3からF2の場合には階段を1つか2つ上がればよかったけど、F1の場合はそれが10段以上あるのだと。今はまだそれを1段か2段あがってような段階で、8段目、9段目のレースをしようというのは正直まだ難しいと思う。
しかし、これまでのレースを振り返ってみるといいところもたくさんある。開幕戦もそうだが、今回のモナコGPでも惜しくもQ1は16位で敗退になってしまったが、レースで5位に入ったセバスチャン・ベッテル選手と1000分の18秒(0.018秒)しか違わなかった。結果的にベッテル選手はQ2も突破したのだが、4度の世界チャンピオンになったベッテル選手は言うまでもなくこれまでにモナコを数千周とかいうレベルで経験がある。それに対して角田選手は練習走行を入れても100周ぐらいしか走っていない。だから経験が違っていて当然だし、とにかくヘルムートも、フランツも、僕もみな「とにかく完走しないといけない、その先に結果がどうなるか考えるようにレースをもっていかないといけない」ということを言ってきた。
その意味ではモナコでまずは完走をしたことを僕らは1つ評価しているし、次につながるステップだと考えている。そして次のアゼルバイジャンでは、そのモナコでの経験が必ず活きてくるはずで、クルマのパフォーマンスをきちんと見いだすことができれば非常に面白いレースができるのではないかなと思っている。
──モナコGPでセルジオ・ペレス選手が4位になったことは、メルセデスとのコンストラクターズ争いで大きな意味をもった(レッドブルとメルセデスのポイント差は1点)。今後もペレス選手がこうしたレースを行ないできればメルセデスのどちらかから表彰台を奪うようなレースを見せてくれることが重要だと思うが?
山本氏:ペレス選手も調子は改善されている。日曜日に関しては彼も結果を残しつつあるし、思ったようなレースができていると思う。ペレス選手ははやりレースの組み立てがすごくうまいし、レースペースはとてもよい。
しかし、予選で9位に終わってしまったというのがレース結果にも影響を与えている。もちろんレース中の戦略でオーバーカットを成功させたことも含めて、レースでキッチリ速さを見せて戦っていけるというのはペレス選手自身がやはりキャリアを積んできた蓄積がモノをいっている。そして彼自身がレッドブルというクルマに徐々に慣れてきていて、あのクルマをどう走らせれば一番効率がいいかみたいなことを考えてくれている。
その意味では、ヘルムートも予選が課題でそこをもうちょっとがんばれば十分だと言っていたように、土曜日の予選でのパフォーマンスを改善することが重要だ。彼の能力や速さには疑いの余地はないので、アゼルバイジャンやフランスぐらいで煮詰まってきて、オーストリアの2連戦の間に2人そろって表彰台に乗ってくれることを期待している。
──ピエール・ガスリー選手はモナコGPのレースでもルイス・ハミルトン選手の前を走り続けて、レッドブル・ホンダの立派な援護射撃役になっていました。今年の彼は開幕戦を除けば非常に安定したレースが続いています。
山本氏:ガスリー選手とはシーズン前のバーレーンテストなどで話をしたのだが、今年は強さがみなぎっている。もちろん昨年も強い思いがあったし、優勝を含む結果を出しているが、今年は強さが出ていることが大きな違いだ。「このアルファタウリ・ホンダの性能を僕がすべて出し切る自信があるよ」と言っていて、実際にそうなっていると思う。
なので、角田選手には申し訳ないが、今角田選手がガスリー選手のライバルたり得るかと言えばガスリー選手はまったくそんなこと思っていないと思う。そこはF1での4年の経験がものをいっている。
今シーズンを見ていても、予選はほとんどで確実にQ3に行っているし、開幕戦で接触してフロントウィングを飛ばしたとき以外は確実にポイントをとっているという強さがある。
メルセデスとは拮抗した戦い、今後も勝てないときでも確実に2位を取っていく、そうした堅実な戦い方が重要になる
──ホンダF1 テクニカルディレクターの田辺氏もレース後にポイントリーダーになったことよりも、それを維持することが大事だと言っていた。今後ポイントリーダーを維持していくことは可能なのだろうか?
山本氏:ポールポジションを獲ったルクレール選手がスタートできなかったことも含めてだが、今回のモナコGPはレッドブル・ホンダに非常によい流れが来たと思っているし、その流れを100%有効に活用しある意味完勝だったと思う。しかし、メルセデスとレッドブルは、シャシーのコンセプトの違い、パワーマネジメントの違いなどを含めて、シーズンは拮抗していくと考えている。特にメルセデスのルイス・ハミルトン選手とレッドブルのマックス・フェルスタッペン選手という2強が常に高次元のバトルが予測できるので、ポイントを落とさない戦いをしていくということが重要になる。
その中で常に勝てるパフォーマンスを出せるかというと非常に難しいと思う。だからフェルスタッペン選手がこの5戦で2位と1位しかないということをいかに維持していけるか、ここはもう2位でも確実にポイントを獲っておこうとか、その辺のレースの采配が大きな影響を与えるだろう。
昨今のF1でこんなに拮抗したチャンピオンシップ争いはなかなか記憶にないぐらいだ。その意味では1戦1戦のポイントの取り方が非常に需要になってくると思うので、クリスチャンをはじめとしたレッドブルの中でもそこは考えられていると思うので、パワーユニットとしてはそれに応えることができるようにしっかりとマネジメントしていきたい。
──そうなってくると信頼性が重要ということになってくるのだろうか?
山本氏:そのとおりだ。23戦でパワーユニットは3基しか使えない。その観点でモナコGPを見ていると、ハミルトン選手はもう流していて、エンジンへのダメージを極力小さくするような走行をしていたのではないかと思うところがある。やはりメルセデスも同じように苦しいはずで、メルセデスもレッドブルもまだ1基目しか使っていないので。
──これからの残りのシーズン、レッドブル・ホンダとしてはどのようにF1を戦っていくことになるか?
山本氏:夏休みに入る前まででいうと、アゼルバイジャンのバクー、フランスのポール・リカール、オーストリアのレッドブル・リンク2連戦、イギリスのシルバーストーン、ハンガリーのハンガロリンクと続いて行く。
バクー市街地コースに関しては市街地といってもストレートが長いというモナコとは別の特性を持つコース。横風の影響を受けやすいコースなので、そういったところに多少左右されると思うが、メルセデスとは結構よいレースになるのではないか。フランスも同様で、メルセデスがやや優位だと思うが、今年のレッドブル・ホンダであればついていけないとは思えない。その意味ではアゼルバイジャンとフランスは非常に厳しく拮抗するレースになると考えている。
それに対してレッドブルの地元になるオーストリアでは、優勝争いで優位に立てるようなレースをしたいなと思っているし、シルバーストーンやハンガロリンクも同様だ。
その意味では、(メルセデスがやや優位に立っているとみられる)アゼルバイジャンとフランスをどう乗り越えるのかというのが次のステップになると思う。そこをどう乗り越えるか次第で、再びメルセデスにポイントを逆転される可能性は十分にあるので、その2つのレースは重要なレースになると思う。
──10年前とは異なり、佐藤琢磨選手によるインディ500の2勝目、そして今回のホンダのモナコGP優勝、そしてトヨタや中嶋一貴選手のル・マン24時間レース3連勝と、世界三大レースで日本のメーカーや日本人選手が注目されることが増えている。そうしたことに対してモータースポーツ活動に長い間携わってきた山本氏として、現在の思いを教えてほしい。
山本氏:先週モナコGPでホンダがパワーユニットサプライヤーとして勝ったり、ル・マン24時間レースでは直近の3年間トヨタさんが連覇したりしている。そしてホンダとしては、今週(米国時間5月30日、日本時間5月31日早朝)決勝レースを迎えるインディ500も昨年優勝して、今回のレースでもポールポジションを獲得したりしている。
昨年優勝した佐藤琢磨選手は2連覇を賭けたレースとなるが、予選15番手からでも十分に勝つ可能性がある(筆者注:最後の練習走行となるカーブデーでは9位とトップ10入り)。このように、日本のモータースポーツ業界の技術力だったり、ドライバー力だったりがモータースポーツ全体を底上げしていっていることはいいことだと考えている。そこに、F1にホンダが参加し、さらに角田選手という日本人ドライバーもいるので、今後角田選手が中盤から後半にかけて活躍して、みなさんにやっぱりすごいねと言ってもらえるような結果が残せるように影ながらサポートしていきたいと思っている。そんな中で、日本人が世界で頑張っていることにホンダも貢献できていることを光栄に思っている。
──今後のシーズンの展開についてはどう考えるか?
山本氏:今回のモナコGPを勝てたことはうれしく思っているし、過去65回のF1でのモナコGPの勝者がそのままシリーズチャンピオンをとったのは22回。つまり確率的に言うと35%程度だ。だからと言って安易に今年もそうだなんてことを言うつもりはないし、まだ5戦しか終わっておらず、残り18戦もあるので、何が起きてもおかしくない。
今後もメルセデスのルイス・ハミルトン選手とレッドブル・ホンダのマックス・フェルスタッペン選手がドライバー選手権で2強として争っていくことになると思う。われわれホンダも、レッドブルとしっかりタッグを組んで、パワーユニットのマネジメントをしながら貢献していく、そういうレースをやることができれば、最終的に鈴鹿や最終戦までいい勝負ができて、その上でチャンピオンシップがどうかというということ見て行きたい。