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フォルクスワーゲンのソフトウエア開発会社CARIAD、スマホのような車載「アプリストア」を6月から提供開始
2023年3月1日 21:45
- 2023年3月1日(現地時間) 発表
フォルクスワーゲン・グループの子会社で、自動車向けソフトウエアを開発する「CARIAD(キャリアド)」は、2月27日~3月2日(現地時間)の4日間にわたってスペイン王国バルセロナで開催中のイベント「MWC(モバイル・ワールド・コングレス)2023」に参加し、同社の自動車向けソフトウエア戦略などについての発表を行なっている。
3月1日(現地時間)には同社の戦略などに関して説明する講演を行ない、この中で同社がハーマン・カードンなどの複数のブランドで知られるハーマン・インターナショナル・インダストリーズ(以下ハーマン)と協業して、フォルクスワーゲングループのブランドの車載情報システムにアプリストアの提供を開始すると明らかにした。まずは6月から販売されるいくつかのアウディ車両に搭載して販売開始する。
これは、iOSであれば「App Store」、Androidであれば「Google Play Store」と同じようにリストから選んで望みのアプリケーション・ソフトウエアを車載情報システムの機能をアップグレードするもので、まさにスマートフォンのアプリストアが自動車に搭載されると同じ意味合いになる。これにより、ユーザー体験を日々アップグレードすることが可能になり、販売したらそれ以上アップグレードすることはなかった自動車の形を大きく変えていくことになる。
スマホのような使い勝手を……とは言うけれど、サードパーティー・アプリをインストールすることはできなかった
自動車がスマホのようになるというのは、すでに言い古された言い回しになりつつある。というのも、ハードウエア的には自動車に搭載されている車載情報システムの多くは、スマホ向けに開発されたSoC(System on a Chip、1チップでコンピューターを構成できる半導体のこと)が搭載されており、事実上スマホと車載情報システムは兄弟機と言って差し支えがないからだ。
例えば、クアルコムの「Snapdragon」、サムスン電子の「Exynos」などは、Androidベースのハイエンド・スマホに採用されているが、それらは同時に自動車向けの車載情報システムにも採用されている。
また、CARIADが開発しているフォルクスワーゲン・グループの車載情報システムには、サムスン電子のExynosが採用されており、サムスンがグローバルに販売しているスマホにもExynosが採用されているので、形状やディスプレイのサイズなどを別にすれば共通する部分が多いのだ。
しかし、スマホとそうした車載情報システムの大きな違いとしては、ユーザーが自由にアプリを組み込めるか、そうでないかという違いがあった。スマホの場合は、iOS(iPhone/iPad)であれば「App Store」、Androidであれば「Google Play Store」というアプリストアが標準で用意されており、それを利用すればスマホにファーストパーティー・アプリ(AppleやGoogleなどのプラットフォーマー自身が提供するアプリのこと)やサードパーティー・アプリ(AppleやGoogle以外の外部のソフトウエアベンダが開発したアプリのこと)を導入してスマホの機能を増やすことが可能になっており、それがスマホを便利だと感じる理由の1つになっている(音楽ツールや動画再生ツールなどがインストールできないスマホが便利かどうか考えてみればわかるだろう)。
ただし、これまでの車載情報システムはいくつかの例外を除き、本格的にサードパーティー・アプリを導入できないことがほとんどだった。つまり、せっかくスマホと同じような機能拡張を車載情報システムに持たせることが可能であるのに、それが実現されてこなかったのが現状だったのだ。
CARIADとハーマンが共同して開発したアプリストアをフォルクスワーゲン・グループの車載情報システムに搭載
そうした状況が、今回の発表で大きく変わっていくことになりそうだ。トヨタ自動車グループと並んでグローバルのトップメーカーの1つであるフォルクスワーゲンのソフトウエア子会社であるCARIAD(キャリアド)はMWC 2023で講演を行ない、「今後フォルクスワーゲン・グループが発売する車両の車載情報システムにフォルクスワーゲン・グループ独自のアプリストアを実装し、各種サードパーティー・アプリをインストールして利用できるようにする」と発表した。
CARIADはこのアプリストアは、サムスン電子の子会社でハーマン・カードンなどのブランドで、オーディオソリューションを提供するハーマンと共同開発したもの。ハーマンが実際の運営などを担当し、CARIADがフォルクスワーゲン・グループの車載情報システムに実装するソフトウエアの開発を担当する。
CARIADの関係者によれば、これまでフォルクスワーゲン・グループの車載情報システムはAutomotive Grade Linux(AGL、車載グレードLinux)となっているが、今後はAndroid Automotive(自動車グレードのAndroid)に切り替える計画だと言う。それによりサードパーティーのソフトウエアベンダが、Android上で開発したアプリをフォルクスワーゲン・グループのアプリに展開しやすくさせる狙いがある。
ただ、こうしたAndroid OS上でフォルクスワーゲンのアプリストアが導入されても、GoogleのアプリストアであるGoogle Play Storeのアプリすべてがインストールできるようになるのと同義ではない。あくまでフォルクスワーゲン・グループの車載情報システムに導入されるのはフォルクスワーゲン・グループの自動車メーカーが運営する独自のアプリストアになるので、フォルクスワーゲン・グループの自動車メーカーが公開することを許可したサードパーティー・アプリだけとなる。自動車という製品の性格にふさわしくないアプリや、セキュリティー的に問題があるようなアプリをユーザーに提供してしまうことを防ぐためにもそうした仕組みになっているとCARIADは説明した。
しかし、導入時点でも以下のようなサードパーティー・アプリが公開する予定であることが明らかにされており、こうしたものは少しずつ充実していくことを考えると、スタート地点としてそれなりに充実していると言えるだろう。音楽ではAmazon PrimeやSpotify、SNS系ではTik Tok、ビデオ会議としてWebExが入っていることなど、なかなか面白いラインアップになっている。
CARIADによればこうしたサードパーティー・アプリだけでなく、フォルクスワーゲン・グループ自身が提供するファーストパーティー・アプリもこのアプリストアを通じて提供する予定だと言う。つまり、今後フォルクスワーゲンの自動車ブランドが何か車載情報システムの機能をアップグレードしようと思った場合には、追加のアプリをアプリストア経由で配布することが可能になる。
CARIADによれば、6月にアウディがドイツなどで販売するいくつかのモデルで最初に導入され、その後フォルクスワーゲンなど他のグループのブランドに展開される計画。また、既存のAGLベースの車載情報システムに関しても、何らかの形で同じようなアプリストアを提供できないかどうかを検討していきたいと説明した。
自動車の競争軸が変わっていくゲームチェンジャーになるかもしれないアプリストアの実装
今回のCARIADの発表は、ゲームチェンジャー(競争のルールを変えてしまうよう)な発表だと言っていいだろう。これまで自動車メーカーは、顧客に対して販売した直後に最高のユーザー体験を実現できるような状態の車両を提供し、基本的にはその後はディーラー経由で優れたメンテナンスサービスを提供するのが競争の軸だったと言ってよい。
しかし、CARIADのアプリストアのようなソリューションが登場すると、自動車のユーザー体験は買った状態が最高ではなく、アプリストアを経由して数年たってから提供するアプリを使ってもっと便利に使えるようになる可能性が出てくるということだ。つまり、自動車メーカーにとって、今後の開発は車両を世の中に送り出しても続くし、ユーザーによりよいファーストパーティー・アプリを提供し、かつ利便性の高いサードパーティー・アプリを自社のアプリストアにそろえる、そうした誰がよりよいユーザー体験を実現していくかが競争の軸となっていく可能性が出てくるからだ。
そうした自動車の競争の軸を変えてしまうという意味で、トヨタ自動車と並ぶトップメーカーのフォルクスワーゲン・グループがいち早くこうした取り組みを明らかにしたことは、大きなインパクトがある発表であるということができるだろう。