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映画『グランツーリスモ』公開記念、前代未聞のチャレンジ「GTアカデミー」の軌跡について山内一典氏に聞く
2023年9月15日 09:59
- 2023年9月15日 公開
映画『グランツーリスモ』が9月15日より公開された。映画の公開に合わせて、「グランツーリスモ」シリーズ クリエイター / 映画『グランツーリスモ』エグゼクティブプロデューサーの山内一典氏がCar Watchのインタビューに応えた。
全世界でシリーズ累計9000万本以上(※2022年11月16日時点)を売り上げた日本発のゲーム「グランツーリスモ」を映画化した映画『グランツーリスモ』で描かれたのは、日産自動車、プレイステーション、ポリフォニー・デジタルによる前代未聞のチャレンジ「GTアカデミー by 日産×プレイステーション」(以下「GTアカデミー」)。
「GTアカデミー」は、世界中から選抜された「グランツーリスモ」のトッププレーヤーに、本物のプロフェッショナルレースドライバーになる生涯一度のチャンスを与えるという、バーチャルとリアルをつなぐドライバー発掘・育成プログラムで、2008年から2016年まで実施された。
その選抜試験は過酷を極め、ゲームのドライビングテクニックだけでなくレーサーとして必要な精神力、体力も試されるものだったという。企画当初は異端視されるも、出身の数多くの選手がその後、リアルレースで活躍することになる。
この「GTアカデミー」が残した軌跡について、山内氏に話を聞くことができたので、ここにお伝えする。
──まずは、映画『グランツーリスモ』を見た感想を聞かせてください。
山内氏:そうですね、僕も学生時代に映画を作っていましたから、僕は映画を見る時にすごく分析的に見てしまうんですね。この映画はある種エンタテインメントのよくできた映画を作る上での、まるで教科書みたいな作り方をしているなと思いました。伏線の張り方であったりとか、その伏線の回収の仕方であったりとかを含めて、僕は監督のニール・ブロムカンプが、すごく緻密に丁寧に作ったなという印象がありますね。
「グランツーリスモ」のプレイヤーは実車のレーサーになれるのか?
──映画に登場するダニー・ムーア(演:オーランド・ブルーム)のモデルとなった欧州日産のダレン・コックス氏から「GTアカデミー」について提案があったとき、当時コックス氏はどのようなビジョンを語っていたのか、山内さんはこのプロジェクトについてどのように思ったのか、そのあたりのお話を聞かせてください。
山内氏:彼と会ったのはニュルブルクリンクですね。2004年のニュルブルクリンクに日産からご招待を受けたんです。ちょうど、日産がR35のGT-Rを開発していたころで、2004年はニュルブルクリンクのコースを僕がレース前に「フェアレディZ」で1周するという、そういう機会があって、その時に日産のマーケティングダイレクターだったダレン・コックスに会いました。その時は、「GTアカデミー」なんていうプログラムはまだ想定していなかったですが……。
彼から「グランツーリスモのプレイヤーは、実車のレーサーになれるかな?」と聞かれたので「なれるよ」と答えたんです。「だったら、やってみようか」と、そういう話でしたね。だから、この時点では「GTアカデミー」プログラムがここまで大きくなるということは、僕も、誰も思っておらず、1回限りのプログラムとしてスタートしました。
彼は「グランツーリスモ」を使って、日産車のプロモーションをしたかった。僕は実際に「グランツーリスモ」を使って、ドライビングスキルを学べて、プロフェッショナルレーシングドライバーになれることを証明したかった。その両者の思いが合致したというところでしょうか。
──作品の中で印象に残ったシーンとして、ジャック・ソルター(演:デヴィッド・ハーバー/日産NISMO監督)が「GTアカデミー」のプロジェクトに参加するのを決心したシーンがあります。モータースポーツをお金を持っている一握りの人だけのものにしたくない、才能を持つ人にもチャンスを与えたいといった「GTアカデミー」の狙いが表現されていました。「GTアカデミー」にあるこうした思いに共感して、山内さんもプロジェクトへの参加を決めたのでしょうか?
山内氏:実はですね、この「GTアカデミー」を始める当初は、モータースポーツにあんなにお金がかかるってことは知らなかったです。レーシングカートですら年間1000万円ぐらいかかるといいますから、レーシングカートをやるような子供たちというのは、学年の中に1人いたらいいほうで、普通はもっと少ないですよね。
なので、レーシングカートからモータースポーツを始められるという人は、世の中において明らかに母数は少ないんです。例え才能があったとしても。だからこのプロジェクトによってモータースポーツにエントリーする機会を増やせるなという思いはありました。
「GTアカデミー」プロジェクトで気づいたこと
──主人公のヤン・マーデンボロー選手の成長については、山内さんもプロジェクトを通じて目撃しているかと思います。現実のヤン選手について、印象的なエピソードがあったら教えてほしいです。
山内氏:そうですね、ヤン選手に限らずなんですけれども、「GTアカデミー」の勝者たちというのは、みんな人間的にすてきです。それが、この「GTアカデミー」プロジェクトを始めて気がついたことで、なにかスポーツの本質とも関わってくる話なんですけど、やはり1番になる人ってすごいんだなって思いましたね。
もちろん努力家だし、アプローチの仕方もロジカルだし、頭がいいというのも、もちろんそうだし、あとね、なんていうか持っているオーラ、やっぱりある種のオーラがあるんですよ、若者であっても。で、それは例外なくそうだったんで、だからこのプロジェクトをやる意味があるのだと、僕は思いました。
すてきな人に出会えるというのは、現在でも行なっている「グランツーリスモ」の公式世界大会「グランツーリスモ ワールドシリーズ(GTWS)」も同じです。やっぱりトップになる人たちって、みんなすごいし、みんな人間的にすてき、そういうのはあります。
ヤンに関しても、そうですね。たまたま、ヤンが僕らのスタジオに遊びに来て、その時にレーシングドライバーの中谷明彦さんがスタジオにいらしていて、そうしたら中谷さんも1発で分かりましたよ、“彼は本当に一流のレーシングドライバーになるね”って。だから、レーシングドライバー同士で、分かる部分があったんじゃないですか、それはすごく記憶に残っています。
──映画の中で、誰もやったことのないプロジェクトに対する周囲の評価として、俺たちは嫌われ者で、まわりには敵しかいないというような表現がされていました。「GTアカデミー」プロジェクトが進んでいく中で、モータースポーツの世界にいる人の目が変わった瞬間とか、年数を重ねてだんだんと変化していったことなど、山内さんのポジションにおいてなにか変化はあったのでしょうか?
山内氏:そうですね、これは本当に「GTアカデミー」を始めた2008年当初はまさにそうでした、現場でそういうことはありましたね。
また、レースを重ねていくと「GTアカデミー」のウィナー達って実際すごく速いことが分かってくるんですけど。とはいえモータースポーツの経験がないので、ツーリングカーのレースに出る時には、彼らはプロ枠でなくて、ジェントルマンドライバー枠といったところから出場することになるのです。
ですが、いわゆる趣味でやっているジェントルマンドライバーより、はるかに速いから、いきなりポールポジションを取って、ぶっちぎりで勝ってしまうみたいなことを、パンパンパンとやってのけていたので、「GTアカデミー」出身のドライバーは、ジェントルマンドライバー枠に入れてはならないという、ローカルルールができたこともありましたよ。
「GTアカデミー」は人と人が出会うためのプログラムだった
──「GTアカデミー」が残した成果について、今、山内さんはどのように思っているのでしょうか?
山内氏:僕としては、1つには「グランツーリスモ」がレーシングドライバーを育てるツールであることが証明されたというのは、うれしいことですね。同時に、スポーツの世界に共通する、世界のトップになる人は例外なくすごいし、すてきだし、立派だということが分かったことなんです。
僕には長年の謎があって、例えばオリンピックで10代の選手が金メダルを取ったりすると、彼らはメディアトレーニングを受けているわけでもないのに、すごく立派なことを話すじゃないですか。
──そうですね、いくつも印象に残る言葉がありますね。
山内氏:でしょ。僕はあれが不思議だったんですよ。なんでそんなこと言えるんだろうって。競争の世界でトップになる人を見て、“あ、そういうことなのか”と思って、そういうことが分かったこともうれしいことですね。
あと、8月、公式世界大会の「GTWS」をアムステルダムで開催しその期間中に、映画の特別試写会があったんです。その時に、「GTアカデミー」の歴代ウィナーに来てもらったんです。やっぱり、みんなすてきでステージ上にずらっと並んだ姿というのは壮観でしたね。彼らは、今でも例えば「グランツーリスモ ワールドシリーズ」のコメンタリーをやっていたりとか、まだレースを続けていたりと、それは人生様々ですけれども、彼らが今でも友達であり続けていることが、やはり、すてきで、すごいことだなって思いました。
僕がその時の舞台あいさつで話したのは、「GTアカデミー」は何のためのプログラムだったかというと、人と人が出会うためのプログラムだって言ったんです。すごい人とすごい人が出会うためのプログラムだったっていう、今は「グランツーリスモ ワールドシリーズ」という形で開催している、2018年から続けているチャンピオンシップも目的は同じだという話をしました。
──「GTアカデミー」では、ゲームの世界からリアルのモータースポーツに挑戦するプロジェクトでした。今では、eモータースポーツという言葉が登場して、eモータースポーツ独自の世界として発展しようという動きも感じられます、eモータースポーツシーンの現状について、山内さんはどのように思っているのでしょうか?
山内氏:先ほど話したとおり、すごい人たち、選ばれし者たちが出会うという機能は、「グランツーリスモ ワールドシリーズ」も、リアルのモータースポーツも同じですね。で、リアルなモータースポーツの世界と、どのように関係していくのかということは、僕らだけではなくて、リアルのモータースポーツ側の皆さんとも一緒に作っていかないといけないだろうなとは思っています。
今のeモータースポーツシーンについて言うと、これはまだ始まったばかりなので、今後どう展開していくのかってのは、僕も分かりませんけれども、そこで行なわれているものは、間違いなくスポーツだし、間違いなく魅力的なものであることは確かです。
──映画の世界から現実に目を向けると、リアルのモータースポーツにはお金がかかるというのは現実としてあると思います。レーサーにとって、スポンサーを集めるという事も必要な能力だったりするのでしょうか?
山内氏:それはあると思います。だから、人間がすてきであることがすごく重要なんです。リアルのモータースポーツは、ある意味総合格闘技みたいなところがあって、本当に速いだけではダメで、人間のあらゆることが試されるんです。
F1でトップになるような人は何やっても成功すると思うんですよ。頭のよさもそうだし、人を魅了する力だったり、何もかもが試されるので、そういう意味では、よくできたシステムだと思います。超エリート育成システムで、本当に、そういう感じがしますね。
F1はモータースポーツにおいて人間の全ての力が試される、そういうものですね。スポンサーを集めるのもそうだし、常にリスクを取りながら速く走らなければいけないし、でもクルマを守らないといけないし、いろんなことを同時に達成する必要がありますよね。だから、F1のレーシングドライバーという職業は、本当に総合格闘技みたいなところがありますね。