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トヨタ、複数社の車載半導体で同じアプリが動作する「拡張Arene(アリーン)」 フィジカルAIロボットや家のプラットフォームにも適用へ

Hardware Abstraction Layer装備に

複数社の車載SoCで同じアプリが動くように「アリーン」を拡張すると語るトヨタ自動車代表取締役副社長兼CTO(最高技術責任者) 中嶋裕樹氏。中嶋氏はトヨタレーシング 会長も兼任しており、この週末はWEC(世界耐久選手権)富士6時間レースに挑んでいく

複数社の車載SoCで同じアプリが動くようにする拡張アリーン

 トヨタ自動車は欧州統括会社であるTME(Toyota Motor Europe、トヨタモーターヨーロッパ)において投資家向け技術説明会を実施。その中で、新組織「トヨタ ロボティクス」を立ち上げたことや、フィジカルAI搭載ロボット約40万台を導入していくことを発表した。トヨタは、フィジカルAI搭載ロボット約40万台の導入と、60か所の工場刷新のために、2028年から毎年1兆円を投資していくことも明らかにした。

 その投資家技術説明会の中でトヨタ自動車 代表取締役副社長兼CTO(最高技術責任者)中嶋裕樹氏は、トヨタ製フィジカルAIロボットの強みを、1.Toyota Production Model、2.Foundation Model、3.Hardware、4.Factory Control Platform、5.Arene、6.Genbaであると説明。6つの概略については関連記事に譲るが、ここでは5.Areneとして発表された「Arene(アリーン)」についての新情報をお伝えする。

欧州での投資家説明会後に開催された「IAA TRANSPORTATION 2026 in Hannover」で会見に望む中嶋裕樹副社長。スカニアとの共同会見前に欧州メディアに手を振る

 アリーンは当初、将来のトヨタ車を支える車載OSとして発表され、SDV(Software Defined Vehicle、ソフトウェア定義車両)のためのOSと位置付けられていた。しかしながら、アリーン開発の過程で方向性を変更。現在は、OSよりも包括的な「ソフトウェアづくりプラットフォーム『Arene』」として説明されている。

 OS(Operating System)というのが、一般的にハードウェアリソースを管理するものというのに対して、トヨタはアリーンをソフトウェアづくりプラットフォームと呼ぶように変更し、OSとアプリケーションの仲立ちをするミドルウェアのような存在であるとした。

 ただ、トヨタがアリーンを単なるミドルウェアと呼ばず、ソフトウェアづくりプラットフォームと呼んでいるのはアリーンの構成にあると思われる。トヨタはアリーンを開発キットである「アリーンSDK」、データ収集分析基盤である「アリーンデータ」、ソフトウェアの検証・評価を行なうツール群である「アリーンツールズ」から構成されるとしており、アリーンのレイヤーでデータ群に接続させている。つまり、データを記録するために必要なファイルシステムなどはアリーンのフォーマット、アリーンの通信方式になっているなど、OSと呼ばれる機能の一つであるファイル管理なども取り込んでいるためかもしれない。

 また、現在アリーンは新型RAV4に交通事故死ゼロを実現するためのSDV機能として搭載されており、そのドメイン(領域)はADAS(Advanced Driver Assistance Systems、先進運転支援システム)と、IVI(In Vehicle Infotainment、車載インフォテイメント)になる。IVIはともかく、ADAS領域では緊急ブレーキ判断など動作のリアルタイム性も要求されることから、低次レイヤーへのコントロール機能やレイテンシの低減も図られている部分があるとも予測できる。

 APIを整備するなどミドルウェア的な立場でありながら、従来車載OSと呼ばれていた部分まで踏み込んでいるため、トヨタはアリーンを「ソフトウェアづくりプラットフォーム」と呼んでいるのだろう。

Hardware Abstraction Layerを装備する拡張アリーン

 中嶋裕樹副社長は、「アリーンを拡張」と発言。具体的には1つのアリーン上のアプリケーションが、複数社の半導体である車載SoC(System on a Chip)で動くようになるという。現在トヨタは、さまざまな会社の車載SoCをさまざまな箇所に採用。それぞれの車載半導体向けに、その車載半導体専用のプログラムを多くのスタッフによって書いている。

 ところが、半導体の進化は速く、さまざまな機能を持つSoCが登場し、その機能を採り入れていこうとすると、プログラムをそれぞれに書き直す必要がある。ましてや、A社の半導体からB社の半導体に変更した時点で、全面的にプログラムを書き直す必要があり、その作業量が莫大なものになる。

 そのため、トヨタはアリーンを拡張し、アリーンの段階でA社の半導体、B社の半導体といった違いを吸収していく。これは、車載ミドルウェア兼OSでは画期的な試みになる。

 実は、このような取り組みはパソコンの世界では以前から行なわれていた。特に知られているのが、今のWindows OSの直接の源流とも言えるWindows NT 3.1で、Windows 3.1や95/98などIntel系CPU(IA-16/32アーキテクチャ)のみに対応するのではなく、HAL(Hardware Abstraction Layer)と呼ばれる中間層を持つことで、Intel系CPUだけでなく、DEC Alpha、MIPSと異なるCPUアーキテクチャに対応していた。

 今のWindows 11も、従来のIntel系CPUと互換性を持った64bitアーキテクチャ(x64アーキテクチャ)以外に、クアルコムのARM系CPUに対応しており同じWindows 11アプリケーションが動作する(OSの深い部分までアクセスするアプリについては動作しないものもある)。今後発売されるNVIDIA RTX SparkもCPU部分にARM系アーキテクチャを採用しており、同じくWindows 11が動作するとアナウンスされている。

 CPUアーキテクチャを歴史的に変更してきたMacでは、OSにRosettaと呼ばれるプログラム翻訳機能を組み込むことで、異なるCPUアーキテクチャのMacでも同じアプリを動作するようにして提供。ユーザーにCPUアーキテクチャの違いを意識させない工夫が行なわれたきた。

 中嶋裕樹副社長は、車載ソフトウェアの世界にも拡張アリーンで同様の世界観を持ち込もうとしている。つまり、この拡張アリーン上でナビアプリなどを動かせば、車載SoCのA社やB社の違いを吸収でき、1つのアプリで複数社の車載SoCに対応できるという。

 それにより開発工数を削減できるほか、当然ながら大規模ソフトウェアの信頼性も上がる。車載SoCの変更は、(おそらくHALを備えた)拡張アリーンによって吸収されるため、工数は発生するものの最小限ですみ、コスト低減にもつながる。

 しかしながらデメリットも存在する。HALという仕組みを実装するために、ある種の翻訳層が必要になることから、ハードウェアを直接たたく純粋な車載OSと比べるとプログラムの実行速度がわずかながら下がってしまうことだ。これが問題となるアプリケーションと、あまり問題とならないアプリケーションがあるが、もしアリーンがこのHALを前提に最初から考えられていたなら、そこを乗り越える工夫はされているだろう(というか、されていたから今回の発表になったと考えられる)。

トヨタ製フィジカルAIロボットにも、インテリジェントハウスにも活用範囲を広げる拡張アリーン

 この拡張アリーンは、トヨタ製フィジカルAI搭載ロボットにも、そしてインテリジェントハウスといった家の分野にも利用範囲を広げていくと中嶋裕樹副社長はいう。

 トヨタ製フィジカルAIロボットでは、ロボットのコントロールに何らかのSoCを使っていくと思われるが、すでにサプライヤーであるNVIDIAの側からはNVIDIA製SoCや、NVIDIA製ロボットOSである「NVIDIA Isaac」が採用されたことが発表されている。

 トヨタは約40万台のフィジカルAIロボットをグループ全体で導入していこうとしているが、このフィジカルAIロボットにはNVIDIAの半導体がすべて採用されていくのだろうか? 答えはおそらく「否」となるだろう。

 約40万台には、溶接ロボットやAGVなどのロボットも含まれるため、必要なところに必要な規模のAI対応SoCが搭載されていくと思われる。

 その際に、拡張アリーンであればSoCメーカーにかかわらず、適材適所でSoCを搭載でき、ロボットアプリケーションの頻繁な変更も避けられる。アリーンでは、データ収集分析基盤である「アリーンデータ」があり、AIの改善に必要なデータへのアクセスもアリーン経由で行なわれていると考えられ、トヨタは拡張アリーンによって自社製のAIモデルであるLBM(Large Behavior Models、大規模行動モデル)を成長(トヨタ流に言えばカイゼン)させていく。

 トヨタにとって大切なのは、トヨタのものづくりの基盤であるトヨタ生産方式(Toyota Production Model)をカイゼンしていくことであり、そこにフィジカルAIロボットがうまく収まるため、今回約40万台というロボットを導入することを決定している。

 さらに、トヨタが目指しているのはインテリジェントハウスにおける拡張アリーンの導入だ。すでに使っている人もいるだろうが、太陽電池でなどで発電する家にはHEMS(Home Energy Management System)が導入されている。

 発電したエネルギーを電力会社に売ることで収益を上げることなどができるシステムで、家のエネルギーの発熱量や使用量を管理、さらにバッテリEVやPHEVを持っている家なら、充電管理なども行なっていける。

 ここにトヨタは拡張アリーンを導入し、バッテリEVのエネルギー管理などでより高度なやり取りを実施。アリーンによって双方のデータ(走行データと、発電・売電データ)がつながることで、より最適化した生活が過ごせるようになる。

 中嶋副社長は「トヨタグループにはトヨタホームもある」と、HEMSへの拡張アリーン導入について語り、クルマ、ロボット、家を将来的にはアリーンでつないでいきたという将来像を語った。

 マイクロソフトは、Windows APIによってWindows経済圏を確立しビジネスの進め方を根本的に変えた。AppleはiPhoneのOSであるiOSによる経済圏を確立し、高い利益率の源泉となっている。これはAndroid OSを展開するGoogleも同じであるし、現在のAIの隆盛はNVIDIAのCUDAによるAIの大規模学習の実現が下支えしている。AIにおいては、エネルギーや高速・広帯域なメモリなどリソースの枯渇が問題となっており、それが価格高騰を引き起こし、企業の業績向上や株高など社会現象になった。

 拡張されたアリーンがトヨタグループ以外の社会に普及していくかどうかは、デベロッパー向けカンファレンスなど、トヨタがどれだけ多くの開発者に拡張アリーンを使ってもらえるような施策を展開できるかという部分にかかわっているところもある。拡張アリーン経済圏を築き、トヨタがものづくりを世界的に革新できるかどうか。日本ではあまり成功例のない試みだけに、トヨタの動きに注目したい。

 また、あまりに拡張アリーンが流行りすぎてしまうと、今度は拡張アリーン互換OSのようなものが登場し、トヨタが得るべき収入が得られなくなったり、トヨタが作り上げた拡張アリーン経済圏が荒らされ、アタリショックのようなことも起きるかもしれない。IPをしっかり守りつつ、どのように経済圏を拡大していくのか。この辺りもトヨタ初のチャレンジとなるだろう。