道路好きのトークイベント「国道の昼~美知は続くよ」リポート
新たな国道の謎や、車載動画で盛り上がった会場

2009年8月23日開催
東京 新宿 LOFT/PLUS ONE



 クルマにかかわる趣味はいろいろあるが、クルマそのものでなく、クルマが走る「道路」にまつわる趣味が、近年注目を集めている。その中でも代表的な「国道」趣味と、車載動画の第一人者によるトークショーが、8月23日に東京 新宿のLOFT/PLUS ONE(ロフト・プラスワン)で開かれた。

日曜日の昼の開催にもかかわらず、150人のキャパシティがいっぱいになった

道路を楽しむトークショー
 「見学デーvol.3 国道の昼~美知は続くよどこまでも」(以下「国道の昼」と表記)と題されたこのイベントは、見学団体「社会科見学に行こう!」を主宰する小島健一氏がプロデュースするトークライブ。道以外にも、掘削機、深海、加速器といったなかなか見学できないものや場所をテーマに2006年から開かれている。

 「国道の昼」は、2月の「見学ナイトvol.14 国道の夜~なぜそこに国道があるのか?」が好評だったために開かれた、いわば「続編」。トークゲストはWebサイト「日本の道」作者にして新書「国道の謎」の著者である松波成行氏と、元国交省技監の国土学アナリスト 大石久和氏。この2人は「国道の夜」にも出演したが、今回新たに車載動画で知られるかずさのすけ氏が加わり、3部構成となった。

「国道の謎」に書ききれなかったこと
 第1部は、松波氏がこの5月に上梓した「国道の謎」(祥伝社新書)を軸としたトーク。松波氏はエンジニアという本業の傍ら、ご自身のホームページ「日本の道」で、全国の国道を訪ね歩き、多数の資料を探し出し、国道の成り立ちを分かりやすく解説してくれる国道マニアとしてつとに知られている。

 書籍は1万部を超えれば成功と言われるが、同書は8月現在で4刷2万5000部に突入。ファンの多い鉄道関連の出版物でも「よく売れて5万部」なのだそうで、筆者の松波氏も「鉄道ものを半分喰った。国道オタがこんなにいたのかとびっくりした。国道趣味は人に言えないような趣味ではないことが証明された」というほどの売れ行きだという。ちなみに霞ヶ関の中央合同庁舎3号館の書店の売り上げランキングで、あの「1Q84」を抑えて堂々の1位に輝いたとのこと。3号館に入居しているのは国交省である。

 「国道の謎」は、通常は200ページ前後で出版される新書としては異例の400ページというボリュームで、「階段国道」「港国道」「点線国道」「有料道路」といったキーワードで、国道の歴史を明らかにしている(階段国道などのキーワードについてはぜひ「国道の謎」をお読みいただきたい)。

松波成行氏「国道の謎」は新書としては異例の400ページという分量。自立してしまうことからもその厚さが分かる
以降は松波氏のプレゼンテーションファイルを掲載する。合同庁舎3号館の書店では「1Q84」を押しのけて堂々の第1位。2位以下の書籍も興味深い「国道の謎」の目次。「階段国道」「港国道」「点線国道」といったマニアならずとも興味深いキーワードから、道路行政の考察につながる

 が、国道マニアたる松波氏の持つ膨大な知識からは、400ページにも収まり切らなかった内容がたくさんあったと言う。

 その1つが「国道1号線」。基幹路線たる1号線も、明治、大正、昭和を経てルートが変わっているが、「たとえば東海道線の道筋には変化がないが、国道は基幹路線でも情勢に合わせて絶えず付け替え(道路の名称やルートを変えること)ができるという仕組みが面白い」と言う。

 また、吉田茂首相の鶴の一声でできたことから「ワンマン道路」と呼ばれる国道1号線のバイパスと、その原因となった戸塚の踏切がいまだに国道1号線上に残っていること、戸塚踏切に起因する渋滞の調査がすでに1952年に行われていたことや、幻に終わった1940年の東京オリンピックのマラソンコースとして想定されていたことなど、国道1号線にまつわるさまざまなエピソードが披露された。

400ページに収まらなかった話題の1つが「国道1号線」。明治、大正、昭和と、違う道路が1号線を名乗ってきたワンマン宰相吉田茂が作ったから「ワンマン道路」。その動機になった戸塚の踏切。戸塚踏切は国道1号線という幹線道路なのに朝晩は通行止めになるという不思議なスポット。ここもいずれなくなる運命に
1952年の戸塚踏切。朝夕は1時間のうち40分前後は閉まったまま。確かにこれなら迂回路がほしくなる15号線にも踏切が残っているが、ここもじきになくなる。ちなみにここの事業費は「鉄道側でなく道路側が払っている」(大石氏)とのこと国道1号線 横浜市鶴見区の響橋は、幻の東京オリンピックのマラソン折り返し地点として、遠くから門のように見えるように作られたと言う

 また、渋谷から箱根に至る自動車専用道路「東急ターンパイク計画」についても書きたかったが、一次資料が無いため断念したこと、しかし「国道の謎」の読者から「東急ターンパイク計画報告書」という1954年の資料が寄せられたこと、高速道路誕生以前の当時は、高速道路を誰がどのように建設し運営するか、国道の整備を優先すべきではないかといった議論があったということなども語られた。

 「国道1号線だけでも1冊の本になる」というほど膨大な国道や有料道路に関するエピソードが次々と披露されるごとに会場は歓声やため息に包まれた。

東急が計画していた「東急ターンパイク」は渋谷と箱根を結ぶ自動車専用道路東急ターンパイクの計画書。なぜか英文だが、海外の出資を仰ぐためではないかと推察される
東急ターンパイクの路線図。第3京浜と路線が重なると言われていたが、実際にはもうすこし西を通る予定だったことが分かる弾丸道路計画を進めた近藤健三郎による、東急ターンパイク計画の回顧を見ると、建設省が乗り気でなく、高速道路建設にはさまざまな議論があったことが分かる

 

かずさのすけ氏

今もっとも熱い道路趣味「車載動画」
 休憩を挟んで第2部は、かずさのすけ氏による「車載動画を楽しもう! 新しい道の楽しみ方」。車載動画とは、読んで字のごとく車載カメラで撮影した動画。かずさのすけ氏の定義では「だいたい前方を撮っていることが多い」「だいたい車が走っていることが多い」「バイクや自転車、バスなど(にカメラを載せること)も」という内容になる。

 こうして撮影し、編集した動画は「YouTube」「ニコニコ動画」などの動画共有サイトに投稿して、世に問い、動画に付くコメントで同好の士と盛り上がることになる。

 かずさのすけ氏はいわゆる「酷道」(国道なのに幅が狭かったり舗装されていなかったりするなど、管理の行き届いてない道。「こくどう」と読むが、会話では国道と区別するために「ひどみち」と呼ぶことも)を走行する車載動画で知られているが、道が酷ければ酷いほど盛り上がると言う。

以降はかずさのすけ氏のプレゼンテーション。氏の車載動画デビュー作「酷道152号線を走ってみた」。酷道モノの動画を見たかったがサイトには見あたらなかったというのが、作成の動機車載動画はすでに1万7000件近く掲載されており、今も増え続けている

 かずさのすけ氏が2007年に酷道の動画を投稿する前は、一般道や高速道路、サーキットなどの車載動画があり、かずさのすけ氏の動画の閲覧回数は100回程度だったが、現在では10万回を超え、「車載動画」としてニコニコ動画に掲載されている動画は8月18日現在で約1万7000件、総再生回数は2205万1776回。毎月700~1000の車載動画が投稿されていると言う。ニコニコ動画以外の共有サイトにも投稿されているものがあることを考えれば、車載動画人気はうなぎ登りと言えるだろう。

 現在では酷道だけでなく、道の駅やショッピングセンターの駐車場などにテーマが広がり、中には機械式駐車場や洗車機の内部を撮った動画(車載カメラを動作させたまま駐車場に入れたりして撮る)もあると言う。もちろん国道などの道を淡々と走破したり、道についてのさまざまなウンチクを盛り込んだりした車載動画の人気も高い。

かずさのすけ氏が紹介した車載動画の例。酷道、道の駅、駐車場といったさまざまなテーマがある
UMEGOLDさんの「原付で奥州街道を走ってみた」は、西部警察のオープニングテーマと人口音声のナレーションが流れる一見ギャグ作品のような車載動画だが、奥州街道についての解説は深く、会場でその一部が上映されたときも爆笑に続いて感心のどよめきが起きた同じ道を撮っても、撮影アングルが変るだけで毛色の違った作品になる複数のルートを同時に走って、どれが一番速いかを試す動画

 最近では「生放送」という楽しみ方も登場した。「Ustream」など、個人で使える無料のストリーミング(インターネット放送)サービスと、3G携帯電話を利用したデータ通信、安価なノートPCやWebカメラを使って、走行中の車載映像をリアルタイムでインターネットに流し、皆で閲覧する。ただし、3G携帯電話の圏外になることが多い酷道では使いにくいのが残念なところだ。

 車載動画に必要な物はビデオカメラと、車にカメラを固定する仕組み、パソコンと動画編集ソフトくらいで、ハードルは低い。かずさのすけ氏がトークで紹介した投稿動画は、走行、編集、道に対する知識などが優れたものばかりだったが、淡々と走行する画面を掲載するだけでも旅気分を共有できるだろうし、「車載動画が後世に残れば、資料価値が高い」(松波氏)という点での貢献も可能だ。

 かずさのすけ氏曰く、「同じ道を撮っても、編集や解説によっては違うテイストになる」ということで、すでに投稿されている道でも、自分なりに道の魅力を伝えたり、記録を残すことに挑戦する価値は大いにありそうだ。

車載動画を作る手順は、ほかのジャンルの動画とほぼ同じかずさのすけ氏の車内。カメラの固定に工夫が必要か生放送の仕組み。ノートPCにつなげたWebカメラの画像を、携帯電話などでインターネットのストリーミングサービスに送信する
ストリーミングサービスにはチャット機能が付いているので、運転中も視聴者からのメッセージを受け取れる。ただしパソコンを凝視するわけにはいかないので、メッセージは読み上げソフトで聞くようにする。視聴者が正しい道を教えてくれたりすることもGPSの位置情報をインターネット上の地図サービスに表示できる「今ココなう」と生放送の組み合わせ。生放送中の質問で多いのが「今どこ?」だそうで、この組み合わせは送り手にも受け手にも便利

 

大石久和氏。国交省技監、つまり省のナンバー2まで勤め上げた方

今後も道路整備を
 第3部は大石久和氏による、道路整備の重要性を訴えるレクチャー。日本人は海外の諸国よりも働いていないわけではないのに、労働生産性が低く、経済成長につながっていない。大石氏はその理由を道路網が足りず、モノや情報、人の流通がスムーズになっていないことに求める。

 日本の道路網の整備が欧米よりも立ち遅れているのは、欧米各国の国土がほぼ平坦な国土なのに対し、日本は国土の背骨に大きな山脈を持ち、さらに地盤が軟弱で地震が多いというハンデを抱えていからだ。制限速度60km/h以上、100km/h以上の道路網は英仏独伊のいずれよりも粗いが、これは走行する自動車の実燃費にも悪影響を及ぼしている。

 一方で、欧州は日本よりも恵まれた道路環境に安住せず、EU域内の交通網の整備をこれからも推進するし、米国も道路への投資額を増やしている。

 「万葉集」には「道」を「美知」と表す当て字があり、古来日本人は、知らない人や物事を「知る」ことを「美しい」と感じる感性があったのだと大石氏は言う。未知の人や物事に出会うためには道路が必要で、日本は今後も道路の整備を続ける必要があるとの主張だった。

以降は大石氏のプレゼンテーション。日本は平坦で頑丈な地盤が少なく地震も多いこれらの対策のために、日本では欧米よりも建設コストがかかることが、高速道路の橋脚にも表れている
日本の高速道路ネットワークは欧米よりも貧弱日本の道路の貧弱さは、燃費にも悪影響を与える
欧米は交通網の整備を今後も続ける日本は終戦直後から道路網の貧弱さが指摘されていた

(編集部:田中真一郎)
2009年 8月 28日