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老舗オートケミカルメーカーとSPKがタッグで作り出す高性能ブレーキフルード「ULTIMATE PERFORMANCEシリーズ」
ドライ&ウェット沸点を高め、サーキットテストで「ペダルタッチのかっちり感」を追究
(2015/11/12 00:00)
クルマ業界では企業の合併や吸収などによる再編があちこちで起こっているが、その多くが会社としてさらに強くなり、よい商品を生み出すために行うものである。そして企業同士がくっつくことで新しいブランドが出てきたりするが、新しいだけに当然「聞き覚えがない」。そのため、そのジャンルの商品を探している真っ最中だったとしても、聞いたことのない商品名はスルーしてしまうこともあるだろう。
しかし、前に書いたようにネームバリューこそなくても「結びついて強くなった会社が満を持して発売してきた商品」というものが存在する時代だ。それだけに売り場で「新顔」を発見したときは、発売元や製造元の表記をチラッと見ることをお勧めする。
さて、それでは本題に入ろう。ここで紹介するブランドは「TCL ADVANCE(以下TCL アドバンス)」で、これはダイハツ車のスポーツブランドの「D-SPORT」やトヨタ自動車「86」のカスタマイズブランドである「FT STYLE」「AREA86 CUSTOMIZE PARTY」といったさまざまなブランドを陰で支え、まもなく創業100周年を迎えるSPKと、オートケミカル品メーカーとして65年の歴史を持つ谷川油化興業が共同で立ち上げたブランドである。
まずは、このブランドのキーとなる谷川油化を紹介しよう。本社は神奈川県横浜市鶴見区にあり、主な製品はブレーキフルードやロングライフクーラント、シャシー塗料材といったオートケミカル品だが、SPKグループになる前は自社ブランドをあまり前面に押し出すことはなく、自動車整備工場を中心とする業務用として製品を収めていた。だが、整備の現場で使われるものだけに品質や性能は非常に高く、整備に携わる人のなかでTCLブランドは広く知られている。実は自衛隊にもケミカル用品を納入しているほど信頼は高いものだ。でも、それだけの製品でも一般向けの販路を作らずにいたのでカー用品店にいっても谷川油化の製品を見かけることはなかったと言うこと。
ちなみに、谷川油化はこれらのオートケミカル品を製造するための施設、設備を自社で所有しているのも特徴。神奈川県横浜市金沢区にある金沢工場では、石油化学工場から仕入れる原材料からブレーキフルードやロングライフクーラントの原料に適したグリコール液を取り出すための蒸留塔を持っているというほどの規模である。
また、谷川油化は各種液剤や添加剤などの研究、分析についても専門の部署を持っているので製品の実験や開発も自社で完璧に行える体制である。つまり原料、開発、製造まですべて自社でまかなえる実力派の企業だった。そしていよいよ自社の高性能、高品質な製品を世の中に向けて出したいと考えたときに手をさしのべたのがSPKだった。
そのSPKからは「谷川油化の伝統と技術をこれまでと違った面から磨き上げ、それを世の中に出したらどうなるのだろう?」という思いからこのプロジェクトは始まったのだと聞かされた。これはただの新製品開発ではない。自衛隊に採用されるほどの技術を持っている裏方企業を表舞台に引っ張り出して「本物を広めたい」という気持ちから生まれたのがTCL アドバンスなのだ。そしてそのデビュー作となるのが今回紹介する「ULTIMATE PERFORMANCEシリーズ」というブレーキフルード(以下TCL アドバンス ブレーキフルード)だ。
サーキットテストでデータ収集しつつ、「人の感覚」も重視して開発
それでは製品について紹介していくが、まず真っ先に疑問に思うのは「なぜブレーキフルードなの?」という部分だろう。たしかにスポーツ走行の分野ではブレーキフルードの重要性は謳われているが、ブレーキパッドやキャリパーのようにユーザーの注目度が高いというものではない。どちらかというと「交換しておけば安心」くらいにしか考えていないケースも多いと思う。
ところが、TCL アドバンス ブレーキフルードの開発テストを行った多くのドライバーからは「ブレーキのコントロール性が向上した」とか「ペダルタッチがかっちりして分かりやすくなった」というコメントが出ているのだ。ブレーキに関してのこのようなコメントは、パッドを変えたりしたときに出る発言というイメージがあるので、ブレーキフルードを変えてこういう話が出ることは意外でもあったが、反対に「なんでそうなるの?」という興味も湧いてくるだろう。
ここについてはブレーキパーツを作る各社のスタンスの違いと推測される。例えばパッドが主力のメーカーならば性能はパッドで追求するのが基本になるだろう。それにその性能を謳うときは多くのユーザーに当てはまるように「純正フルード」を基準にするのが正しい。そんな理由などからブレーキフルードに関しては「グレードの高いものをラインアップしておけばよい」という認識だったのかもしれない。
しかし、TCL アドバンスはブレーキフルードが主役なのでブレーキフルードで性能を追求している。フルードを高品質なものすることで得られる性能と言えば「ドライ、ウェット沸点の数値が高まること」と「ペダルタッチとコントロール性の向上」である。ブレーキパッドとは「効く部分」が違うので、純正パッドのままフルードのみを交換しても効果はあるし、スポーツパッドとあわせるとペダルタッチ&コントロール性向上の部分によって、純正フルードでは生かし切れなかったスポーツパッドの性能を発揮できることになるのだ。これがテストドライバーの評価の理由というわけだ。
ちなみに、TCL アドバンス ブレーキフルードの開発テストは富士スピードウェイとツインリンクもてぎを走るヴィッツのワンメイクレース仕様車でも行われた。このカテゴリーはエンジンパワーが少なく、サスペンションもスポーツ走行+αというごまかしの効かない条件のなか、毎レース激しいバトルが繰り広げられるのでブレーキに関してもシビア。コーナーではいかに繊細に減速できるかというコントロール性が求められるレースである。また、富士スピードウェイといった高速サーキットやブレーキが酷使されるツインリンクもてぎが舞台なだけにブレーキフルードのテストとしては最適なチョイスと言えるだろう。このほかにも、SUPER GTのGT300クラス、スーパー耐久シリーズ、ポルシェカレラカップなどの車両で開発テストが行われている。
話しを戻そう。何度も書くが、谷川油化はオートケミカル品の製造メーカーで研究施設も持っている。それだけに、これまでスポーツ走行向けのブレーキフルードも何種類か開発してきた経験があり、TCL アドバンス ブレーキフルードのベースはすでに存在していた。それをもとに実戦でテストし、改良を加えていったのだ。
試作品のなかでも事前テストで評価の高かった競技向けタイプとスポーツ走行向けタイプを使い、最初は1レースに使用したあと抜き取って、フルードが吸った水分とそれによって変化した沸点を調査した。競技向けタイプについては約30分のスプリントレース後に水分は約0.12%増え、沸点は約5℃低下していたがドライバーからは操作フィーリングに変化なしというコメントが出ていた。スポーツ走行向けタイプは水分が約0.19%で沸点は6~7℃ほど低下したが、この範囲ではこちらもフィーリングに変化はなかったという。
続いて、競技向けタイプの試作品のみを6時間耐久レースでテストを行った。結果は6時間という長丁場を走りきったあと、フルードの水分量は約0.34%増えていたが、その状態でも操作感に変化はないという評価。ラボに持ち帰っての分析結果では水分混入による動粘度の変化もチェックされたが、ここは30分スプリントレースのときの値とほぼ同等だった。つまり、TCL アドバンス ブレーキフルードは試作品の段階で性能、耐久性ともに十分な結果を出していたと言うことだ。
ただ、スポーツ走行向けのフルードは数値として表れる部分だけがよくても足りないもので、それを使うドライバーが感じる操作感も非常に重要なポイントなのだ。今回のフルードに関して言えばインプレッションにもあった「ペダルタッチのかっちり感」がそれにあたる。
こういった「人間の感覚」については数値化できない。そこでテスト用フルードの種類を増やし、それに多くの人が乗ってコメントするという手法で「こういう方向の作りがかっちり感を生む」という傾向を探る必要があったという。
ちなみに、今回のテストで使用したヴィッツのように、ブレーキとクラッチのマスターシリンダーが1つにまとまっているクルマもあり、こういった場合にもかっちり感を出しているブレーキフルードを使用すると、クラッチのフィーリングもよくなる傾向がある。
“下町ロケット”的なこだわりの詰まったブレーキフルード作りの集大成
このような手順で開発されたTCL アドバンス ブレーキフルードだが、最終的にラインアップされたのが競技車向けの「Competition」とスポーツ走行でも使用できる「Premium」であるが、この分け方にも谷川油化ならではのこだわりがあった。
ブレーキフルードには日本の工業規格であるJISがあり、製品はこれに沿って作られるのが一般的だ。ただ、ブレーキフルードのJIS規格は一定期間(車検毎2年)無交換で使われても問題が起きないようにする性能も含んでいるが、十分な耐久性を実現するためにスポーツ性能に関してはスポイルする傾向もあるという。ところが、ULTIMATE PERFORMANCEの「Competition」は競技車向けなので、長期間の耐久性についてはそれほど心配する必要がない。そこで谷川油化は、「Competition」に関してはJIS規格に縛られることなく、スポーツ性能を追求する方向で製造している。ただし、原材料に関してはDOT/JIS規格品と同じものを基材として配合している。
その「Competition」に対して、JIS規格準拠になっているのが「Premium」だ。こちらは純正互換品として使用することも可能なのでオールマイティさを求めて作られた。そのため「Competition」と比べるとフルードの動粘度の数値が低くなっている。というのも動粘度が高いと低温時の流動性が落ちる傾向になる。そのため、冬期に極寒になる地域だと動粘度が高いフルードはペダルタッチに影響が出ることもある。また、ABSの動作についても影響が出るかもしれないのでその対策である。
とはいえ、それでもドライ沸点、ウェット沸点とも十分にハイレベルな仕上がりで、ペダルのタッチ感も「Competition」同様にかっちり感を出した作りだ。そして規格に沿った商品なのでDOT表記は5.1となっている。
ところでこの「DOT5.1」だが、見て分かるとおり中途半端な数値である。そこでこの点についても説明しておこう。はっきり言えばDOT5.1のフルードの性能基準はDOT5と同じである。では、なにが違うのかといえば原料だ。
最初にDOT5が作られたときは高温に強いシリコン系を原料としていた、しかし、そのあとになってDOT3やDOT4と同じ原料を使った“グリコール系のDOT5仕様”も完成した。このシリコン系とグリコール系のフルードは混ぜて使うと問題が出てしまうので、誤って混ぜてしまわないようにグリコール系のDOT5モデルについてはDOT5.1と表記している。
そして、ちまたではDOT5.1は水分の吸湿性が高いので使いにくいと言う人もいるが、それは実は見当違い。まず、DOTがいくつであろうとフルードに水分は混じってくるものというのを知ってほしい。そしてフルード内に混じった水分がそのままホース内に残れば、それはペダルタッチや制動力の悪化につながることになる。ところが、フルード内に吸湿して取り込めばそれがない。つまり、吸湿することはわるいどころか吸える性能が必要なのだ。そして、吸ったあとに性能低下が起こらないようにフルードのレシピを工夫する。それがTCL アドバンス ブレーキフルードをはじめとする最新フルードの作りである。
ちなみに「Competition」と「Premium」の缶にはドライ沸点とウェット沸点が大きく表記されていて、「Competition」がドライ沸点327℃、ウェット沸点212℃であり、「Premium」はドライ沸点が273℃、ウェット沸点が188℃と表記されている。TCL アドバンス ブレーキフルードの開発時には調査を兼ねて評判のよいスポーツフルードのドライ沸点とウェット沸点の実測値を計測した。その結果、ブランド名を明かすことはできないが、実測値が表記より低いものがいくつかあり、TCL アドバンス ブレーキフルードでいうと「Competition」以下だったり、レース用という製品でも「Premium」と同等だったりしたという。この理由はサンプルに使った製品自体の問題だったのかもしれないが、製品によっては表記と実測値にバラツキがあったことも付け加えておこう。
そこで谷川油化はというと、整備用品業界や国防に関わる分野の仕事も手がけているだけに、すべての面において真面目である。そのため、製品に表記する数値は実測値以外あり得ないということで、ドライ沸点やウェット沸点がこのような数字になっている。1の位に端数が出ているのもそのためなのだ。
以前にCar Watchで谷川油化を紹介したのは、日本企業によるこだわりのもの作りを紹介する「THE MADE IN JAPAN」という企画だが、今回紹介するTCL アドバンスのTCL アドバンス ブレーキフルード「Competition」と「Premium」は、まさにそのときに見たブレーキフルード作りへのこだわりが詰まった集大成と言えるもの。しかも、前にも書いたようにブレーキチューンにおいて単体でも効果を発揮し、パッドやキャリパーというほかのブレーキチューニングのパーツと組み合わせたときに、それらのパフォーマンスをしっかりと引き出せる優れものであるだけに、スポーツ走行派のCar Watch読者には、これらの製品を使うことでこれまでとは違うブレーキングを体感してほしい。