試乗インプレッション

見た目よし、走りよし。アバルト「695C リヴァーレ」は特別な魅力にあふれる限定車

「695」なれど実は中身は「595」?

高性能ボートにインスパイア

 現行「500(チンクエチェント)」が誕生したのも、思えばもう12年あまりも前のことだが、独特のキャラクターゆえ古くならないところが強み。さらには、これまで送り出されたさまざまな仕様の限定車を見るにつけ、どんなふうに着飾っても絵になるのもこのクルマならではだと常々思っているが、今回の150台限定車「アバルト 695C リヴァーレ」は、これまでのアバルトにはなかった優美なテイストに仕立てられていて興味深い。

「リヴァーレ」というのは、イタリアのラグジュアリーボートメーカーであるリーヴァの高性能モデルの名称だ。リーヴァとのコラボは初の試みとなるが、お互いクラフトマンシップと勝利にかける情熱を持ち合わせている点で共通する。同限定車には、そのリヴァーレにインスパイアされたというユニークなアイキャッチの数々が与えられている。ブルーとグレーを組み合わせた印象的なボディカラーも同限定車ならではのもので、小さいながらもなかなか存在感がある。

今回試乗したのは2018年11月に発売されたアバルトブランドの限定車「695/695C リヴァーレ」。クーペモデルの695 リヴァーレは85台限定で405万円、カブリオレの695C リヴァーレは65台限定で422万円で販売される。なお、595シリーズは2017年2月にラインアップを刷新。これまで「アバルト 500」としていたモデル名称をシリーズと共通の「595」に変更するとともに、内外装の仕様変更を実施している
撮影車の695C リヴァーレのボディサイズは3660×1625×1505mm(全長×全幅×全高)、ホイールベースは2300mm。車両重量はクーペモデルの695 リヴァーレから40kg増の1160kg
リーヴァ製の最新鋭56フィート・フライブリッジボート「リヴァーレ」にインピレーションを受けて内外装がデザインされた695 リヴァーレ。エクステリアではボディカラーに専用の「Bicolore Blu/Grigio Riva(ブルー/グレー)」を用いるとともに、アクセントラインとしてアクアマリンを採用。装備面では17インチ専用ホイールやアクラポビッチ製のカーボン仕上げハイパフォーマンスエキゾーストシステムなどを備える

 インテリアはさらにユニークだ。シートやメーターフード、ステアリングホイールなどにはブルーレザー、ダッシュボードやステアリングホイールの一部にはマホガニーがあしらわれていて、ボートのデッキを思わせるような演出も見られる。フロアマットも目が引き寄せられるほど高級感があって驚いた。

 チンクエチェントは、もとの樹脂パネルの質感がそれほど高くないからこそ、これらシートやパネルの質感が高いとそれがより際立って見える。“取って付けた”かのような印象が、むしろ個性の演出になっているように思う。

ブラックを基調としたインテリアには、ブルーレザーを用いたシートやメーターフード、ステアリングホイールを組み合わせた。また、ダッシュボードやステアリングホイールの一部にアクセントとして高級家具などに用いられる木材「マホガニー」をあしらうことで、上質で洗練された空間を表現したという

 試乗した日はあいにく大雨に見舞われたが、「695C」であれば好みに合わせて3通りの開け方でオープンエアドライブを楽しめる。また、同限定車が発売される少し前の一部改良で、Uconnectの液晶サイズが7インチに大型化され、Apple CarPlayおよびAndroid Autoに対応が図られたばかり。やはりかつてのような後付けのモニターではなく、ビルトインされている方がありがたいのは言うまでもない。

3通りの開け方でオープンエアドライブを楽しめる

「695」だが「595」?

 405万円~422万円という価格は、「695」としては破格だなと思っていたら、実は中身は「595」だそうな。にもかかわらず「695」とされたのは、それだけ価値のある特別なモデルなので、「アバルト 695 トリブート フェラーリ」や「アバルト 695 エディツィオーネ マセラティ」と同じ「695」の称号を与えたのだという。

 というわけで、エンジン性能は595とイコールとなるのだが、最高出力180PS、最大トルク230Nmを発生する1.4リッター直4DOHCターボエンジンは、1.1tあまりの車体と組み合わせるには十分すぎるほど。持ち前のパンチの効いた加速フィールを存分に味わうことができる。本来の695であればさらにパワフルな半面、いささかピーキーな感もなくはないが、595のスペックであれば速さを堪能できつつも扱いやすいところがよい。同限定車には標準で付くカーボン仕上げのアクラポビッチ製ハイパフォーマンスエキゾーストシステムも心地よい野太いサウンドを聞かせてくれる。

直列4気筒DOHC 1.4リッターターボ「312A3」型エンジンの最高出力は132kW(180PS)/5500rpm、最大トルクは230Nm(23.5kgfm)/2000rpmだが、SPORTスイッチを使用すると最大トルクが250Nm(25.5kgfm)/3000rpmまで引き上げられる

 ブースト計に目をやると、ピークがノーマルでは1.3K程度のところ、走行モードをスポーツにすると約1.5Kまでかかるようになり、最大トルクが20Nm増の250Nmをノーマルよりも1000rpm高い3000rpmで発生。がぜん力感がみなぎる。

 出た当初はとやかく言われたシーケンシャルトランスミッションも、徐々に改善されてだいぶよくなったことをあらためて確認。むろんシングルクラッチ式の宿命で、駆動抜けする時間はあるものの、その動作は人間がシフトチェンジする際にクラッチを踏んで、次のギヤに入れてクラッチをつなぐ感覚に近く、あまりいやな感じがしなくなっている。

変わっていないが変わっている

 足まわりも少し前まではもっとバタついていたような気がするが、同限定車に乗るとそうでもなくなっていて、乗り心地に不快な印象がないことにも感心。ショートホイールベースかつナロートレッドで重心が高めのパッケージングゆえ、ピッチングや車体の前後左右の傾きを上手く抑えるのは簡単ではないと思うが、それだけ努力したということだろう。基本的な内容はベース車が世に出た当初とほぼ変わっていないとはいえ、時間が経過していろいろ改善されているようだ。

 一方で、ブレンボ製ブレーキの与えられたディスクローターを見ると、試乗車はけっこうハードに走り込まれた個体であることがうかがえた。そうした走り方にもしっかり応えてくれるということに違いない。

 見た目よし。走りよし。全長わずか3.6mあまりのコンパクトなボディにお楽しみの要素をめいっぱい詰め込んだ、魅力あふれる限定車だった。

岡本幸一郎

1968年 富山県生まれ。学習院大学を卒業後、自動車情報ビデオマガジンの制作、自動車専門誌の記者を経てフリーランスのモータージャーナリストとして独立。国籍も大小もカテゴリーを問わず幅広く市販車の最新事情を網羅するとともに、これまでプライベートでもさまざまなタイプの25台の愛車を乗り継いできた。それらの経験とノウハウを活かし、またユーザー目線に立った視点を大切に、できるだけ読者の方々にとって参考になる有益な情報を提供することを身上としている。日本自動車ジャーナリスト協会会員。日本カー・オブ・ザ・イヤー選考委員。

Photo:安田 剛