試乗インプレッション

ブランド初のEV「EQC」、電動化しても残る“メルセデス・ベンツ”らしさとは

余剰パワーがもたらす精神的なゆとりは電動モデルでも健在

 メルセデス・ベンツブランド初のBEV(電気自動車)として登場した「EQC」。すでに車両の詳細については別記事で触れられているので割愛するとして、本稿では簡単に車両スペック(欧州値)のおさらいと都内で行なった公道試乗の様子をレポートしたい。

 EQCのベース車両は内燃機関モデルの(クーペボディではない元祖)GLCだ。全長×全幅×全高のスリーサイズのうち全長が100mmほど長く、全高が20mmほど低いがホイールベースは両車とも同じ。低くなったとはいえ全高は1623mmあるので一般的なタワーパーキングでは制限がつきそうだ。

 EQCは前輪と後輪に独立したモーター(出力/トルクは同一)を持つ4輪駆動方式(メルセデス・ベンツでは4MATICと呼ぶ)。車両重量は2495kgと重量級だが、その約26%にあたる652kgは80kWhのリチウムイオンバッテリーが占めている。

 参考値ながらGLC 63 S 4MATIC+の車両重量が2050kgだから計算上はざっと20%増し。内燃機関モデルとの単純比較はあまり意味をなさないものの、バッテリー搭載位置は車両中央の下端部に集中していて、ちょうどフロア下全体にしきつめられているイメージ。よって、例えば前後重量配分の上からみたコーナリング性能ではEQCに分がありそうだ。

メルセデス・ベンツ初のBEV(電気自動車)「EQC」に交通コメンテーターの西村直人が試乗
試乗車はEQC 400 4MATIC(1080万円)。ボディサイズは4761×1884×1628mm(全長×全幅×全高。数値はすべて欧州参考値)、ホイールベースは2863mm。最高出力300kW(408PS)、最大トルク765Nmを発生するモーターを前後に搭載し、0-100km加速は5.1秒を誇る。車両重量は2495kgで、うち652kgが80kWhのリチウムイオンバッテリーの重量となる
特徴的なフロントグリルデザインのEQC。ヘッドライトやウインカー、リアコンビネーションランプといった灯火類はすべてLEDを採用する。レーダーセーフティパッケージやアクティブブレーキアシストなど、先進安全装備は標準装備
フェンダー部にはEQCのロゴ入りエンブレムを装着
乗り降りをしやすくするラバースタッド付きのステンレス製ランニングボード
先進性やクリーンさをイメージさせるブルーアクセント入りの20インチ10スポークアルミホイール。タイヤはミシュラン「パイロット スポーツ 4 SUV」(フロント:235/50R20、リア:255/45R20)
EQCのロゴは少し丸みを帯びたデザイン
ラゲッジへはリアのスリーポインテッドスターのエンブレムを押してアクセスする

 前述の通りGLCをベース車両にしているが、プラットフォームはBEV専用にコンポーネントを大きく変更している。その代表が車体前部で、GLCの内燃機関に代わりフロントモーターやインバーターなど電動化モジュールが組み込まれたEQCでは、エンジンルームに相当するフロントセクションにスチール製サブフレームを新設している。

 スチール製サブフレームは、ボンネットフード下にある電動化モジュールを保護するようケージ状にぐるりと取り囲むようパイプで構成され、GLCではトランスミッションが搭載されていた位置までそのままパイプを延長している。新設の狙いは、前面衝突時に内燃機関(ICE)を搭載しないEQCであってもGLCと同じように衝突エネルギーを車体全体へと分散するためだ。既存ボディ構造を上手にBEVへと転用した好例と言える。

運転席側のリアバンパー&フェンダー部に普通充電と急速充電のポートを配置。充電完了までの時間は普通充電で約13時間、急速充電で約80分となる
実際に給電も試してみた
ボンネットの大きなカバー下に電動化モジュールを搭載
スチール製のサブフレームが電動化モジュールをぐるりと囲んで保護すると同時に、前面衝突時の衝突エネルギーを分散させる役割も備える

 早速、乗り込む。GLCからヘッドライトやテールランプ形状、前後バンパー、ホイール形状など全面にわたって意匠が変更され、同時に車名&グレードを示すエンブレムのフォントも丸みを帯びた。さらに内装に至っても各部が専用デザインへと変更された。

 内装の基本レイアウトはGLCを踏襲しているものの、ダッシュボードの形状変更に加えて、エアコンのセンタールーバーは3連丸形から2連長方形へ、そしてセンターコンソールは全面にわたり光沢のあるピアノブラック化された。全般的にずいぶんすっきりとした印象だ。

 加えてドア上部には電動化を連想させたいのだろうか、スピーカーアンプのヒートシンク(放熱板)を思わせる遊び心ある造形が施された。細かいところではエンジン回転計であったところが%標示のパワーメーターとなり、センターディスプレイに表示する燃費画面が電費画面になるなど、EQCでは電動化されたパワートレーンに合わせた変更がなされている。

EQCのインパネ
ステアリングやCOMANDシステムなどの操作系はメルセデス・ベンツの他モデルとほぼ変わらない
淡いブルーを用いたシートやサンルーフで明るい室内
ラゲッジ容量は約500L
アンダーラゲッジには三角停止板や折りたたみ式のボックスを収納
メーター内にはEVならではの電池マークや充電ポートのイラストなどが表示される
メーターの表示テーマを変更したり、タイヤ空気圧などの車両情報を表示することもできる
ヘッドアップディスプレイも搭載

 撮影先へのカーナビ目的地設定はMBUX(Mercedes Benz User Experience)を通じて行なった。MBUXは日本国内においてAクラス(2018年10月導入)から搭載されている音声認識システムでBクラス、GLEなど各モデルにも採用されており、いずれメルセデス・ベンツ全モデルに展開されるようだ。

 今回EQCへの搭載にあたり充電スポットの検索が行なえるEQボタンが追加されているが、システムの中枢を担うCPUやアルゴリズムには大きな変更点はないとのこと。しかし、使ってみると音声認識性能が向上していた。具体的には窓やサンルーフを開けた状態など、音声が聞き取りにくい環境でも誤認識することなく目的のコマンドを一発で引き当てることができるようになった。

 こうしてAI(Artificial Intelligence)が賢くなる一方で、“Siriって知ってる”とか“お名前は?”といったある種のエンタメ会話を受け付けなくなってしまったのはいたずら好きな筆者にとって少々残念ではある。

ナビゲーションで充電スポットを検索した後、目的の充電スポットまでの案内も簡単に設定できる
充電に関する設定や、電費なども確認可能

扱いにくさのないハイパフォーマンスモデル

 ステアリングコラム右上に配置されたダイレクトセレクトをDレンジに入れ、ドライブモードはコンフォートを選び走り出す。前後モーターによるシステム出力は408PS/765Nmと強力だが、アクセルペダルの操作に対して過敏に反応することはなく、都市部での信号スタートや駐車場から出る際など、ゆっくりと動かしたい時の要望にも応えてくれる。なによりよかったのは発進後の躍度コントロールが容易であることだ。

 BEV=静かで速いというイメージが定着しつつあるなかで、車種によってはアクセル操作に対する過敏な反応に疲れや戸惑いを感じるユーザーも多いと聞く。先だって訪れたノルウェー・オスロでインタビューしたテスラ「モデル S」に乗るユーザーは「雨の日など、速度コントロールで右足が疲れることがある」と漏らしていた。

 高速道路入口のゲートを通過後、ぐっとアクセルペダルを踏み込んでみる。すると2495kgのEQCは一瞬の間を開けて、けたたましい加速力を披露した。通常走行時は前モーター駆動のFF(前輪駆動)方式だが、こうした急加速時には後モーター駆動も加わり4輪で勢いよく加速する。前後モーターは型式こそ同じながら後モーターは出力重視の設定になっているため、急加速シーンでは車体後方から蹴飛ばされたような印象を受ける。

 もっとも、正直言ってここまでのパフォーマンスが必要なのか疑問を抱いてしまうものの、それなら510PS/700NmのGLC 63 S 4MATIC+だって十分に過剰だ。やはりメルセデス・ベンツをメルセデス・ベンツたらしめるのは余剰パワーがもたらす精神的なゆとりであり、それが電動化であっても同じであることを実感した。

 乗り心地、ハンドリング性能にしてもメルセデス・ベンツの流儀を踏襲。前輪がコイルバネ、後輪にエアバネを用いたサスペンションは終始、路面からの衝撃を徹底的にいなす方向で快適に仕立てられている。前述したバッテリー搭載位置の兼ね合いもあり、交差点を右左折する際の何気ないカーブであってもステアリング操作に対して従順に反応し切り遅れがない。

 ただし曲率のきついカーブではロール量が多く、わりと一気に車体は傾く。このあたりは車格が近いがスポーティな走りまでを許容するジャガー「I-PACE」(車両重量2240kgでバッテリー容量は90kWh)とは趣が異なっているようだ。EQCは連続するS字カーブを勢いよく走らせるより、静々と緩やかな起伏を伴う郊外路などを走らせるほうが似合う。

 前後モーターであることから回生ブレーキは前/後輪で作用する。また、回生ブレーキはパドルシフトを使うことで減速度を4段階に調整可能。通常の「Dレンジ」では減速度0.06G、左側のマイナスパドルを一段引くと「D-レンジ」となり減速度0.17G、さらに一段引くと「D--レンジ」となり減速度は0.25Gにまで増加する。反対に右側のプラスパドルを一段引くと「D+レンジ」になり、回生による減速度は発生せず走行抵抗のみのコースティング状態で進む。

 D--レンジでの減速度はかなり強く、それこそ日常シーンではブレーキペダルの操作割合がかなり減る。また、アクセルペダルとの連動をうまく使えばいわゆるワンペダル操作に近いことも可能だ。だた、日産自動車「リーフ」のワンペダル操作であるe-Pedalのように、完全にアクセルペダルとの連携が図られるわけでなくて、回生中にアクセルペダルにフワッと足を乗せて速度調整する際には少しばかりペダル操作にコツを必要とする。

 聞けばこの特性は意図的とのこと。さらに、メルセデス・ベンツでは安全運転の観点から10km/hを下まわるあたりで回生による減速度が弱まり、完全停止までは行なわないから最終的にはブレーキペダルへの踏み替えが必要だ。ここは安全に対する考え方の違いだ。

 この先、BEVはますます増えていく。フォルクスワーゲン「ID.3」は大衆車としてのBEVを目指し、マツダのBEVプロトタイプ「e-TPV」では内燃機関に近い運転操作でBEVの走る歓びを表現する。さらにトヨタの日本におけるBEV戦略は個人ユース、ビジネスユースを狙った超小型モビリティを筆頭に進められ、ホンダは2輪の電動化ラインアップを拡充する。

 一方で、課題として残るのはリチウムイオンバッテリーに使用するコバルトなどレアメタルの大量採掘、高効率な全固体電池の早期開発、自然エネルギーによる電力確保など多岐にわたり、解決にはこの先30年程度は必要ではないかと言われている。よって現時点、BEVが環境負荷低減に向けた唯一の回答ではない。既存の内燃機関車両と共存を図っていくことが最適な解になる。また、こうした共存により国と地域のエネルギー事情に応じた電動化がスムースに進行していくのではないかと筆者は考えている。

西村直人:NAC

1972年東京生まれ。交通コメンテーター。得意分野はパーソナルモビリティだが、広い視野をもつためWRカーやF1、さらには2輪界のF1であるMotoGPマシンの試乗をこなしつつ、4&2輪の草レースにも参戦。また、大型トラックやバス、トレーラーの公道試乗も行うほか、ハイブリッド路線バスやハイブリッド電車など、物流や環境に関する取材を多数担当。国土交通省「スマートウェイ検討委員会」、警察庁「UTMS懇談会」に出席。AJAJ(日本自動車ジャーナリスト協会)理事、日本カー・オブ・ザ・イヤー選考委員。(財)全日本交通安全協会 東京二輪車安全運転推進委員会 指導員。著書に「2020年、人工知能は車を運転するのか 〜自動運転の現在・過去・未来〜」(インプレス)などがある。

Photo:安田 剛