試乗レポート

ポルシェの新型「911 カレラ」(992型)試乗、ベーシックグレードで高い満足度が味わえる

カレラSとの違いは?

385PS/450Nmのベーシックなカレラ・クーペに試乗

“450PS!”というカレラ・シリーズとしてはこれまで未踏であった数字を強調したいこともあってか、グレード名称のないベースモデルとハイパフォーマンス版である「S」のグレードが同時にローンチされた先代991型の場合とは異なり、2018年末にまずは「カレラS」、そしてその4WD版である「カレラ4S」という2タイプのクーペから発表された最新のポルシェ「911」。

 今回ここに紹介するのは、2019年8月末から受注が開始されているベーシックなカレラ・クーペ。恐らく日本では、この先新型911シリーズの販売の主流になると思われるバージョンでもある。

 Sグレードに比べると、テールパイプの形状が変更をされたり、前後で異径のホイールがそれぞれ1インチダウンの設定になっていたりと、見た目上の差異はごくわずか。さらにインテリアでは、その差はほぼ皆無ということになっている。

 一方、両者で最も大きい差別化が図られているのがその心臓部。ツインターボ付きの3.0リッター水平対向6気筒という基本デザインは同様でありながら、ターボチャージャーの容量を筆頭としたチューニングの違いによってカレラS系よりもデ・チューンが図られているのが素のカレラ用のエンジンだ。

 最高出力385PS/6500rpm、最大トルク450Nm/1950-5000rpmというスペックは、カレラS用と比べると「65PSダウンの出力を同回転で発し、80Nmダウンのトルクを350rpm低い回転数から発揮する」という関係を持つ。

 一部装備の違いも含んでとはなるが、グレード違いによる価格差は330万円ほどに設定されている。

今回試乗したのは2019年8月に日本へ導入された新型「911 カレラ」(992型)。ボディサイズは4519×1852×1298mm(全長×全幅×全高)、ホイールベースは2450mm。車両価格は1398万円となり、撮影車では20/21インチホイール(51万4815円)、2トーンレザー(ブラック/アイランドグリーン。69万1667円)といったおよそ500万円のオプションが付く
新型911 カレラは先代モデルから11kW(15PS)出力が向上し、最高出力283kW(385PS)/6500rpm、最大トルク450Nm/1950-5000rpmを発生する水平対向3.0リッターツインターボエンジンを搭載し、トランスミッションは新開発の8速DCT(PDK)を組み合わせる。0-100km/h加速は4.2秒、最高速は293km/h。WLTCモード燃費は9.0km/L
20/21インチの「RS Spyder Designホイール」。タイヤはピレリ「P ZERO」(フロント:245/35ZR20、リア:305/30ZR21)が組み合わせられる
LEDマトリックス ヘッドライトは43万9815円のオプション装備。リアウイングは電動でせり上がる

 日本に導入された新型911は、すべて右ハンドル仕様。空冷時代の911では違和感の強かったペダル位置のオフセットは今や気にならず、きちんと正対したドライビングポジションが取れるので、クルマは左側通行国である日本で敢えて“不便で危険”な左ハンドルを選ぶ理由は、もはや皆無という状況だ。

 エンジン始動は「最寄りのドア側に設けられたノブを捻って行なう」というのが、歴代911に共通する流儀。すなわち、右ハンドル仕様の場合にはその位置はステアリング・コラムの右サイドとなり、右効きの人にとってはすこぶる操作性がいいことも特徴だ。

 一方で、操作性という観点からすると好ましいとは思えないのが、新型となって大幅に増加したディスプレイ上のアイコンをタッチするという操作方法。

 停車時に予め行なう各種機能のプリセットは問題ないものの、ナビ画面から異なるグラフィックに変更したり、アプリを選択したりといった操作には、どうしてもディスプレイの目視が必要。「それも停車して行なうべき」というのは机上論で、高速道路でのクルージング中などは当然止まることなどままならない。

 となると、特にドライビングに集中したいスポーツカーでは、本来は「運転視界を外すことなく全ての操作が行なえる」というのが理想であるはず。ところが、表示されたアイコンをタッチするという方法はそれを許さない。こうして、スイッチ数が削減され見た目はグンとスマートになった新型の操作系が、実は必ずしも「使いやすくなった」と思えないのは、個人的には992型で最も残念と思えるポイントでもある。

インテリアでは10.9インチタッチスクリーンディスプレイを備えたインテリアやコネクティビティ、「ポルシェウェットモード」などのアシスタンスシステムなどを採用
メーターパネルの右側の液晶は、マップのほかラップタイム、前後・左右の加速度が見られるG-FORCE、タイヤ空気圧、走行モード、航続可能距離や油温といった車両データなどの表示が可能
10.9インチタッチスクリーンディスプレイの表示例
2トーンレザー(ブラック/アイランドグリーン)のほか、インテリアでは4-wayスポーツシート プラス(6万9445円)、アルカンターラ仕様のスポーツステアリングホイール(ヒーター付き。10万7408円)、BOSEサラウンドサウンドシステム(21万4815円)、自動防眩ミラー(8万3334円)といったオプションが装備される

カレラSとの違いは?

 火が入ると同時に後方から耳に届くエンジン音は、いかにも911らしいサウンド。2014年シーズン以降のF1用パワーユニットがそうであるように、排気エネルギーの回収装置であるターボチャージャーが付加されたエンジンが放つ音色はどうしてもその迫力が削がれがちな中で、911のそれはカレラ系にもターボが加えられた先代991型の後期モデル以降でも、「意地でも911サウンドを守り抜く」という思いが実感できる見事な仕上がりを実現させているのだ。

 そろそろとスタートする段階での力強さは、「カレラSとの違いは全く感じられない」と評していい印象。トランスミッションには、効率の高さとトルクのダイレクトな伝達感が売り物のDCTを採用するものの、発進の滑らかさやその後の変速時のシームレスな動作、そしてノイズの小ささなど、このタイプのトランスミッションが苦手としがちな微低速シーンでも、文句ナシのでき栄えだ。

「前モデルに対して11%早めた」と紹介されるステアリングギヤ比の採用もあって、街乗りシーンでも取り回し性に優れている一方、それでもその敏捷性がSグレードよりもわずかに落ちるように思えたのは、恐らく以前経験したカレラSのテスト車が、オプションのリアアクスルステアリング装着モデルであったからだ。

 そして実は、このアイテムはベーシックグレードであるカレラに対しては設定されていない。後輪が最大2°まで切られ、小回り性能をより向上させるこのメカニズムのチョイスができないのは、ちょっと残念なポイントだ。

 一方、アクセルペダルを深く踏み込むほどに、そしてエンジン回転数が高まるほどにその差を顕著に感じられるようになってくるのが、エンジン出力の違いだ。

 もちろん、特に日本の環境下においてはベーシックなカレラであっても、「絶対的な動力性能は十二分」と言えることは間違いない。見方によっては、「エンジン回転数が高まり、サウンドを含めてフラット6エンジンならではのフィーリングが特徴的になる領域を、カレラS以上に高い頻度で味わうことができる」と、そんな表現での紹介も可能かもしれない。

 そもそも、0-100km/h加速タイムが4.2秒、最高速が293km/hというデータも証明するように、新型911シリーズで最もベーシックなカレラ・クーペでも「世界一級のスポーツカーとして十分満足に足る動力性能の持ち主」であることは間違いない。ただしそれでも、3.7秒と308km/hというデータを持つカレラS・クーペと直接比較すれば、「その差は歴然」というのもまた事実、ということになるわけだ。

 もちろん、常に濃厚な4輪の接地感や正確無比のハンドリング感覚など、新型911ならではと言える基本的な走りの美点は、ベースグレードとは言っても何ひとつ変わることはない。カレラSの350mm径に対して330mm径と、前後のディスクローター径がわずかに小さくなったことが報告されるブレーキのフィーリングも、相変わらず信頼感に富んだ911クオリティをキープしたままだ。

 こうして、さまざまな部分を検証してくると「なるほど日本では、このモデルに人気が集まるのもさもありなん」と思えてくるのが“素のカレラ”。今後も数多くのバリエーションを展開してくるに違いない最新911シリーズの全てのモデルに、ひと際の大きな期待感を抱くことができるのは、結局のところボトムグレードに位置するこのモデルであっても、すでに高い満足度が味わえる仕上がりレベルが達成されているからこそでもあるわけなのだ。

河村康彦

自動車専門誌編集部員を“中退”後、1985年からフリーランス活動をスタート。面白そうな自動車ネタを追っ掛けて東奔西走の日々は、ブログにて(気が向いたときに)随時公開中。現在の愛車は2013年8月末納車の981型ケイマンSに、2002年式のオリジナル型が“旧車増税”に至ったのを機に入れ替えを決断した、2009年式中古スマート……。

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Photo:中野英幸