試乗レポート

フォルクスワーゲンのコンパクトSUV「T-Cross」、16インチ仕様のTSI 1stの走りはどうか?

18インチを履く上位グレード「TSI 1st Puls」との違い

16インチタイヤ仕様のTSI 1stに試乗

「ポロ」をベースにしたSUVである「T-Cross」。現在、フォルクスワーゲン最小サイズのSUVをセールスポイントに世界中で順調に台数を伸ばしているという。Car Watchでは、過去に本国ドイツでの試乗レポートと、日本導入時に国内での試乗レポートをそれぞれ掲載しているが、本稿ではいずれも採り上げていなかった16インチ仕様の「TSI 1st」を紹介したい。

 TSI 1stは日本国内デビューを記念した特別仕様車で、16インチタイヤ(上位グレードのTSI 1st Pulsは18インチ)となるほか、先進安全技術群ではレーンキープアシスト機能である「レーンアシスト」と、ヘッドライトの自動オート機能「ハイビームアシスト」が装着されない。

 車内では運転席と助手席がスポーツコンフォートシートから通常タイプへと変更になるほか、細かなところではトランスミッションのギヤ段をステアリングコラム付近で変速させるパドルシフトや、車内の演出照明である「インテリアアンビエント」が省かれる。また、ルーフレールがシルバー塗色からブラック塗色となる。

1月に発売されたコンパクトSUV「T-Cross」。今回は303万9000円の「T-Cross TSI 1st(ファースト)」に試乗。T-Crossのボディサイズは4115×1760×1580mm(全長×全幅×全高)、ホイールベースは2550mm
TSI 1stの足下は16インチアルミホイールにブリヂストン「TURANZA T005」(205/60R16)の組み合わせ
室内は高い着座位置によって前方視界がよく視認性が高い仕様で、リアシートは最大14cmの前後スライドができる
後席の背もたれは60:40に分割でき、荷室はVDA方式で455L~1281Lまで拡大可能

 これら装備関連の違いにより設けられたTSI 1st Pulsとの価格差は36万円。以前、TSI 1st Pulsに試乗した際に試したレーンアシスト(60km/h以上で起動させることができ、55km/hを下限として高速域まで使用可能)がなくなるのは先進安全技術の普及を望む筆者としては惜しい点だが、そこが気にならないのであれば価格差が大きいこともありTSI 1stもいい選択。以下、具体的にその理由を。

TSI 1stの走りはマイルドで滑らか

 直列3気筒1.0リッター直噴ターボエンジンは116PS/200Nmを発生。トランスミッションは7速DSG(デュアルクラッチトランスミッション)を組み合わせる。スペック的には排気量なりで標準的ながら、実際の走りっぷりは非常に軽快。2WD(FF)モデルということもあり車両重量は1270kgだ。

 今回の試乗を通じて改めて感じたことは、自身を含めて「数字に惑わされてはいけないな」ということ。わずか1.0リッターターボに過ぎないが、その走りは市街地、高速道路を問わず必要にして十分、いや十二分! もっとも過激な加速力はないものの、運転操作に対して俊敏に動くから体感値として数値以上に頼もしく感じられる。

T-Crossのパワートレーンは最高出力85kW(116PS)/5000-5500rpm、最大トルク200Nm(20.4kgfm)/2000-3500rpmを発生する直列3気筒DOHC 1.0リッターターボエンジンで、7速DSGを介して前輪を駆動。WLTCモード燃費は16.9km/L

 この頼もしさを助長するのが乾式クラッチ方式の7速DSG。見本のような台形カーブを描く1.0リッターターボのトルク曲線に合わせた各ギヤ段のおかげで、発進からスムーズに車速を伸ばしていく。市街地での巡航速度と重なる35~50km/hあたりでは、1500-2000rpm付近を保つように低いギヤ段を使用するから静粛性も高い。一転、高速域では乾式方式ならではのスパッと切れのよい変速がアップ、ダウンとも得られ、1.0リッターターボが生み出す駆動力を少しも無駄にしない。

 とはいえ、クセもある。アイドリングストップ機構が働いた状態、つまりエンジン再始動時の発進をスムーズに行なうには独特のアクセル操作(ブレーキペダルを放してから一呼吸置いてアクセルペダルをゆっくり踏み込む)が要求されるのだ。難しい操作ではないが、マスターするにはクルマとのちょっとした対話が求められる。人によっては使いづらいと感じるだろう。ここには賛否あるが、筆者はフォルクスワーゲンらしい質実剛健な部分だと理解。機械は道具、だから正しく使うべきという解釈だ。

 走りはどうか? 上位モデルとの大きな違いにタイヤサイズがあることは紹介したが、これがTSI 1stの魅力を大きく引き出した。215/45R18から205/60R16へとホイールサイズは2インチ分小さくなったが、増えたタイヤのエアボリュームは速度域が限定される日本の道路環境でT-Crossを使いこなすには向いている。

 16インチ仕様のTSI 1stの走りはマイルドで滑らかだ。フォルクスワーゲン グループ ジャパン広報部に確認したところ、足まわりの設定、たとえば前後サスペンションのスプリングレートやダンパー減衰力は18インチ仕様から変更ないという。よって、基本的に引き締まった足まわりの印象は16インチ仕様となっても変わらない。ただ、同じ道路環境で18インチ仕様と乗り比べてみると、ステアリングやシートから伝わる振動特性は明らかにソフトになっている。ガツンとしたショックを伴うような場面でも、16インチ仕様は大きな衝撃を身体に伝えてこない。

 運転席、助手席はともにスポーツコンフォートシートからTSI 1stでは通常シートに変更されたが、表皮デザインやカラーリングなどが異なるもののクッション部分には大きな違いはない。座面の高さを調整するシートリフターや、腰部分を支えるランバーサポートはTSI 1stにも装着されるので、上下前後方向に調整可能なチルト&テレスコピックステアリングと合わせれば適切な運転姿勢を取りやすい。

 気になったのはシート座面がやや長めである点。身長170cmの筆者でも太ももに圧迫感を覚えたので、小柄なドライバーであればなおのこと。筆者の場合は、シートリフターで高さを調整することで概ねピタリと身体にフィットした正しい運転姿勢がとれた。

 高速道路でもT-Crossは元気だ。ドイツでの試乗レポートにあるように、成人3名+人数分のスーツケース+αを詰め込んでも速度無制限区間では難なく180km/h巡航を行なえる実力がある。さらに静粛性が高いこともT-Crossの美点。さすがにコンパクトクラスなので高い負荷がかかり風切り音も大きくなる超高速域まで静かとはいえないが、120km/h以下の領域では間違いなくクラストップレベルだ。

 今回の試乗ルートでは80km/hが規制速度の上限だったので、それ以上の速度域を試していないが、直列3気筒エンジンならではの燃焼時に発するビート音の特性をつかみ、それを徹底して遮音したことで車内は快適。それこそ兄貴分にあたる「T-Roc」と肩を並べる高い静粛性を改めて確認した。

燃費は?

 燃費数値も良好。国内SUVのハイブリッド勢と比較すれば大きく劣るものの、80km/hでの巡航燃費は車載の燃費計で23km/L、市街地走行や撮影シーンを通じての総合燃費数値は16.6km/hだった。やはり高速巡航燃費はすこぶるよい。カタログのWLTC高速道路モードが19.1km/Lだから、好条件が重なったとはいえそれを20%以上も難なく上まわった。

80km/hでの巡航燃費は車載の燃費計で23km/L、総合燃費数値は16.6km/h

 ちなみに、別日に同条件で試乗した際の「ヤリス クロス」ハイブリッド(FF)は31.8km/L、「キックス」は23.7km/L、「フィット CROSSTAR(クロスター)」e:HEV(FF)は24.9km/L。ヤリス クロス ハイブリッドは別格だが、他の2車とはほぼ互角。

 燃費数値は走行環境によって20~30%は変わってくるので単純比較はできないが、「ハイブリッドモデルじゃないから」ということでT-Crossが選択肢から外れてしまうのは少々もったいない。コンパクトSUVクラスの購入を検討している読者の方々には、ぜひともディーラーで走行性能と燃費数値を確認いただきたいと思います。

西村直人:NAC

1972年東京生まれ。交通コメンテーター。得意分野はパーソナルモビリティだが、広い視野をもつためWRカーやF1、さらには2輪界のF1であるMotoGPマシンの試乗をこなしつつ、4&2輪の草レースにも参戦。また、大型トラックやバス、トレーラーの公道試乗も行うほか、ハイブリッド路線バスやハイブリッド電車など、物流や環境に関する取材を多数担当。国土交通省「スマートウェイ検討委員会」、警察庁「UTMS懇談会」に出席。AJAJ(日本自動車ジャーナリスト協会)理事、日本カー・オブ・ザ・イヤー選考委員。(財)全日本交通安全協会 東京二輪車安全運転推進委員会 指導員。著書に「2020年、人工知能は車を運転するのか 〜自動運転の現在・過去・未来〜」(インプレス)などがある。

Photo:高橋 学