試乗レポート

ホンダ「フィット」に新設定された「RS」はどのようなモデルなのか? テストコースでその性能を試した

「フィット」に新設定されたRSをテストコースで試した

レースで培ったノウハウを投入

 明日10月7日、2020年2月に発売した4代目「フィット」のマイナーチェンジモデルが発売となる。グレード展開はBASIC、HOME、LUXE、CROSSTARがラインアップされるが、スポーティなルックスのNESSは消滅。代わりに走りの質感を高めたRSを追加したことが今回のトピックだ。

 RSはベースとなるフィットが掲げる「心地いい走り」に、「走りの愉しさ」をプラスすることをコンセプトとしている。そのため開発チームはサーキットに向かっていた。モビリティリゾートもてぎ(旧ツインリンクもてぎ)で行なわれているENJOY耐久7時間レースの舞台を借り、フィットとe:HEVの限界に挑んでいたのだ。実はそのドライバーを僕は2020年春から担当していたため、その過程を随時見てきたのだが、はじめはパワーもシャシーもスポーツモデルと呼ぶには程遠かった。

 そこでハイブリッドのシステムのハードはそのままにソフトをさまざま改め、例えば昇圧器の制御変更などで電圧をノーマルの570Vから600Vへとアップ。発電ロス低減のためにエンジン高出力要求時にはリニアシフトコントロールを禁止し、最大出力回転数定点で連続発電。アクセル開度と駆動力の関係やレスポンスについても大幅な制御変更を行なった。一方、減速回生を取り切るようにしたほか、減速セレクターで段階的に回生量をコントロール可能に。また、ファイナルギヤやLSDの装着によってトラクション性能を向上を図ったほか、足まわりもバネとダンパーだけでなく、ボディやアームの見直しも行なうことで少しずつ操りやすくタイムの出る方向へと進化してきたのだ。

ENJOY耐久7時間レース参戦車両

 結果として開発3年目となる今年の春、シェイクダウンの段階から比べると20秒以上のタイムアップを果たした。ハッキリ言って別のクルマのようである。アクセルを踏み始めれば即座にトルクが発生し、まるでレーシングユニットかと思えるほどの応答性を生み出しながら加速。当初ははじめからエンジン回転が6000rpmあたりをキープしたままだったが、アクセルを踏んだら回転がリニアに跳ね上がるようになり、コントロール性も増していた。

 シャシーも当初はジャジャ馬的なピーキーな乗り味だったが、ドライバーが求めた通りのピッチコントロールが可能となり、ブレーキ次第でクルマの向きが変えられる懐が深いクルマへと進化。やり切るだけやり切った後に、荒さが残る角を削ぎ落とすかのように、今年のレース仕様は磨き上げられていたのだった。

 今回のRSは、簡単に言ってしまえばこのレース仕様のエッセンスを抽出したグレードだ。e:HEVはRSだけでなく全車が80kW(109PS)から90kW(122PS)に改められた(トルクは253Nmと変わらず)。レース仕様は96kW(131PS)だったため、全てを落とし込んだというわけではないが、市販モデルとしてのマージンを考えてそこに落ち着いたということだろう。

 RSにはそれに加えアクセルOFF時の回生量を4段階に選択できる減速セレクターを追加。3つのドライブモード(NOMAL/SPORT/ECON)を専用装備している。このSPORTモードこそがRSの真髄と言っていい。

 このSPORTモードの特性とマッチングを図ったというサスペンション特性も見どころの1つだ。フロントは他のグレードに対してスプリングレートを4%ダウン。リアは26%アップさせている。また、フロントのスタビライザー径は4%アップ。ショックアブソーバーは前後共に伸び側、縮み側の減衰力をアップしている。前後のロール剛性配分を見直し、操舵量に応じた安定したロール姿勢を生み出し、荒れた路面の車体の収斂性を向上させたという。タイヤはこれに合わせて横浜ゴムの「BlueEarth-A」から「BlueEarth-GT」へと改められている。

初代シビックRSに通じているホンダイズム

RSでは前後バンパーに加え、16インチアルミホイール、グリル、大型リアスポイラー、エキゾーストパイプフィニッシャーなどが専用のものを採用。加えてヘッドライトリングやドアミラーのカラーをブラックに、サッシュ・ピラーガーニッシュをマットブラックにしている

 今回はその走りをいち早くテストコースで味わってきた。まず、前期型フィットの乗り味を体験した後にRSを走らせる。走り出してまず感じることは、アクセルに対する応答性がかなりリニアになったことだ。前期型ではややマイルドな設定だったが、踏み込んだ瞬間からトルクが立ち上がり、ピッチのコントロールを自在に行なえるようになったことが目新しい。

 これに合わせたという足まわりは、コーナーへのアプローチがかなり容易になり、ブレーキングでスッとノーズが吸い込まれるようにINを向いてくれる感覚に長けている。そこから立ち上がる際も、リニアに応答するパワーユニットによって狙ったラインに乗せやすいところがなかなか爽快だ。

RSのインテリアでは3つのドライブモードが選べるようになったほか、3本スポークステアリング、減速セレクターを装備

 特にS字が連続するようなシーンにおいて、アクセルの入れ方次第で前後の荷重が操りやすく、ボディとドライバーの操作に一体感が生まれている。パワーユニットだけでも、足まわりだけでもこの姿にはならなかったであろうことは容易に想像がつく。もちろん、LSDを持たないため、レースカーのようにアクセルを踏んだ瞬間にINを突き刺すように曲がるようなことはないのだが、これでも十分にスポーティに感じることはできる。

 当日はレースカーも同じコースを走らせた。シャープなハンドリングに加え、瞬間的なトルクとLSDの効き始めが合致した状況では、まるでTYPE Rかそれ以上と思わせるほどのインパクトがあった。これはこれで面白いが、RSと比べればピーキーすぎて操るには疲れることも事実。また、リニアシフトコントロールを持たないために、サウンド的にも爽快とはならないことが理解できた。「速い=気持ち良い」とはならなかったのだ。

 すなわちRSにはレースカー以上に面白い部分が凝縮されている。操る愉しさを持つシャシーと、いつでもどの領域でもリニアに駆動が応答すると同時に、軽快な回転ステップを刻みながら心地よいサウンドを与えてくれるのだ。

 RSとはそもそも初代シビックで誕生したネーミングであり、その語源はロードセーリングと伝えられている。オイルショックのころ、苦肉の策で使われたという逸話があるが、今回のRSもまた状況はどこか似ている。カーボンニュートラルを目指し、電動化への移行期にある現在はとても難しい時代だ。

 だが、その状況でも諦めることなく、少しでも愉しさを見出そうと実走テストで足掻いた結果は、かなり面白い仕上がりになったと素直に感じられる。従来通りの乗り心地も走り味も達成したシャシーと、純内燃機関では得られない素直なトルク特性を生み出すe:HEVの組み合わせで誕生した新たなるRS。このクルマは時代のニーズに合わせながらも愉しさを達成するというホンダイズムが凝縮されている。

橋本洋平

学生時代は機械工学を専攻する一方、サーキットにおいてフォーミュラカーでドライビングテクニックの修業に励む。その後は自動車雑誌の編集部に就職し、2003年にフリーランスとして独立。2019年に「86/BRZ Race クラブマンEX」でシリーズチャンピオンを獲得するなどドライビング特化型なため、走りの評価はとにかく細かい。最近は先進運転支援システムの仕上がりにも興味を持っている。また、クルマ単体だけでなくタイヤにもうるさい一面を持ち、夏タイヤだけでなく、冬タイヤの乗り比べ経験も豊富。現在の愛車はユーノスロードスター(NA)、ジムニー(JB64W)、MINIクロスオーバー、フェアレディZ(RZ34・納車待ち)。AJAJ・日本自動車ジャーナリスト協会会員。日本カー・オブ・ザ・イヤー選考委員。