試乗インプレッション

“心地よさ”を提唱するホンダの新型「フィット」、その進化点を探る

HONDA SENSINGの制御の進化も見どころ

乗る前に体感できる“心地よさ”とは

 北海道の鷹栖テストコースでの試乗からおよそ5か月。いよいよ公道で新型フィットを走らせる。リアルな環境ではどんな顔を見せてくれるのか? プロトタイプでの印象がかなりよかっただけに期待は膨らむ。これまでに累計販売台数269万台を記録し、いまだ180万台が保有されるという、ホンダにとっては最重要車種。きっとその期待が裏切られるようなことはないだろう。

2001年から2019年までに累計269万台を販売し、保有台数が180万台を超えているフィットは「N-BOX」や「LIFE」が追従しているものの、ホンダ車の中では最大の保有台数。また、ホンダではサイズと成長性の観点から「軽自動車」「コンパクトカー」「SUV」「ミニバン」という4つのセグメントを柱に重点を置き、年間販売台数の安定化を目指している。コンパクトハッチバックは登録車全体の約40%を占めており、ホンダにとってフィットは登録車のエース的存在。また登録台数の多さから代替え車両の源泉としても重要なモデルであると位置付けられる

 さっそく試乗開始! と行こうかと思ったが、それを止められ説明会会場でスマートフォンを渡された。“心地よさ”を体験して欲しいという今回の試乗会。その第一歩がスマホによって行なえるというのだ。「Honda CONNECT」と名付けられたコネクテッド技術を用いて、試乗する前に車室内を暖めておくことが可能だという。これは携帯電話通信を行なうテレマティックスユニットと、Bluetoothを組み合わせて行なわれるもので、エアコンの操作は携帯通信圏内であればどこでも操作が可能になっている。

新型フィットから搭載が始まったHonda CONNECTを利用するには「Honda Total Care」への加入および「Honda Total Care プレミアム」への申し込み、スマホへ専用の「ホンダリモートアプリ」のインストールが必要となる。「Honda Total Care プレミアム」は月額550円。「Honda ALSOK駆けつけサービス」だけは追加オプションとなり別途で月額330円となっている。なお、初回申し込みから12か月は無料で使用できる(オプションも含む)

 リモート操作用のアプリを起動させると、クルマを上から見た状態の図が表示され、現在のクルマの状況がひと目で分かるようになっていた。残燃料、航続可能走行距離、そして「クルマを探す」ボタンや、「(ドアロックの)し忘れ通知」、さらにドアのロック&アンロックも行なえる。その中の1つの機能であるエアコンは「涼しい」「標準」「暖かい」という3つが選択可能。ファンボタンを押せばエアコンが起動する。これで10分間エアコンが動き続けるが、さらに延長したければ「10分延長」というボタンを押せば最大で20分のエアコン運転が可能となる。

 ただし、一般公道での使用、締め切った車庫での使用をやめること。さらに地域の条例によって罰則を受けるとの注意喚起がその操作の前にアナウンスされる。ハイブリッドモデルでバッテリー残量が豊かな状況であればエンジンをかけずに済むが、それが減れば自動的にエンジンは始動。ガソリンモデルならスイッチを押した瞬間からエンジンがかかってしまうところがやや残念。ハイブリッドモデルなら車庫に入れる前にバッテリーチャージをしておきたいところだが、チャージモードはなく……。乗り手は心地よいけれど、ご近所をはじめ周囲はそうじゃないでしょうから。次なる一手に期待したいところだ。

 そんなわけで、車室内は暖かくなっていて“心地よさ”タップリな状況になっていたという話なのだが、実はその手前にも“心地よさ”のキーワードは隠されていた。ドアノブの形状を改め、手のかかる部分にふくらみを持たせて優しい握り心地にしたこと、さらにはドアの閉まり音にも気を配っていたという。正直に言えば共に激変したとは思えないレベルだが、上質さはたしかに伝わってくる。そして何より走り出す前から心地よかったのはシートの質感だ。線で支えるSバネ構造だったシート骨格を改め、面で支えるMAT構造としたフロントシートの座り心地は、鷹栖でも感じたことだったが、思わず昼寝したくなる気分だ。

新たに開発された体を「面」で支えるMAT構造のシート。クッション材の厚みも3cmプラスされた
ドアのグリップだけでなく、閉まるときの音にまでこだわっている
体を受け止める面積の違いは歴然。疲れにくく、安定性も向上している
欧州のCセグメントを超えた座り心地を実現した

 遠隔操作でエアコンを始動しておいた場合、乗車したらまずはブレーキを踏んでパワースイッチをONにするという一般的なエンジン始動を行なう。走り出してまず感じることは、パノラマフロントウインドウの開けた視界がとにかく斬新だったこと。従来型はAピラーが太く視野角69°の視界しか存在しなかったが、今度はAピラーを極細に、一方でA'ピラーが入力を受け止めるようにすることで視野角90°を実現。特に右コーナーの立ち上がり方向が見やすくなったことがありがたい。さらに下方向の視界も広がっている印象が強い。ダッシュボードをフラットに保ったことが相当に効いている。感覚としてはEGシビックの時代にまで遡ったかのよう。あの頃は運転席だって身体が昔のF1マシンのように肩から上がさらされている感覚があったが、新型フィットは、横方向は守られている感覚、それでいて前は開けているのだ。これはメーターバイザーがなくてもシッカリと認識できる7インチフルTFT液晶メーターがあったからこそ達成できたものだとか。いずれにせよ、さまざまな組み合わせによって明るく見やすく、そして安全になったことは嬉しい。

TFT(Thin-Film-Transistor)液晶メーターを採用したことで、1つの画面にたくさんの情報を収めることができるのでメーターフードが不要になり、フラットなダッシュボードを実現。カーナビは9インチのプレミアム インターナビ、8インチのベーシック インターナビ、7インチのエントリー インターナビの3種が設定される。※画像はプレミアム インターナビ
1つ前のモデルと比較するとフロントウィンドウの傾斜はほぼ同じままだが、A'ピラーの恩恵で視界が広くとれていることがよく分かる

静かなだけじゃない、加速力もあるe:HEV

最初に試乗したe:HEVのLUXE

 最初に試乗したのはe:HEVの「LUXE」。1.5リッター+2モーター内蔵のハイブリッドだ。このクルマでは一般道から高速道路、そしてワインディングまでじっくりと走ってみる。まずは市街地の発進でモーター走行によるスムーズな加速を味わい、ストップ&ゴーを繰り返す。パーキングブレーキをHOLDにしておけば、きちんと静止。発売延期など色々と話題を作ってしまったアイテムだが、結果としてリアブレーキはドラムからディスクに変更されて登場してきたが、静止保持はもちろん問題ない。

 その後走り続ければ、上り坂などで負荷が大きくなりエンジンが始動するが、その際に段付きのようなものは感じずスムーズさが光っている。高速走行ではエンジンが駆動系と直結になるが、それもまたどこで切り替えが行なわれたかが気づきにくいから、心地よさは相変わらずだ。

e:HEVは、エンジンの最高出力が98PS/5600-6400rpm、最大トルクが127Nm/4500-5000rpm。モーターは最高出力109PS/3500-8000rpm、最大トルク253Nm/0-3000rpm
「インサイト」と同じ1.5リッター+2モーターという構成だが、サイズをコンパクトにできたことで、さまざまな心地よさへ寄与している
シチュエーションによって最適なエネルギー効率を選択して走行
高速クルージング以外はモーターのみでの走行。リチウムイオンバッテリーの充電が不足した場合はエンジンが発電して補充する
高速クルージングだけはエンジンの力を駆動輪へ直結して走行する

 また、新型フィットではドアシールを全周に渡って二重に覆ったり、一部ガラスの厚みを増したり、さらに空気の流れをさまざまに検討した結果、静粛性もかなり高い。より静かに優雅に走れる。それもe:HEVエンジン搭載車のよいところの1つだろう。

ドアシールの二重化のほかにも、防音材や吸音材の面積を拡大させてロードノイズを低減させたり、窓の厚みやドアミラーの形状などに改良を加えて風切り音を低減させたりして乗り心地が向上した

 けれども静かでおとなしいだけじゃない。料金所からのフル加速を試みれば、ステップ変速を小気味よく決めながら、なかなか爽快な加速を示してくれる。従来比1.6倍の高トルクを生み出す高性能モーターの採用によって、1.5リッターターボ以上の高トルクを実現しているところもポイントの1つ。ハイブリッド車でありながらも、最高速180km/hまで視野に入れているところもトピックだ。海外に出ても十分に通用する、それがこのe:HEVとのことだ。おかげで高速巡行は瞬間的な追い越し加速だってもたつかない。

 そして一番感心したのはHONDA SENSINGの制御がかなり頼りがいのあるものに変化していたことだ。単眼のフロントワイドビューカメラ、そしてフロント4個、リア4個のソナーによって展開されるACCとLKASの動きがとても自然だと感じた。単眼ながらワイドビューカメラと謳うだけあって、周囲の状況を見事につかんでおり、不意の割り込みにもきちんと対応できていたのだ。また、前走車が遅く、設定速度よりもスピードが落ちてしまったところから追い越しをかければ、即座に設定スピードに復帰してくれるところもストレスがない。さらにはLKASが高速のジャンクション内でもシッカリと効くほど曲がりに強かったことに驚いた。ハッキリ言えば手を添えているだけでライントレースはお任せできる。それほどに安心感が高い。

ミリ波レーダーからソナーセンサーへと大きく方式が変わったHONDA SENSING
踏み間違いによる急発進防止機能は、前後方向で機能するので安心感が高い
衝突ダメージを軽減させたり、衝突回避を支援してくれる機能も装備された

 こうしたアシストを使わない状況であっても、ドライビングは心地よい。微操舵からたしかな手応えを生み出すステアリング、そして路面の凹凸をきちんといなすシャシーの仕立ても好感触。高速道路では直進安定性もよく、さらにワインディングロードにおける一体感溢れる動きも爽快だ。ただし、50~60km/h辺りの巡行状態ではやや振動が収まらず、シート背面にビリビリと伝わってくるところ、そして乗り心地がやや粗いところも見えてきた。開発陣曰く「高速向けにセットしているところがあるので、一般道では少しマッチングしないシーンがある」とのことだった。セッティングを改めるのか、旧型からキャリーオーバーされたタイヤを変更するのか、さまざまな手法があるだろうが、これもまた次の一手をマイナーチェンジで期待しておきたいところだ。

e:HEVのFFにのみ搭載されるVGR(バリアブルギヤレシオ)システムは、小舵角ではゆっくり、大舵角ではクイックに反応する
セッティングや部品の加工により低フリクションを実現したサスペンション
ボディは足まわりの付け根を中心に補強を行ない剛性アップが図られた。それによりサスペンションがよく動くようになるという

 続いて1.3リッターのガソリンモデルの「HOME」を試乗したが、前述した微振動や乗り心地はコチラのほうがマイルドに感じた。16インチのe:HEV LUXEに対してHOMEは15インチタイヤを装着していることもあってか、街乗りにおける感触は良好。

ガソリンエンジンは1.3リッター、最高出力98PS/6000rpm、最大トルク118Nm/5000rpm

 さらに、30mmほど車高が高くなる「CROSSTAR」もその傾向は収まっている感触がある。ちなみにこのCROSSTARは、クロスオーバー的な視界になること、そして横剛性は落ちるがユッタリとした乗り味が特徴的。16インチタイヤを装着しながらも、そんな感触を生み出せているところが面白い。ガソリンエンジンについては必要十分な仕上がりで、ハイブリッドモデルほどのリニアさや俊敏さは備えていないものの、100kgほど軽いこともあって全体的に軽快な感触が嬉しい。

CROSSTAR(左)は他のグレードに対して30mm車高が高くなっている。比較車両はNESS(右)

 このほか、後席の乗り心地についても改められていた新型フィット。まだ生まれたばかりで、ところどころに突っ込みたい部分はあったのだが、概ね感触はよく、心地よさを追求していることは肌で感じられるものがあった。

アコードに匹敵するレベルのすぐれた座り心地を確保したリアシート

橋本洋平

学生時代は機械工学を専攻する一方、サーキットにおいてフォーミュラカーでドライビングテクニックの修業に励む。その後は自動車雑誌の編集部に就職し、2003年にフリーランスとして独立。走りのクルマからエコカー、そしてチューニングカーやタイヤまでを幅広くインプレッションしている。レースは速さを争うものからエコラン大会まで好成績を収める。また、ドライビングレッスンのインストラクターなども行っている。現在の愛車はトヨタ86 RacingとNAロードスター、メルセデス・ベンツ Vクラス。AJAJ・日本自動車ジャーナリスト協会会員。日本カー・オブ・ザ・イヤー選考委員。

Photo:高橋 学