試乗レポート
ホンダ「フィット」はまるで優しき“柴犬” 穏やかな日常を共に過ごすいい相棒
2020年12月7日 07:00
今度の「フィット」は、人に寄り添う感じがとってもいい。歴代でも、もっともそれが強いモデルではないかと私は思う。
その中でも特に惹きつけられるのは、フロントフェイスの愛らしさだ。
すでにさまざまなメディアで語られているとおり、そのデザインは「柴犬」がモチーフ。まるで何かを語りかけてきそうな、ちょっと気の強そうな可愛い顔には、家族を守り、共に寄り添うクルマとしてのイメージが込められているのだという。
筆者はやはりそのちょっとだけやんちゃで愛らしい顔つきと、当時のコンパクトハッチバックとしては強烈に斬新だったシャトルボディの、初代フィットが大好きだった(リアストロークの足りない乗り心地は、板のように硬かったが)。これが2代目でややソリッドな顔立ちとなり、正に「ソリッドウイングフェイス」と銘打たれた3代目では完全に路線を違えたことから、それが上級モデルたちとデザイン言語を統一した結果だとは分かっていても、どこか「ぼくらのフィット」が、遠いところへ行ってしまったような気がしていた。もちろんその使い勝手や燃費のよさは、相変わらずだったのだけれど。
それが新型フィットになって、帰ってきてくれた気がしたのだ。
こうした見た目に対して、新型フィットは乗り味までトーン&マナーを揃えている。その要となるのはようやくホンダが自身のシステムとして的を絞った2モーター式ハイブリッド「i-MMD」(109PS/253Nm)。呼称的には「e:HEV」(イーエイチイーブイ)と呼ばれるこのシステムが醸しだす、優しい乗り味である。
ご存じの通りe:HEVは、走行のほとんどをモーターで走る。エンジンが直結するのはEVが苦手とする高速巡航時の一定領域くらいで(この領域を補おうとする発想と実力が素晴らしいのだが)、その切り替えもモニターの歯車マークを見ない限りは分からないほど自然に行なわれている。
フロントに搭載する直列4気筒エンジン(98PS/127Nm)を、ほぼ発電機として使うところは、日産系eーPOWERと同じだ。だがホンダが面白いのは、これを既存のガソリン車のように協調させること。アクセル開度に応じて、エンジンを同じように回しているところである。
フィットは微低速域からアクセル開度に応じてエンジンを回しているから、EV感覚は薄い。確かに加速フィールにはモーターの滑らかさが現れているけれど、低速ではかすかに、そして回すほど気持ちよく吹けていくエンジンのサウンドがミックスされると、むしろとても静かで、上質なガソリン車に乗っている気持ちになる。
対してe-POWERは、そうしたシチュエーションで、さっさと開き直る。いつでも発電時はブーン! とエンジンを回し、その度合いが増えるほどに、回転は一定だがうるさくなっていく。だが、その方が分かりやすくEVの加速感を体感することができ、結果的にウケたのだから、人間の感覚とは複雑怪奇で、これまた面白い。
ホンダの狙いは「ガソリン車からの乗り換えでも違和感を感じさせないこと」だから、その点では成功していると思う。未来感や面白みには少し欠ける部分はちょっともったいない気もするのだが、飛び道具的な面白さには走らず、バカが付くほどまじめな作りなのは、実にホンダらしいと言えるだろう。
日常の相棒として文句なしの優しい性能。さらに求めるものは……
こうした動力性能に対して、足まわりも歴代で一番しなやかに作られている。
試乗したのは一番スポーティなグレードとなる「NESS」だが、それにしても乗り心地はしっとり落ち着いており、巷ではこれをして「フランス車的」とまで表現しているほどだ。
個人的な感想としては、スポーティグレードであればもう少し操舵応答性にリニアリティを出してほしい。速度域が上がってくればその慣性とロールバランスを使って、ジワーッと路面に張り付く玄人好みな接地感を発揮してくるのだが、タウンスピードではステアリングを切っても、初期操舵感は“ぽよーん”とのんびりしている。具体的にはダンパーの初期減衰力立ち上がりが鈍い感じだ。
コンパクトカーとして考えると抜群の乗り心地と、抜群の遮音性。そして雑味のないエンジン回転上昇感とモーターライド。どれを取っても素晴らしいのだけれど、そこに幾らかのシャープさがないと、自分が平和ボケしてして「もう少し年を取ってからでもいいかな」と思えてしまう。それほど乗り心地が優しいのである。
ちなみにフランス車(具体的にはプジョー/シトロエン)はその足まわりをストロークフルに仕立て、石畳を巧みにいなして走る伝統を持っている(日産とアライアンスする現行ルノーはこの限りではない)。
しかし、こうした柔らかさの中にも、彼らはどこかに“コシ”のようなものを表現しているし、ソフトな足まわりに対してはエンジンやデザイン、何らかに快活さやエッジを盛り込んでバランスを取り、庶民の日常を楽しませてくれる。シトロエンの「C3」然り、プジョー「208」然り、それがラテン(南ヨーロッパ?)の血なのだと思う。
そう考えるとフィット、特にe:HEVは、少しだけ野趣や野性味が足りない。
“さし”の入りすぎた大トロや、霜降り牛。これらは確かに珍重されるけれど、毎日食べていたら飽きてしまうだろう。
もちろんこうした向きには車重が110kg軽いガソリン車を選べばよいとも言えるのだが、少なくとも「NESS」グレードでは、ハイブリッドでも若々しさを感じさせてほしかった。
必要な情報だけを見やすくまとめたシンプルな7インチの液晶メーター。2本スポークのウレタンステアリング。こうしたチープシックを上手に使った仕立てには、デフレ時代にふさわしい清廉さを感じる。立体的なダッシュボードは布張りの素材感も若々しいし、ゴージャスさを売りにしない運転席の居心地はとてもよい。
それだけに、もう少しだけエッジを。
それがエンジンなのか、足まわりなのか、何なのかはハッキリ明言できないのだが、柴犬が“ワン!”とひと声かわいく吠えてくれたら、筆者もイチコロでフィットを買ってしまいそうな気がするのである。